Step 4 「原動力」

 困った。彼女とデートするために映画のチケットを取ったのに、彼女のほうからキャンセルされた。
 まあ、お互い仕事をしているから、平日デートは仕方ない。こういうこともあるさ、とオレは自分に納得させた。
 そして、ふとリナのことを思い出す。この間マッ●によった時は、ちょうど今日休みだと言っていたっけ。リナを……誘ってみようかな? そう思って携帯に手を伸ばした。
 リナと出会ってから、すでに四ヶ月が経とうとしていた。

 

 ***

 

「もしもし?」
『オレ』
「どうしたの?」

 お互い携帯に電話番号とメールアドレスは保存済み。だからガウリイだと分かり、何の用件かと尋ねる。いつもメールでのやり取りが多いのに、なんで今日は電話なんだろう。
 ちょうど帰り道をてくてくと歩いている時だった。歩きながらガウリイと短い挨拶をしたあと。

『それがさぁ、映画のチケットあるんだけど、リナ今日空いてるか?』
「今日? また急な話ね。一応予定はないけど」
『ホント、急で本当に悪いけどさ。せっかく買ったチケットだから』
「映画は何?」
『えーと……愛と……んんっ!?』
「どしたのよ?」
『……買うの間違った』

 受話器越しにショック……というような声。慌ててるんだろうな、と思い噴出しそうになる。

「愛と……って言うと、ギャグっぽいアレでしょ。なんだっけ」
『愛と青春の文化祭~後夜祭にあのと踊るのは誰?~』
「そうそう! それそれ。恋愛モノっていうよりギャグって感じのヤツよね」
『そうなのか』
「うん。それじゃ彼女と行くのはちょっと躊躇うわねー」

 この映画、面白いらしいけど、大人の人がデートで見るようなものじゃない。どちらかと言うと、若い子向けなものだと。
 あたしは率先して見に行こう、と思わなかったけど、見た子からは面白かったと聞いていた。

「いいわ。それ面白いって友だちも言っていたし」
『そっか。とりあえず良かったよ』
「時間は何時?」
『えーと……あ、すまん。レイトショーだ。九時十分から』
「そう。ガウリイは何時頃終わる?」
『六時半には終わる』
「じゃあ、ご飯はガウリイのおごりで」
『飯もか?』
「誘っといてそう言うの?」
『イエ、スミマセン』

 その後、ガウリイと待ち合わせの時間を決めて、携帯を切った。
 さて、ガウリイというお財布を手に入れたからには、胃袋を念入りに外食用にしなきゃ。
 今日はいっぱい食べるわよー。
 あ、家に連絡しとかなきゃ。レイトショーじゃ門限破っちゃものね。うちは門限はあるけど、連絡を入れておけばある程度は許してもらえるのから、ある程度自由なのだ。

 

 ***

 

 時間になると、ガウリイは車で迎えに来て、あたしが行きたいと言ったインド料理の店に行く。ドライフルーツの入ったナンを、ピリッと辛いカレーにつけて食べるのがおいしい。
 数種類のカレーを頼んで、ガウリイと二人でお互いにナンをつけて食べ比べる。クリームの入ったチキンカレーが一番おいしかった。
 そして、最後にスパイスの効いたチャイを飲んだ後、お店を後にした。

 映画はもうピーク時が終わっていたのか、比較的空いていた。
 中央より少し上の、一番いい席で、ガウリイと二人、くすくす笑いながら映画を見た。

「あー面白かった」
「ああ、間違いに気づいた時は、『しまった』と思ったけど、これはこれで面白いな」
「そうね。友だちが面白いと言っただけあるわ」

 映画館なので、一応笑いを堪えていたんだけど、見ている間も、他の席から笑い声が聞こえてくるくらいだった。

「それにしても主役の子、結局あの娘と踊れなかったんだなー」
「はは、そうね。言い寄ろうとすると、誰かにタイミングよく邪魔されてたものね」

 主役の子というのは、高校二年生の男の子。顔立ちは割といいほうなんだけど、おどけた性格のおかげでどちらかと言うと三枚目な子だった。で、その学校のアイドルになっている女の子の前に出ると、更におどけてしまう。そこが更に笑いを誘うんだけど。
 そんな彼を主役にしたストーリーだったんだけど、副題に~後夜祭にあの娘と踊るのは誰?~とあるとおり、彼女をめぐって争う男たちに阻まれて、最後の最後まで近づくことが出来なかったという、実に哀れなやつの話。
 とはいえ、多少は救いがあるんだけど、片付けの時に彼女に声をかけられるんだけど、やっぱりおどけて何も進展しなかったという、なんともありそうな話である。
 でも、それがコミカルに表現されていて、最初から最後まで笑いがこみ上げるような映画だった。

