第19話 真実-3

『セラン』が私に動揺するようなことを教えた後、王が関わってきていた。私が動揺で上手く動けない時に、まるで狙ったように声がかかった。
 もしかしたら情報を小出しにしていたのも、私が色々考える時間を作っていたのかもしれない。
 なら、今ならお父様のことをある程度聞かせてくれるかしら?
 もう王が『セラン』だと知ってしまった今なら――

「んで、母上使って呼び出すってことは、かなり重要な要件?」

 王は『セラン』のまま問いかける。既にバレているのだから、いつものようにすればいいのに、と思う。

「その話は置いておいて……その話し方、どうにかならないの?」
「話し方?」
「もう知っているのよ。『セラン』を演じる必要なんてないわ」

 あの重苦しい雰囲気も嫌だけど、『セラン』のままというのも落ち着かない。
 そう言うと、王は苦笑するような顔になる。

「悪い。しっかり使い分けているからな。それに、シェルの前では、ずっと『セラン』でいたかったから」
「どうして?」
「『王』はシェルにとって家族の敵――憎しみの対象だろう?」

 少し疲れた顔をして言う王を見て、少しでも安らげる場所が欲しかったのかしら……と思う。
 多くの臣を屠った『残酷王』に対する恨みの数は多いだろう。私だって王の前では目つきが変わる。
 王弟だと思っていたから、あの気楽な口調だったから、だから私は普通に話すことが出来たんだもの。
 そう……セランに対しては、敵意を持つことはなかった。

「分かったわ、なら前と同じく『セラン』と呼ばせてもらうわ」
「ああ、済まないな」

 前と同じく、敵意を感じない顔。殺されるかもしれないなどという警戒心も感じない。
 だから余計に気づかなかったんだわ。
 少しでも私に対して警戒するような素振りを見せていたら、違和感を覚えたに違いない。最初に、王の顔を見た時に感じたものがどこかにあれば。
 でも『セラン』はそれがなく、逆に私の心配までして。

「でも……あまり警戒されないと、なんか聞きづらいわね」
「そう言われてもな」
「仕方ないって言うんでしょう? まあいいわ。今の私が知りたいのはただ一つ。どうしてお父様は亡くなったの?」

 どんな答えが返ってくるのか分からない。
 本当にお父様は四年前に王暗殺に加担したのか。または巻き込まれたのか。
 ただいえるのは、真相に近いものを知っているのは王しかいないということ。

「殺された」
「誰に?」
「たぶん、レヴィ・バレリーが口封じに」
「…………そう」

 なんとなく見当はついていた。信じたくはなかった……けれど。
 どういう経緯でそうなったのか説明を請うと、王は覚悟を決めてきたのか素直に頷いた。

「四年前のあの時――」

 そう言って語り出した内容は、四年前――いやもう四年半前になるのか。前王を弑して王位に就いてすぐに、私腹を肥やしていた貴族を多少強引に処刑した。
 そしてやっと政治に関して立て直しを図ろうとしていた時、父王を殺した王など危険だ、廃位すべきだと主張する者たちがいたという。現王を廃して別のものを立てよう、と。
 もちろん危険だのなんだのは表向きで、裏では甘い汁を吸うことを許さない新しい王が邪魔だったから。
 セランが利用できないと分かったら、どうなっていたことか――それはおいておくとして、目をつけられたがセランだった。
 セランの存在はあまり知られていなかったけれど、全く知られていないわけではない。父は知っているうちの一人であり、二人の教育係だった。そう、教育係だったため、父はその一派――筆頭がバレリー候らしい――に目をつけられた。
 当時、王が最も信頼していたのが父だったと王は言う。他の貴族には言えないようなことも、父には相談したりしていたようだ。

「だから、なのだろう。あいつに目をつけられ、何度も俺やセランのことを聞かれたらしい。数人からだったが、それが何度もあったから不審に思ったらしい。俺に気をつけるよう言ってきたことがある」
「そう……」

