vs. Rd.1

 - 先攻 -

  古い木の扉は建てつけが悪くなっているのか、必要以上に重い。それを両手で押しながら開けると、中は明かりとりの窓からこぼれる光で中途半端な明るさ。でも勝手知ったる、という感じで、あたしはめくれた床に躓くことなく中を歩いていく。
 一番奥はこの世界の“神”を模した神像が置かれている。それを見ながらあたしは真っ直ぐ奥に進み、途中で神像の横へと逸れた。その先に罪を告白し、“神使”に許しを得る部屋がある。

 “神使”とは、人の身で癒す力を持つ神に愛された人のことをいう。彼らはその能力のため、教会に身を置き、人々のために使う。
 前置きはさておき、静かに小さな部屋に入る。そこには椅子がひとつポツンと置かれているだけ。
 この部屋は“神使”と直接顔を合わせないよう、中に仕切りの板で区切られている。声は聞こえるけど、相手の顔が直接見えないから、少しは言いやすいらしい。
 ということで、その椅子に座り、小さな声でいるのか尋ねた。

「神使様、いらっしゃいますか」
「はい、なんでしょう?」

 返事はすぐに帰ってくる。
 答えは簡単。いつ来るか分からないから、この部屋は“神使”が普段いるところと繋がっているだけ。
 声が返ってきたのを確認すると話を続ける。少し声を小さくして、震えるようなものにして。

「神使様、お許しください」
「何があっても神はお許しくださいます」
「そうですか……」
「心から懺悔し、そして新たな心でここを出るのです」

 ここまでは普通の受け答え。大抵こんなやり取りで罪を告白し、そして心を軽くして帰っていく。
 そうなるのも、“神使”の力があるからだ。その力で来た人の“罪”を口にさせ、“許す”という言霊で心を癒す。
 “神使”はここで語ったことを一切口外しない。例え罪人として捕まるような者だとしても。
 ……っていうより、大抵ここで罪の告白をすると、素直に役人の所に行くんだけど。みんな、これも“神使”の力なんじゃないか、って言ってる。
 と、また話が逸れた。

「では告白します」
「はい、お聞きましょう」

 言った後、少しだけ喉が上下する。でもこれは自分の罪を明かすためではなく。

「このクサレ外道神使を一発殴ることをお許しくださいっ!」

 早口でまくし立てた後、立ち上がって椅子を手に取る。薄いとはいえ前には壁、これで壊れると思っていない。
 でも。

「行けえっ!!」

 持ち上げた椅子は叫んだ後、見えなくなって、その後隣で鈍い音がした後、床にガタンっと転がる音がした。
 次いで、“神使”の「痛えっ!」って叫び声も聞こえた。うん、ばっちり当たったね。ザマーミロ。

「何するんだよ、フェイ!」

 先程とは違う、怒りを含んだ“神使”の声。
 それにこちらも怒鳴り声で返す。

「うっさい、ここで名前言うんじゃないっ! これじゃあ、誰か分からないようにしている意味ないわっ!!」
「だったらお前も“力”なんて使うなよ。力を使えばお前だってすぐ分かるだろうが」
「……うっ、しょうがないじゃない! 力使わなきゃ、あんたに一発当てることなんて出来ないでしょうが!」

 力というのは、さっき椅子を移動させたもの。それ以外にも手を使わずに持ち上げたりすることが出来る。
 でも、“神使”みたいに“癒す力”はない。あたしの力は物を動かすことに特化していて、他にはないのだ。

「大体、あんたがシンシアに手を出すからでしょうが!」
「出してないよ。あまりに泣くから慰めただけじゃないか」
「あたしにすれば十分出した部類に入るわよ!」

 べたべた触ってキスまでして、じゅーぶん手を出したと言えるわっ!

