いつも如く盗賊いぢめに出かけて、いつもの如くガウリイに邪魔をされた。
「いいか、いい加減こんな危険なことはやめるんだ!!」
愚痴愚痴愚痴愚痴、ガウリイのお小言が続く。
いい加減うるさい。いつも同じようなことしか言わないし、そもそも、あたしくらい強ければ何かあったら、なんてこと、あるわけない。
それにガウリイだってバカスカ食うくせに、そのお金を出してるのは誰だと思ってるのよ? 日々の食事と宿代、そしてマジックアイテム(実はこれが一番高価)にと、何かとお金がかかるのだ。それをちまちま仕事を引き受けた依頼料だけでは物足りない。
だからこそ、あたしがこうして日々お肌の大敵である睡眠不足と戦いつつ、ストレス解消と収入源確保のために盗賊さんたちの情報を聞いては、単身乗り込んで行ってるのだ。
褒められこそすれ、怒られるようなことはしていない。
「聞いてるのか、リナッ!!」
いい加減耳にタコ状態で視線をそらしつつ聞いていると、ガウリイが苛々した声で怒鳴る。
ったく、もう宿に戻ってるんだから、そんなに騒いだら周りに迷惑だっての!
「聞いてるわよ。はいはい分かりました。もう今日は行きません~」
「リナ!!」
「あーもう、睡眠不足はお肌によくないんだからね! ストレス解消できないなら寝るの! ほら、さっさと出て!!」
なにを隠そう、ここはあたしが借りた部屋だ。
ガウリイに捕まって、そのままこの部屋まで連行されて、挙句のお説教である。
あたしはガウリイの胸を押しながら、部屋から出てけとジェスチャーした。
「こら! お前まったく反省してないな!」
「してないわよ! 別に悪いことしてるわけじゃないもん!」
「だから、悪いんじゃなくて、リナだって危ない可能性があるんだ。もう少し自覚しろ!!」
「危ない? あたしが危険な状態になるなんてこと、太陽が西から昇ってもないわ!」
売り言葉に買い言葉。喧々囂々とやりあう。
実際危険な目にあったことがないわけではないけれど、こんな田舎で盗賊やってるだけのやつらに遅れをとるなんてことはありえない。
「だいたい危険危険って言うけどなにが危険なのよ!? 魔法は使える、剣も使える。どこにも危険なんてないわ!」
「……はあ。お前なぁ。確かにちょっとやそっとじゃやられないことくらい、オレだって分かってるさ。でもリナは年頃の女の子なんだぞ」
「だから?」
「だから……いくら強くても、子ヒツジをオオカミの群れに放り投げるなんてこと、見過ごせるわけないだろう?」
ガウリイの言い方で、ガウリイがなにを心配しているのかは分かる。
けれど、散々ガウリイのお小言を聞かされていたあたしには、ガウリイの言葉を素直に受け取れない。
それに自分は何でも知ってる、っていう大人ぶってる顔もムカつく。
「ふんっ! あたしがそんなアブナイ目に合うわけないでしょ!! あんただっていつも子どもだ子どもだって言ってるじゃない! そんなのがどこでアブナイ目にあうってのよ!?」
情けない反撃だ。
でも、普段子どもだと馬鹿にしてるくせに、なんで盗賊いぢめの時に限ってこうなのか。よくある大人のその場しのぎに感じられて、胃からムカムカとしたものが込み上げる。
睨み上げると、いきなりガウリイに腕をとられてよろめく。そのまま体勢を整える隙もなく、あたしは壁にダンッと押し付けられた。
「……っ!?」
「本当に、そう思っているのか?」
いつもと違う低い声。あたしを見つめる瞳には妖しげな色が見え隠れてしている。
――これって……もしかしてヤバイ状態!?
