いつかどこかで。1

 夜の帳が下り、町は各々灯りをつけて賑わいはじめる。
 昼は割りと閑散としている一角が、夜になると賑わいはじめ、人々はそこへ集う。
 そんな中、一人の男が同僚とともに足を踏み入れた。

「ここさ。俺のお勧め」
「ここか?」
「ああ、飯がついて、歌と踊りが見れる。そして、なによりここの歌姫や舞姫に気に入られれば、一夜の夢が見れるってわけだ」
「一夜の夢?」

 男は同僚の言葉に首を傾げた。
 この男、見ると長身で通りを歩く他の人たちより抜きん出ている。そして、それは身長だけでなく、顔も抜きん出ていた。
 同僚のほうは厳つい、いかにも男というような体躯に、力強い顔をしていた。

「ま、お前は顔がいいからな。歌姫たちの目に留まる可能性も高いだろうさ」
「目に……留まるって?」
「ここの女性はみんな綺麗だぞ。相手に選ばれなくても、ここの踊りと歌は一見の価値がある」
「へえ、そこまで言うなんてな」
「ま、とにかくここらで一番のお勧めさ。さあ入ろうぜ。領主に雇われたってことで、俺たちは特等席で見ることができる」

 同僚が言ったように、二人は入り口でその旨を伝えると、舞台に近い場所に案内された。
 男は周りを見回してみると、客はそれなりの格好をしていて、町のゴロツキというような感じはない。これなら揉め事は起こりそうにないな、と思った。
 後ろを振り向いていると、いきなり拍手が沸いてびっくりする。慌てて舞台を見ると、前座が始まったようだった。
 たくさんの舞姫たちが、後ろで楽を奏でる音にあわせて踊りだす。
 さすがに同僚が薦めるだけあって、前座の躍りでさえ華やかで目を引いた。

「すごいな」

 素直に賞賛がこぼれる。
 これほどのショーは大きな町にでも行かなければ見れない。

「だろう? このあとも歌姫のソロや、舞姫が一人で舞ったりといろいろある。時間にして二時間くらいだな。今日はもうこれが最後のショーだから、そのまま彼女たちは俺たちの品定めをするってわけだ」
「品定め?」
「ああ、ショーが終わった後は彼女らが気に入った相手を選ぶ時間だ。でも、ここは娼館じゃない。あくまで選ぶ権利は彼女らにある。男はただ気に入ってもらえるのを待つだけなんだがな」
「なるほど」

 ここはあくまで歌と踊りを売る店であり、その後のことは彼女たちが好きでやっていることだった。
 昼は歌や踊りの練習に、夜は舞台にと忙しいため、ショーの後を出会いの場にしているだけのことで、気に入った相手は一夜だけでなく、付き合って結婚までいく場合もあるし、一夜といっても語り合って終わるだけの時もある。
 また、そういうのが好きでない人は、その後の『品定め』には一切出てこない。
 客も後で選ばれるためにと、下品な行いをするものはいない。そのため、観客はいたって静かで、室内は歌姫の声が良く響いた。
 男はいつの間にかにテーブルに乗っていた料理に手をつけながら、歌姫が歌う歌に聞き惚れる。

「確かにいいところだな。静かに飯が食えて、でもってこんないいショーが見れる」
「ああ、まあ多少は値が張るけどな。でもこの町にいるならこの店が一番さ。……と、今度は舞かな」

 舞台は歌姫の歌が終わり、サラサラな長い髪の歌姫は客に一礼すると舞台の袖に消えていった。
 そして、今度はどこからか静かな曲が流れ始める。舞台の照明は一旦落ちて暗くなった後、栗色の髪の小柄な少女を照らした。
 少女は曲に合わせて踊りだした。それは、最初は静かな曲調だったが、ある時を機に急に激しい曲調に変わる。激しく早い曲に、少女は苦もなく軽やかにステップを踏んだ。
 男が同僚に聞くと、少女が踊っている曲は何も知らない少女が恋を知って女になる――というようなものらしい。
 ああ、だからか。と男は納得した。少女の踊りは少しずつ女性らしさを伴っていく。けれどそこにはあまり生々しいものはなく、憧れのようなものを感じさせる。この頃の年の危うい心のバランスを見事に表現していた。

