第21話 裁きの場

 私は人がたくさん居る部屋の中央に立っていた。隣には怯えているスサナがいる。
 更に両脇にはいかにも騎士という風情の男性が二人、私から目を離さない。戒めはないものの、不審な行動をしたらどうなるか、一目瞭然だろう。
 当然といえば当然な措置。今の私は王を暗殺しようとした者として、これから裁きを受けるのだから。

「シェル・パリュール、女神アデュラリアの御名の元、ここに真実を述べることを誓いなさい」

 この国の宰相の地位にある初老の男性が目の前で告げる。
 本来なら罪を裁く場所があるのだが、事が事だし場所が後宮だったため、今回は城の内部で行われた。それでも後宮にいる女性だけでなく、主だった貴族が見ていた。
 誰もが王に逆らったらどうなるか――それを見せつけるためにだろうと思っているに違いない。
 でも私にとっては好都合。沢山の貴族がいる公開の裁きになれば、バレリー候を引っ張り出すことが出来る。
 私は最初の予定通り、お父様の敵――相手は変わったけれど――バレリー候の罪を明らかにするためにここに居る。
 そのために王を傷つけた。生半可な演技では、このような場を設けられないと思ったから。
 王の覚悟を見て、私も覚悟を決めた。
 どんな結果になろうとも、目的を果たそうと。
 そう思いながら、私は口を開いた。

「はい。ですがそれより前に……まずは名と身分を偽っていたことを告白します」

 宰相にとって意外だったのか、少し目を瞠った後、すぐに元の表情に戻る。
 そして、それを明かすよう指示した。

「私の本当の名はシェル・フェザー。伯爵であったアルバート・フェザーのニ番目の娘です」

 私の名――というより、フェザーというファミリーネームを聞いて驚く貴族が数人。
 バレリー候も声は出さなかったものの、眉をひそめて私を睨みつける。まるで、余計なことは喋るな、と言っているよう。
 スサナもそれを感じたのか、私の袖を掴んでいる手に力が入っている。

「私、シェル・フェザーは父が殺されたと聞き、復讐のためにここに来ました」

 はっきりと復讐のために来たと告げると、周りは動揺を隠せないという表情になる。
 それはそうだろう。『残酷王』を前に、本音を言ってのけるなど、自殺行為でしかない。普通なら保身に走って言い訳をするだろう。
 それでも私は怯むことなく口にする。真実を全て語ることは出来ないけど、それでも隠されていたものを暴くためにここにいるのだから。

「それにしては時間が経っているようだが?」

 自分の罪に怯えるわけでもない私に、尋ねる宰相のほうが狼狽える。
 そのため、宰相に代わって王が問う。

「四年の間、私は女の身で剣を習いました。何の策もなく来るのは愚かだと思いましたので」
「なるほど、確かにその通りだ」
「とはいえ剣を習っただけでは不安要素は拭えません。ですから、後ろ盾を手に入れました」
「後ろ盾、とは?」
「レヴィ・バレリー侯爵です」

 バレリー候は狼狽えることなく、「後見を頼まれたが、そんなことは知らなかった」とうそぶく。
 けれど、それを無視して畳みかけるように暗殺の支援をしてくれたことも告げた。

「……不愉快ですな。後見人が欲しいというからなってやっというのに、私に罪をなすり付けようとするなど……。陛下、その女の口を閉じさせてください」

 ヴァレリー候は心外だというような表情を作りながら言う。
 どこまでも厚顔なのだろう。この場で、まだ白を切り通そうとする。
 こんな状態だから、王はバレリー候の罪をなかなか表に出せなかったのだろう。しっかりとした証拠がなければ逃げられると。
 だけど今回は違う。私とスサナという生き証人がいる。ましてや私は王を傷つけているのだから。それがバレリー候の指示によるものだと証明できれば、言い逃れることは難しい。

「いや、かなり興味深い内容だ。続けろ」

 王はバレリー候の言い分を無視し、私を見て次を促す。
 私もこの機を待っていたのだから、遠慮せずに語った。

「バレリー候は私に言いました。私の父は陛下に逆らったため処刑されたのだと。私は愚かにもそれを信じ、復讐を支援してくれるというバレリー候を信頼して、後宮ここに来ました」
「なるほど。それで昨夜は目的を果たそうとしたのか? 出来なくて残念だったな。それともう一つ、部屋を調べたら遅効性の毒が見つかった。これを用意したのは誰だ?」
「私が持ってきました。毒についてはバレリー候に用意してもらったものです。先程言ったように、剣だけでは不安でしたので」

 毒と言った時にスサナの身体がびくりと震える。王はそれを見逃さず、スサナも加担していたのかと問う。
 それに震えたままのスサナに代わって私が答えた。というより、スサナには何があっても黙っているよう、その前に言いつけてある。

「違います。それよりも先程遅効性と言いましたが?」
「そうだが?」
「用意してもらったのは即効性のものです。お間違えでは?」
「いや、間違っていない」
「……そうですか。なら、その毒はスサナがすり替えたのですね」

