スサナの答えが出るまでどれくらいかかったか――ものすごく長かった気もするし、そんなに長くもなかった気もする。
それにしてもスサナの覚悟はどれくらいなのかしら? 自分の命を惜しまない程だとしたら、どうすればセランのことを上手く説明できる? どれだけ似ていても、あれは王ではないと説明して、分かってもらえるかしら?
考えなければならないことは山ほどあって、軽い頭痛がしてくる。
「あの……シェル様は侯爵様のことをどう見ているのですか?」
ずっと問い詰められていたスサナから出てきたのは、答えではなく問いだった。表情は不安で、私の答えることによって動きが変わりそうなそんな感じ。
バレリー候のことを全面的に信頼していれば、私の言葉で揺れることはないでしょうに。
これなら、上手くすれば味方に出来るかもしれない。
「――そうね、何か企んでいる人、とだけ」
答えを濁してみると、スサナの顔が歪む。
これは否定して欲しかった、と見ていいのかしら。
「企んで……いる、とは?」
「そうね、余りいいことでないのは確かでしょうね」
「で、ですが王は多くの臣下を殺したと聞いています。その王をどうにかしようというのは――」
「でも、王が『残酷王』だと言われ恐れられていたとしても、一貴族が王をどうにかしていいことではないわ」
……まあ、あまり人のことは言えないのだけれど。思いきり私情入りまくりでここに来た身としては。
そのことは置いておいて、ルイス様やミセス・マレコットから聞きかじったことを簡潔にスサナに説明する。
悔しいけれど、王は人の上に立つ才はある、と。
そう、一度ルイス様に尋ねたとこがある。あまりに冷静に、息子が父を殺すことが仕方なかったと語ったから。
『どうしてそう言えるんですか? 陛下が前王を……ってことことは、ルイス様は息子が夫を殺したという事実を認められるんですか?』
すごく失礼な質問なのは承知していた。
でも知りたかった。どこか諦めて感情を表に出さずに語るルイス様が、不思議に思えて仕方なかったから。
でも、ルイス様は近くで見てきたのだ。夫である前王が何をしてきたのか。
前王が浪費した金額は並みではなかった。亡くなる前の数年は国費はほとんどなかったという。その前王を廃し彼が王となってから、国は少しずつ力を取り戻してきたと。
それでなくても、この国は大陸内部で東西南北すべてに交易に欠かせない公路がある。それらの関税だけでもかなりものだというのは昔から聞いていた。
それに肥沃な土地は毎年豊作で、この国から輸出するものもかなりあり、それが国益になる。もともと潤っていた大国なのだから、浪費していたものを使わないだけでもかなり良くなるだろう。
王になった経緯を好まない者は多いが、それでもその政治手腕は支持するに足るものらしい。
それに王は多くの臣下、貴族を処刑したけれど、王を唆し国を傾かせていた者たちばかり。だから残った者にするとやっと安定した国になる、と安堵している者も少なからずいるようだ。
それから、意外なことに処刑された貴族たちの財産も、必要以上に没収はしなかったという。王を唆して得た利益や罪を贖う分――国費を取り戻すため――を返却させることで、残された家族たちは許されたという。
そのため、『残酷王』と呼ばれるものが王になっても、国民は重税で苦しむこともなく、反乱も起こっていない。
逆に、『残酷王』などと呼んでいるのは貴族たちだけだった。
私の家も例外でなく、お父様が処刑されたというのに財産を没収されることなかった。家族は皆いなくなってしまったため、残った私がすべてを引き取ることになった。
ただ、お父様が処刑されたと聞かされ、周りの目と態度が変わったのは確かで――使用人は去り、家族は亡くなった。
これらはここに入ってから聞いたこと。それだけ、私の目は曇っていたのだと、今ははっきりと分かる。
「私は復讐することだけを考えていた。だから知る気もなかったというのもあるけれど」
「……」
「でも、王は支持されてはいるのよ、国民に。そんな王をどうして一貴族が廃そうとするの? いえ、廃せるというの?」
せめて王家と繋がりがあるような貴族ならともかく、バレリー候はそんな立場ではない。それに、そうだとしてもやっていいことと悪いことがある。
この辺も自分のことは棚に上げておくけれど、王の行いをどうにかしたいのなら、自分が命をかけて王を諌めるのが臣下としての務めだろう。
「それは……でも、王位についた経緯が経緯ですし、それに侯爵様は他に王になれる方がいらっしゃると。だからそのためにと……」
最後は消え入りそうにか細くなるスサナの声。
それにしても、王になれる方……か。それはセランのこと? でもセランもバレリー候のことを怪しんでいる。それなら王を廃しても、素直に喜んで王位に就くかしら? 就いたとしても、バレリー候を重んじることはないと思うんだけれど……。