「それに、タイタスは思いきり殴られたって言っていたわよ!」
「あれは浮気をしたと言って悔いていたから、目を覚ますためにだなぁ」
「だからって思いきり殴りすぎ! ってか、殴ったってことは顔見たってことでしょうが!」

 叫んでいると段々テンションが上がってくる。
 だから気づかなかった。次の答えは、あたしのすぐ横で聞こえたことに。

「確かに暴力はいけない。けれど、時には間違った道に進むのを止めるために、必要な時もあるのさ」

 部屋の入口で立つのは、まだ若い淡いさらさらした金髪をまとめずに垂らして、白いずるずるした服を着た男。

「ここに来るのもいけないんじゃないの?」
「普通の懺悔ならね。でもフェイは懺悔しに来たわけじゃないだろう?」

 ふっと普通の人ならコロっと落ちそうな極上の笑みを浮かべるが、口調とやってることが一致していないって!
 もともと長身で体格がいい声の主は、扉の片側に体をもたれさせ、反対側の手で出口を塞ぐかのように手を添えていた。逃げ場を取られたため、ふてくされた口調になる。

「懺悔したじゃない。クサレ外道とはいえ、“神使”を殴ることに対する」
「これはまた酷い言いようだ」
「黙れ、その口を閉じろ。もっと普通に仕事しろ!」
「まったく……俺にそんなことを言うのはフェイくらいだよ」

 呆れた顔で答える“神使”はセオフィラスという、“輝くばかりの美貌”という言葉が嫌に似合う男。切れ長の目は紫がかった青。高く鼻筋が通っていて、形のいい口には笑みを浮かべている。
 村の教会の一神使で終わるにはもったいない気がするけど、逆に野に放ってはいけない、とも感じる。薄めの唇は常に笑みを絶やさないけど、あれは絶対何か企んでいる顔だ。
 そして、皆この顔に騙されるのだ。

「あたしは、あんたの顔に騙されないからね」
「素直に騙されたら素敵な夢が見られるのに?」
「気色悪いこと言うな」
「つれないなあ、フェイは」

 この世界ではあたしのような力を使える人は、“悪魔の子”と言われ、恐れられる。その能力は様々だ。
 あたしはさっき言ったように物を動かす力がほとんど。
 中には人の心を読めるのもいたりするけど、こういう人が一番嫌がられる。確かに自分の考えていることを知られるのはいい気がしないのは分かる。
 だから、“悪魔の子”が忌み嫌われるのも。

「とーぜん。そのためにあたしはここにいるんだ」
「ほんと、効果ありすぎたな」
「ふんっ、ザマーミロ。」

 この“神使”セオフィラスは、ここに来た人たちに色んな理由をつけては手を出したり殴ったり……と好き放題だ。でも本人を前にすると何も言えなくなってしまう。
 村の人たちはそれも“神使”の力なんだろうって納得しちゃってるんだけど、ここから離れて少し冷静になると、何であんなことをさせた(された)んだろう? って疑問に思うらしい。
 で、問い詰めに行きたくても、本人を目の前にすると……以下略。
 そんなわけで、何故かこいつを前に平気でものを言えるあたしが貴重がられる。みんな、“悪魔の子”だから“神使”の力が上手く働かないんだろう、って言ってる。

 でもまあ、あたしにすればそんなのどうでもいいわけで。
 あたしが知る限り、“悪魔の子”の烙印を押されると、どこへ行っても怖がられてどこか一ヶ所に定着することが出来ない。仕方なく森の中に一人で済むことになる……なんてこともざらだ。
 これだけでも“悪魔の子”が忌み嫌われているのが分かるだろう。
 幸いあたしの力は物を動かすというやつだから、ある程度誤魔化すことができる。でも感情が激しくなれば制御は難しいので、しばらくするとばれてそこから離れなければならなかった。
 それでも親に捨てられてから六歳でここにたどり着くまでは、あたしもあちこち逃げて歩いた。

