番外編-1 移り変わる日々

 あれから他の人たちはみな戻っていった。そしてこの王妃の間に、王――エイラートと私の二人きりになった。
 私たちは、スサナが出してくれたお茶を間の机において、向かい合うように座っている。

「何か言うことがあるんじゃなくて?」

 自分から語ろうとしないエイラートに、少し険しい表情で問いかける。

「何を?」
「まあ、私に……というより、他の人たちに対しして、だけれど」
「知らんな。ここがどういう場所か分かっていて来ているんだ。何も問題あるまい」
「ふーん、そういうこと言うの? あなたが色んな女性ひとを取っ替え引っ替えしている間、本当のことを誰にも言えず、みんな悩んでいたのよ」

 まったく、子供ができない方法とやらを、チェティーネ様から聞いて絶句したわ。それなりにすることはしているけれど、だからこそ人に言えないというか……ね。
 だけどエイラートは全然悪気はないらしい。

「仕方ないだろう。最初から俺を傀儡にするために送り込まれたのがほとんどなんだから」
「最初から……?」
「あのな、王になったから後宮に女がくるんじゃねぇの。最初から王太子としている以上、その頃から自分の娘を――って話が来るわけ。ボンクラ親父のせいで欲の皮が突っ張ったのがな。ついでに言うと、世継ぎも義務だから、全く相手にしないってのも問題アリになるんだよ、困ったことに」

 だからって極端すぎるわ。
 まあ、エイラートの取っていた方法なら、誰かに相談なんてできないでしょうね。それも踏まえた上での行動か――本日何度目かの深いため息をついたあと。

「あなたの考えは分かったけど、どうして私を選んだのかさっぱり分からないわね」
「だって面白そうだから」
「……あんたね」

 悪びれたところもなく、さらりと言われて口端が引きつる。

「まあ、アルバートの誠実なところと、そのアルバートの話す『じゃじゃ馬娘』について興味を持ったのが切っ掛けかな」
「どうしてそうなるのか、と聞きたいわね」
「だからさっき言ったとおり、あわよくば権力を、ってのが多かったわけ。そんな中でアルバートは真面目で信じられたし、そのアルバートに似てなくて、更にじゃじゃ馬でレディーらしくない、っていうシェルに興味を持たないわけないだろ?」

 こら、何度も『じゃじゃ馬』って言うんじゃないの。
 とはいえツッコミは言葉にならないし、エイラートは更に続ける。

「あの頃はセランもいて、二人で面白そうだよなって言ってたんだよな。それにどちらかというと後宮に入れてっていうより、純粋に話をしてみたいって思った」
「は?」
「いや、アルバートの話から女性らしくないって聞いていたから。でも、だったらどんな考えを持ってるんだろう、って」

 お、お父様……お父様は私のことをなんて言っていたのかしら?
 ああ、でもなんとなく目に浮かぶようだわ。
 二人が目を輝かせて聞いてきて、それに困った顔をしながらも娘のことを聞かれて嬉しそうに話すお父様の姿が……。

「も……いいわ。聞くだけ馬鹿らしくなってきた」
「え? まだ話すことがあるのに?」
「どうせ、お父様から私がどれだけ貴族の令嬢という枠から外れまくっているのを楽しんで聞いていた、って話なんでしょう?」

 聞かなくても分かるわ、とばかりにそっぽを向けば、エイラートはクッと笑う。

「何がおかしいのよ?」
「いや、シェルのそういうところ、ここに来ても変わらないんだなって」
「…それじゃあ、全く成長しないみたいじゃない」
「そういう意味じゃなくて、いい意味で変わらないってことさ」

 そういって別の場所を見ていた私の顔を両手で挟んで、無理やり元の場所に戻す。
 そうするとエイラートの顔がすぐ近くにあって。

「アルバートから聞くシェルは他の令嬢と違って新鮮で、だから、俺たちはいつの間にか、話だけしか聞いてないのに好きになってたんだよな」

 それは単なる思い込みじゃないの――と言いたくなるのは可笑しくないでしょうね。話だけで会ったことのない貴族の娘にそれだけ肩入れできるなんて。
 しかも私がここに来るまで、ずっとそれを貫き通していたんですもの。寵姫と呼ばれたチェティーネ様にでさえ、本心を明かしていなかったくらいだし。

