「おい、もう茶はないのか?」
フィデールの言葉にぼけっとしてると、カップと器を持ってる私に、アスル・アズールが覗き込むようにして尋ねた。
「…………ないよ」
まったく、後から来てあるわけないでしょうが。
あーもう、こいつがいると心がやさぐれていくような気がする。
カチャカチャと音を立てながら戻ろうとすると、手を掴まれる。
「……なんだよ?」
「あのな……それが、いきなり席をはずしたヤツの態度か? 少しは謝罪の言葉とかないのか? それでなくても、タマキと二人きりにしたくないって睨んでたくせに」
「……う」
痛いところを突かれてしまった。
確かにあれは不自然だったよね。あれだけアスル・アズールに噛みついていたのに、タマキちゃんと二人きりにしたまま居なくなるんて……どんなに鈍いヤツだって、何があった? と突っ込まずにはいられないだろう。
ああもうっ、自分の迂闊さが恨めしい。
「……悪かったよ。急に居なくなって……」
確かに、席をはずしたのは失礼だし、アスル・アズールのことを危険視していたのに、二人きりにさせた私が悪い。それに、今になって二人きりの会話を盗み聞きした罪悪感を感じてきた。
……まあ、それは言えないけど。
「で、本当にわざわざ探しに来たわけ?」
「当たり前だろ」
「……お疲れ様」
「いや、聞きたいのはそれじゃないし」
「なに?」
会話をしている間に、持っていたカップを一個盗られる。
アスル・アズールといえば、中身の入っていないカップを取っ手に指を入れてくるくると廻し始める。
いったい、何がしたいんだと思っていると、不意に口を開いた。
「異世界から来る者は面白いな」
「……は?」
なに言ってんのさ? と思っていると、カップを廻すのをやめた後、私のほうを見てニヤリと笑う。
うう、その笑みが怖い……
それに、聞き逃せないことを言っていたような?
「な、なにがさ?」
「異世界から来る者――お前たちのことだ」
「いや、勿体ぶった言い方はいいからさ。その言い方って……」
バッチリしっかりタマキちゃんのことも気に入ったような口ぶりに聞こえるんだけど?
間違ってないよね?
なんて感じで恐る恐る見上げると、アスル・アズールはいけしゃあしゃあとした顔で、「ああ、間違ってないぞ」と答えやが……訂正、答えた。
「あいつは自分が偽者だとちゃんと把握してる。その上で、俺にどうしたいのか聞いてきた」
「タマキちゃんが?」
「ああ。お前、自分が乙女だと否定するために、ずいぶん酷なことをさせるんだな」
「……」
何も言い返せなかった。
自分が乙女であることを否定するために、タマキちゃんを利用したことは否定できない。タマキちゃん自身の辛そうな告白を聞いた後では特に……
でも、他にどうしたら良かったんだろう。
乙女だと認めた時点で、私は元の世界に還る機会を失う。
それは、きっとタマキちゃんもだ。召喚した本人(この場合はフィデール)でなければ、どこに戻せばいいのかわからない――というのは、フィデールから聞いている。だから、より強い力を持つアスル・アズールでも無理らしい。
フィデールは私と、私を還すという約束をしている。フィデールの性格から、その約束を破るとは思えないし、その時、私のほうが偽者だったほうが、素直に返すと思ったからだ。
そして、私を還すために魔法を使うとき、タマキちゃんも連れて還ればいいと思っていた。
本物だったら――ううん、ラ・ルースで乙女だとわかった時点で、私の自由はなかったはずだ。タマキちゃんと会うことも出来なかったかもしれない。
でも、そんな思惑に、タマキちゃんを付き合わせていたのは事実だし。
などなど……あれこれ考えた結果だったんだけど、面と向かって言われると、ホント、罪悪感が半端ない。
はー……もう、異世界に来たっていうのに、物珍しさと優雅さを満喫できたのは最初だけ。こう……優雅さとかはいらないから、せめて安穏とした生活が出来ないかなぁ?
「思考を飛ばしているのは構わんが、話を聞かなくていいのか?」
「人を現実に引き戻すなよっ!!」
私の現実逃避を現実に戻すなーっ!
……叫んでも仕方ないんだけどさ。確かに、アスル・アズールの話も気になるし。
なんて思っていると、ヤツは「くっ……」と笑いやがった。
「おい……」
「いや、お前らが似たような行動するんでな。お前とフィデールは割と似てるんだな」
「は?」
自分で言うのもなんだけど、私はフィデールのように真面目じゃないぞ、と思ったけど、アスル・アズールが言うには、同じように現実逃避しかけた時に戻そうとしたら、同じような反応をしたそうで。
……ったく、私もフィデールもアンタのオモチャじゃねぇ!
「で! 前置きはいいから話はなんだよ!?」
「逆切れだな」
「うるさいなっ!」
そんなの百も承知だよ!
でも、これ以上精神衛生上よろしくない状況はご免被りたい。とっとと用件を言え、とばかりにアスル・アズールを睨みつけた。
やっぱりコイツと話してると疲れてしょうがない。
「ああ、話はだな……タマキに興味を持った」
…………………………………………ハイ?
タマキちゃんに……興味を、持った!?
「えええええぇぇぇっっ!?」
ヤバイ、チョーヤバイ!
コイツめ、二つ目の爆弾を落としやがった……再起不能だよ、もう……なんて、思って絶句してると、ヤツは余裕綽々とした表情で「まあ、気に入った――程度だがな。まだ」とのたまった。
その、「まだ」ってのが不安なんだよー! 思い切り不安にさせるんじゃねぇっ!
コイツの場合、『気に入った』から、『その気になった』に移るタイミングがわからないんだよっ。
ってことはだ、コイツが『その気になった』にならないように、二人きりで会わせないようにしなきゃ。
……って、これって、思いっきりタマキちゃんの意思を無視してるんだよね。
タマキちゃんにだって意思がある。だから、タマキちゃんは、私抜きでアスル・アズールと話をしてみたかったんだろう。そこにどういう気持ちが入っていたのか、私には分からないけど、タマキちゃんは自分だけで、アスル・アズール向き合ったんだ。それが必要だと思ったから。
それを、勝手に邪魔をしちゃ、いけないんだ。
さっき反省したばかりなのに……
「そっか」
「お、なんか、思い切り騒ぐと思ったけどな」
「確かに、タマキちゃんに何をする……って思うけど、タマキちゃんが自分で考えて決めたことなら、口出しは……出来ない」
「ようやく分かってきたようだな」
「アスル……アズール?」
問いかけるような視線を向けると、アスル・アズールは『えらい、えらい』といった感じに頭を撫でられた。
子供……扱いだよね、これ。
まあ、でも仕方ないか。人の気持ちを無視して勝手に推し進めて、タマキちゃんを傷つけていることに今まで気づかなかった。
子供が、わがままを言っているようなもんなんだった。
はあ……結局、この中で一番、乙女に拘って、一番、子供だったのは私だったのかもしれないな。