いつかどこかで。5

 結局、リナはあの店から出てガウリイについていくといい、ガウリイは違約金の金貨二十枚を受け取り、領主の城を後にした。
 三人は黙々と店に向けて歩いていたが、途中でリナがぼつりと呟くように謝った。

「……ごめんなさい」
「リナ?」
「あんな口から出まかせ……でもああ言ったほうが、あいつも諦めるかと思って……」
「まあ、過ぎたことだし。それに傭兵なんてやっていると、ああいうことは結構あるんだ。だからあんまり気にするな」

 ガウリイは優しく笑むと、リナの頭を軽く撫でた。
 そして、指先で頬を掻きながら小声で「本当はこういう駆け引きは苦手なんだけどな……」呟く。
 それを聞いてリナは驚き、その後、嬉しくなって胸が熱くなった。ガウリイはリナを守るためにあそこまでしてくれたのだ。リナも小声で「ありがとう」と呟く。

「でもリナ、本当に店を出て行ってしまうの?」
「ママ、あたしもあの店が好きよ。踊るのも好き。でも、今はあそこにいないほうがいいような気がするの。一応丸く収まった形だけど、相手は領主の息子だし……」
「それはそうだけど……」

 アーサー=ブラウニングは決して暴君ではないが、やはり彼とて人間で感情的になることもある。
 今回の件で、息子ハロルドは恥をかいた。そのため、リナや店に対して何らかの報復に出る可能性もないわけではない。
 それなら、問題になったリナはいないほうがいいだろうと考えたのだ。

「ガウリイもごめんね。とりあえず形だけ一緒に出てくれれば、あたし適当な町で生きていくから……」

 本当は連れて行って――という言葉が喉まで出かかった。
 でも、傭兵の仕事をしているガウリイに、自分は付いていけないだろうと改めなおした。今まで命のやり取りをしたことがない自分は、ガウリイにとって足手まといにしかならないだろう。
 そのためリナは本当に言いたい言葉をなんとか飲み込んだ。その後は黙ったまま歩いた。
 彼がいい人だからといって、そこまで迷惑をかけてはいけない、と。

 店に戻り、リナは自分の荷物をまとめ始めた。
 衣装全般は持っていけない。初めてのショーで着たドレス、一人で踊ることが決まった時のドレス――どれも思い出のある品だったけれど、宛てのない旅にはどれも必要ないものだった。
 なくなく必要最低限の服と身の回りの小物をまとめて、リナは住み慣れた部屋の扉を閉めた。
 店での生活を終わらせるために。

 

 ***

 

 リナが支度をしている間、ガウリイはコーデリアに引き止められて、店の中で話をしていた。
 すでに昼食時のため、コックがガウリイのために料理を出してくれて、彼はそれを食べながら、コーデリアの話を聞いた。

「あのは幼い頃、貧しいからと親から売られた子でした。うちはたくさんの歌姫や舞姫を育てるため、そういった子を引き取ったりします。あの子は自分の立場を理解して、一生懸命頑張ってきました」
「そうですね。リナは頑張り屋みたいだし」
「ええ、なのに領主の息子に目をつけられたばかりに……」

 ガウリイは何も言えなかった。
 確かに今回自分が出しゃばったため、彼女にとって最悪の事態は免れたが、代わりに住む場所を失った。
 昨日の夜、踊りに関して目を輝かせて話をしていたリナを思い出すと、その踊りを取り上げられるのはかなりの苦痛だろうというのは簡単に想像できる。

「お願いです、ガウリイさん! リナを……リナを一緒に連れて行ってください。あの子は出ていく時だけと言っていましたが、店から出たことのないあの子が、ちゃんと暮らしていけるかどうか……っ!!」

 話を聞いていると、リナとガウリイの間には、男女の関係はどうやらないようだと、コーデリアは察した。
 そんな彼に頼むのは気が引けたが、他に頼める人はいない。身勝手な願いだと思っても、彼に頼むしかなかった。

「もちろん、最後まで面倒見ますよ」
「え……?」
「こうなったのはオレの責任でもあるし。なによりリナと離れたくない、かな?」
「ガウリイさん……?」
「大の男がなに言ってるって思うかもしれないけど、リナには異性として以上にリナの考えや意志の強さに惹かれたんです。だから、オレはリナの側にいたいと思ってます。こんな形になってしまったけど、これはこれでリナと一緒にいる理由ができたかな、と」

