第7話 歩み寄り(2)

 水汲みで思わぬ展開になり、ミアディはほっと安堵の表情を浮かべた。
 こんな風に、誰かと楽しく会話をすることが出来るとは思わなかったから。

(良かった。ティニとも前のように話すことが出来るようになったし)

 叩かれた頬が少しばかり痛かったが、それでも、ティニとの楽しい会話のほうが嬉しい。
 これからは水汲みはティニと同じ時間にして、少しばかりのお喋りをしてから家に戻ることになった。
 これから毎日、少しでも楽しい時間が持てると思うと、ミアディは嬉しかった。

 まだシュクルとの間が上手くいっていないからか、自分の家なのに気詰まりを感じてしまう。
 彼が傍にいると、どうも落ち着かないのだ。かといって話しかけても、会話が続かず、最後には黙ってしまう。話をして彼が嫌がることはない。ただ、ときどき曇らせる表情が気になって、言葉が途切れ途切れになってしまうのだ。
 それに、あれこれ話が出来るほど、ミアディはすることがない。しているのは、家事と仕事――封魔石を作ることくらい。
 まだシュクルの『仕事』に同行したことがなかった。

 本来、天つ人は二人一組で仕事に携わる。
 けれど、魔を封じる仕事は危険を伴う。まだ若いミアディはそのため同行していなかった。今のところ、シュクルが扱う神剣で魔を追い払うくらいだった。ミアディの作った封魔石を使おうと思うものの、扱い慣れていないため、封じることはできない――とシュクルから聞いていた。
 そのため、そのことについて軽い言い争いになったこともある。
 結局、疑いながらも、ミアディを失くす損失を考えた村人から反対された。
 仕事を優先するより、一人でも村に多くの天つ人を――というのが、村人の総意だった。
 ミアディもそれは分かっている。だから仕方なく折れた。
 でも、シュクルとの関係は、婚儀の日の一回限りだった。
 天つ人としての役目を果たせないまま、このままでいいのかと不安に思う。

「……っ、いけない。もうお昼過ぎてるのに」

 気づくと、昼食をとらないまま、黙々と封魔石つくりに専念してしまったようだ。
 日が中天より西に傾いている。正午より一刻半ほど過ぎた頃だろうか。
 ミアディは軽く食べられるものを――と、食べ物をまとめてある棚に向かった。棚には、保存食用の干し飯や干したサツマイモ、そして昨日エマからもらった野菜があった。
 干し飯は水でふやかす時間がかかるし、そのままではかなり硬い。それなら……と、ミアディは干したサツマイモを手にした。
 それと、香草茶を入れるために、少しばかりの水を鉄器の焼かんに入れる。
 ここ最近は寒い日が続くため、常に囲炉裏には熾火を残してある。それに薪をたして火を強め、焼かんを上にかけた。

 水は少しだったのですぐに沸騰し、ミアディは熱い焼かんを持ちながら、香草を先に入れた急須にお湯を注いだ。そこから、独特の香りがし始めると、湯飲みに注ぐ。
 囲炉裏の前に改めて座りなおすと、香草茶を一口飲んでから、サツマイモをかじった。
 一人で食べる食事は味気ないものだが、それでも、大勢の中、存在を無視されながら食べる食事よりはましだった。好きな時間に食べられるし、必要な量だけ用意するだけで済む。
 なにより、人目を気にせずにいられるのが一番だった。

「ふう……」

 干したサツマイモを食べ、果実を一つ食べて、最後に香草茶を飲んで、ミアディは息をついた。思ったよりお腹が空いていたのか、食べ始めたら勢いよく食べてしまった。ただ、干したサツマイモはお腹の中で脹れるため、食べ終わった今になって少し苦しく感じる。
 ミアディは一休みした後、少し動いたほうが消化がいいと思い、封魔石つくりに必要な石を採りに行くことにした。
 彼女の家は村の外れにあり、村人に出会うことはほとんどないので、安心して外で出れた。草むらの中を歩き、しばらくすると岩場に出る。そこが封魔石を作るための石がある所だった。

(えっと……そんなに多くなくてもいいかな? まだ家にもあるし……)

 もともと、軽い運動を兼ねてきただけだったため、本格的に採掘するつもりもなかった。
 が、ふと、封魔石ではなく、魔払石を作ってみようかという考えが過ぎった。
 魔払石は魔を封じるためでなく、魔を追い払うための護身用の石だ。たいてい、装飾の類に加工する。
 魔払石も封魔石も、同じ石で精製することができる。
 一説には、元々これらを作るための石は、大昔、天つ神が放った力が地表にあたり、その力を含んだものとされている。その力を含んだ石に天つ人が力を注ぎ、さらに純度を高めることで封魔石、魔払石が出来るという。
 ただ、魔払石の場合、装飾にするほうが多いので、宝石職人などと組むことが多いため、ミアディはこの村に来てから魔払石を作っていなかった。

(でも……封魔石も結構作ったし、簡単な装飾にすればなんとか……そうすれば、ティニとかにもあげられるし……)

