紅 12

 ゼルガディスとアメリアは町の中を歩き回り二人の姿を探した。しかしそう簡単に見つかるわけもなく、二人は宿を隅から聞いていくことにした。
 全ての宿でそれらしい人物がいなければ、二人はきっとこの町を出たのだろうと判断できる。時間はかかるが確実だと思い、二人は町の宿を一つずつ訪ねた。
 日が頭上に昇り、胃が空腹を訴え始めると、二人は宿を回るのをやめ、いい香りのする食堂へと入った。そして、空いている席を探すために店内を見渡すと、見覚えのある顔がこちらを驚いて見ていた。

「シルフィール……さん?」
「なに?」

 窓側に一人で座る女性は確かに昔、共にいたシルフィールだった。
 シルフィールは立ち上がって、二人のところへと歩み寄る。

「お久しぶりです。アメリアさん、……と、ゼルガディスさんですよね?」
「ああ、しかしどうしてここに?」
「わたくし……ガウリイ様を探してここに来たんです。でもなかなか見つからなくて……」
「シルフィールさんもですか?」
「はい」

 三人は軽く会話をしたあと、入口では他の客の邪魔になると判断し、シルフィールの座っていた席へと向かった。
 そして、ゼルガディスとアメリアが昼食を注文すると、三人は本格的に話しだした。

「アメリアさんから連絡があったように、ゼルガディスさんに会うためにガウリイ様はセイルーンに向けて六日前にサイラーグを出ました。でも次の日には、リナさんに会い、リナさんを追うというメッセージが入っていて……」
「なるほど。アメリアのところに届いたのと同じメッセージか」
「そうですね。ほぼ同じ内容でした」

 三人はガウリイの残したメッセージについて語り合う。

「でも、なんで今リナなんでしょう? まあ、その前になんでガウリイさんは二年前、一人でサイラーグに現れたか――というところから始まると思うんですが」
「そうだな。リナ自身の話は、ここ二年聞いたことがなかったしな」
「……」

 三人が一番疑問に思っていること。
 それは、なぜ二人は別れ、ガウリイはサイラーグ――旧知の友のいる場所に向かったのか。
 なぜ、リナは消息不明になったのか。
 その答えを知るものはこの中に居ない。

「わたくし自身ガウリイ様に聞いたことはありますが、ガウリイ様からはいつも腑に落ちない答えしか返ってきませんでした。ガウリイ様が側にいるということが嬉しくて、わたくしもそれ以上追求しませんでしたし」

 傍に居て欲しい。
 だから、詳しいことは聞かない。
 聞いたら、その瞬間にでもこの状態が壊れてしまいそうで……
 シルフィールの震える声とは裏腹に、そこには彼女の心情がはっきりと語られていた。

「ガウリイ自身リナと別れたのが曖昧だというのか?」
「はい。でもガウリイ様も特に気にしたようなところもなかったので、お互い納得した上でと思いました」
「納得の上……?」
「少なくとも、その頃はリナさんに対して特別な感情はないように見受けられました。わたくしの欲目が入っているのかと思ったのですが、リナさんの話をしても、特別な思いはないような答えでした」

 シルフィールは過去を振り返る。
 そこには、いつガウリイが消えてしまうかという不安から、何度それとなく『リナ』の名を出し確認したことか。
 それでもリナに対して特別な感情は見受けられず、そのたびに安堵する自分の姿があった。

「でも、どうして今になって……」

 シルフィールは二人で築き上げてきた二年間が、たやすく崩れる音が聞こえた気がした。思わず手で顔を覆う。
 二人はその様子を見て、なんと言っていいものか分からなかった。
 二人はシルフィールの想いもよく知っていたし、また、リナが世界をかけてまで救おうとしたのも知っていた。
 どちらの想いもよく知る二人には、片方に肩入れすることはできなかった。

「どちらにせよ、二人を探し出すことが先決だな」
「そうですね」

 嘆いていても今が改善されるわけでもなく、少なくとも二人を探して事情を聞いたほうが、余程状況が分かるというものだ。
 シルフィールもそれがよく分かっているため、嘆くのをやめて深く頷いた。

 

 ***

 

 三人は昼食を終えると、またしらみつぶしに宿をあたった。それでも地道な作業は功を奏したのか、空が赤く染まり始めた頃にはそれらしい客が泊まっているという宿を見つけた。
 三人は宿の主人に知り合いだと告げ、部屋を聞き出すとそこへ向かう。部屋の前に来て扉を叩くと、中から男の声が返ってきた。

「……なんだ。お前たちか」

 一番最初の言葉は、まるで時間など感じさせないガウリイの声だった。
 三人はそれぞれ複雑な気持ちだったため、彼のあっけらかんとした態度に拍子抜けしてしまう。

「よくここが分かったな。ああ、ゼル!? ゼルだよな? 変わったなあ」
「あ、ああ。一応探した。リナはどうしたんだ?」
「あいつは寝てる」
「寝てる? こんな時間にか?」
「ああ、ちょっと疲れているみたいでな」

 旅をしていた時と変わらないガウリイに、ゼルガディスは短く答えてから質問した。
 それに、またもや普通に答えるガウリイ。その普通の状態が余計に違和感が募らせる。
 シルフィールは手を握り締めると、ガウリイに向かって訴えた。

「ガウリイ様、どうして!? どうして、急に……っ!」

 上手く言葉にならず、握った手に力がこもる。ガウリイはそれを見て、やっと真剣な表情になった。

「悪い。その説明は……ここじゃなんだな。話し声でリナが起きるかもしれないし。下へ行こう」

 ガウリイは三人を促して、廊下に出た。ガウリイは眠るリナが逃げないことを確信していた。
 だからこそ、こうして少しの間でも離れることができる。
 そうでなければ、いなくなることが怖くて部屋を出ることなどできない。

(オレはとっくに狂っているのかもしれない。側にいるために、自分の命まで盾にして脅すなんて……)

 二年前、ゼロスに自分の命を盾にされ頷いたリナ。
 それなら、自分で自分の命を盾にすることもできると思った。頭の片隅でそれは狂気というものだという警告に気づかないふりをして。
 それでも今さら元に戻れない。また、戻る気もない。
 三人に事情を話す覚悟を決めると、ガウリイは静かに部屋の扉を閉めた。

 

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