vs. Rd.2

 - 先攻 -

 “神使”とは“神の使い“の略であり、癒しの力を持つ者こと。
 彼らは身近に居る人に何かあった場合、神使は出向いてでも彼らに癒しを行わなくてはならない。
 それが、“神使”としての務めのひとつ。

 ――ということで、俺は病に倒れた村の人の治療をし、散々お礼を言われて土産をもらって帰る途中だった。
 パーシーというその家の息子が、荷物を持つと言うので荷物を持ってもらい、他愛ない雑談をしながら教会へ戻る。
 教会とは俺の居る場所で、神の教えを伝え導くために人々を集めらるように作られた場所のことだ。
 と言っても神の声なんて聞いたことないけどな。他の神使だって居ないだろう。
 それでも教会には神を模した偶像がある。
 声を聞いたことがない、姿を見たことがないのに、偶像が祀られている。その矛盾を追及する者は誰もいない。神の声が聞こえなくても、姿が見えなくても、“神使”の力は人々にとって貴重だからだ。

「――それでですね、神使様」
「はい。なんでしょうか」

 両手いっぱいに荷物を持ち、汗を掻きながら必死に俺の隣を歩くパーシーに、俺はそんなことに気づかないふりをして笑みを浮かべながら答える。
 ……ほんと、“神使”ってだけで、誰もが警戒もせずその存在を貴重がる。“悪魔の子”と違って。
 “悪魔の子”――神使になれる癒しの力を持たず、別の力を持って生まれた子を、人々はそう呼ぶ。人に害為す存在だと、恐れ、迫害する。
 だが、本当にそうだろうか。
 現にこの村にいる“悪魔の子”は――

「おや、あれはフェイではないですかね?」

 フェイのことを考えていると、パーシーが丁度フェイのことを見つけて指さす。その先には、木の根もとで眠り込んでいるフェイの姿があった。
 相変わらず色気のない服を着てる――というのが、最初の感想。飾り気のない簡素なシャツに、男性用のズボンを履いていた。本人に言わせれば、肉体労働派だから動きやすい方がいいと言って、スカートを履いているところを見たことがない。
 しかし……村の中が平和でもいい歳した少女が外で居眠りなんて、食ってくださいと言わんばかりだろうが。自覚ないのか、まったく。それでなくても、ここ最近寒い日が続き、別の意味でも危ないのに。
 呆れてため息をついた後、フェイの傍に近づく。しゃがみ込んで「フェイ?」と声をかけても、熟睡しているのか全く反応しない。

「フェイ?」

 もう一度声をかけるが、聞こえてくるのは微かな寝息のみ。

「そういえば、フェイは今日、キムに頼まれたことがあると言っていました。もしかしたら、力の使い過ぎかもしれませんね」

 後から来たパーシーがそんなことを言う。
 なるほど、そういえばキムの家はこの間、父親が遠くの街の親族の所まで出かけたはず。そのため男手がないため仕事が溜まっているだろう。それを手伝ったに違いない。
 丁度この場所は、フェイとキムの家の間にあることに気づく。手伝うことに一生懸命で、家に辿り着くまでのことを忘れたのか。
 それにしても力加減をきちんとしてれば、こんな所で寝てしまうほど疲れるものではないだろうに。頑張り屋なのは認めるが、もう少し自分のことを把握し大事にして欲しいものだ。
 そう思いながら、眠りつづけるフェイを抱きかかえる。

「神使様、フェイは大丈夫ですか?」
「ええ。どうやら疲れて眠っているだけのようですね。ここからなら、教会の方が近い。少し休ませてから帰しましょう」
「そうですか。それならお願いします。神使様の所でしたら、フェイも安心でしょう」
「……。だといいのですが」

 俺は余所行き用の口調でパーシーに答え、フェイを起こさないように静かに歩き始める。
 それにしてもパーシーの口調は明らかにフェイを心配しているようで、フェイを村の人間だと認めている証拠でもあった。
 この村は人口が少ないため、仲間意識が強い。仲間と思わなければ、“悪魔の子”と呼ばれるフェイをこんなに心配しないだろう。