 自分の名を出されて驚いたのか、スサナは私の袖を思いきり掴む。まるで見捨てないで、と言っているようだった。
 もちろん、今の私には彼女を見捨てる気などない。
 逆に、スサナに罪が及ばないよう、スサナは私を止めようとしていたのだと告げる。

「スサナは私がここへ来た目的を知っていました。ですから、止めるよう何度も言われました。でも私は気持ちを変えることがなかった……。ですから、彼女なりに止めさせようとしたのかもしれません」
「……シェル、さま?」

 何を言っているの、といった表情で私を見るスサナ。
 ごめんなさい。私のせいでこんな目に遭わせてしまった。利用しようと思っていたのに、真実を知ったら、後ろめたさを感じてしまった。
 だから自分のことより、姉を優先しようと思ったスサナだけは助けたいと思った。
 矛盾しているのも、自分勝手な自己満足だということも分かっている。でも何もしないよりましだと思うから、今できることをしようと思ったの。

「用意はほぼバレリー候によるもので、そして実行するのが私でした」

 私ははっきりと断言した。
 王はそれを聞いて、口端を軽く上げる。
 バレリー候を引きずり出せたことに対する喜びに。

「レヴィ・バレリーを連れて行け。後で別に尋問するとしよう」
「はっ」

 王の言葉に控えていた兵がバレリー候の元へと向かう。
 バレリー候は先程の態度とうって変わって、私に対する罵倒を吐きながら、王には自分には関係ないと無罪を主張した。
 けれど王は取り合わない。

「それは後々ゆっくり語ってもらおうか。ああそれと、少し前にフェザー伯を殺したという奴を捕まえてな。吐かせたらお前に雇われたという。可笑しな話だ。アルバートは自殺したのにな。その辺りもついでに語ってもらおうか?」

 お父様を殺した者?
 王の話はバレリー候だけでなく、私も驚くような内容だった。けれど、それからそういったことがあったから、昨日包み隠さず話してくれたのだと理解した。
 セランの時、王は用心深いと言った。バレリー候が尻尾を出すのを待っていると。
 多分、それらを整えてから、最後に私のところに来たのだろう。自分が殺されても大丈夫なよう、証拠を十分整えたあとに。
 一人で納得していると、王は落ち着いた声で「連れて行け」と兵に告げる。彼らはバレリー候の両腕を捕らえながら、引きずるようにこの部屋から連れ出されていった。

「さて、ではこの娘はどうしますか?」

 宰相は王に向けていた顔を私のほうへと向ける。
 未遂とはいえ、王暗殺となれば、道は一つしかないでしょうに。
 ああそうか、この部屋にいる人たちに王暗殺など企んだ者がどうなるのか――その末路を見せつけるためだ。
 まあいいわ、当初の予定とは違ったけれど、お父様の敵はとれそうだもの。お父様を殺したのがバレリー候の指示によるものなら、そこから四年前の王弟殺害の罪が明らかになる。そうすれば王族を殺したということで、彼は処刑される。
 真実を知ることが出来たし、出来ることはした。だから悔いはないわ。
 心の中で張り詰めていた緊張の線が切れた気がした。

「予定通りだ。例の部屋へ連れて行け」
「かしこまりました」

 王と宰相の短いやり取りは、まるで筋書きが決められていたような感じだった。
 いいえ、絶対決めていたわね。例の部屋って言うくらいですもの。用意していたんでしょう。
 それにしても、この場で極刑を言い渡さないなんて、……何を考えているのかしら?

 宰相自ら私の側に来て、部屋から出るよう促す。でも逆らう気はなく、そのまま付いていく。すると、スサナも怯えながらも、私の後を付いてきた。
 スサナだけでも何とかしたくて、部屋を出た後に宰相にスサナのことを尋ねる。宰相は一緒に来るようにと一言だけ答えた。
 やばいわ、これではスサナを守ることができないかもしれない。スサナもそれを察したのか緊張する。けれどその歩みは確かなもので、彼女は彼女なりに覚悟を決めたのかもしれない、と思った。

 それにしても用意した部屋とはなんなのか……と思っていると、方向的に後宮へと逆戻りする形になる。
 よく分からないけれど、なんにしろ『例の部屋』とやらに行ったら、もう逃げ出すことはできないだろう。覚悟はしているけど、怖さが全くないわけではない。
 昨日、王を刺したときの感触が忘れられず、そのときのことを思い出そうとすると気持ち悪くなる。気づくと足がもつれよろめいた。それを、スサナが大丈夫ですか、と心配そうな顔で体を支えてくれた。
 それに気づいた宰相が振り返って尋ねる。

「どうしましたか?」
「すみません、シェル様の具合が悪いようです」
「確かに顔色が優れないようですな。そういえば……そうすね、少し休ませましょう。部屋のほうも急だったので、まだ整え終えていないようですし」

 そう言って宰相は近くの部屋の扉を開ける。そしてその部屋で待つように指示した。中はいたって普通の部屋で、外へ通じる窓もある。
 ……いいのかしら、こんな簡単な扱いで……
 微妙な気持ちになりながらも、これはチャンスだと思った。部屋に入って扉を閉められる。少ししてから、私はスサナに声をかけた。

 

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