「その方とは王弟殿下のこと?」
念のために確認してみると、スサナは王弟という言葉に首を傾げた。
次に王になるものを知っているのではなく、王弟自体を知らないといった顔。
それに少し違和感を覚えるが、今はその話をしている場合ではなく――
「話を戻すわ。先程言ったように、王位に関してはバレリー候の一存でどうにか出来るようなものではないの」
「ですが、シェル様は……」
「ええ、私は復讐する気だったから。ただそれだけを考えていたの。だから利用された。ええ、今なら分かるわ。私はバレリー候に利用されているだけ」
利用された、という言葉にスサナの顔が強張る。
「そして、あなたも利用されている。あなたは何を理由に利用されたの?」
「私は……私には病弱な姉が……薬が高額なのと看病が必要なので、その面倒を全て引き受けてくれると……」
「そう……」
やっぱり理由があったのね。
でもそれなら逆に。
「あなたがここに来た理由がわかったわ。でも、それだと本当にバレリー候が考えた筋書きでは、あなたも困るわよ」
「ど、どうしてですか?」
「私が行動を起こしたら、あなたにも何かしらの咎があると言ったでしょう?」
「は、はい」
「あなたは何かしらの刑に服す。その間、バレリー候があなたの身内を診てくれると本当に思っているの?」
私なら思えない。
スサナの身内の面倒を見ることで、バレリー候に利点はない。逆に犯罪を犯した侍女の身内の面倒みるなど、何かしらの裏取引があったとしか思えないから。
まあ、知らずに加担してしまった侍女を哀れに思って、心の広さを見せるということも出来ないわけではないけど。でもセランの話からしても、そんな殊勝な人物に見えないのよね。
曇った目で見ていた時には見えなかったものが今は見えてる。だから分かる。きっとスサナもスサナのお姉さんも見捨てられる。
それを説明すると、スサナは青ざめた顔で震えたまま何も言えなかった。ずっと信じていたものを壊される気持ちは、それなりに分かるから。
だから、スサナが現実に戻るまで辛抱強く待った。しばらくするとスサナは青ざめた顔のまま、それでもこれからどうすればいいのかと尋ねた。
「さっき言ったとおりよ。遅効性の毒を用意して頂戴」
「遅効性……ですか」
「ええ、上手くいくか分からないけど、即効性よりいいわ」
「どうして……と、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
利用されていたことを突きつけられて、疑心暗鬼になっているのだろう。私がどうするのかを聞いて、納得できなければ、動けないでいる。
私の所に来ているのは王ではなくセランだから殺すわけにはいかない。だから毒などあっては困る。でもそれは言えない。
だからそれらしい嘘をつくしかない。スサナが困惑しててきちんと理解できない今のうちに。
「遅効性なら、王が死ぬまで解毒できる可能性ができるわよね?」
まあ即効性でも致死量に達していなかったり、毒に耐性があったら別でしょうけど。
「それは分ります。だから即効性のものでと侯爵様から……」
「ええ、それなら確実に王は死ぬでしょう。でもそれがすぐに分かっては、あなたも私も逃げる時間がないでしょう?」
「逃げる、時間……?」
スサナが呟くように繰り返すと、私はそれに小さく頷いた。
「言ったとおり、私は死を覚悟してきたわ。でもあなたは違う。お姉さんのために生きなければいけない。違って?」
「その、通りです」
お姉さんのために生きるという言葉に、スサナの表情が少しだけ引き締まった。
そこから、スサナが動いていたのは、すべてお姉さんのためだったと分かる。
なら、そこを突けばスサナは私の味方になる。
「だからよ。遅効性なら解毒するために、なんの毒かを聞き出す必要があるでしょう」
「それは、そうですが……」
「なら、その間、周りは私に集中するわ。城の門だって、医師を呼ぶために開けなければならないでしょうね。上手くすればあなた一人くらいなら逃げることが出来るわ」
一端ここで切ると、スサナは信じられないような表情で私を見返した。
でも私はスサナを引き込むことに決めた。これからを上手く乗り切るために、スサナの協力が必要だから。
そして、私はとどめとばかりに。
「私個人にも少なからず財産はあるの。管理してくれている人もいるわ」
「シェル……さま?」
戸惑うスサナに追い打ちをかける。
スサナは王に対して何かしらの感情を持っているわけじゃない。
お姉さんの身の保証がされるなら、別にバレリー候につく必要などないのだから。
「私の願いを聞いてくれるなら、その人に手紙を書きましょう。あなたのお姉さんを助けるために、私個人の財産を必要なだけ譲渡するわ」