「フェイは……いい村に辿り着きましたね」

 一応、余所行き用の口調で独り言を呟く。
 独り言でも余所行き用なのは、もう癖だ。素の俺の口調は、フェイくらいしか知らないだろう――と、腕の中にいるフェイを見た。
 目の下に薄らと隈が出来ているものの、顔色はそれほど悪くない。一晩ゆっくり眠れば、翌朝には体調も戻っているだろう。
 フェイの容態を確認して、小さく息を吐いた。

「ここまでありがとうございました」
「いえ、こちらこそ、母を診てもらって助かりました」
「早めに相談してくれたからですよ。――ああ、そうだ。少し待ってください」

 フェイを抱えたままの俺は、今日は機嫌がいい。そのせいか、いつになく親切だった。
 パーシーが抱えていた荷物――主に食料――を机に置いている間に、フェイを長椅子に寝かせてから、戸棚の所に行き、小さな瓶を取り出す。

「これをお母様に飲ませて差し上げなさい。病気で体力の落ちた体力を取り戻すのにいいものです」
「あ、ありがとうございます」

 病気は癒しの力である程度治る。けれど、病気だった間は体力が落ちるので、あとは体力回復を待つしかないが、この瓶の中身は栄養価の高い薬草を煮詰めたものだった。これを一瓶くらい飲めば、多少は早く体力が戻るだろう。

「このままでは濃いので、湯で薄めるか茶に入れて飲ませてやってください」
「はい。ありがとうございました」
「いえ、こちらこそここまでご苦労でした」

 パーシーは笑顔で教会を出て行き、家には俺とフェイの二人になった。
 しかし、ここまで熟睡して起きないとは、かなり力を使ったに違いない。少しは力の加減を考えろと言いたい。
 けど、フェイにすれば自分がこの村に居るためには、村の人の役に立つことだと思っているので、やり過ぎだと嗜めても聞くことはないだろう。
 ゆっくり眠らせるには長椅子は不向きだ。長椅子に横たえたフェイをもう一度抱え、寝台のある部屋へと向かった。
 掛けてある毛布をめくりフェイを横たえから、毛布を掛け直す。
 それから少し寒さを感じたので、暖炉に薪をくべて火を大きくする。一から火を熾すのは面倒なので、この時期になると常に暖炉には火が残るようにしていた。

 部屋が暖まってきたのを感じて、俺は神使としての服を脱いだ。
 “神使”の服は基本的に白一色だ。だが、神使の中にも階級があって、それに合わせて肩布が変わる。俺は小さな村の神使なので大した階級ではない。もっと大きな街の神殿――教会などよりも遥かに大きい――にでも行かなければ、これ以上の階級なんてほとんどいないが。
 あれば便利な階級だが厄介な面もあるため、俺はのんびりできるよう、村に居られる程度の階級に留まっている。
 というか、フェイに会ってからだけどな。この村から離れたくなくなったのは。

 この村は小さいため閉鎖的だ。だが、一度仲間と認めると相手を信頼する。最初の頃、俺は立場的に警戒はされなかったが、村の一員というより客という感じだった。
 だからか、フェイのことを放っておけなかったのは。
 それでなくても、フェイはまだ六歳の子供。
 それに俺も癒しの力がなければ、同じ“悪魔の子”として追われる身だっただろうから。
 そんな気持ちから、フェイをこの家の近くの小屋を直して置くことにした。村の中に入れるのは、最初村人に反対されたから。
 今では村の中に来ればいいのにという村人の声の方が大きいが、住み慣れたから平気、とフェイは断っている。
 信頼されているのは分かっているが、それでも迫害された昔の記憶は消えない。だから、適度な距離を保っているのだろう。フェイなりの身の守り方なのだ。
 色んなことを考えながら、神使としての上着を脱ぎ、部屋着のような簡素な服装に変える。髪も緩く束ねていたのを解き、後ろへ垂らした。
 俺が俺としてゆっくり過ごせる時間。
 そして、今日はそこにフェイがいる。
 ただそれだけで、何故か満たされた気持ちになった。