「だからといって、私が想像と違っていたらどうするつもりだったのよ?」
「うーん……だから様子を見ていたってのもあるんだけど」
「とことん失礼な男ね」

 悪びれずに答えるエイラートに、私はもう目の前の人はこの国の王なのだ、という概念はさらりと捨てた。
 それがよりエイラート個人を喜ばせることになっても、こんな風に普通に話す人を目上だと思えなくなっていた。

「シェルも言いたい放題だけどな。でもシェルがここに来てから、シェルの行動や話を聞いて、本気になったのは確かだよ。前に『傾国』の話をしただろ?」
「ええ」
「その時に、ああ、やっぱりシェルがいいって思ったんだ。シェルなら悪いほうに誘わないだろうって」

 ずるい、そんな風に言うなんて。私は私のプライドにかけて、エイラートの言うようなことはしたくない。
 だって知っているもの。幸せがどんなものなのか。
 自分が幸せだと思ったら、どんなに小さなことでも幸せなんだもの。そして、それはお金では決して得られない。どれだけ贅の限りを尽くしても、嬉しくなければ幸せではないということも。
 それよりも私のために、エイラートが自分の立場を忘れるなんてほうが嫌だわ。

「当たり前でしょう? そんなことしたら、あなたを引っ叩いて部屋から放り出すわよ。とっとと仕事に戻れ、ってね」
「うん、だからいいんだ。シェルといれば、父殺しの汚名を着ても、それ以上、道を外れそうにないから」
「……馬鹿。」

 本当にずるいわ。こんな風に、本当の私を知っても私を選んでくれるのなら、もう拒否しようがないもの。
 結局、なんだかんだいって、私はこの男が嫌いではないのだから。

 

 ***

 

 それから数日後、エイラートはあることを始めていた。
 私はまだそれを知らなくて、スサナが出してくれたお茶をのんびりと口にしていた。

「すっかり落ち着きましたね、シェル様」
「ええそうね。でもあなたは本当に良かったの? 約束どおり、お姉さんの看護については全面的にするわ。あなたは無理に私の側にいなくてもいいのよ?」

 スサナと取り交わした契約はまだ続いている。
 というより、家族を思う気持ちは分かっているから、一度援助を申し出たのに、問題が片付いたからハイ終わり、というのができない。
 それにスサナは最後までついていくと言ってくれた。それが嬉しかったのもある。

「ええ、ですから約束どおり、私はシェル様の側にずっといるんです。それとも私のような者では、王妃になる方の侍女として相応しくないでしょうか?」
「そんなことないわ。どちらかというと、色々と分かってくれているスサナの方がいいもの」
「なら、側においてください。私はシェル様に付いていくと決めたんです」

 そういうとスサナは邪気のない笑みを浮かべる。
 スサナがそう言う以上、私もやめろという気はなく――

「そう、ならよろしくね」

 短く笑みを添えて言うと、スサナからも笑みが返ってくる。
 最初の頃とは考えられない関係。でも、これからも側で支えて欲しいと思った。

 

 ***

 

 その後、私の立場をきちんとした後、エイラートは後宮にいる女性を家に帰された。ほぼ後宮解体といえる。
 後宮にいた身としては、次の嫁ぎ先を決めるのは大変だけど、ここにいてただ年を重ねていくよりはましだろう。
 だから彼女たちを帰すとき、それなりの保証をした。
 それに王妃(自分のことだけど)も決まったし、扱いが扱いだったため、後宮にいる女性のほとんどが家に戻っていった。
 でも帰らなかった女性も数人いる。

