「おおっ、まさに直球。もう少し上手く聞いてくるかと思ったけどなー」
「あなたとの会話に時間を割く気はないの」
情報をくれなければ意味がないのよ、と暗に示す。
本当の所、セランのような人物って駆け引きしようとでもすれば、いくらでものらりくらりと躱しそうな感じのよね。まあ、直球勝負でいっても、面白がって半分本当で半分はデタラメな答えが返ってきそうだけれど。
でも半分デタラメでも、のらりくらりと躱された挙句に何の益にもならないよりはまし。
そう思って思ったことを口にする。
「んーじゃ、俺も小出しに行くかねぇ。せっかく面白いこと見つけたのにすぐに終わらせるのはもったいないし?」
「いつまでもあなたのお遊びに付き合う気はないわ。情報をくれるっていっても、意味のないものや実に成らないものにかける気にはならないの。いいものをくれなければ価値なんてないわ。もっと使えそうなモノを探すから」
余裕な顔をしたセランに、悔しさからあくまで『情報をくれる便利な人』のように言う。
けれど見透かされているようで。
「ふーん……思ったより余裕なし、って感じかな」
図星を指されてちょっと口ごもる。
でも表には出さないよう心がけ、ツンとした表情を保つよう心がけた。
「どっちでもいいけど。でもそうだな、シェルは本当にしそうだから……ここは真面目に答えておこうかな」
「そう思うなら、もったいぶったことはしないで欲しいわね」
内心ほっとしつつ、セランに向けて笑みを浮かべる。そして、それを余裕だと見せるよう、セランが口を開くまでこちらから催促はしない。
セランを飽きさせたら、この『お遊び』はこれでおしまい。そうしたら私の情報源はなくなってしまう。
結局、直球勝負と言いながら、こうして少なからず駆け引きはしなければならない。
「んじゃ、まずはシェルが一番知りたいことを言っちまうか」
「前置きはいいわ。もうすぐ日が暮れて寒くなるから、それまでに部屋に戻りたいの。あなたは私に風邪を引かせたいの?」
「はいはい、お姫様。んでバレリー候ね。あれは、王が粛清してきた貴族の中で、唯一灰色なままの人物だから、さ」
「唯一灰色?」
四年前、王は父である前王を排し、そして数多の貴族を処刑してきた。
その中で処刑の対象に入らなかったから?
でも灰色って……でも、そういうことなら、処刑された貴族たちは何かしらの犯罪を犯していて、そのために処刑されたってことよね。そして、罪のない貴族は今も残されている――と?
だとしたら、王は見せしめのために自分に逆らうものを切り捨ていった、というのは正しくない。処刑された貴族たちは何かしらの――王や、国にとって反逆になるようなことをしていた、ということになる。
「分かった?」
私が理解したころにセランが声をかける。
その問いに素直に頷いた。
「王は……逆らう貴族を処刑した、と言われていたけれど、それは違っていたのね」
「ああ、一応な。多少強引なところもあったけど」
「処刑された貴族たちには何かしら後ろ暗い所があった。……いいえ、違うわね。バレリー候が灰色だっていうことは、他の貴族たちは少なくとも犯罪に繋がる証拠があった。でなければ灰色の人物をそのままにしておくわけがないわ」
「そーゆーこと」
セランは軽い口調で頷く。
でも、だとしたら……、だとしたら……
「でもバレリー候だけは、どう見ても黒って感じだけど、証拠がないんだよな。そういったことに対して何かしたという痕跡は全く残してない」
「……残してないのなら、どうして疑うの? 他の残っている貴族のように無実だとは考えられないの?」
そうよ、証拠が全くないのなら、誰かの言いがかりのようなことだってあるはず。
まったく証拠が出ないから怪しい、っていうもの変だわ。
「それが、まぁ……今は言えないけど、ある件について関わっている可能性が高いんだよなぁ。とはいえ、それを知る人物はもういない……聞き出す術がないってわけさ」
「だから灰色、なの?」
「そう。それは王にとってとても大事なことで、だからこそ王はバレリー候を疑わずにいられない。だからあんたをここに入れたのも、あいつが何か尻尾を出すのを待っている――というわけだ」
なるほど、ね。それなら分かるわ。
王が怪しみながらも後宮に入れたのも。血族でもなんでもない、ましてや何も持たない私にバレリー候が手を貸すのも。
自分達が動かなくても勝手に動いてくれる、そして、切り捨てても構わない捨て駒。
捨て駒だとしても、王の方がバレリー侯を怪しいと思っているなら、彼に繋がる私にいずれ接触してくるはずよね。私に何かをさせたいのなら、王の方から近づかなければ、限られたこの場所では何も出来ないもの。
それにしても、この賭け自体はバレリー候の方が分が悪い。私が失敗しても成功しても疑われることには変わりないわ。