 軽く食事を済ませ身体を清めて、部屋に戻るが、まだフェイは眠ったままだった。
 思ったより疲れているのだろうか。
 寝台の横に座り、フェイの額に触れる。触れた感触に気づいたのか、フェイは少し眉根を寄せた。
 けれど起きる気配もないので、そのままフェイに癒しの力を使う。手のひらにフェイの熱を感じながら、いつの間にかに眠気が襲い、そのまま眠りについてしまった。

 - 後攻-

 目が覚めると訳がわからない状態だった。
 キムの家の手伝いをして終わった後、お茶とお菓子をもらって一休みして、それから家に帰ろうとして……
 途中で意識が途切れてる。
 手伝うのに“力”を使っていたから、結構疲れたのは覚えてる。お茶とお菓子で少し力が戻ったから、心配するキムに大丈夫と答えて家に帰ろうとして……
 やはり思い出せない。
 だからって……

 なんで柔らかい寝台で寝てて、あたしのお腹辺りにドグサレ神使の頭が乗っかってるんだよ!?
 しかも、ドグサレ神使の手があたしの頭にあるんだけど!!

 ……そして、そのせいで動けないし。

 頭が乗っかってるだけで結構重いんだよね。しかも頭も押さえられているし。
 更に僅かでも身動きをすると、ドグサレ神使の手があたしの頭を撫でるように数回往復する。
 その度に、僅かばかりだけど力が戻るような感覚がするのは、こいつが“癒し”の力を使っているからか。
 でなければ、一晩寝たみたいだけど(窓から入ってくる光が強いから朝だろう)、ここまで体力は戻らないはず。
 ってことは、こいつに助けられたことになる。
 うーん、助けてもらっていてなんだけど、それはそれでむしゃくしゃする。もちろん八つ当たりなのは自覚してる。
 でも、起きた後、力の加減を考えないから――などのお説教を考えると、そっと抜け出して逃げようかという気にもなる。
 ドグサレ神使だけど、セオの言っていることはほとんど正しいから、反論できないのが悔しいのだ。

「……逃げたい」
「どこへ?」

 天井を見上げながら呟いた言葉に、すかさずセオの問いが聞こえる。
 ちっ、起きてたのか。

「起きてるなら退いて。邪魔、重い、暑い、鬱陶しい。ドグサレ神使、何もしなかっただろうね?」

 答えは分かっているけど、一応年頃の娘としてちょっとだけ身の危険を感じて問う。
 というかね、このドグサレ神使以外、あたしにそういうことをしてくるヤツはいないから、そう意味での危険人物はこいつだけ。それなりに警戒してしまうのは仕方ないだろう。
 ……他の人だったら心配ないんだけどね。あたし、”悪魔の子”だし。
 セオだけが、何故か、あたしを女の子扱いするんだよね。

「何かして欲しかったのか?」

「………………は?」

 寝起きで半分回らない頭で他のことを考えてると、意外な答えならぬ問いが返ってきた。
 今、なに言った?
 あたしの聞き間違いじゃなかったら……

「何か、って……」
「とりあえず、したのは”癒し”だけ。それ以外も、望むならするけど?」
「……いや、それ以外って何なのよ?」
「考えてみろよ」

 ちょっと意地悪そうなセオの顔が近くにあって、あたしは急に鼓動が速くなるのを感じた。
 待って、待って! いつもセオじゃないよっ!
 一体何があったって言うのーっ!?
 えと、セオの問いに答えるなら……えーと……
 思わず家に戻ったらしようと思っていたことが、するりと口から零れた。

「あ、そういえば汗かいたから、体をきれいにしたかった」
「ふーん、そうか、なる――」
「っ! いや、自分の家に帰ったらしようと思ったんだって! 別にしてもらうことじゃないから!」

