The changing heart

 いつもと変わり映えしない日にそれは起こった。

「オレ、リナのこと好きだ。リナは……リナはオレのことどう思ってる?」

 いきなりガウリイに言われた。あたしは言葉が出なかった。
 よもや、ずっと『保護者』を名乗っていたガウリイから告白なんぞされるとは、露ほどにも思わなかったのだ。
 だからあたしも自分の気持ちなんて考えたことなかった。

 ガウリイは相棒で……生死を共にした仲間。
 大事な、大事な……大事な…………なに?

 それ以上の感情はその時のあたしの中にはなかった。
 言葉に詰まり、「あっ」だの「えっと」だのを繰り返した後、やっと口にしたのは、

「あ……ごめん………」

 それ以上、言えなかった。
 ガウリイもまたそれ以上何も言わなかった。
 そして、今も二人で旅をしている。ほんの少し気まずい雰囲気を残して……

 

 ***

 

「うきゃあっ!!」

 いきなり出てきたレッサー・デーモンにあたしは思わず(いや、ホント急に出てきたのよ)よろめいて崖から落ちる。下は川だった。
 ドボン! という音とともに水しぶきを上げて川に落ちる。
 そしていきなりのことで思い切り水を飲んでしまい……あたしは苦しさから意識を手放し流されていった。

「リナあああああぁっ……!」

 遠くでガウリイの声が聞こえたような気がした――

 

 ***

 

「大丈夫?」

 見知らぬ男の人があたしに問いかける。
 あたしは……それにここは……どこ?
 起き上がろうすると、頭がズキズキと痛んだ。体も痛いけど、とにかく頭が痛い。
 でも、頭を打ったおかげで意識を失って、水をあまり飲まずに済んだようだ。でなければ、水の流れも速かったし、運が悪ければ溺死していたに違いない。
 よく見ればいつもの服じゃなくて寝巻きのような簡素の服。
 きっと、声をかけてくれたこの人が助けてくれたのだろうというところまで思い至り、あたしは遅まきながらお礼を言った。

「あの……ありがとう」
「どういたしまして。でも良かったよ。なかなか目を覚まさないから心配したんだ。それにしても変わった格好してて……何かのコスプレ?」

 こすぷれ? なにそれ?

「こすぷれって何?」

 だいたいあたしに言わせれば話しかけてきた人のほうがよっぽど変な格好だ。
 いや、服自体はそんなに変じゃないけど、装備も何もしてなくて、大丈夫なんだろうかこの人――と心配してしまうような格好。
 村人にしてはこざっぱりしてる感じだし……誰なんだろうか?

「えーと……まあいいや。それにしてももう起きれる?」
「多分……」

 あたしはもう一度起き上がってみた。
 今度はゆっくりと体に負担をかけないようにして。
 そうすると、何とか起き上がることができた。まだあちこち痛いけど、打ち身だからしばらくしたら治るだろう。

「とりあえず大丈夫みたい」
「そう、良かった。そうそう、俺はとおるって言うんだ。君は?」
「トール? あたしはリナ。リナ=インバース」

 トール――なんか変わった名前。
 トールの名前を口の中で反芻していると、小声で「亨なんだけどな……やっぱり外国人だからかな?」という声。

「トール?」
「あ、ごめん。リナっていうんだ。でも君外人だよね。日本語上手だけど」

 今なんて言った? 外人? 日本語? 何のこと?

「そういえば……ここってどこなの?」

 あたしはだんだん不安になってきた。

「ここ? ここは日本に決まってるだろ?」

 トールの素っ気ない返事。
 だけど、あたしはニホンなんて国、知らない。
 そんな町、そんな国――どこからも聞いたことがない。

「君はどこの国の人? 目がすっごく印象的だね」
「あたし? あたしは生粋のゼフィーリア人よ」
「ゼフィーリア?」

 その後、トールと意見の食い違いをどうにかしつつ、お互いに歩み寄り、会話を成立させて、あたしが今どういった状況にいるのかやっと把握したのは、目が覚めてからかれこれ数時間は経過した後だった。
 要約すると、あたしは海に近い河川でトールに助けられたらしい。
 で、ここはニホンという国。あたしの知らない国。詳しく聞くと、どんどん意見の食い違いが出てきて、ようやくここがあたしの元いた世界ではなく異世界だと悟った。
 だけど、それを知ったからといって還れるわけじゃない。
 幸いにもトールは親切な人で、あたしを面倒見てくれることになった。
 そして帰れぬまま数日が経った。

