ある世界のややこしい関係のお茶会

 白を基調にした、汚れひとつ見当たらなさそうな部屋に、ある時刻を告げる音が響いた。
それを耳にした人物は、机に向かってペンを走らせていた手を止めた。

「もう、こんな時間か……」

 昼から数刻、ちょうど小腹が空く時間。いつもなら、側にいる者が茶を持ってくる時間だった。
それにしても、三時がお茶時なのはどこの世界も万国共通なのか。どちらにしろ、今日は茶はいらないと部屋の主は先に告げていたため、茶を持ってくるものはない。
そのため、静かに椅子から立ち上がった。

「さて、そろそろ行くか」

 部屋の主は一言呟くと、部屋の中にある扉のひとつに手をかけた。
少し軋んだ音を立てながらあいた扉の先は、白を基調とした部屋とはまったく趣が異なる部屋に繋がっていた。
なんというか、部屋といえるかどうかも微妙な――どちらかというと、不思議な空間というほうが合っている。歩いて進んでいけるのに、足元には床が見えない。天井もどこにあるのか分からない。もちろん、壁も。
そんな中、ポツンと小さな丸テーブルがあり、そのテーブルに頬杖をつくようにしてぼーっとしている人物がいた。

「どうやら待たせたようだな」

 声をかけると、少し間をおいてから返事が返ってきた。

「……いや、こちらとて少し前に来ただけだ。あまり待ったという感じではないな」
「そうか? その割りにぼーっとしていたようだが」
「いつものことだろう」

 そう、いつものこと……だったりするのだ。目の前の人物にとっては。
いつだって本心がどこにあるのか明かしてくれない、と座っている人物を見てため息をつく。

「そんなことより、座ったらどうだ」
「あ、ああ」

 言われるままに椅子に座ると、先にいた人物が慣れた手付きでお茶の用意をする。
目の前に出されて一口すすった。

「美味いな」
「だろう?」

 目を細めて嬉しそうに笑う相手は、いつ見ても見惚れてしまうほどの容姿の持ち主だった。
さらさら癖のない銀色の髪、高い空のような青い瞳は人の中でも稀な色。それらに見劣りしないために作られたような精巧な顔立ち。
どこをとっても文句ない。
しいて言えば、せっかくのさらさらの髪も、手入れに関心がないのか無造作に束ねたままなのと、肌は日に当たっていないせいか、少々不健康といってもいいほど白いことか。

「しかし……」
「なんだ?」

 同じようにお茶を一口飲んだ相手は、きょとんとした顔を向ける。

「いや、なんでこんなに茶を入れるのに慣れているんだ? 他のものにやらせればいいだろう?」
「毎日自分でやってるからな。なかなか色々な方法を試してみるのは楽しいぞ。茶葉も色々あるしな」
「自分でやっているのか!?」

 信じられない! とばかりに、呆れてカップをガシャンと音を立てながら置く。
本当に、なんてことだ。信じられない――思わず頭を抱えたくなるような心境に陥る。

「何をそんなに驚く?」
「これが驚かずにいられるか!」
「そうか?」
「そうだ!」

 悲しいことに、超マイペースな相手は、自分がこれだけ信じられない思いを抱えているのに気づかない。

「信じられない……昔の君の面影はどこへ行ったんだ!?」
「昔?」
「そうだ! かつてこの世界を闇に陥れようとした者などと……誰が信じるかっ!」

 勢いあまって、テーブルをだんっと叩いて立ち上がる。
そうなのだ。目の前にいる人物は、かつて『魔王』と呼ばれ、『神』と呼ばれるようになった自分と対峙し、長い時をかけて戦った者。
互いの力を認めたがため、こうして今もひっそりと会っているのだが――

「それは昔の話だろう。私はお前に負けたというのは、世に広まってだいぶ経つではないか。そうだろう、ジェルファルレイ?」
「……」

 しれっと言われて、ジェルファルレイと呼ばれた方は力なく座り込んだ。
世の中では神である彼、ジェルファルレイが、魔王イントゥリーグを倒したとなっているが、真実はイントゥリーグが戦うのに飽きただけだ。
あのまま戦い続けていたら、結果はどうなっていたか分からない、とジェルファルレイは思っている。

 イントゥリーグは常に面白いことを探し続ける自由奔放な性格だ。
今の話の流れから、どうやら今はお茶を上手く入れることが楽しみらしい。道理で最近やたらとお茶に誘われる回数が多くなったのかが分かり、はぁ、とジェルファルレイはため息をついた。
とはいえ、『魔王』としての責務まで放棄しているようでは困る。
ここ最近、人から魔族の被害が多いのは、イントゥリーグが魔王として魔族を統率するのを怠けているからだ。
その理由が『お茶を美味しく入れる方法を模索するため』など、他の者が聞いたら、どう思うだろうか。誰も信じないだろう。
とはいえ、『魔王』と呼ばれているのだから、それ相応のことをしてくれないと困る。