「ご機嫌はいかが? 王妃様?」

 笑みを浮かべながら話しかけてくるのは、もう耳に馴染んだチェティーネ様の声。
 彼女も戻らなかった女性のうちの一人だった。

「見たとおりですわよ、チェティーネ様こそどうですの?」
「あら、見たとおりですわ」

 チェティーネ様はエイラートと交わした約束を守っている。だからこうして私の所によく訪れる。
 でも後宮解体から、なんとなく元気がなかったのに、今日は晴れやかな表情をしていた。

「本当にどうしたの?」
「あら、分かります?」

 手を頬に当てて首を傾げて微笑む様は、本当に綺麗だと女の私でも思う。ふわふわした淡い金色の髪に整った顔。なにより仕草が女性らしい。
 元寵姫と現王妃。
 立場を考えればこのように仲良くなれるわけがないのだけど、まるきり正反対なせいか、何かと気が合ったりする。互いにないものを持っているせいかしらね。
 どちらにしろ、いつもと違ったチェティーネ様に何があったのかと、興味津々に尋ねる。

「私、陛下からお仕事を頂いたの」
「……え、し、仕事……ですか?」

 それはフツー喜ぶことではないと思うんだけど。
 身分は公爵令嬢。そして元寵姫――そんな彼女が仕事を嬉しがるなんて、少し意外だった。

「ええ、どこにもいけない私に、陛下は新たな場所を下さったの」
「チェティーネ様?」
「私、ずっと寵姫と呼ばれてきたでしょう?」
「ええ」
「だから、ここから離れてどこにもいけなかったの。家に戻っても、たぶん他に嫁げる場所なんてないわ」
「あ……」

 そう言われてみればそうだ。もともとここに残った女性のほとんどは、バレリー候が白状したせいで、新たに罪が暴かれた貴族たちの娘と、そして寵姫だったチェティーネ様くらい。
 彼女たちは帰ったとしても前のような生活はできないから、後宮の片隅にでもいさせて欲しいと懇願したらしい。
 でもチェティーネ様は違う。彼女は寵姫と呼ばれていたくらい、王のお気に入りだから、戻っても嫁ぐ場所がなかったのだ。

「ずっと、何も出来ない、期待もされないまま、ここに居なければいけないと思ったの。でも、陛下は女性にも教養だけでなく、政に関しての知識が必要だって前から思っていたらしくて」
「確かに女性にも必要だと思うけれど……」
「でしょう? だから陛下は、国にある学び舎にもっと力を入れたいんですって。で、今まで主に男の子が多かったから。そこに女の子も入って勉強できるようにしたいらしいの」

 確かに学び舎はある程度お金がないと通えない。基本的に仕事に必要だから、普通の家では男子を学ばせる。
 でも、女子まで通わせる財力を持つ家は少ない。文字の読み書きや詩――教養といったものは、貴族の令嬢くらいでないと無理だった。

「それと、チェティーネ様の繋がりは?」
「最初から国全体を、ってのは無理だから、商家の娘を学ばせようってことになったの」
「まあ、商家の娘ならお金はあるでしょうけど」
「そうではなくて、私が教えるのは無料よ。ただ、その後、学び舎を増やすために先生になってくれる人の育成――ってとこかしら」
「ああ、学び舎を増やすなら、教える人が必要だものね」
「そう。それを増やしていくのが、これからの私の仕事になるの」

 楽しげに語るチェティーネ様は、とても生き生きしていた。認められたのが嬉しいんでしょうね。
 なにより――

「面白そう、ね」
「ええ、やりがいがあると思っているわ」
「私も何か出来たらいいんだけど……」

 でもこのままだと、子どもを生んで、そのまま安穏とした生活を送ることになる。そう思うと少し寂しく思えた。
 それを察したのか、チェティーネ様は人差し指を口元に持っていきながら。

「まだ言うなって言われてたんだけれど……陛下はいずれシェル様にも頼むつもりなのよ」
「え……?」
「生まれてくる御子のこともあるし、もう少し形が整ってからってことで伏せておくよう言われていたんだけれど、ね」
「なんか仲間外れにされてる感じだわ」

