「ありがとう、母さん」
「とりあえず、当分は一休みね。ミアちゃんと仲良くやるのよ」
エマの言葉にシュクルは「うっ……」と言葉に詰まる。
「ちょっと、その反応は何なの? ミアちゃん苛めてないでしょうね?」
「それは……」
シュクルは実家で仕事の報告と、軽い食事をした。そして、家に戻ろうとした時、エマが用意した土産(主に食料)を持ちながら、戸口でエマに指を指されながら念押しされた。
別に苛めている気はないが、話をしているとたどたどしくなっていくミアディに、自分か彼女を苛めているように思えて、罪悪感で胸が痛むのは確かだった。
そのため、二人の関係はいまだにギクシャクしたまま、良くも悪くもならない状態だ。
「あ、そうだわ」
「なんだ、母さん?」
「ちょっと見てもらおうと思って……」
と、奥に入ってしまったエマに、なんでまた帰り際に……とため息をついた。
が、ミアディのいる家に帰るのが延びて嬉しいのか嬉しくないのか、よく分からない。彼女の顔を見たいと思うが、緊張して表情が強張った彼女の顔を見ると、シュクルはミアディに嫌われているのではないかと、どうしても嫌なほうへ考えてしまう。
「お待たせ。これなんだけど……」
戻ってきたエマが見せたのは、大き目の石がついた指輪だった。
なんだ、もしかして、これをミアディに渡せとでもいうのか――と、訝りながら指輪を見ると、馴染んだ気を感じた。
指輪から感じる気は、天つ人が持つもの。その天つ人でも、個人個人で少しずつ持つ気が違う。そして、この指輪から出ている気は……
「母さん、これ……」
「一昨日、行商の人が来てね。あの人は仕事を引退してしまったけど、シュクルがいるでしょ。で、表面上はまだ、ミアちゃんのことを出してないから、仕事の時、身を守るのに必要ですよ、って、ほとんど押し付けられるように買わされたんだけど」
「それで」
「まあ、シュクルの仕事が危険を伴うのも分かっているから、使えるならって思って引き取ったのよ。でも、あの人に見せたら、ミアちゃんが作ったんじゃないかって……」
「ああ、ミアの気を感じる」
封魔石を作れるものは、たいてい魔払石の作成もできる。
だが、封魔石は仕事上、天つ人が持つが、魔払石は豪族や金のあるものしか持てない。それほど、装飾類にした魔払石は高値だった。
それはともかく、ミアディが魔払石を作っているなど、二人は知らなかった。
「あの人に言われて気になって……それで、これを売りつけた行商に聞いてみたの。どこで仕入れたのかって」
「ああ、それで?」
「イシリーニで魔払石を売っているところがあって、そこから仕入れたっていうの。でも、あそこは……」
「装飾系の魔払石を作る天つ人はいないはずだ」
シュクルは断言した。
天つ人同士は繋がりがある。彼らはあまり固まらないよう、あちこちに居を構える。そして、その周辺を魔から守るために存在している。
先ほどエマの口から出たイシリーニは、魔を倒すための天つ人が二人、いるにはいる。
だが、彼らは装飾系の魔払石を作る仕事はしていなかった。
それに――
「あそこって、ミアちゃんがいた所よね」
「ああ、だが、サリムさんならそんなこと……」
効率よく魔を倒すために点在している天つ人。けれど、仕事が重なってはいけないという決まりない。
だから、ミアディが魔払石を作って売っていたとしても、そのことについて問題はない。
ただ、魔払石の精製は天つ人とて、その力をかなり使うため、体への負担は大きい。
それを、ミアが作ってた? ――何となくシュクルは嫌な予感がした。
「気になってもう少し聞いて見たの」
「そしたら、なんだって」
「製作者に会ったことがないから分からないけど、売りに出している所は、その石のおかげで急にお金持ちになったんですって。その家の主は、イラ、と言うそうよ」
「ミアと関係は?」
「ミアちゃんのお祖母さん――ってとこかしら」
イラというのは、ミアディの父サリムの母――ミアディからすれば、祖母になる。
ミアディはイシリーニでのことをほとんど語らないので、今までミアディがどんな暮らしをしていたのか、知る由がなかったが……
「気になってもう少し聞いてね。まあ、石が気に入ったからって言っておだてたんだけど……」
「母さん……」
まったく……と、シュクルはため息をついた。
母、エマは、ほとんど掟のようになっている天つ人との結婚に踏み切るくらい、破天荒な性格の持ち主だ。今回も何かと上手く言いくるめて、ミアディに関する情報を引き出したのだろう。
内心呆れるが、エマが手に入れた情報は、多分きっと役に立つはずだ、と、シュクルはエマを見た。
「それで、その続きは?」
「それがね、行商の人が言うには、イラは息子を三年前に亡くしているし、どう考えても、魔払石の購入ルートが分からないんですって。製作者には会わせられないって言うし、最初は怪しんだけど、でも、魔払石は見事な出来だから、定期的に購入して売るようになったんですって。ただ、最近はあの人たちも購入できなくなってきてるみたい」