 

 ***

 

 あたしはとある学校の前に立っていた。もうすぐトールが来るはず。
 トールは『高校生』とかいうので学校に通ってる。年はあたしと同い年だった。だけどあたしが学校に通うことはできない。
 聞いたら『住民登録』とか『戸籍』とか、いろいろと面倒なシステムがあるらしい。あたしはこの国の人じゃない。だから、トールに言わせると『不法滞在』のようなものだといった。『警察』に捕まると厄介だとも。
 それでもヒマはヒマだし、悪いことしてないんだから捕まんないよね?
 そう思ってあたしはトールが学校から出てくるのを待っていた。
 だけど、他の人が出て来るんだけど、その都度その都度あたしのことをジロジロ見る。はっきり言って居心地は最悪。ジロジロ見る人たちを、あたしは『炸弾陣ディル・ブランド』辺りで吹き飛ばしたい衝動に駆られていた。

「リナ」
「あ、トール!」

 やっと出てきたトールにあたしはその衝動を抑えてトールの名を呼んだ。
 あ、トール呆れてる。
 それでも他の人にあまり見られないように――と、近づいて周りと距離を置いて小声で聞いた。

「おいー、何やってんだよ」
「だって、つまんないんだもん」

 不思議に会話には困らないものの、こっちの文字を読むことはできなかった。
 だからあたしが暇をつぶせるのは数少ない。で、我慢にも限度がやってきて、こうしてトールを迎えに来たんだけど……

「お前なぁ。少しは自分の立場ってもんを考えろよ」

 あ……

 トールのそう言った口調が、『自称保護者』を思い出す。
 そういえば、いつもガウリイも言っていたっけ。

「……ごめん」

 その言葉にあたしはしゅんとなる。それはトールに言われた言葉だけじゃない。『自称保護者』のクラゲを思い出したからだ。
 そういえばもう十日以上会っていない。
 あたしはトールを驚かそうと思っていたのに、逆に意気消沈してしまった。

「あー…そんなに落ち込むなって」

 そう言って頭をポンッと叩く。
 やだ……これじゃ誰かと一緒じゃない……
 同じ言葉、同じ仕草なのにアイツじゃない。
 それがすごく悲しかった。

 どうしよう。
 もしこのままガウリイに会えなかったら……

 そう思った途端、あたしは青ざめた。
 トールが「大丈夫か?」と聞いてくる。だけど遠くでしか聞こえない。

「リナッ!」

 この世界はあまり危険とかないみたいで、トールの性格は割りと穏やかだ。
 そのトールが声を荒げたのに驚いた。

「ごめん」

 だけど、そんな風にちょっと焦った感じの声に、あたしは不覚にもドキッとした。
 だって、こんな声――川に落ちる前に聞いたガウリイの声を思い出したから。
 同時にあたしはものすごく悲しくなった。

 あたしの名を呼ぶのはあいつじゃない。
 あたしは……あたしはガウリイに名前を呼んでほしいのに……

 気づいてしまった。
 あたしはガウリイへの思いを自覚した。
 あの時は近くに居すぎて分からなかった。だけど、今なら分かる。
 あたし、ガウリイのことが好き。
 ガウリイが特別。
 なのに……

 もう二度と会えないかもしれないこの状況で、自分の気持ちにやっと気づいた。
 気づいたら目から涙が溢れ、頬を伝って服を濡らす。

「リ、リナ!?」とトールが慌ててポケットからハンカチを取り出して、あたしの頬を伝う涙を拭いてくれる。
 けど、涙はしばらくの間、止まることはなかった。

 

