第4章 伝説と真実、そしてライゼールへ-7

 コンコンと控えめに扉を叩く音に気づく。
 ゼルガディスはガウリイを手で制すと、そのまま扉に近づいた。

「誰だ?」
「アメリアです。少し話があって――遅くにすみません」

 聞きなれた声にゼルガディスは安堵しながら扉を開けた。

「こんな時にすみません」
「いや……」
「あ、ガウリイさん」
「よお、アメリアはどうしたんだ?」

 ガウリイに気づいたアメリアが声をかけると、先ほどの真剣な雰囲気はどこかへ消え、気軽に話しかけた。その態度に、ゼルガディスは現金な奴め、と軽く舌打ちする。
 けれど、大事なこの話を有耶無耶にはしないだろうと判断し、ゼルガディスはアメリアほうを向き直した。

「何の用だ?」
「いえ、大丈夫なのかと気になったのと……あとエルメキアとうちの連携をどうするかと思って。互いにどう動くか話しておいた方がいいと思ったんです」
「あ、ああ。そうだな」
「父さんが出てくるまでに時間がかかると思うので、大まかな所は詰めておいたほうがいいんじゃないかと思ったんですけど……」

 アメリアも王族としてある程度のそういった知識を持っている。話をする意義はあるだろう。
 だが、すでに夜。若き女性が男の部屋を訪ねるものではない、とゼルガディスは判断した。アメリアも変な噂がたっても困るだろう。

「そうだな。だが、もう遅い。今日でなくてもいいだろう?」
「そう、思ったんですけど」

 歯切れの悪い返事に、ゼルガディスは眉をひそめる。
 ゼフィーリア王家の内情、ゼロスの魔族の欠片、ガウリイの王位放棄――問題は山積みなのに、まだあるのかと、ため息をつきたい心境だった。

「リナの性格を考えると、たぶん遅くても明日には出ていっちゃうと思ったんです。だから――」
「アメリア? どういうことだ?」
「リナは他の人――というより、親しい人を巻き込みたくないって思うから。悪人に人権はない、って言うくせにやってること違うんだもの。だからきっと一人でゼロスさんに対抗しようとするんじゃないかって……」
「アメリアもそう思ったのか?」
「そう思ったって――ガウリイさんもそう考えたんですか?」

 ゼルガディスよりリナの性格を把握しているのだろうアメリアは、リナの行動を読んでいたようだ。
 それに対してガウリイも同意すると、アメリアも驚いた顔をした。

「あー知ってるというか……さっき面と向って『さよなら』って言われたから、な」
「さよなら?」
「ああ。居なくなる時はちゃんと告げてほしい、って言っておいたから。……こんなに早くなるとは思わなかったけどな」

 苦笑を浮かべながら、後頭部に手を当てながら呟くガウリイ。
 その話を聞いて、二人の間にはそんな約束が交わされていたのか、とゼルガディスは驚いた。あれだけリナ一人に執心していたので、本当に別れることを前提にしているとは思わなかったのだ。
 アメリアは眉をひそめ、体を小刻みに震えさせる。

「アメリア?」
「ちょっ、待ってください! じゃあガウリイさんはリナとのことは期間限定の遊びだったってことですか!?」
「お、おい! オレはそんな気持ちでリナに接したことはないぞ!!」
「だったらどういう理由で別れることになるんですか!?」
「だから――」
「まあ、待てアメリア。ガウリイもリナも互いに微妙な立場だからだろう」
「ですが!」
「とりあえず落ち着け」

 このままでは話があらぬ方向へと転がっていきそうだったので、ゼルガディスは怒るアメリアを宥めようとした。

「言っとくけど、オレは諦めるなんてひとっことも言ってないぜ」
「ガウリイさん?」
「だからゼルと交渉中。王位をゼルに譲って、リナを追おうと思ってる」
「それじゃあ……」
「ゼロスと対峙するのにリナ一人では大変だろう。オレの光の剣は役に立つと思ってる。だけど、それにはエルメキアの王って肩書きは邪魔なんだ」
「だから勝手に決めるなと言ってるだろうが」

 あっけらかんとした表情のガウリイに、これからの苦労を考えるとどうしても一言返さないと気が済まない。
 軍の遠征、戦、その事後処理――それらを全て押し付けようとしているのだ。
 実際いてもそういった処理に役に立つとは思えないが、精神的負担を考えると誰か欲しいというのが本音だ。
 もちろん、元凶であるゼロスを倒すという点においては、ガウリイの意見は間違っていない。
 軍をまとめて攻め入るより、ライゼールの内部まで入り込むには少数のほうが早いし楽だろう。もたもたしているとゼロスに逃げられる可能性が高くなる。
 それに魔族の欠片を持つゼロスの相手をできるのは、どう考えてもリナの『混沌の言葉カオス・ワーズ』による魔法と、ガウリイの魔族さえも切ることができるという光の剣くらいだ。
 自分で何とかできないもどかしさを感じて、余計に苛ついてしまう。

