次の日の朝、リナは部屋の中の荷物をまとめた。
とはいえ、前にこの部屋に入った時にも、同じように出ていこうと思っていたから、まとめるものなどほとんどなかった。
まとめていたのは城の厨房のおばさんたちからもらった携帯食。実はこれが一番大きな荷物ともいえる。
「はーっ、おばちゃんちってば奮発してくれたのはいいけど、これじゃあちょっと重いわ」
荷物を入れた袋は、リナが両手を前で回してやっと付くくらいで、高さもかなりある。それに食糧がぎゅうぎゅう詰めに入っていた。
大丈夫かい? と聞きながらも、たくさん持って行きなと、あれもこれもと入れてくれた結果だった。これだけあればゼフィーリアにつくまで十分持つだろう。
ガウリイ以外にも親しくしてくれた人たちに、何も言わずに出ていくのは悪い――ということで、特に親しかった厨房に顔を出したのだ。
もちろん、先ほどの理由は建前で、食糧を少しでも分けてもらえたらという打算からだった。
でも行くとリナの想像ははるかに超えていた。恰幅のいいおばさんが「お偉いさんのおつかいとはいえ、急に旅に出ることになるなんて寂しくなるねぇ」と涙ながらに言われた時はきょとんとしてしまった。
わけが分からないので、何気なく聞いてみると、ゼルガディスがリナに他国に出向くような用を頼んだという。
魔道士であり、旅に慣れているからという理由でリナを選んだとか。厨房にはその旅の間の食糧を用意するよう夜遅く指示を出していたという。
(やるわね、ゼルってば……)
これならリナが出て行くのはあくまで上司であるゼルガディスの命であり、解雇されたわけでも、勝手に出ていったわけでもないことになる。
きちんとした上からの指示なら、長期間城を開けてもおかしくないし、また場合によっては戻ってこれるようしてくれたのだ。
ガウリイとの関係もあるため、ゼルガディスにすればリナが戻ってこないほうがいいだろうに、それでもこうして帰る道を残してくれた。
いや、彼なりに『生きて帰ってこい』と言っているかのようだ。
やられた――というのが本音だった。そしてそれ以上に嬉しかった。
「早く戻ってきてよ。待ってるんだから」
「そうそう、今はあちこち物騒だって言うじゃないか。魔法が使えるようだけど、本当に気をつけるんだよ」
皆が口々に早く帰ってくるようにと言う。
リナはその暖かい言葉に思わず頬が紅潮し、涙が出そうになった。それを見られたくなくて、うつむき加減で早口に答える。
「だっ大丈夫よ。すぐに用事を終わらせて、すぐ帰ってくるわ!」
言うだけ言うと、リナは彼女たちに背を向けた。
出ていく間も「気をつけて」「早く帰ってくるんだよ」という声が聞こえる。
リナは今になってやっと気づいたのだ。欲しかった居場所は、いつの間にかにできていたことに。
***
急ぐ旅ではあったが、慣れない馬に乗るのも疲れるので、馬を貸してくれるという話は断った。
そのため背中には重い荷物を背負ってリナは一人、エルメキア城を出る。
慌ただしい日々だったな、と感慨深げに一度だけ城を振り返った。
エルメキアの領土に入ってまもなく、王であるガウリイに出会い、そして護衛ということで雇われた。
そしてそれだけでなく、ガウリイを好きになって、さらに彼からも好きになってもらった。
ゼフィーリアでは決して得られなかっただろうものを、ほんの短期間の間に手にした。
「辛いって思うこともたくさんあったけど……でも楽しかった」
ぼそりと思ったことが零れる。それだけここでの生活はリナにとって人生を左右するくらい大切なものになった。
そして、その大切なもののために、これから命をかけるつもりだ。
そのためにゼフィーリアに戻って父に説明と、そして、ゼロスと対等にやりあう――いや、勝つための手段を探さなければならない。
ゼロスさえなんとかできれば、それでいいと思っていた。
けれど、帰る場所を与えてくれた彼らのために、生きて帰ってきたい、と思うようになった。気持ちはそうして変わっていくのかもしれない、と改めて感じる。
その気持ちを大事にしながら、リナはゼフィーリアへと向かう道を歩いた。
途中で休憩を入れて、もらった袋をあけてみる。そして今日中に食べてねと言われたサンドウィッチの入った包みを取り出した。レタスにベーコンをはさんだものから、たっぷりジャムが入った甘いものまであり、リナは喜んで食べた。
そうしてたくさん持っていた荷物を少しずつ減らし、数日の後、ゼフィーリアへとたどり着いた。
***
ゼフィーリア城に近づくとリナは髪をまとめてフードを目深にかぶり、顔がよく見えないようにする。
ゼフィーリア女王は体が弱いためあまり外に出ないが、国民ならば顔を知っている者もいるだろう。気をつけるに越したことはない。周囲に気配を配りながら、秘密の抜け道を使って城内に入ることにした。
入り口は町から少し外れた森の中のものを選ぶ。使われなくなった井戸が出入り口になっていた。
浮遊でゆっくり下に降りると、狭く暗い地下道になる明かりで足元を照らしつつ、いくつかある分岐点を選びながら進んでいく。
しばらく歩くと、行き止まりになった。その壁を押せば静かに開いた。
リナが選んだ出口は城の地下室の予定だった。が、その先の明るさに驚いて、リナは目を細めた。
普段地下室に明かりはない。手元に照らしている『明かり』くらいしか光はないはずなのに。
(あれ、場所……間違った?)
リナが使った地下道は王族しか知らないいざという時の逃げ道だ。
そしてそれはいくつもの道に分かれていて、複雑な構造になっている。リナも全ての道を把握しているわけではないので、間違って別の所に出てもおかしくはない。
眩しさに閉じていた目を開けて人がいないか確認しようとした途端、ぎゅうっと抱きしめられた。