第1話 久しぶりの王都

「おめでとうございます!!」

 明るい声と共に、パチパチパチといういくつもの拍手と、そしてそこに集まる人たちの笑顔――それが王都サフィリンに辿り着いた私に向けられたものだった。
 いったい何事!? と思うのは仕方ないだろう。
 ちなみに喜んでいる人達は、みんな高価で堅苦しそうな服装を着ていて、庶民の私とは全く縁のなさそうな方々ばかりです。
 ホラ、本当に何がなんだか分かりません~って感じよね。

「さあさあ、こちらへ。王子がお待ちです」

 目が点になって固まっている私に近づいて、優雅な動作で手を取る喜んでいる人その一。
 そして道をあけて、これまた豪華な馬車の扉を開ける喜んでいる人そのニ。
 周りで「おめでとう!」と連呼する喜んでいるその三、四、五、六………ええい、数なんていちいち数えられるか!
 取られている手を思いきり振り上げて、少し距離をとる。

「あんたたちなんなの!? 私をどうするつもりなの?」

 睨みつけると、みんな口を閉ざす。
 おいおいおい、説明もなしに何させようとするのよ? それにおめでとうってなんなのよー!?
 私はある理由があって久しぶりに王都に来ただけの庶民。王都に、しかも王侯貴族に縁なんてこれっぽっちもないはずだ。
 袖振り合うも多生の縁――ってくらい細かい所まで考えてみても、これっぽっちも思い浮かばない。
 もう、なんなのよー!? ――と考えを巡らしていると、馬車から初老の男性が降りてくる。なんていうのかな、町の元気なおっちゃんじゃなくて、本当に紳士って言葉しっくるくるような、そんな人だ。

「若いものはせっかちでいけませんね。とりあえず、お嬢さんには説明が必要なようですし、まずは中へどうぞ。道すがら説明しましょう」
「……そう言って油断させてどっかに売り飛ばす気じゃないでしょうね?」
「そういうセリフは、ご自身を鏡で見てからどうぞ」

 あっさり返されて、私は「う……」と言葉に詰まった。
 そりゃね、今の私の格好って、明らかにそういう対象に入らないようなのは分かるよ。
 田舎から歩いて十日近くあったから、マントは薄汚れて裾はあちこちほつれている。今もフードを目深に被っているため、顔はほぼ見えない状態。これで私の美醜を判別しろ、というのは無理がある。
 ……って、そういえばここに来て、すぐに性別と年齢を聞かれたんだよね。もしかしてそのせい?
 でも女だから女だと答えたんだけど、一体何があるんだろう? 理由を知りたくて促されるまま馬車に乗った。
 これが敗因だった。

 

 ***

 

「さてと、説明してもらえますか?」

 馬車に入って座ってから、目の前の男性に目を逸らすことなく問いかける。

「はい、まず何故あなたなのか――なのですが、丁度あなたが王都に訪れた千人目の年頃の女性になります」
「千人……って一体何時からなんですか? 仮にも王都でしょ? 沢山の人が出入りするんじゃないんですか? それにここ以外にだって門はあるし……」

 この国はスールという、周辺より少し小さな国。小さいけれど、国というくらいなのだから、私が田舎から出てくるのに歩けば十日近くかかる。端から端までなら更にかかるだろう。
 それだけ広ければ人もいる。しかもここは王都となれば、出入りする人はさらに多い――はずなんだけど。
 千人という人数ならあっという間に千人目が来そうだけど……年齢を聞いたりしてたから、なんか限定があるのかな? だとしたらかなり面倒よねぇ?

「そうですよ、なので城のものが中に入るものをチェックすることになりまして。まあ、かなり迷惑な状態でしたね」

 でしょうねぇ。王都はある程度壁に囲まれているけど、いくつか入り口があるはずだし。
 思っていたことをため息混じりに呟かれて、少しばかり同情する。

「なら、なんでそんなことを?」
「それが……」
「それが?」

 なんか迷惑だと言っている割に、歯切れの悪い話し方。
 こういう回りくどいのって、聞いているほうはストレスたまるのに。話すつもりならさくっと話してほしいものだ。
 ――聞いたら聞いたで嫌な話っぽいけど。

「実は、我が国の王子のことなんですが……」
「はあ、そういえば王子が待ってるとか言ってましたねぇ」
「そうなんです。実は現国王はお年なので、近々王位を譲るという話が出ているのですが、この国の決まりでは『継承時に伴侶がいること』なんです」

 はー、話がでかくなってきた。
 でもこの流れでいくと、とってもいやな予感がビシバシするのは私だけではないと思う。普通程度に頭の回転があれば、嫌でも想像はつくわけで――

「ぜったい嫌です。お断りします」

 先手必勝。秘技お断り作戦。
 ……って、他にないんだけどね。

「それは無理です」
「なんでよ?」
「王子の性格から自分が言ったことを変更してくれるとは思いませんし、それに、まだきちんと説明してないのに断るなんて失礼ですよ?」

 目の前にいる男性の話しぶりから、王子はかなり『我が道を行く』どころか、唯我独尊な性格をしているように思える。
 やはり、あのとき素直に性別を答えたのが敗因だった。