 穏やかな笑みを浮かべてコーデリアを見るガウリイの目には、嘘偽りの色は見えない。
 コーデリアはそのことに安心した。

「リナに対して、そういう目で見てないと思うんです。……先のことは分からないけど。でも、なぜかリナの側にいたいって思ってしまう。どちらかというと、保護者として見守ってやりたいという気持ちのほうが強いかな。気が強い分、危なっかしくて……」
「――ありがとうございます」

 ガウリイはコーデリアに、今のリナに対する気持ちを素直に話してくれた。
 その話には嘘偽りは感じられない。反対に彼のほうもリナに対する感情に戸惑っているようで、なんだかおかしく感じれた。
 そのせいか、これから先、旅をする中でこの二人の気持ちがどう変わっていくのか、それはそれでコーデリアは面白そうだと思えるほど心にゆとりができてきた。

「ほとぼりが冷めたころ、また店に顔を出してくださいね」
「ええ、リナと一緒に伺いますよ」
「待っていますわ」

 彼女はその言葉にやっと安堵して、ガウリイに対して綺麗な笑みを浮かべた。

 

 ***

 

「ガウリイお待たせ」
「リナ! ……ってパンツ姿もかわいいな」
「……へ!? ちょ、なにいきなり言うのよ!?」
「だからかわいいって」
「それはいいから! で、どっちいくの? あ、一応念のため一番近い町までは一緒に行ってね」

 リナはコーデリアとガウリイの会話を知らないため、まだガウリイとは次の町まで、と思っている。
 そんなリナに笑みを浮かべて。

「大丈夫だよ。コーデリアさんにはちゃんと話を通したし」
「へ?」
「リナを貰っていくって話さ」
「ガウリイ?」
「ま、とにかく行こうぜ」
「ちょ……待ってよ、ママにちゃんと別れを……」
「大丈夫だって。また来ればいいんだし」

 ガウリイは事情が飲み込めないリナの手をとって歩き出す。
 リナはよろけながらそれについていき、途中で後ろを振り返ると、コーデリアが笑みを浮かべて手を振っていた。
 遠くなってしまったため、コーデリアが何を言ったかよく聞き取れなかったが、彼女の口は「幸せになりなさい」と動いていたのが分かった。

「さて、どこへ行くか」

「どこでもいいわ。とりあえず住みやすいところってのが第一条件かしら?」
「なに言ってんだよ。リナだって行くんだぞ。どんなところがいいんだ? 故郷だっていうゼフィーリアに行くか? それとも……そうだ、今なら沿岸諸国なら海の幸がおいしい時季だぞ」
「海の幸!?」

 食べ物に釣られ、リナの目がキラーンと光る。
 でも、その後、「リナも行く」というガウリイの言葉に、あれ?と首を傾げる。
 少なくとも、沿岸諸国はここから数日はかかる距離だ。その間に、かなりの数の町がある。なのになぜわざわざそんな遠くへ行かなければならないのだろう?

「ガウリイ、どうしてそんな遠くへ行くの?」
「リナも旅したいって行っただろう? だから一緒に行かないか?」
「あ……あたし、も、付いていってもいいの?」
「ん? ああ、そのつもりで言ってるんだが」

 ガウリイは自分を次の町で置き去りにすることを考えてなかったんだ――そう思うとリナはとても嬉しくなった。
 とはいえ、それを素直に言葉に表すにはリナの性格は勝気すぎた。

「そんなこと一言も言っとらんわあっ! こんの、ボケええええっ!!」

 恥ずかしさを隠すために、持っていた荷物をガウリイにお見舞いする。
 不意を食らったガウリイはそれをまともに受けてしまい、足がよろめいた。

「そういう大事なことはちゃんと言いなさいよっ!」
「お前なあ! もうちょっと女の子らしくだな!」
「あーら、そんな古いこと考えてちゃカビが生えるわ。それに旅をするっていうなら、護身術なんかも覚えないとね~」
「……それ以上強くなってどうすんだ……」
「うっさいよ!」

 喧嘩をしている風なのに、二人とも顔は笑っている。
 実際、二人は楽しかった。
 ガウリイは初めてできた旅の友を。
 リナは店という狭い世界から飛び出せたことを。

 風が吹き抜ける街道を二人は笑いあい、次の町へと歩いていく。
 二人の旅は今、始まったばかりだった。

 

 

続きものにしようと思ったんですが、キリのいいところで終わりにしておきます。
何もないところから原作のようなリナになっていく過程(保護者付きで)書きたかったので、時間があれば続きを書きたいものです。

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