 たまにこういう時がある。
 さすがに四年もの間、エイラートの側にいた女性だけあるというか。私とエイラートの間にはない、また別の絆が二人の間にあるのが分かる。
 拗ねてぼやけば、チェティーネ様を楽しませるだけだったけれど、それでもぼやいてしまう。
 でもそうね、生き生きとしたチェティーネ様を見るのは嬉しく思えるわ。

 

 ***

 

「何か言うことないかしら?」

 夜になって部屋に来たエイラートに、開口一番で尋ねる。
 すると少し嫌そうな顔をしながら、「もうバレちまったのか」と呟く。

「隠し事ってね、しようとするから探られるのよ」
「別に隠し事ってわけじゃ……」
「十分隠し事に入るでしょう。知られたくないって感じだったし」
「だから、別に知られたくないわけじゃなく、て……」
「じゃあ、何よ?」

 エイラートは面白いことに、問い詰められるのに弱い。
 王であること、更に“残酷王”などと呼ばれていたせいか、問い詰められるようなことはほとんどなかっただろう。だからしつこく何度も尋ねると誤魔化せなくなって、最後には折れる。

「別に隠してたわけじゃなくて……ただ、今はお腹の子に専念して欲しかっただけだ。シェルは目を離すと無茶をするから」

 むすっとした顔で答えるエイラート。
 でも答えた内容に私も少しカチンと来る。

「言ってくれるじゃない?」
「事実だろうが」
「あなただって似たりよったりでしょう!?」
「……確かに。まったく生まれてくる子は男でも女でも、元気なのは折り紙つきになりそうだな」
「……そうね。でもって、どっちに似ても気が強そうで」
「更に頑固だろうな」

 なんというか、まあ、ある意味似たもの同士というか。互いにそれは分かっているのだけど、ついこうして不毛なやり取りをしてしまう。
 そういう意味ではチェティーネ様のほうが、エイラートに対して気を遣うから、普通に話ができるのかもしれない。

「でも、まあ……利用されるようなことはないだろ。その点だけは安心できるな」
「そうね。でもその点だけ? その点だけなの!?」

 これでも私は他のことだってそれなりに出来るのよ。
 後宮にいて退屈なミセス・ムーアの勉強だっていつも好成績だった。礼儀作法だってそれなりの場所に出れば、きちんとできるわ。
 ……いつも面倒だからしないだけで。
 心の中で憤慨していると、それに気づいたのかエイラートは苦笑しながら。

「いやそういう意味じゃなくてさ、どちらにしろ頭はよさそうだから、立ち回ってくれるだろうってこと。利用されないようにな」
「そうであって欲しいわね」
「あ、でも女の子だったら、礼儀作法はチェティーネに任せたほうが良さそうだな」
「どういう意味よ?」
「シェルはきちんと教えそうだけど、それ以上に余計なことを教えそうだから」

 プチッ、と切れてエイラートに肘鉄を喰らわせた。
 ぐっと軽く呻きながら、「こういうのを平気で教えそうなんだよな……」とぼやく。
 その情けなさに、ここへ来た当初見た面影はどこにもなく、思わず笑ってしまう。
 きっとこれからもこうして変わっていくんだろう。季節が移り変わるごとに。

 

あとがき

微妙な締め方だったので後日談など。
結局、シェルとエイラートは似た者同士な気がしたので、ケンカしつつも周りのことを考えると、それなりにやっていくんだろうな、と思いながら書きました。
「花信風」は当サイトの「BHVSCP」と同じ世界(こっちのほうが時間軸は少し先)になります。
でもって、ふと、向こうの主人公フォルマリールとタヌキな王子の結婚式に参加する~なんてのがイメージに合って、時間があったら番外編として書いてみたいうちの一つだったりします。
(とはいえ、シェルとフォルマリールではかなりの年の差(13歳?)あるので、どうなんだろう…?顔は知っていると思うけど、お互い相手がそんな立場にいるとは思わないだろうし)

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