エマは行商から聞いた話をかいつまんで伝えたが、聞いていたシュクルは出だしのところで険しい顔になっていた。
「どういうことだ? 息子って……サリムさんのことだろ? 亡くなったのは最近じゃなかったのか?」
「それが違うみたいなの」
私もそこが気になったのよ――と、エマが付け足す。
ミアディは父であるサリムを亡くし、そのためにサリムの生家に居づらくなったと聞いていた。それが、サリムはすでに三年前に亡くなっていたとしたら……ミアディは、三年間何をしていたのか。
「サリムさんが亡くなったことは知ってたんだろ? なら、なんでミアのことを知らないんだ?」
「それが……ミアちゃん、天つ人でしょ。なんか、隠されていたっぽいのよね」
「え?」
「私もね、あまり知らないのだけど……サリムとはある程度連絡を取り合っていたの。ほら、あんたとミアちゃんって、小さい頃から結婚するんだって周りも思ってたでしょ」
公然の秘密のように二人のことを言われ、シュクルは「……母さん、それはいいから……」と、小さな声で答えた。
確かにこの村にいる時、二人の未来は決まっていたも同然だった。もちろん、ミアディが帰ってきてからも、だ。村人たちはミアディのことを疑っていても、この村から出すつもりはなかった。
だが、今はその話をしている時ではない。
「とにかく、ミアちゃんのことが気になって、定期的に連絡をしていたの。でも、イラに見つかると嫌がられるらしくて……だから、連絡も本当に少なかったんだけど。で、サリムからは、ミアちゃんは外にも出してもらえず、ほとんど部屋に閉じ込められていたようなものだったらしいの。ミアちゃんのお父さんであるサリムでさえ、なかなか会わせてもらえなかったみたい――ああ、会えないってのは、二人きりでってことだけど」
エマの口から出た話に、シュクルは怒りを感じた。
なんなんだ、その人権を踏みにじるような扱いは……と。
しかも、保護者である父親でさえ、なかなか二人きりで会えないなど。また、外と連絡を取ろうとすることもさせないなど……
「サリムが言うには、イラはよくこうこぼしていたそうよ」
「なにを?」
「そうね、『お前が天つ人などと結婚するから』とか『どうして、そのせいで私が陰口を叩かれなければいけないのか』とか『おかげで、あんな孫、外には出せない』とね」
聞かされた内容に、頭を思い切り硬いもので殴られたような衝撃が襲う。
だが、それだけでは終わらなかった。
「あと、これは推測になっちゃうんだけど……」
「なに?」
「そんな感じだから、学び舎にも行かせてもらえず閉じ込められていたと思うの」
「それだけでも、十分酷い扱いだろう!?」
「ええ。でも、話から推測して、天つ人だってことでミアちゃんのことを厭っていたのに、その裏では、その力を利用して稼いでいたらしいわね。そして、それはサリムが亡くなっても続けられていた。ミアちゃんが力の使いすぎで倒れるまで……」
シュクルには自制できないほどの怒りを感じた。
(なんなんだ、それは!? いったい、天つ人をなんだと思っているんだ!)
天つ人も人となんら変わりがない。ただ、魔を払うための力を持ち、その特徴として金色の瞳をしていること以外、何も変わらない。
ただ、天つ人は、自分たちのその力が役に立つことを知っているため、危険な魔を狩る仕事を逃げずに全うする。
人の役に立つことを誇りに、命がけの仕事をする。そこに、少なからず天つ人としての矜持があるのは仕方ないだろう。
だが、ミアディは、そんな天つ人としての矜持をズタズタにされながらも、倒れるまでその力を使わされたのだった。
「ここに戻ってきた時、ミアちゃんにほとんど表情がなかったでしょう?」
「ああ、表情がないというより、目の焦点が合ってないほど虚ろな感じだった」
「ええ、倒れるまで力を使って、これ以上は無理だとわかって追い出されたのでしょうね。よくこの村まで戻ってこれたわ……」
深刻な表情のエマに、同じように深刻な顔をして頷くシュクル。
ミアディが人の視線が逃げようとしているのには気づいていたが、過去にここまでのことがあったとは……と、シュクルは初めて知った。
そして、そんな生活を強いられてきたミアディに、よくしっかりしろなどと偉そうなことを言えたものだと、あの時の自分に怒鳴りたくなった。
「シュクル! しっかりしなさい!」
そんな時、エマの声が耳に届く。
「母さん?」
「ミアちゃんが、私たちが思っていたより酷い状況だったのが分かったわ。だから、これからは――」
「分かってる。大事にするよ、ミアを」
辛かった過去を消すことが出来ない以上、シュクル達に出来るのは、今が幸せだと思えるような環境を作ってあげることだ。
なにより、ミアディの居場所はここにあるのだと、気づかせることが、まず最初にするべきことなのだろう。