 セオの言葉に被せるように慌てて否定する。
 だって、セオにして欲しいことじゃないけど、まるで、して欲しかったみたいじゃないか。
 違う。それよりも。

「お腹すいた!」

 そういえば、昨日キムの家でお礼にもらったお菓子しか口にしてなかったんだっけ。気付いたら途端にお腹がぐぅぐぅ鳴りそうなほど空腹を感じる。
 そんなあたしに、セオはちょっとだけ眉をひそめて、「色気より食い気か。やっぱりまだ子供……」とぼやく。

「悪かったね、子どもで!」
「ああ、全くだ」
「自分は大人ぶって!」
「子供扱いされたくなかったら、力をどれくらいまで使ったら大丈夫なのか、ちゃんと把握しとけ。揚句に村の中とはいえ、外で眠り込んでいるなんてお馬鹿な子としか言いようがない」
「なんだよ、お馬鹿な子って。ほんっと馬鹿にして!」

 怒りで力が戻る。
 手をグイッと押し出してセオを退かしてから、勢いよく起き上った。
 そのまま寝台から降りようとしたんだけど、まだ完全に回復していなかったのか、くらりと視界が揺れる。
 傾きかけた体を、すかさずセオが抱きとめてくれたようだ。こういう時、すぐに助けてくれるのは純粋にすごいと思う。

「はー……、ほんと、自分の体のことをもうちょっと労わってやれよ」
「う、うっさいな……」

 呆れた口調のセオに対し、つい反抗してしまうが、セオのほうが正しいので反論は小声になってしまう。ついでにふて腐れて顔を横の逸らすと、セオが軽くため息をついた。

「とりあえず、朝食でも用意するか。昨日はパーシーに色々もらったからな。お前も食ってけよ。でないと倒れるぞ」

 セオは軽い口調で、一食分の食事を出してくれると言う。
 ほぼ自給自足のこの村では食料はとても大事だ。あたしも自分の家の周りにちょっとした野菜を植えているし、肉や小銭などは力仕事をした対価としてもらう。
 本当なら迷惑をかけた分、”癒し”の力を使ってもらった分、あたしがセオに何かをお礼として渡さなくてはいけない。
 それなのに、セオは対価を求めず、気軽に食べていけと言う。
 神使としてもらいものが多いセオなら、多少は他人に回せる分はあるかもしれないけど……

「どうした?」
「……」
「フェイ?」
「……」

 黙り込んでいるあたしの顔を覗き込むようにするセオ。
 セオは知らないんだろうか。
 村人でさえ、労力という見返りがなければ食事をもらえないのに。
 それでなくても、あたしは“悪魔の子”で、施しどころか迫害されてきたのに、セオはあたしに対して村人と同じように接する。
 それが、どんなにあたしにとって嬉しいことなのか、セオは知らない。
 それを口にするのはなんだか出来なくて、あたしは俯いて口ごもる。
 あたしの態度をふて腐れたと見たのだろうか、セオは軽くため息をついてから立ち上がった。

「ちょっと用意してくるから待ってろよ。ああ、あそこに水甕があるから、顔を洗うくらいはできるぞ」

 あたしはわかったという合図のために、軽く首を縦に振った。
 セオは茶化さないで早々に部屋の中から出て行った。

「……うー……うぅ……」

 温かい言葉に堪え切れずに涙が目元に溜まる。溢れる前に袖口で拭い去ってから、あたしは一人でぼやいた。

「ちくしょー、負けだよ、もう……」

 あたしがいくらドグサレ神使だの罵っても本気で怒ることもなく、
 あたしを年頃の女の子として扱い(一部セクハラ含む)、
 そして、あたしを普通の人として扱う。

「どうせ、あたしは子供で……あんたには届かないんだからぁ……」

 それでもいい。
 手のかかる子ども――そう思ってもらえれれば、セオはあたしのことを見捨てないだろうから。

 - 交戦の果て -

 今回はフェイが自ら負け宣言のため、セオフィラスの勝ち?
 互いに相手に対する気持ちはすれ違い、平行線を辿り続ける。

 

あとがき

続く。
……続くのか?これ…?
やり取りが楽しくて、くっ付いた時のイメージがない汗

目次