「お茶には付き合うが、最低限の仕事くらいしろ」
「は?」
「最近苦情が多いんだよ、魔族の! どうにかしろよ!」

 この世界は神族および魔族の干渉が強い。
そのため、弱きものは魔族を怖がり、そして神族に助けを求める。
その助けを求める声が、最近多いのだ。

「苦情……ねぇ? それをどうにかするのが、神であるお前の仕事だろう」

 と、現状を訴えても、返ってくるのは我関せず、の言葉のみ。

「だいたい、私は一度たりとも仲間など求めたことはないぞ」

 確かにイントゥリーグは魔王と呼ばれている。
イントゥリーグは魔族だし、他者よりずば抜けて力が強いが、生まれながらの魔王ではない。
自分の娯楽のためにジェルファルレイと戦っただけで、魔族を統率しなければならない義務はどこにもなかった。
彼らはイントゥリーグの強さに惹かれ、集まり、そして言うことを聞いていただけだ。
ただ、そのイントゥリーグが何も言わないのと、建前上、神であるジェルファルレイに倒されたということで、言うことを聞かない輩が増えているだけで。
ジェルファルレイは額に手を当てながら。

「手は……人々が打ち始めたらしい。人の中にも強いものはいる。その中で『勇者』を作り、『魔王』を倒そうということになったそうだ」
「『なったそうだ』ということは、お前にしてみると事後承諾か?」

 嬉々として尋ねてくるイントゥリーグに、ジェルファルレイは眉間にしわを寄せながら頷く。

「ああ。先に聞いていれば止めさせたさ」

 イントゥリーグの強さはジェルファルレイ自身が良く知っている。
それをたかが人間がどうにかできるのか。なにより、イントゥリーグの前にたどり着く前に、無駄な死人が増えるだけだろう。
そう思うと、出てくるのはため息しかなかった。

「勇者……ねぇ」
「ああ、勇者だ」
「確かに人の中にたまにやたら強いヤツが出るな。神族、魔族との交わりにより……」

 イントゥリーグは右手を口元に持って行きながら、感心した口調で呟いた。
それを聞いたジェルファルレイは、苦々しい表情を浮かべながら低い声で応える。

「ああ、そうだ。だからこそ厄介なのだ。その力を過信して、魔王に勝てると思っていたら――」

 と、そこまで口にすると、先ほど思い浮かべたシーンをまた再現してしまい、最後まで口にする気になれなかった。

「ふーん。その勇者ってどんなヤツか分かるか?」
「勇者? そうだな、確か名は……レーンといったか」

 手元に来た書類を思い出しながら、ご丁寧にテーブルの中央に光る玉を作り、そこにその人物の姿を浮かび上がらせた。

「ほう、勇者と言うから、もっと筋骨隆々な厳つい印象だったが……結構な美丈夫だな」
「……まあ、確かにな」
「それで、これが私を斃しに来る――というわけか」
「……そういうことになるな」

 面白そうな表情になっていくイントゥリーグとは逆に、ジェルファルレイは面白くないといったしかめっ面になっていく。返事もおざなりだ。
テーブルの上の玉を消すと、イントゥリーグに「そんなことだから、最低限の躾だけは何とかしてくれ」と懇願した。
躾とは……と思わないでもなかったが、魔族は自己中心的で人に害なすことでも平気でする。だから統率を図るより、そのあたりの制御のほうが先だろうと判断したのだが……
魔族の中でも更に酔狂な性格の持ち主が、素直にそれを聞くことはなかった。

「ふんふん、なるほど。それなら丁重におもてなしをしないとな」

 イントゥリーグの楽しそうな声に不安を覚え、ジェルファルレイは慌てて「お、おい? だから死人を増やすような……」と宥めようとするが。

「何を言う! 私の今の楽しみは茶だ。その茶に呼ぶのに失礼のないよう、勇者が来るまでにしっかり茶の入れ方を覚えると言っているのだ!」

 と、思い切り斜め上の返事が返ってきて、「……は?」と思わず目が点になってしまう。
だから、勇者は魔王を倒すために行くのだが……と思っていると。

「ふふん、人にしてはなかなかの顔だったじゃないか。それに今いる中で一番強いのだろう? 会ってみたいと思うのは当然じゃないか」

 早くも好奇心丸出しのイントゥリーグに、ジェルファルレイは頭を抱えて深い深いため息をついた。
が、どうやらそれだけでは終わらせてくれないらしい。

「はっ、そうだ。彼は私が魔王だと気づいてくれるだろうか?」

 と、言って自分の身なりを気にしだす。
最近、茶のことばかりで手入れしてなかったからな、という声が聞こえるが、問題はそこじゃないだろう。
世間では魔王の容姿についての話題は出回っていない。
そしてイントゥリーグは闇に近い魔族というより、神族に近い明るい色彩と美貌を持っている。
なにより――

「分からない……かもしれないな。魔王が……女性で、しかも絶世の美女と言われるに値するという話を、聞いた……ことがない」

 そう、魔王イントゥリーグは女性なのだった。
そのために。
そのために、ジェルファルレイは戦うことを止めた後も、彼女の誘いがあればこうしてひっそりと会いに行くのだから。

(間違って、魔王に囚われた気の毒などこかの姫君として連れてこられそうだな……)

 ジェルファルレイはそんなことを考える。
が、それが本当のことになるのはもう少し先のこと。

 

 

あとがき

こっそりブログで書いたもの。
続きなどもあるけど……どーしよう。短編、短編なんだ!ということで、これで終わりにしておこう、うん。
名前はどうしようかと考えて、『さらに怪しい人名辞典』にいったら、薔薇とかポプリがあったのでそこからチョイス。
ちなみに、魔王はただ単に力が強いので魔王と呼ばれるようになっただけです。
※小説家になろうにも投稿しています。

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