「あーあ、フェイをここに置こうなんて言わなきゃよかった」
「口は災いの元って、まさにこのことだね」

 “神使”として適当に言ったことだろう。

『彼女はこの村で世話をしましょう。幸い力といっても物を動かしたりするだけのもの。誰にも迷惑はかけないでしょう』

 そして微笑みながら言われた村の人たちはそれに逆らえるわけがなく、あたしはここに居られることになった。全く外面だけはいいんだよね。
 みんな最初は怯えてたよ。“悪魔の子”が近くにいるんだもん。
 でもどこか人離れしているこの“神使”に平気でもの言うところを見たところから、村の人たちが変わりだした。さっき言ったように本人を目の前にすると何も言えないから。
 だからあたしに相談して、あたしがこいつをど突く、もとい行いを正すという奇妙な構図が出来上がった。
 この世界で貴重がられる“悪魔の子”なんてあたしくらいだろう。
 それを誇りに、今日もセオフィラスを遠慮なくど突くのだった。

 - 後攻 -

 はじめはただ単に好奇心だった。
 この世界では、力を持って生まれたものに癒しの力がなければ、人々はその子に“悪魔の子”の烙印を押す。
 けれど本当に“悪魔の子”は人にとって害なのか。普通に育てれば、率先して人に危害など加えないだろうに。

 さらに言えば、俺自身も“神使”と“悪魔の子”の力を両方を持っている。さすがに内緒にしているが。“悪魔の子”の力は言葉で人を魅了というか、逆らえなくするもの。更に目で見るとそれは増すようだ。
 でもそれが永遠に続くわけではない。しばらくするとそれが切れて、何であのとき素直に言うことを聞いてしまったんだろう、と人は疑問に思う。
 そのため、本来なら疑われても仕方ないのだが、ひょんなことで村に住むことになった“悪魔の子”フェイが活躍してくれる。
 フェイには何故か俺の力が効かないのだ。同じ“悪魔の子”だからか。気づくと、我にかえって自己嫌悪に陥ったり、俺に対する理不尽な怒りをフェイに話し、フェイが俺をやりこめるという形で落ち着いてしまった。

 それにフェイはある程度の重さのものも平気で持ち上げるため、その力も村から貴重がられている。明るい性格も手伝ってか、友達も多く“悪魔の子”ながら、誰にも恐れられることなく、逆に頼られ楽しく暮らしている。
 不思議と楽しげに笑っているフェイを見ていると、こちらも楽しくなってくる。だからこの部屋に来て欲しくて、懺悔しにきた村の人にちょっかいを出すんだけどな。
 昔を懐かしんでいると、まだ文句が足りないのかフェイが睨んでいるのが見えた。

「おや、まだ言い足りないのかな?」
「あーたーりーまーえーだーっ! ここに来る前に四人から相談受けたんだよ! シンシアとタイラスは言ったかな。あとは……アンとシーラの分が残ってる!」
「あーあのニ人ね」
「あのニ人ね、じゃないっ! おーまーえーはー……節操というものがないのか!?」

 フェイが怒っている様は、まるで毛を逆立てた猫のようだ。
 彼女は、いつだって人のために怒る。自分のために怒ることはほとんどない。
 そんな性格も、彼女がここにいられる理由の一つだろう。自分の力を、決して私利私欲のために使わない。

「神は人の前に等しく愛情を注ぐという。だから俺も同じことをしているんだけど?」
「あんたの愛情は生臭すぎるわっ!」
「酷いなぁ、時には人の温もりも大事なんだよ?」

 目を吊り上げて怒るフェイは、今年十六歳になったばかりの少女だ。
 でもその生い立ちからか、かなり気丈でしっかりしている。それに少女として花開いていたフェイは、もう子供とは言えない。
 俺の腰くらいまでしかなかった背は、今では鎖骨のあたりまで高くなった。
 まあ、相変わらず見下ろすのは変わらないし、フェイが見上げながら文句を言うのも変わらないけど。
 でも丸かった顔立ちは少し面長に、くすんだ茶色い髪と空色の瞳は相変わらずだが、女性にしては鋭く知的な雰囲気を持っている。確実に変わってきている。
 ただ言葉遣いがちょっと。もう少し女性的なものになれば、どこに行っても恥ずかしくないだろうに、と少し残念に思う。
 フェイに言わせれば、それも俺のせいらしいが。俺とやりとりするのに、女性らしい言葉遣いなど使っていたら面倒だから――と。

