第18話 真実-2

「四年前……あの子はエイラートの代わりに命を落としたの」

 ルイス様の声に反応するかのように、一陣の風が吹き抜ける。
 冷たくなってきたその風は、これは夢でなく現実なのだと無言で告げていた。

「そんな……」
「エイラートはそれで自分を責めて――私に知られまいとしたのね。あの子は私の前に王としての『エイラート』と、昔のままの明るい『セラン』と、二つの顔で姿を見せるようになったわ」
「ど、して……」

 声が掠れる。
 自分が何のために来たのか、それさえも忘れて、今突きつけられた事実を整理しようと頭を回転させる。

「四年前にエイラートを廃そうと動きがあったの。私はあとで知ったことだけれど――」

 四年前、王の行為に恐れた者が王を廃そうとした事件があったという。
 王がいなくなっても弟のセランがいる。彼に期待しよう、と。
 でもそれはギリギリの所でセランにばれてしまい、王に成り代わっていたセランが代わりに犠牲になった。
 ルイス様の想像から、セランはそれを止めることが出来そうになかったから、兄の命を守るべく身代わりになったのではないか、と付け足す。
 私が一番衝撃的だったのは、その事件の犯人が、当時教育係だったアルバート・フェザーだったこと。
 犯人のアルバート・フェザーは私の父だ。でもお父様がそんなことをするとは思えなかった。

「そんな……それは本当なのですか?」
「本当のことを言えば、それが正しいかどうかは分からないの」
「なら……」
「エイラートの代わりにセランが殺された後、フェザー伯は自殺してしまったの。だから本当に彼が犯人だと断定するものも、否定できるものもないのよ」

 ルイス様は悲しそうに語る。
 確かに前もルイス様は、当時、お父様のことだけは信じられると思っていた、と呟いた。
 それなら、裏に何かあるのかもしれない、と思うものの、ルイス様はそれ以上は知らないようだった。

 そういえば、セランもバレリー候のことは思いきり疑っていたけど、証拠がないって言っていた。
 なら、本当の犯人はバレリー候だということかしら?
 バレリー候は私の復讐心を利用する時、私に対して断言したもの。お父様は王の逆鱗に触れて殺された、って。
 真相を知らなければ、そんなこと言わないわよね。
 もしお父様が亡くなった話を聞いても、王暗殺を企てていたために処刑されたのだと言えば、真実を知った衝撃で王を殺そうとするのをやめる可能性がある。でも、率先してバレリー候のことまで話さない。
 それどころか私がお父様の娘であることを隠し、保身に走るほうが強い。どちらにしてもバレリー候にとって困ることはない。
『セラン』が眠るという墓碑を前に思考を巡らすと、そんな答えを弾き出していた。

「ルイス様は……どうして陛下が『セラン』を演じているとわかったんですか?」
「本当はね、恥ずかしいことに最初は全然気づかなかったの。それでなくても、エイラートが夫を殺して王位を簒奪しただのと、嫌な噂が流れていたから」
「そう、ですね」
「だから、きっとそういった話を耳に入れないようにしていたんでしょうね。その間にエイラートがセランを静かに弔って、表面上では何もなかったことにしたのだと思うわ……」

 ルイス様はどこか遠くを見ているような目をしながら呟く。
 大事な息子の死に気づかなかったことを責めているような、そんな感じがした。
 でも王弟が亡くなった、など普通だったらかなり騒がれるはず。そのあたりは? と尋ねると、ルイス様は寂しそうにまた語りだす。

「双子というのは何かと問題なの。兄と弟と分けられるのに、ほぼ同じ日に生まれる。それなのにほんの少しの差で、王になれる者となれない者に分けられる」
「それは……確かにほんの少しの差が認められない者がいることは確かです。そして利用される可能性も……」

 まあ、セランと王が同じような性格だったとしたら、利用されることはないでしょうけど。
 きっちり暗殺を企てた者を捕えて処刑するでしょうし。
 でも、証拠がないということで、バレリー候を捕まえるわけにはいかないのか。

「だから、セランの存在はあまり知られていなかったの。逆にフェザー伯は他の者には知りえないことまで知っていたの。それを上手く利用してエイラートを殺そうとした、と……だからこそフェザー伯が裏切ったと思えて仕方ないのよ」
「でも……殺されたのはセランだったんですね?」
「ええ」