「聞かなくても分かりますって。
『百歩譲って結婚するのは仕方ないとしよう。だがお前たちの持ってきた話は気に入らん。なら、今日からこの王都に入った千人目の女性にしよう。それなら誰にも権利があることになる。ただし、どんな女性でも変更しない。いいな?』
 ―ーとかなんとか言ったんじゃないですか?」

 仏頂面な表情を作って淡々とした口調の王子を想像しながら、それらしいことを言ってみる。
 すると相手の顔が素直に驚いた、という感じになる。

「よく……分かりましたね。というか、ほぼそのままです」
「話を聞いていればなんとなく。辺境でも王子サマの話題も多少は出るし」
「まあ、それなら話は早いですね。まあ、ほぼあなたの言ったとおりですが、少しばかり補足をしておきます」

 といって説明してくれたのが、まず女性であること、そして年は十七から二十一くらいまで。
 そして、全ての門でチェックはしているものの、カウントするのは私が通った東門のみということ。全ての門でカウントしていたら、どこで千人目になるか分からないから、と。
 それをし始めて今日で五日目だという。思ったより日数がかかっているのは、その情報を掴んだ貴族たちが、自分の娘たちを何回も出入りさせていたらしい。
 同じ人物は数に入れないのと、東門のみ、というところまで話がいかなかったみたいだけど。

 くぅ……、こんなことなら、少し遠回りになるけど、南門に行けばよかった!

 心の中でぼやきながら、馬車に揺られながら徐々に大きくなってくる城を見て、今頃になって逃げ場はないと感じる。馬車になんて乗るんじゃなかった。こんな茶番に付き合っている暇なんてないのに。
 それにしてもこの馬車は乗り心地がいい。ここに来るまでに数回乗せてもらった馬車はお尻が痛くなったけど、これはクッションが柔らかくて痛くならない。そのせいか、気になる前にあっという間に城へとついてしまった。

 高く厚い城壁をくぐり抜けると手入れをされた庭木が左右に広がっている。城内へと一直線の道をゆっくりとした速度で通り抜けた瞬間、自分の人生を悟った気がした。
 ふっ、なんか短い人生だったわ――心の中で自分の人生に終止符を打つ。
 だって、どう考えてもいい方向へ行けるとは思わないもの。運良く王子が頷いても、窮屈な礼儀作法やらなにやらが待っていそう。
 どちらかというと不興を買う可能性の方が高い。でも、伴侶が必要だというのなら、形だけ整えて、城の一角に幽閉に近い人生を送りそうな気がする。
 うわっ、やっぱりそんな人生は嫌だあああっ!

「さあ、今更ここに居座っても仕方ないでしょう」

 人が暗澹たる未来に嘆いているのに、横から現実に戻さないでほしい。
 この先、明るい未来なんて考えられないんだから、ここから出たくない。

「それはそうですけどね。私にはなんの心の準備も出来ないうちにここに連れてこられたんだから、少しくらい融通を利かせてくれてもいいじゃないですか」
「そうはいきません。すでに千人目が現れたというのは王子の耳にも届いているでしょう」
「そーですか。」

 それにしても、こんなのは予想外もいいところだ。私の予定とは大違い。早くしないといけないのに――心の中で舌打ちしながら、渋々馬車から降りる。
 あまりに汚い格好だったのか、待っていた女官に、身支度を整えるよう言われたけど、速攻で拒否した。

「あなたはその格好で王子に会うつもりですか!?」

 馬車で案内してきた男性が慌てる。

「そう言いますけど、千人目ならどんなのでもいいって言ったのは王子様のほうでしょう? ならこの格好を見て、それでも構わないと言うかかどうか、試し――いえ、確認してみるのも手だと思いますけど?」

 これだけの人を動かして見つけた千人目が、小汚いというだけで意見を変えるようなら、面倒臭いことを言わず適当なところで妥協すればいい。
 少なくとも私は見た目だけで判断するようなヤツは王子様であってもお断りだ。向こうが出した勝手な条件に付き合わされるんだから、こっちだってどんなヤツか試してやる。
 ……って、あれ? 本題からズレた気がする。でもこの格好を見て気が変わるのを期待しているのもあるし、まあいいか。
 男性も同じようなことを思ったのか、なるほど、と小さくつぶやくのが聞こえる。そして女官には用意させたものは置いておくよう指示したあと、私を王子の執務室へと案内し始めた。

「あなたはけっこう頭が良さそうな方ですね」
「そうですか?」
「ええ、馬車の中での洞察力といい、先程の対応といい――私個人としては見た目はともかく合格といいたいところです」

