番外編-2 あい(愛or相)変わらず?

 人は多少の緊張感を持ちながら生きるのがちょうどいい、と最近思う。
 なぜそう思ったのか――めでたく男の子を産み、そしてスサナに手伝ってもらいながら、その子を育てるという生活のみだったから。
 子供が、子育てが嫌というわけではなかった。自分が子供を育てるなど、ここに来る前はとてもじゃないが考えられなかったけど、今ではそれが日常になっている。
 子供――ティールが育っていくのを見ていくのは楽しいし、それはそれで大変なのだけど。
 でも、後宮の一角しか知らなくなっていくのは少し寂しい。
 多分、楽しそうに仕事の話などを語るチェティーネ様を見るせいだろう。

 けれど転機というものは、突然訪れて人を驚かせるのが好きらしい。
 我が子が眠る様子を見てため息をついた夜、公務を終えたエイラートがやってきて、そしてしばらくティールを眺めた後に。

「子が出来て少しは落ち着いたと思えば、それはそれで退屈そうな顔をする」
「……」
「どうやら、私の妻は平凡な日常がお好みではないらしい」

 奥歯に物が挟まったような物言いに眉をひそめると、エイラートは反対に楽しそうな表情になる。
 ああ、でもそうね。こういう時って、何かを仕掛けて来るときだわ。
 昔、セランと名乗った頃、こんな顔をして近づいてきたっけ。
 ……って、そういえば、エイラートって王様なのに、自分のことを『余』って言わないのよね。何故かしら? 偉そう……ではあるんだけど、無意味に王であることを誇示しないような気がする。
 まあ、とりあえずそのことは置いておいおこう。私は後宮での彼しか見てないのだから。

「ええ、そうよ。子供はかわいく思えるし、子育ても嫌いじゃないみたいだけれど……繰り返しの日常は、少しばかり飽きてくるわ」

 どうも波乱な人生を送ったせいかしらね。それとも、こんな生活があるのを想像していなかったせいかしら? 充実しているのに、何か物足りなく思ってしまうの。
 そして、エイラートはそれを見透かしたように言うのよ。

「それは良かった」
「は?」
「そろそろ仕事を手伝ってほしいと思ってな。けど、子育てに専念したいという妻を仕事に出すわけにはいかないと思っていたんだ」

 ははは、と笑いながら言うエイラートに、一瞬だけ殺意を覚える。
 そういえば、エイラートにはいつも先手を打たれていたわ。
 そのくせ、私の主張は聞いてくるから、聞いてくるなら少しはこっちの心情も考えてほしいものだわ、と思ったものだ。
 眉尻をかすかに上下させつつ、「それで貴方は私に対して何がお望みなのかしら?」と尋ねる。

「この国も女性にもう少しちゃんとした教育と仕事を――と思うのだが、それを指揮するのはこの国で最高の地位にある女性のほうがいい」
「それが、私ということかしら?」

 最高の地位といえば、王妃ですものね。そして、今その地位にいるのは私。

「私が先頭に立てば、自らの意思で教養を得たい、仕事をしたいという女性の気持ちを奮い立たせる――と?」

 勢いがあるのは認めるけど、そういう意味ではいまいち自信がないわ。

「王妃自らが動いてくれると、やる気のある女性は頑張ろうとするんじゃないか?」

 まあ、私が先頭に立つからやる人が増えるというより、やりたい人はそういう場を作ってもらえれば頑張るわよね。
 今の状態だと、よほど家にお金の余裕がないと、女の子の教育までしっかりしないし、仕事も限られているもの。

「まあ、そうかも。でもそのためにはそういう場所が必要よね?」
「そういうこと。それで何回か話し合っているんだが、どうも、貴族の男ばかりだと内容が偏るからな。女性の発言があれば意見を取り入れやすいし、チェティーネも頑張っているが、それでもなかなか認めようとしないし――」

 最後の発言にちょっとムカ。それだけチェティーネ様の能力をかっているんだけど、それだけ信頼しあっているのだと思うと、微妙に。
 そうか、私は自分の才を認めてほしいんだわ。ただ愛されるというだけでなくて。ここに来るまで自分で何とかしなきゃ、って思っていたせいかしら。
 微妙な気持ちになりつつ、エイラートにまずは何をするのかと尋ねる。