「まったく……やらなければならないことが山ほどあるというのに……」
「だからオレからゼルって段階踏むより、ゼル一人で片づけられるほうが楽じゃないのか? 今の状態だとゼルが目を通してからオレがハンコ押して、でもってゼルがまたあちこち戻すわけだろ? それならゼルが――」

 ああ、確かにその通りさ――と、ゼルガディスは怒鳴りたい気持ちを抑え込んだ。
 王の補佐として立っている以上、仕事の流れは自然とそうなる。しかも上司はガウリイだ。細かい所まで書類に目を通した後でなければ、ガウリイに承認させることはできない。
 だからといって、その手間をすっ飛ばすためにゼルガディスを王位に就かせようなど、本末転倒もいいところだ。

「お前は王の責務をなんだと思ってる!?」
「二年間、オレは言われたとおりに動いてきたじゃないか。国や家のために」
「それが分かっているなら……!」
「ああ、分かってる。オレだってなんだかんだ言ってもこの国が好きだ。だから王になった。それが一番いいと思ったから。でも今は王であることが枷にしかならない。リナの側に居たいというだけでなく、ゼロスを倒すためにも――」

 声を荒げることもなく淡々と語るガウリイに、ゼルガディスは何も言えなかった。
 彼なりに考え、そして出した答え。
 王位を捨てることにより、単独で戦おうとしているリナの側にいて支えるために。
 それを覆すような納得させる何かを、ゼルガディスは持ち得なかった。ぐっとこぶしを握った後、絞り出すような声を出す。

「勝手にしろ!」
「ゼル!」
「ただし、出ていく以上、エルメキアの助勢を期待するな。俺たちは俺たちでやらなければならないことがたくさんあるんだからな!」
「分ってる」
「だからと言って今すぐ行こうとするな! 最低限の処理くらいしていけ!」

 ゼルガディスの了承を聞いた途端動き出そうとするガウリイに、ゼルガディスは釘をさす。そうでもしなければすぐにでも飛び出しそうなほどの勢いだった。
 王位を譲るなどとなれば、本来手続きにおける時間を要するものだ。
 それをこの場で、譲る、譲り受けたの一言で済まされるものではない。少なくとも少人数だけでもいいから、形だけでも王位継承式を行わなければならないだろう。
 最低限、五聖家に連なるものを呼び、式を行う――そこまで考えてから、ゼルガディスはガウリイに向かって。

「三日だ。三日待て」
「三日?」
「形だけでも王位継承式を行う。そうでなければ周囲が納得しないだろう」
「……三日、か。だが……」
「三日だ。リナもゼフィーリアに戻ってすぐにライゼールに発つわけではあるまい。女王に現在の状況を話したり、それに更なる力を得ようと何か探すはずだ」

 このままであのゼロスに立ち向かっても、良くて相討ち、最悪リナのほうが殺されるだろう。ランドールでのことを思い出して、ゼルガディスは冷静に状況を把握しようとした。
 またリナの性格から、力を増幅するものを探すに違いない。もしくは『初めの人』に近づく何かを。
 ゼフィーリアは『初めの人』に繋がる場所だ。何かしら残っていると考えて、それを探すのに多少なりと時間を費やすはずだ。

「だが……」
「リナも一度ゼロスと対戦している。あの力の恐ろしさを分かっているはずだ。すでに問題はリナ個人だけで済まない。この世界の命運がかかわっているとなれば、リナといえど慎重にならざるをえないだろう」
「リナのこと……よく見てるんだな」
「仕事を頼んでいたからな。お前はリナを恋愛の対象として見ているが、俺は上司として見ていた。視点が違えば見えるものも違って見えるさ。お前が一番リナのことを分かっているなどと自惚れるなよ?」
「分かって……るさ」

 分かっていても感情が伴わないのだろう。ガウリイは拗ねた子どものようにそっぽを向いた。

「そうですよ、ガウリイさん。親友のわたしだっているんですからね。親友としての見方も違いますよ。リナはガウリイさんだけのリナじゃないんですから」
「う……」
「そういうことだ。ま、自分だけのものだと思いたかったら、後顧の憂いは全て無くしてから行くんだな。後で何か言われないように。それに、リナは中途半端に役目を放り出してきたヤツを素直に受け入れてくれるかな?」
「……っ、分かってるさ!」

 少しは仕返しをしなければ、とばかりにゼルガディスは追い討ちをかけた。
 とはいえここまで言っておけば、少なくとも三日は我慢するだろう。
 ゼルガディスは渋面を作っているガウリイを見ながら、三日のうちにどうやって必要最低限のことをこなすかを考え始めた。

 

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