「んー、フェイもそれが足りないのかな?」
「は?」

 理解できないフェイの背中に手をまわし引き寄せる。ぎゅうっと抱きしめると、やはり子供のような体ではなかった。丸みを帯びた女性の体は柔らかくて抱き心地がいい。
 村の人から色々相談されて、色事などに関してはかなりの耳年魔かもしれない。それなのに、フェイ自身は自分はまだ昔のまま、子供のままだと思っている。
 ま、だからこういう時に対応できなくて俺にいいようにされるんだけど。

「……なっ、なにするっ!?」
「だから温もりを」
「んな気色悪いもん、いらんわっ!」
「駄目だなあ。若い子がそんなこと言っちゃあ」
「うるさいっ、あんたこそそろそろ三十になるんだから、煩悩から離れろよ!」
「失礼な、まだ二十八だよ。それよりも、この際だから、大人の魅力というものを教えてあげようか?」

 片方の手でがっしりフェイを抑えて、もう片方の手でフェイのうなじから背中……さらに下の方へと手を這わせる。ビクッと震えるフェイがかわいい。
 初めてあった時、フェイが六歳、俺は十八歳。よもやこんな感情をもつとは思わなかったけどね。
 そう思いながらも、気づいた思いを止める気にはならなかった。

 俺の力にかからず、普通に話せる相手は稀だ。
 気づくと本音が口からこぼれるくらい、フェイに対して壁を作っていなかった。それにまだフェイは十六歳。ゆっくり待っても何の支障もない。
 ただ、逃がす気はなど微塵もないけど。
 背中を撫でるのをやめて、今度はフェイの顔に持っていく。頬をなで、少しずつ下げて顎にたどり着くと軽く上を向かせる。至近距離で見ても十分見られるほど整った顔。
 もったいないことに、フェイはそんなこと気づいてないみたいだけど。

「フェイ……」

「いい……加減にしろ、このドクサレ神使がっ!!」

 フェイの声と同時に、頭に衝撃が走る。
 おかしいな、フェイの凶器になるようなものはここにはなかったはずなのに。

「おおっ!? うまくいった!」
「何が?」
「いや、物を動かすみたいに、こう……風というか、空気の塊をぶつけてみようかと」
「……」
「掴めるものじゃないから、最初は苦労したんだよねー。まあ、未だに成功率は低いけど。まあ、セオ相手じゃこれくらいの反則技使えないとね」

 ニヤッと笑うフェイは、やっぱりまだ子供が抜けきらない。
 それにしても。

「俺以外にやるなよ」
「当たり前じゃん、対セオ用なんだから」
「……」

 はいはい、俺対策ですか。この調子じゃあ、完全にものにできるのはいつになるかね?
 面白いからこれはこれで楽しむけど。

 - 交戦の果て -

 そんな感じで二人はいつもの攻防戦を繰り返す。
 その先に待っているのはフェイの勝利か、セオフィラスの勝利か――

 

あとがき

ふっとわいて出た短編です。
なんというか、個人的にこんな関係が好きみたいです。
一応設定では異世界。でも、現代だったら確実に犯罪ですよね…>セオ
補足説明として。

“神使” ・・ 人を癒す力を持つ者。教会に身を置き人の相談役になる。
“悪魔の子” ・・ 力を使える者の総称。ただし、癒しの力を持つ者だけは“神使”として貴重がられる。

という感じです。
異世界なので言葉選びがなんとなく微妙だったり。

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