「あれは、タイミングよくとは言わない。悪く、だ」
「そう? 見ているほうとしてはすっごくいいタイミングだったけど」
「見てる側はな。でも本人としたらすごく切ないんだろうなぁ」
「ふぅん。でもガウリイはそういうの、なさそうだよね」
「そう見えるか?」
「その顔で言わないでよ。あんたがそうなら、世の中の男のほとんどが切ないどころか号泣モノでしょ」

 駐車場に辿り着いて、ガウリイが車のドアのロックを開ける。助手席のドアを開けながら、あたしはガウリイの顔を見た。
 うーん、やっぱり美形よね。金髪碧眼。そして、バランスの取れた長身、整った顔立ち。きれい過ぎるほどの顔だけど、しっかりとした身体が弱々しさを見せない。
 女はもちろん、男から見ても、ガウリイに憧れるやつはいそうだ。

「そう言ってもな。やっぱり好きな女性ひとの前だといろいろとあるんだよ」
「なーんか、ありえないって感じ」
「じゃあ、お前さんはオレのことをどう見てんだよ?」
「んー、高校生もナンパする守備範囲の広いモテるにーちゃん。さらに言うなら節操なし」

 ガウリイが運転席でがくりと肩を降ろした。

「オレ、そんな風に見られてる?」
「ん。だってガウリイってば、あたしと会ってから四ヶ月くらいだけど、もう三人目よね?」
「……」
「会った時に金髪の人と付き合っていてー、あ、別れる直前だったんだっけ? で、その後は黒髪の人。でも二ヶ月しか持たなかった。で、今はまた金髪の人になるんでしょ?」
「……いい記憶力で……」
「くらげのガウリイとは違うもの」

 まったく、ツッコまれるのが嫌なら、デートしている最中に声かけなければいいのに。
 一人目は振られる直前で、誰かに聞いてほしかったのか、ぼそりと呟いた。
 二人目はあたしが友だちと買い物をしている時に、わざわざ彼女を連れて寄ってきて声をかけた。
 ガウリイにすると、どうやら新しい人が出来たということで、愚痴を吐いた手前、報告をしたかったらしい。
 で、今の三人目。あたしが犬の散歩の途中、車を止めてまで声をかけたのだ。黙って通り過ぎればおちょくられなくて済むのに。

「どうせオレはくらげだよ……。だからデートの日を忘れて、彼女に怒られたりするし……」
「うわっ、そんなことしたの?」
「……した」

 うわ、あっさり認めるのかよ? と思っていると、ガウリイはブチブチとこぼし始める。

「ルークと飲みに行っちまったんだよ。彼女は来ないって怒って帰るし、後から飲んでいたのをルークがうっかり口を滑らせてさ。もう『あたしと友だちとどっちを取るのよ!?』ってすごい剣幕で。そりゃ、約束忘れたオレが悪いのは分かってるけど……」
「まー……ガウリイのほうに問題あるんでしょうね」
「……でもさ、友だちと彼女は別だろ? 比べられるもんじゃないし……」

 まあ、ガウリイの言いたいこともわかる。友だちは上手くすれば一生友だちでいられるけど、男女の仲になったら友だちには戻れない。戻ったとしても、どこかぎこちなくなりそうだ。
 実際、ガウリイが三人もの女と付き合う間、あたしは友だちとして一緒にいた。たぶん、これからもそうして続いていくんだろう。このままなら、別れる理由なんてないし。

「ま、そうね。友だちと好きな人じゃぜんぜん違うし。でも、まだ若いんだからさ。いい人に巡り会えるまでずっと探したっていいんじゃない? 別れちゃった人は、そういう人じゃなかったのよ」
「……そうかな」
「そうそう。人の一生って短いようで長いのよ。その間、一緒にいられる人を見つけるんだもん。あちこち見ながら探したっていいんじゃないの?」
「そっか。そうだな」

 あたしの言葉に、ガウリイは少しだけ元気になる。
 それにしても変なの。二十四の社会人が、十八の小娘に言い負かされて、挙句に慰められて。
 でも、そうね。あんたとは、ずっと付き合っていきたいと思うわ、ガウリイ。

 たぶん、それが人と付き合う原動力――

 

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