 ***

 

 気づいたってどうしようもない。あたしはまだニホンにいる。いつ還れるかも分からない。あたしはここに慣れようと必死になった。
 トールがうまく誤魔化してくれて、あたしは『バイト』にもつけた。今は忙しく働いている。
 戻れないのなら、早くここに慣れて、ガウリイを忘れたい。

「リナ、いる?」
「あ、トール。すぐ終わるから」

 あれからトールも心配して、バイト先にちょくちょく顔を出してくれる。そして一緒に帰る。それが日常になっていった。

「今日はどうだった?」
「いつも通りよ。変わらないわ」

 トールのいつものセリフ。心配していつも先にその言葉がトールから出る。
 そしていつもと同じように答えるあたし。
 こうしてガウリイの時と同じように、トールとのやり取りも日常化していくんだろうか?
 いつかガウリイのことを忘れて、こうしてトールと歩く日がくるんだろうか?
 そんな暗い考えが頭をよぎった時、目の前の風景がいきなり蜃気楼でも見ているかのように揺らぐ。

「なっ、何だ!?」

 びっくりしてトールが声を出す。
 これってもしかして……そう思っていると、不意に手が出てくる。
 手だけでも分かる、だって、ずっと見てきた手だもの。
 その手が急にあたしを掴んだ。そして一気に引っ張り出す。

 もしかして……もしかして、あたし戻れるの!?

 あたしは喜びに胸が震えた。
 確かにここニホンは穏やかな国だ。静かに暮らすにはいいだろう。だけど、あたしは帰りたかった。
 その思いからあたしからも手を伸ばす。

「リナッ!!」

 そう言って引っ張るのは……久しぶりに見るガウリイ。少し痩せただろうか?

「ガウリイッ!」

 あたしはガウリイだと確信した瞬間、その手をしっかり掴み返した。

「リナ?」
「トール、ごめん、なんか還れるみたい!」
「えっ?」
「今までありがとう!」

 あたしはトールにお礼を言うと、自分から勢いをつけて飛び込むように揺らいだ空間に身を投げた。

 

 ***

 

 気がつくと石造りの神殿のような場所。

「リナッ! 無事で良かった……」
「ガウリイ……」

 ガウリイは言葉と共にあたしをぎゅうぎゅうと抱きしめる。
 ちょっと苦しかったけど、ガウリイの腕の中で幸せに浸ってると……

「リナあぁぁぁっ! 良かったわぁっ!!」
「リナさん。お帰りなさい」

 見れば、アメリアとシルフィールをはじめ、知っている顔がぞろぞろいるわいるわ……あたしは思わず恥ずかしさから、ガウリイを思い切りどついて引き離した。

 

 ***

 

「ガウリイ、話があるんだけど……」

 あれから事情を聞いたら、ガウリイがあたしを探したけど見つからず、近くだったサイラーグに行き、シルフィールに探してくれるよう頼んだらしい。で、その話がアメリアにまで及んで………で、異世界まで飛ばされたあたしを戻すべく、二日間かけて召喚を行っていたそうだ。
 あたし自身もどこにいたのかなどを聞かれ、それについて答えていた。
 今は一段落して、部屋に戻ろうとしているところ。そこでガウリイを呼び止めた。

「なんだ? リナ」

 ガウリイがきょとんとして聞いてくる。
 その顔は相変わらずで、あたしは苦笑が漏れる。あんなに一生懸命してくれるのに、ガウリイはあたしに何も求めない。
 そんな変わらないガウリイに安心するのと同時に、そんなガウリイのそばから離れたくなくて。
 すぅーっと深呼吸する。とにかく一歩を踏み出さなければ。

「ガウリイ、あのね……」

 あたしは異世界にいた間に変わった思いを、今、やっとガウリイに告げた。

 

 

昔書いたのを修正して再掲載。
ガウリイ真っ向勝負かけたら、リナがまだその気になってなかった…という。

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