ふと、そんなことを思ったけれど、相手がくらげのガウリイならそんなことあるわけがない。
人のことを散々子ども扱いしているヤツが、実は本当は好きだったんだ――なんて、どこかの三流小説家が書いたような話の展開なんて、そう……あるわけがない。
そう思うのに、なぜかそう思わせてくれない空気が流れる。
その空気に耐え切れず、あたしは震える声を隠すように声を張り上げた。
「そうよ! 他に何があるってのよ!? もういい加減にし――」
あたしのセリフは最後まで言えなかった。
信じられないほどの速さで近づいたガウリイに、その口を塞がれたから――
「……んー、っぅ!」
文句を言うためにあけていた口に、容赦なくガウリイのそれが入り込む。湿った生温かいそれは、口の中を嘗め回したりあたしの舌に絡ませてくる。
ガウリイがそれを動かすたびに、背筋に痺れる感覚が走った。
「信じらんない……」
壁に寄りかかりながらずるずるとへたり込む。口元を手で押さえて、搾り出した言葉はそれで精一杯だった。
ガウリイはというと、壁に背中を張り付かせて座り込んだあたしの左右に、太い腕を押し付けてあたしがそこから逃れらないようにしている。
ガウリイはまだ、あたしを逃す気はないようだ。
「……いくら、あたしがなかなか言うこと聞かないって思ったって、こんな実力行使する必要はないんじゃないの!?」
震える声を誤魔化しながら、あたしはガウリイを睨みつけた。
でももう、ガウリイは保護者の仮面をかぶってはいない。口端を吊り上げて、見たこともない男の表情をしている。
だから分かってる。何を言っても逆効果だということは。
それでも、あたしはガウリイに対して挑発するのをやめなかった。
「盗賊いじめに行ったってこんなことにならないわよ! 反対にあんたといるほうが危険じゃないの!」
挑発の果てに待っているのが踏み込んだらいけない領域なのか、またはガウリイの中にある、あたしに対する想いはどんなものなのか。
だから、これは賭けだ。
ガウリイがあたしを女として見ているのか、まだ手のかかる子どもだと思っているのか。
自分の貞操を賭けるなんて馬鹿げてることは分かってる。でも、あたしは今の関係から脱したい。
それでもあたしは、ガウリイがあたしのことをどう思っているのか知りたいのだ。
ガウリイと出会ってもう三年以上。その間にあたしもだいぶ大人になったと思ってる。けれどガウリイの子ども扱いは変らない。
でももう、保護者と被保護者として側にいるのに、限界に達しようとしている。それは気持ちとかではなく、周囲の目が、あたし達のあいまいな関係を許容しなくなってきているのに、ガウリイは気づいているのだろうか?
「オレと……いるほうが危険……だって?」
「そのとおりじゃないの! あんた今あたしに何してるか分かってるの!?」
あたしは自分の気持ちを悟られないようにガウリイを睨みつける。
覗き込んだガウリイの瞳はいつものように澄んだ空色ではなく、深い海の色をしている。宿る光は剣呑な雰囲気を醸し出していた。
あたしの中で警鐘がなる。
――駄目だ。これ以上踏み込んでは。そうしたら、戻れなくなる。
自分で望んだはずなのに、ガウリイの目を見ただけで一瞬にして怖くなった。
知りたいと思ったのは、とりあえず気持ちだけ。まだその先は――
「とにかくどいて! これ以上、茶番を続ける気はないわ!!」
今度こそ、震える声を隠すためにヒステリックに声を上げて、ガウリイの胸を押し、少しでもガウリイを遠ざけようとした。
けれど、本気になったガウリイの力に勝てるわけがない。
押していた両手はガウリイの左手によって一掴みにされて、そのまま上に持ち上げられる。よろけて倒れれば、そのまま床に頭の上のところで固定されてしまう。
「ぃ……やっ!」
「いや、はないだろう。誘ったのはそっちだ」
「そんなの知らない!!」
嘘。
知ってる。知ってて挑発した。
でも、ここまでは望んでいない。
無理やり体をねじり、近くにあるガウリイの視線から逃げるように顔を横に逸らした。
「オレといると危険だって?」
「そのとおりじゃない!」
「……リナはオレとよりも、盗賊たちを相手にするほうがいい……と?」
「だから! どうして話がそっちに行くのよ!?」
怖い。
けどガウリイはあたしを逃がさない。逃げ出せない。
自分の非力さを感じていると、ガウリイの右手があたしの服の中に潜り込んだ。
微妙にR指定な感じ;