 強力で装飾するために作られる魔払石はかなり高価だ。
 けれど、紐を通しただけのものなら、石に穴を開ける細工が必要だが、それくらいならミアディにもできる。華美でなければ、ティニも受け取ってくれるだろうと思い、魔払石を作ることにした。
 地面に手をかざし、いくつか力を感じる手頃な大きさの石を拾い上げた。十個近い石を手のひらに載せ、さらに石に残る力を感じ取る。
 質のいい封魔石、魔払石を作るには、いい石を見つけるのが一番だ。

(これくらいでいいかな)

 二、三個、力の波動が弱いものを省き、残った数個だけ持って立ち上がった。
 石は歪な形をしていたが、穴を開けて紐を通して首にかけるものなら、それほど気にならないだろう。
 朝のとき、楽しそうに話しかけてくれたティニの顔を思い出して、ミアディはティニのために心を込めて作ろうと思った。
 そこから、村に来てなにかと世話をしてくれたエマにもお礼に、また、シュクルにも危険が伴う『仕事』のお守りになれば……と思い、まずは三つ作ることにした。

(喜んで、くれるといいな……)

 ミアディはそれを手渡したときを想像しながら、大事なものを持つように、石を手のひらで優しく握り締めた。

 

 ***

 

 家に戻ると、きちんと閉めたはずの戸が半分開いていた。
 おかしいと思い、怪訝そうな顔をして、ミアディはそっと家に近づいた。
 村から少し離れているこの家は、質素で物盗りが狙うようなものはないはず――と、考えながら、それでも物盗りだったらどうしよう、とミアディは震えながらそっと戸に隠れながら中を窺った。
 そこには、心配そうな表情で奥の部屋を覗いて戻ってきたシュクルの姿が見えた。

「……っ! シュクル……さん」

 自分がいなかったため、心配して探していたのか、声をかけるとシュクルの表情が途端に安堵したものに変わった。
 その後。

「ミアっ、どこ行ってた!?」
「ご、ごめんなさい。その……石を……採りに……」

 久しぶりに怒鳴り声――というほどではないが――を聞いて、探してくれた嬉しさから一転して恐怖が蘇る。声が上ずり、言葉が途切れ途切れになった。

「……石ならまだあるだろ?」
「ごめんなさい。少し散歩も兼ねて……まだ、シュクル……さん、戻ってくると……思わなくて、その……」

 俯いてしまったミアディの頭上から、ため息がこぼれたのが聞こえる。

「ミア、前にも言っただろうが」
「はっ、はい。ごめんなさい」

 慌てて顔を上げると、少し呆れた顔をしたシュクルの顔が視界に入る。それからどうしていいか分からず、シュクルが何か言うのを待った。
 けれど、シュクルから何か言い出すわけでもなく、どうしようと考えあぐね……

「あの、お帰りなさい。シュクル……さん……」

 なんとか目を逸らさず、ぎこちなくても笑みを浮かべる。
 ミアディの態度に、気持ちが落ち着いたのか、シュクルから険しい表情が消えていく。

「あの、まだ時間がかかると思って……ご飯とか支度してなくて。お腹……空いてます?」
「いや、帰る前に報告を兼ねて家に寄ってきたから。それより……」
「はい?」
「いい加減、そのさん付けをやめろ」
「え?」
「一応、俺たちは結婚してるんだぞ。さん付けなんてする必要ないだろうが」
「でも……」

 確かに、さん付けなど、何となくよそよそしい感じがするが、今更なんて呼べばいいのか……困っていると、シュクルのほうから。

「名前だけで呼ぶか、それか……け、結婚したんだから、その……」
「……あ! もしかして、『あなた』?」

 結婚すれば、大抵『あなた』とかになる。他人の前では、『主人』や『うちの人』など。それを思い出して、ミアディはとっさに言ったのだが……
 それを聞いたシュクルが、いきなり赤面した。

「シュクル、さん?」
「あっ、その……さっきのでいい。名前で言えないなら……」
「は、はい。えと……じゃあ、もう一度……」

 シュクルの態度にミアディは驚きながらも、仕切り直しとばかりに、一度言葉を切って、息を吸った後。

「お帰りなさい、……あなた」

 か細い声で、それでもシュクルに向かってかけた言葉。
 黙っているシュクルを見て、だんだん恥ずかしくなって、ミアディは自分の顔がどんどん熱くなっていくのを自覚した。
 内心、どうしよう、これで良かった? それとも駄目? と、自問自答していると、突然シュクルから手が伸びたと思ったら、突然抱きしめられた。
 体を包むぬくもりに驚いていると、耳元でかすれた声が聞こえた。

「ただいま、ミア」
「しゅ……」

 何か返そうと思っていると、シュクルの顔が近づいてきて唇が重なった。何度も軽く触れ合っていた唇が、だんだん長くなり、そして深いものになっていった。
 ミアディはそれを受け止めながら、シュクルの背にそっと手を廻した。抱きつくというより、控えめに彼の服を掴む程度のものだったが。
 家の戸口で何度も口付けを交わす。
 この日、結婚してから初めて、少しだけ二人の距離が近くなった。

 

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