「まずは宰相とチェティーネと、彼女の父であるウィスプ公と五人で話し合おうかと思っている」
「なんで少人数なの?」
「信用が置ける人物であるのと、いくらシェルが頭が良くたって、いきなり誰が誰だかわからない状態で会議に出れないだろう?」
「そうね、とりあえず聞くだけ――ってとこかしら」

 政治に関しては、どれだけ頭が良かろうと女性では参加できない。
 でも、聞くとチェティーネ様はそれに参加しているみたいだけど、話の内容から聞くのがほとんどで、尋ねられた時に答えるくらいの発言権しかないらしい。

「その辺も含めて、政治にかかわる者の整理をしようと思ってな。女性の教育の場よりそっちのほうが先だろうな。――あっ、整理ってのは、人員整理であって、別に処刑だのなんだのというわけじゃないぞ」

 慌てて説明を付け足すエイラートに、「分かっているわ」と答える。過去の所業のせいで、そう見られた――とでも思ったのかしらね。
 でもまあ、そうなると今回の話し合いは、今政治に参加している貴族がどういう仕事をしているかの把握のため、かしら?
 そう尋ねると、エイラートは満足そうな顔で頷いた。

 

 ***

 

 そして数日後、ひっそりと話し合いの場を作った。
 初めて会ったチェティーネ様のお父様は、エイラートが信頼するのも分かるような実直な人だった。少し自分のお父様を思い出させて胸が痛んだけれど。
 チェティーネ様の性格は、彼女のお父様譲りなのだろう。そんな話を後ですると、エイラートは同じような父親なのに、娘の性格はまるきり違う、面白いものだ、と笑った。
 やっぱりムカッときたけど、本当のことだから黙っておいた。

 その数日後から、私は会議の傍聴を許された。
 ま、最初から口を出して進めるわけにはいかないし、ごく少数から聞いた人物像を鵜呑みにする気もない。だから傍聴する時間を設けてもらったのは、こちらとしても好都合だった。
 口を出さすに見ているから、余計に観察できるのよね。あの人は話の通りとか、あの人はちょっと違うかも――とか考えながら、話し合っているのを見ていた。
 念入りに数ヶ月かけて、彼らの様子を見るのと、そして、その裏で人員整理をしていく。

 ちなみに私が会議を傍聴するようになってから、私に擦り寄ってくる者が出てきた。
 エイラートがしたいことをある程度理解しているから、それに対してけん制する者、逆に賛成するから自分のことを引き立ててほしいという者など。
 あと自称、親戚。あ、一応調べたら親戚だったから、自称じゃないわね。
 でも、はっきりいって、これが一番最悪。親戚だからと取り立てる必要などないし、父が亡くなった時、何もしてくれなかった親戚に、義理立てする必要などこれっぽっちもない。逆に殴りかかりたくなるわ。
 そんなこんなで、半年くらいたった頃になって、やっと動き出した。

 

 ***

 

 会議の場、いつもなら隅のほうでチェティーネ様と聞くだけの状態だったのが、今日はエイラートの隣に座る。その様子に周囲はざわめくが、そ知らぬ顔をした。
 エイラートもそのつもりなのか、考えに考えた末に出した人事を口にしていく。
 本当は一方的に決めるものではないらしいけれど、前王のときの膿はまだ出切っていないらしい。しかも、今、残っているのは自分の利益に走るものが多いが、罪に問えるくらいのものではないという厄介な者たちばかり。というか、罪に問えば、ほとんど人が残らないってどうかと思うわ。前王時代、まともな貴族がどれくらいいたのかしらと問いたいわね。
 まあその辺も手は打ったけれど。
 身分だけで高い地位にいる者でも使えなければ下の地位に下ろす。また逆もあり。有能ならば、高い地位にすえる。
 そして足りなくなった人材は、国民の中から出す――勉強して、試験を受けて合格したものは、貴族でなくても政治に参加できるという仕組み。
 こうなると貴族というだけで安穏としていられないわけで、案の定、顔色が悪くなっていく者が続出。
 でも、エイラートの口調に淀みは見られない。