 ルイス様はここまで言うと口を閉ざし、そして目の前の墓碑を見つめた。墓碑に『セラン』の姿を見ているかのよう。
 でも衝撃的だったのは私も同じ。
 まさか『セラン』と王が同一人物だなんて思いもしなかったんですもの。
 それだけ、王は『エイラート』である時と、『セラン』である時と違いをつけていたんだわ。
 でなければ、いくらルイス様が動揺していても、息子の死に気づかないはずがない。冷静になってやっと気づくほど、二人は違う人物なのだというように見せていた。

「そんなことが、あったのですね……」

 今になってやっと分かる。
 双子と言いながら、王と『セラン』の二人が揃うことはなかった。
 後宮でなら分かるわ。でも、ルイス様の所でなら別。本当は二人の姿を見たほうが、ルイス様は安心できる。
 でも、それは出来ない。『セラン』はもう居ないのだから。
 私に近づいたのも、王である存在を殺させないため……かしら?
 セランが生きていたのなら、代わりがいる。でも、もう王しか残っていないのなら、そう簡単に殺されるわけにはいかない……

「ああ、そうだわ。シェル、セランに会って何を言いたかったの?」

 ふと本題に戻されて反応が遅れる。
 ええと、なんて言えばいいのかしら。まだしっかり確かめてないのに。
 それに相手がセランだと思っていたから、どうしようかと相談したかったのに、蓋を開けてみれば相手は王だったなんて――

「あの、こんなことになるとは思わなかったので……」
「そ、そうね。ごめんなさい。でもシェルもある程度疑問に思ったから、私に訊ねてきたのだと思ったの」
「いえ、ここまではっきり分かっていたわけではなかったので。それでは……大事な話があるので、今夜来て頂きたい――と伝えていただけますか?」

 あとに、来なかったら仕方ないですが……と付け足す。
 するとルイス様は毎日どちらかの姿で来ているからしっかり伝えるわ、と答えた。

「馬鹿よね、あの子ったら。安心させるために私の所に来てくれていたんでしょうけど……そのせいで二人が同じ人間なのだと気づいてしまったんですもの」

 ルイス様が悲しそうな目で、それでも無理に笑ってみせる。
 強い人だ、と思った。
 たび重なる不幸に襲われながらも、笑みを絶やさず、そして時に知らないふりをする優しさをもつ。
 ルイス様を見ていると、自分がしようとしていたことが、いかに身勝手なことだと思い知らされるようだった。

 

 ***

 

 夕食をとってからスサナには何があっても部屋に入ってこないよう言いつけた。
 予定通りなら、しばらくすれば『セラン』が現れる。その時なにが起こるか見当もつかない。
 お父様は自殺したと言っていたけど、王暗殺など大それたことをするような人ではない。
 それに、二人の教育係をやっていたのだとしたら、それこそどれだけの思いで王が動いたか理解しているはず。それなのに王暗殺など企てるなんて可笑しい。なのに、その罪のせいで自殺したと言われている。
 けれど、自殺じゃなかったら? そんな陰謀があったのなら、もしかして巻き込まれたのかもしれない。
 成り行きで『セラン』と話がしたいといったけど、そのあたりも聞きたい。
 そんな話を彼女に聞かせるわけにいかない。これ以上、彼女に私の罪の一端を担わせるわけにはいかない。
 もう、復讐に目がくらんでいた時と違うのだから。

 

 ***

 

 カタリ、と音がして大きな窓が開く。
 ――来た、のね。
 覚悟を決めると、明かりを持って窓のほうへ向かう。
 そこには、いつもの気軽な『セラン』の姿。

「待っていたわ」
「待ってくれてるのは嬉しいけど……バレちまったのは残念だな」

 そう言って『セラン』はいつもどおりに笑う。
 いずれ知る時が来るだろうと、あなたは最初から分かっていたのね。

「ええ、ルイス様に聞いたの。あなたのことは……なんて呼べばいいのかしら? いつものように『セラン』? それとも『エイラート陛下』と呼ぶべきかしら?」
「どっちでも。本当の名前は『エイラート』だけどな」

 今になってやっと分かった。二人が本当は同一人物だと思わなかったのが。
 最初に見たのは畏怖と威厳を兼ね備えた『王』。そして、その後は陽気な『セラン』。
 不意打ちで抱かれて関係が深まっても、その後にすぐに現われたのは『王』として。たぶん違うのだと見せるために、脅しを兼ねて王として出てきたのね。
 その後、私は『セラン』しか見てない。
 二人の雰囲気は違っていたし、王弟と関係があるという後ろめたさから、自分からセランと王の違いを見ようとしなかった。
 確かに違いすぎる性格だけど、表面上の違いにだけ気を取られて、私は何も知ろうとしなかったのだ。

 

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