この世界は五層に分かれているという。
一番上から光、そして天界、人界、地界、闇の順で、それらを繋ぐための柱が中心にある。その柱は限られた者だけが別の世界を往来できるようになっていた。
人界は人が占める世界。いくつかの国に分かれて生活をしていたが、互いの領域を侵すことなく平和な世界だった。
そしてその人界を、天界は強すぎる光から、地界は闇に封印した悪しきものたちを封じる役目を担い、守っているという。
そして、もう一つ――善き行ないをした場合、その魂は輝き死後天界へと向かえ入れら、悪しき行いをしたものは、地界ではなく、闇へと封じられる――と言われている。
また、人界において五年に一度、柱のある国で大きな祭りがある。
それに天界を治めるもの――“ミカエル”、地界を治めるもの――“ルシファー”が訪れる。
人々は天界の“ミカエル”の神々しさに目を奪われ、地界の“ルシファー”の底知れぬ強さに畏怖した。
人は柱を通って別の界へ移動することを制限されているので、他の界を見ることは出来ない。けれど、彼らの存在から天界と地界の存在を信じることが出来た。
***
人界は柱を中心に、それを守る国が存在する。そこは柱の国とか中央などと呼ばれていた。
現在、柱の国を治めるは、アルベールという穏やかな性格の王だ。
彼にはラシェルという妻――王妃と、クレアトールという姉姫、マリアベールという妹姫、レオナールという彼女たちと年の離れた世継ぎの王子がいる。
ただ、姉姫のクレアトールは体が弱いため、城の奥でひっそりと生活をしていた。
「今日のお加減はどうでしょうか?」
姉姫であるクレアトールの乳母が寝台の上から窓の外を見ている彼女に声をかけた。
その声に気づき、クレアトールは笑み浮かべる。体が弱く日にあまり当たらないせいか、肌の白さが際立っていた。
「大丈夫よ。そんなに心配しないで」
「姫様、私にまでそんなに気を遣わなくてもよろしいのですよ。今だって少しお熱があるように思えます」
心配そうに覗き込む乳母を、クレアトールは寝台の上で苦笑しながら見上げた。
心配性な乳母はクレアトールの体調にいつも気遣っている。今も、少し赤みのある頬を見て、すぐに熱があると判断したのだろう。
「そんなことないわ。あったとしても気にならない程度よ。それより少し歩きたいから、服を用意してくれないかしら?」
「まあ、あまり無理をなさらないでくださいまし。姫様は体が弱いのですから」
クレアトールは病気ではなかったが、普通の生活をすることも無理なほど体が弱いかった。
乳母が無理をするなと言うのは仕方ないだろう。
「昨夜も遅くまで本をお読みになっていたのを知らないと、私がでも思っているんですか?」
「それは……。でもね、ばあや。私には限られた時間しかないの。だから出来る時には好きなことをさせてちょうだい?」
二十歳まで生きられるかどうかと言われているクレアトールは、今年で十九歳になった。宣告された通りなら、もうすぐその命の炎は燃え尽きるはずだった。
それを暗示するかのように、最近微熱が続き平熱に戻ることがない。少し無理をするとすぐに高熱を出してしまう。
彼女は自分の命の炎が消えていくのを、嫌というほど実感していた。
だからこそ、好きなことをして最後の最後までなるべく笑っていようと心に決めていた。
短くても悔いのない人生だったのだと、周りの人が思えるように。
「……分かりました。お出になるのは中庭まででよろしいのですね」
「ええ。少し散歩をして風に当たりたいの」
「すぐご用意致します」
「お願いね」
クレアトールはまた乳母に向かって微笑んだ。彼女は心配されることを嫌う。同情の目も嫌だ。だから彼女はどれだけ体が辛くても気丈に笑って見せる。
乳母が部屋を去った後、クレアトールは小さなため息をついた。
今日は天気がいい。窓から差し込む日差しが眩しいくらいに。これなら中庭に出ればきっと家族に会えるはずだ。
彼女の家族が会いに来てくれないわけではない。反対に一日に一度は誰かが見舞いに来てくれる。
でも見舞いは彼女の様子を見に来るのであって、具合の悪いときに来られたら、どうしても皆を心配させてしまう。
だから体調のいい時は自分のほうから出向いて、自分は大丈夫だということを主張したいのだ。
心配しないで――と。
***
妹姫であるマリアベールは今年十五歳になった。
姉であるクレアトールと違って、体はいたって健康だった。ただ年より幼く見られることが多いのが悩みだった。母にも姉姫であるクレアトールが十五歳の時はもっと大人びていた、と、愚痴を零されることがあるくらいだ。
体が弱くてもしっかりしていてフォローしてくれる姉がいる。年が離れているとはいえ世継ぎの王子がいるため、彼女が跡を継がなければならないという重圧もない。
そのためおっとりとしてどこか抜けているような、そんな風に見られてしまうのだ。
マリアベールは朝起きてすぐにカーテンを開けて空の様子を見た。
雲がところどころにあるが、青空が占める割合にほうが多い。
「今日もいい天気。お姉さまに会えるかしら?」
天気のいい日は、姉のクレアトールが中庭を散歩する。今日も具合が良ければ来るに違いない。
マリアベールは急いで朝食をとり、中庭に急いだ。
中庭には季節の花が咲き乱れていて、クレアトールが来なくてもそれはそれで楽しめる。マリアベールはまだ朝露に輝く花たちを見て心を和ませていた。
「あら、マリア? おはよう」
開きかけたバラの花に蟻が移動しているのを見つめていると、後ろから突然声をかけられる。
それは待ち人の声なので、マリアベールは確認しないまま声の主に飛びついた。
「おはようございます、クレアお姉さまー!!」
「うわー! ちょっと待っ……」
勢いよく飛びこむマリアベールに、クレアトールは支えきれずによろめき、二人して地面に転がった。
マリアベールは下になったクレアトールを見て叫び声を上げた。
「きゃあああっ!! おっ、お姉さま!?」
「……たたた。喜んでくれるのは嬉しいけど、もう少し優しくしてちょうだい」
「ごめんなさいいっ!!」
体の弱い姉に怪我までさせるなんて――と、マリアベールは慌てて飛び退きながら謝った。
クレアトールにするといつものことなのだろう。苦笑しながら立ち上がると、マリアベールの頭を軽くたたいた。
「まったく、いつも大人しいくせに、こういう時だけは元気なんだから」
「だってお姉さまに会えて嬉しくて……」
「マリア、あなたももう十五なんだから、そろそろ大人の女性らしい振る舞いをしなさい。お母さまも嘆いているわ」
体が弱くても憧れの姉。
その姉のようになりたいと思うのに、いつまでたっても子供っぽさが抜けずに、ちっとも近づくことができない。
その姉に母のことまで出されて、マリアベールは顔を赤く染めた。
「………はい。お姉さま」
怒られてしゅんとするマリアベール。
でもその後に、クレアトールから「それだけ喜んでくれるのは嬉しいわ」と言われてすぐにぱあっと明るくなる。その分かりやすい感情の変化が、より彼女を幼く見せていることにマリアベールは気づかない。
「マリア、せっかく会ったんだからお茶でもしましょう」
「はっはい! お姉さま!」
クレアトールから差しのべられた手にマリアベールは喜んで自分の手を伸ばした。彼女の姉はいつも優しく接してくれる。
やっぱり庭に出てきて良かった――とマリアベールは喜んだ。
姉であるクレアトールの体が弱いせいでなかなかゆっくりと会えないかったが、それでも二人は仲のいい姉妹だった。