 男性のまじめな顔と口調で、おだてているわけではないようだった。
 しかし私はただの庶民。褒められても「はあ」としか返せない。するとその人は。

「一国の王妃ともなれば間接的ですが権力を持ちますからね。玉の輿だと喜ぶような女性では困るんですよ」
「あー……まあ、そうですね」

 お城に入れるような貴族たちの考えは、大まかに二通りに分かれるかな。
 一つは贅沢を好み物事をよく考えず、自分たちの利益になるような傀儡になるか。もう一つは自らが権力を望み、王妃であることを盾に好き放題されるか。
 前者は一部の人がいい思いをし、後者によっては国自体が傾く可能性が高い。彼はどちらかというとそういったことになるのを心配している、まともな人物にだろう。
 この国は特殊な鉱物が多いため小国といえど豊かなほう。だけど小国なための問題もあるんだろうし。
 どちらにしろ他人事だと思っていたんだけど。なんか思惑からズレはじめた気がする。
 それにしても、とボソリと呟く。

「あなたも大変ですねぇ」

 そんなわがままな王子様が上司じゃあ、と心の中で付け足す。
 なんとなく苦労が絶えないんだろうなぁ、と思わず同情してしまう。

「まあ、先程言ったように、現段階では、あなたのような頭の回転が速そうな方でよかったと思っていますよ。しかも権力に魅力を感じていなさそうですし。それに女性の場合、服装や化粧で多少変えることも可能ですしね」

 こらこら、褒めておいて最後は落とすなよ、と苦笑するしかない。

「まあ、私の場合、し――いえ、父が自分で考えて行動しろと小さい頃から言われて育ちましたんで。幸か不幸か、何かあると裏事情を考えてしまいますからね」
「ほう、田舎から出てきたという割りに、きちんとした教育を受けられていたようですな。そういえばお名前を聞いてもよろしいかな?」

 なんとなく腹の探り合いのようなことをしつつ、なんでこんなことをしてるんだろうと深いため息をつく。

「イドリア出身のフォルマリールです。そういえばあなたは?」
「ああ、すみませんね。私は王子の側近の――というか教育係のクリード・カーンです」
「クリードさん……でいいですかね?」
「ええ、王子の名は……」
「知ってます。確か、ユージアル・ソーマス・スティルウェライト――でしたっけ」
「はい。正直期待していませんでしたが、なかなかいい拾い物をしたようですな」

 拾い物って本人の目の前で言うなよ。まったく。
 こっちが庶民だってことで、かなり言いたい放題だ。王子様も自分の言ったことを曲げないカタブツみたいだし。
 本当ならものすごい玉の輿! って感じなんだろうけど、相手も周りも問題だらけじゃない。さっさと逃げる算段でもしよう。面倒事はごめんだ。
 クリードさんが大きな、しかも上質な木を使ってあるだろうと思える扉を軽く叩いている間も逃げることを考えていると――

「誰だ」

 すかさず返ってくるのは若い男の人の声。この声が王子なんだろうな。声だけ聞くとけっこう好みかも。耳元で囁かれたら危なさそうな感じ。顔も金髪碧眼ですごい美形だっていうし。
 でもそれだけで判断はできない。何せ聞こえてくる噂話を聞いていると――と、つらつらそんなことを考えていると、クリードさんが答えて扉が開かれる。

「クリードです。千人目を連れてまいりました」
「中に入れろ」

 感情のない淡々とした声。待っていたわけでもなく、来たら来たで面倒くさそうなそんな感じにも聞こえる。
 まあ、即位のために無理やり結婚なんだから、面倒だと思っても当然か。
 私はクリードさんに促されて一歩前に出る。
 王子は私を見て少しだけ目を見開いて驚いた顔をした。
 はは、そりゃそうだろう。こんな格好で王子の前に出るような人は今までいなかったに違いない。できればこの汚さに驚いて前言撤回してほしいものだ。

「……これはまた、面白いのを連れてきたな」
「ですが、が千人目ですので」

 こらこらクリードさん。またもや『これ』とモノ扱いかいっ!?
 本日何度目かのツッコミをしていると、王子は立ち上がって私の前に立つ。
 眼光が鋭くて、全てを見通すかのような強い視線。何かを探るような視線に、思わず後退りたくなるような――

「なるほど。まあ、で構わん。だが、夕食時にはそれなりに見れるようにしておけ。父上と母上に見せなければならん」

 お、王子にまでモノ扱いされてしまった。
 ……って、もしかして前言撤回してくれないの!?

「かしこまりました」

 クリードさんは普通に応対した後、私に向かってニヤッとした笑みを浮かべる。
 に、逃げられない……? 本当だったら玉の輿。これ以上のシンデレラ・ストーリーなんてないだろう。

 で・も! こんな一癖も二癖もありそうなのじゃ嫌だってばーっ!!
『幸せ』って言葉からはぜったい遠いよー!

 そんな私の叫びはむなしく、王子の部屋を退室するとクリードさんが先ほどの女官を呼ぶ。
 今度こそ女官が待ってましたばかりに近寄ってきて、顔に似合わない力で引っ張っていく。
 そしてある部屋に入ると、遠慮なく私が着ていた服を引っぺがし、湯殿に放りこまれる。女官の力に逆らえず、私は湯船にぼちゃんと落ちた。

「これほどやりがいのある人物は久しぶりですわ」

 女官がクリードさんそっくりの笑みを浮かべる。
 その笑みに私は口元を引き攣らせることしか出来なかった。

 

目次