 疲れたような溜息とともに吐き出される過去。
 それでも話は続く。
 なかなか首を縦に振らない父に、強引に事に及んだと。
 あの頃王の行動を一番理解していた父の部屋を荒し、強引に王のこれからの予定が書かれた書類を盗み出したらしい。
 らしいというのは、王本人も推測の域でしかないからだった。

「アルバートが急に周りの警戒を強めた数日後、セランがたまには気晴らししろと言ってきた」
「セランが?」
「ああ。その日も政務はあったものの、ある案件のため少数での会議だった。もちろんその会議は、王暗殺派がほとんどだった」
「じゃあ、セランはそれを知って、代わりを……?」
「……だと思う」

 ある案件とは水路および水に関してのことだったらしい。
 この国が豊かなのは、山の雪解け水から出来ている川に細かく水路を作り、各地に水を送っているからだ。土地が肥えているのもあるだろうが、その土地を手入れすることを欠かさない。
 その水に関して農民に税金をかけるように言ってきたのだ。
 確かに水路の手入れなどはお金がかかる。でも国の立て直しを図るのに、国民を敵に回して上手くいくわけがない。
 表向きは国費をなんとかするためというが、税をかければ国民に負担を強いる。しかも税を直接徴収するのは、領地内に大河を持つ貴族たちになる。
 それに話を持ちかけてきた貴族たちは、前王の時に怪しいものの、確たる証拠がなかった貴族ばかり。どう考えてもまともに税金を徴収し、国に納めるような者たちではなかった。
 だからその話を潰さなければならない。何度も要求してくる貴族たちに、王は決して首を縦に振らなかった。
 彼らは首を縦に振らない王に業を煮やし、その会議を使って王を殺そうということになっていったらしい。
 父王殺しの王に玉座を任せるなど出来ない、というのを口実にして。
 お父様から王に関する書類を盗んだのは、王の行動は分かるものの、その前後の他の会議の時間や、警備状態などを知るためだったらしい。
 そして、一番都合のいい会議の日に、それが決行された。

「ただし、殺されたのはセランだった」
「……」
「俺は国を立て直すのに忙しく、アルバートの忠告もほとんど無視していた。父を殺し、多くの貴族を処刑した身だ。いつだってそういう危険があるのは分かっていた」
「それは……」
「でも、分かっていただけだった。本当にそうなった時のことを考えていなかったんだ……」

 セランは王の身を案じて、自分の身が危険だとわかっても動いたのだろう。
 結果、王の代わりに殺されてしまった。
 その会議に出た者はすべて王暗殺を企んだ罪で処刑された。
 でも、バレリー候だけはその時、会議に出席していなかったという。

「だから、あいつだけは処刑できなかった。水に関する会議と、王暗殺と同じに考えるのはこじつけになってしまう。その場に居合わせたのなら、なんとでもできたが……」
「でもその時だけ欠席っておかしいわ」
「ああ、だからあいつはその会議を何度か欠席している。前もって失敗した時も考えていたんだろう。他にも証拠がない――」
「だから黒だと思うけど、灰色止まり……なのね」

 以前セランはそう言った。王もそれに対して頷く。
 でもそうなると、今度はお父様はどこでどうやって殺されたの、ということになる。そのあたりを尋ねると、重く沈んだ声が返ってくる。

「あの時……セランが代わりに殺された衝撃で、周りに気を配るのを忘れていたんだ。あの会議に出てたやつらは、まとめて牢に放り込んでいたから安心していたのもあるが……」
「それで?」
「だから失念していた。あいつもアルバートにいろいろ聞き出そうとしてたということを。そのことについて詰問し、場合によっては口を割らせることができたかもしれない」

 だが……と王は続けていう。

「それに気づいた時には、もう遅かった。アルバーとは自殺に見せかけて殺された後だった……」
「……っ」

 叫びたかった。どうしてお父様を見殺しにしたの――と。
 でも、目を伏せ、こぶしを握っている姿を見て、一番辛かったのは王なのだと分かってしまい、問いただす声は上げられなかった。

 

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