となると、彼は他にも切り札になるようなもの、または私を切り捨てられるような口実も用意しているってとこになる。なら、少しここへ来た時に持ってきたものなどを、再確認する必要がありそうね。
分からなかったことが一つ分かると、自然に次にするべきことが見えてくる。だから私はセランに素直に礼を言った。
「そう、すてきな情報ありがとう」
「……本当にそれだけなのか?」
「何が?」
素直に礼を言ったのに、セランはなぜか気に入らなさそうに問いかける。
「シェルのことだ。俺が言ったことで、これから先、どう転んでもシェルにとって明るい未来はないってこと、分かってるんだろ?」
「分かってるわ」
「分かってない! 何かあったら、王はシェルをすぐさま処刑する。ヴァレリー候に何をするよう言われているか知らないが、王に歯向かったら最後だ」
「そうね。用心深くて、罪を犯した咎人をすぐさま処刑するような王なら当然だわ。でも、私が一体何をすると思っているの?」
「それは、例えば……」
途中で言い淀むセランに対して、私は小さな笑みを浮かべる。
心配してくれる人がいるっていうのは嬉しいわ。でも……ね、私にとってはここに来る前にすでに決めていたことだもの。
どんな風になっても後悔はしない、と。
だから、セランの妙に焦った顔が印象的だった。どうして彼は後宮にいるその他大勢の中の女――しかも問題ありの私に、そんな心配をしてくれるのだろう。
つい彼の気持ちを聞いてみたくなる。
「例えば?」
「一番ありそうなのは、シェルが王暗殺に加担すること……だろ?」
「あら、ずいぶん物騒な話ね。どうしてそんな話に繋がるのかしら?」
ずいぶん具体的ね――と笑みを深めて笑いかければ、セランは苦々しい表情になる。
「前例があるからな。暗殺しようとした女は他にもいる」
「それなら王は用心してるでしょうね。まあ、その割には精力的だけど」
「シェル!」
のらりくらりと躱していると、セランから余裕が消えていく。
「だけど、どうして私がそんなことをすると思うの?」
「それ以外にないだろう? 王妃の座を狙うなら、最初に会った時に叫んでいたことと違う。そうなれば、狙いは絞れれる」
「そんなこと言っていたかしらね?」
とぼけるような口調で返すと、セランから余裕が消えていた。
「シェル! もし俺が言ったことが本当なら、もし成功しても、シェルには未来なんてないのが分からないのか!?」
「分かるわよ? 後宮にいるなら狙うとしたら夜。王の伽に命じられた時しかない。そんな時に王が死んだら、夜伽の相手が一番怪しいと思うのは至極当然なことだわ。毒にしろ、凶器にしろ……不自然でない『突然死』なんて難しいものね」
これまで余裕で、歌でも楽しむかのようなセランが心配そうな顔になって。
逆に私の方が面白そうに空を眺めながら語る。
「もしそれが失敗したとしたら、私は王の命を狙ったものとして処刑。後見人のバレリー候は失墜。処刑とまではいかなくても、前のような力は持てない。逆に成功しても私に逃げる手だてはない。城から逃げ出す前に捕まる、ってとこかしら?」
そうでしょう? と笑いながらセランの顔を見た。
それは、知っていてそれでも私は来たのよ、と言外に滲ませて。
「何でそこまで……?」
「さあ?」
「シェル!」
「あなたにそれを話す必要はないと思うわ」
あっさりした口調で言うと、セランは言葉を詰まらせたような仕草をする。
それを見ながら。
「初めの条件では、あなたの相手をする代わりに、あなたは私の欲しい情報をくれる――それだけだったはずよ? 私がそれで何をするかを詮索したり、それに対して口を出してもいいなんてこと、一言も言ってないわ」
とどめに、面白半分でちょっかいをかけてきたのはあなたなのよ、と言うと、セランはそれ以上何も言わなかった。
少しほっとしながら、「寒くなってきたからそろそろ戻るわ」と告げて、彼に背を向けた。
***
部屋に戻ると、思ったより冷えていたのか、指先が震えているのが分かった。
口元で手を合わせると思ったより冷たい。軽く息を吐きながら、手を軽くこすって温める。
本当は、セランの話は私を少なからず動揺させていた。
私という存在がどんな風に思われているかなんて、別になんとも思わない。それに、私がしようと思っていることも変わらない。
ただ――
「本当に、……お父様は罪を犯したの?」
それだけは信じたくなかった。
王は逆らう者を全て処刑した、と聞いていた。
実直すぎて貴族たちの上辺だけの付き合いなど、全くといって出来なかったお父様。そのお父様が、いくら唆されたとしても犯罪など出来るわけがない、とそう思っていた。
だから、お父様は王を諌めようとして、逆鱗に触れたのだと思っていたのに、セランの話では何か証拠がなければ処刑されなかったという。
だとしたら――
「お父様……お父様は一体どんな罪で殺されたのですか?」
部屋の窓から暮れはじめた空を見つめながら、問いかけるように呟いた。