 少女の踊りが終わり、今度は数人による踊りへと変わる。前座でのような踊りではなく、数人がそれぞれ物語を演じているかのように踊る。
 その踊りにも感嘆のため息が漏れたが、男にとって一番惹きつけられたのは、先ほどの少女の踊りだった。
 踊り自体も見事だったが、なにより目を奪われたのはその表情、そして瞳。大きな紅玉のような瞳は、生気と強い意思に溢れていて、魂を抜かれるかと思うほど惹きつけられた。

(それにしても、目が合ったのは気のせいだろうな)

 一瞬少女と目が合った気もしたが、それはもしかしたら舞台の上から『品定め』をしていた時にたまたま合ったのかもしれない。
 男は自分の年と少女の年を考えて、男と女の関係はありえないだろうと思ったが、それでも話をしてみたいと思った。
 そんな風に男が考えている間に舞台は終わり、幕が下ろされた。

「さて、いよいよ歌姫たちの登場だ」
「あ、そうなのか?」
「ああ、だから客もほとんど残ってるだろう。彼女たちが選んでくれたら――って下心ありありでな」

 ショーが終わっても席を立つものはほとんどいなかったため、まだ何かあるのかと思っていたら、あるにはあるがそういうほうだったらしい。

「出てこない歌姫とかもいるんだろう?」
「ああ、だから楽屋のほうに訪れることもできるのさ。ほら、あそこで花とお菓子を買って差し入れるんだ」
「ああ、だから花があったのか」
「まあな。ただ、楽屋にいるような姫たちはそういう相手を探してはいないからな。ほぼ断られるのは目に見えている」
「なるほど」

 しかし、良くできたシステムだ、と男は感心した。
 とはいえ、男が気にいった舞姫は出てきそうにない。
 あの少女の声が聞きたいと思い、男は花を売っているところへと足を向けた。

「おいおい。見込みのない姫を相手にするのか? それよりも来た姫たちから選んだらどうだ? あそこの歌姫がこっちを見てるぞ」
「いや、オレは話をしたい子がいるから……」
「そうか。ま、無理だったらちゃんと諦めろよ」

 同僚は割りとあっさりしていて、一言だけ言うと、近づいてきた歌姫に話しかけた。
 男はそれを見ながら角にある花売り場で花と菓子を買い、店のものに少女のことについて訪ねた。

「ああ、リナのことかい? だけどあの子は男嫌いだからねぇ。まあ、無理だと思うけどね」
「ん、ああ。別にそういうのを望んでるわけじゃないんだ」
「そうかい? ……ってあんた男前だけど女より男のほうがいいってクチかい!?」
「そ、そういうわけじゃっ!!」

 激しく誤解されて、男は慌てて否定した。
 彼とて付き合うなら女性がいいし、そういった欲望もある。ただ、その欲望があまり強いほうではない。どちらかというと、変にロマンチストなところがあり、出会ってすぐ、などではなく、出会って付き合って、それから――というプロセスが好きだった。
 だが、男にとって気の毒なことに、そのきれい過ぎる顔が災いして、過程を楽しんでいる途中で女のほうが熱を上げてしまうことが多い。
 手っ取り早く性欲の捌け口を求めるということならいいだろうが、そのせいで、まともな恋愛というやつをしたことがなかった。
 そんな過去を持つ男は、今夜その場の勢いで、というのは好みではない。とりあえず今は彼女の声を聞きたいのだ。
 男はそんなことを心の中で思いつつ、少女――リナの楽屋を尋ねた。
 そして、声をかける前に、いきなり「出て行け!」という手厚?い歓迎を受けた。

 

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