「――以上だ」

 全ていい終えると、持っていた書類を机の上にばさりと放り投げる。
 最後は皆、呆然としていた。けれどしばらくするとその内容に文句を言う者が出てくる。
 一昔前ならこんな風に食って掛かることなんて出来なかったでしょうにねぇ。
『残酷王』と呼ばれていたエイラートは、王妃を迎えてから丸くなったと言われている。
 まあ、独裁政治をするよりはマシなんでしょうが……まあ、土台を作らないと意味ないし。
 ふう、とため息をついていると、親族の一人が私に声をかけた。

「お、王妃さ……いや、シェル、私を覚えているかね?」
「ええ、覚えてますわ。ジュルレ伯父様」
「なら、どうして私をこのような地位に落とすのだ? 私は――」
「ただの血縁者ですわ」

 表情を変えずに、あっさり言い捨てる。
 血縁ってだけでいい所に回されるわけがないでしょうが。また、私が持つ力を使って、贔屓にしたい血縁者もいない。
 それにそんな情で先程の人事を変更するくらいなら、最初からそれなりの地位にしている。それをしないのは、自分に能力がないのだと、どうして分からないのかしら?

「伯父様、今回の人事はよく話し合った結果です。能力があれば上にいけます。前より地位が下がったのであれば、それに見合う能力がないか、仕事をしていなかったか――そのどちらかですわ」

 情の欠片もない言葉で淡々と告げる。でも、こうしなければ、意味がない。
 以前、エイラートが言ったように、ここで情に流されると、『傾国』になる。王を操って間接的に権力と富を得るか、直接口を出して人を意のままに操るか――その違いだけ。
 そして、私は間違っても『傾国』などと言われたくないし、親戚というだけで情が湧くわけでもなかった。

「――とはいえ、この人事に関しては、現在の能力と仕事を考えての結果。頑張りようによっては上にいくことも出来ます。頑張ってくださいませね」

 

 ***

 

「それにしても、シェルは本当に度胸あるな」

 私室に戻った私たちは、スサナが用意してくれたお茶を飲みながら寛いでいた。
 その時にボソリとエイラートが呟いたのだ。

「ええ、あるわよ。でなければ単身であなたを殺そうなんて思ってくるわけないでしょう。忘れたの?」
「そういや、そうだったな。色々あったから昔のようだ」
「まあ、あなたと会ってもう三年以上ですものね」
「早いものだ」
「でも、私はまだ丸くなる気はないわよ? あなたみたいに」

 最近丸くなった言われるエイラートに、私はまだ頑張るわよ、と告げる。
 というか、ああいう場に出されると、ただ単に闘争心に火がつくというだけだけど。
 そんな私の心中を分かっているのか、エイラートは小さく笑うだけだった。

「いつまで笑っているつもり?」
「いや、笑おうと思っているわけじゃないんだが……本当に、シェルはある意味変わらないなあ、と」
「あなただってそういうところ、変わってないと思うわよ?」

 見透かしたような物言いが気に障って、眉尻を上げながら睨みつける。

「まあ、そう簡単には変わらんだろ。でも、俺と二人だけの時くらい、丸くなってほしいけどな」

 楽しそうな口調と同時に、エイラートの手が伸びる。そして後頭部に手を回されて、あっという間に引き寄せられる。エイラートの顔が近づいてきて唇が重なった。
 ……こうして抵抗しないで受け入れている辺り、だいぶ丸くなったと思うのだけどね。
 心の中で思いつつも、口に出すような無粋な真似はしない。
 素直に受け入れ、私たちはそのまま甘い時間をすごした。

 

あとがき

この話、なんとなくだらだらと続きがあるのです;
というか、シェルのような性格なら、子どもを生んだからといっておとなしくしてないんだろうなーとか。
この一つ前の番外編でも女性が活躍し始めるようなところを入れたので、絶対それに参加しそうだとか。
『BHVSCP』のフォリーの結婚式に“ティレー”の名前を見つけて「私も行くわ!」などといって、国王夫妻が不在になったり…とかしでかしそうなんですもの;

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