第4章 伝説と真実、そしてライゼールへ-6

 リナはガウリイに別れを告げたあと、荷物をまとめた。さして荷物はないし、前にまとめてあったので時間はかからなかった。
 本来ならすぐにでも出ていこうと思ったが、立ち上がると眩暈がする。
 もしゼフィーリアに向かう途中にゼロスに待ち伏せされていたら――そう考えて、今日1日は休息を取ることに決めた。
 夕食は部屋へと運んでもらい、ガウリイ達と顔を合わせなかった。彼らも色々と忙しいらしく、リナのことを詮索するまで気が回らないようだった。
 おかげでリナは部屋でゆっくりと夕食をとり、その後は体を休めるために早めに眠りについた。

 

 ***

 

 ゼルガディスはガウリイ――王専用の執務室の横に部屋を持っている。
 今彼はその部屋で忙しく書類と睨めっこをしていた。赤の半島すべてに係わるほどの戦――それに関してどれほどの予算が必要なのか、戦に必要な人数は、期間は――?
 急いで考えることが多すぎて、ゼルガディスはため息をついた。

 軍に関してはルークに任せてある。
 ルークに任せておけば大丈夫だと思うが、エルメキアは今まで小競り合いのような小さな戦もほとんど経験していない。ほとんど自治のために動いていたようなものだ。
 あるのはライゼールがセイルーンに攻め込んだ時に対応したくらいだったが、あの時は全面的な戦になる前にライゼールが引いたため、戦うというところまでいっていない。
 当時は死者が出ないことはいいことだと思った。
 だが、今現在では戦闘経験のあるライゼール軍と比較してしまうと、戦闘経験がないというのは不安材料にしかならない。死の恐怖を味わったことのない者と、一つの戦を戦い抜いて生き残った者とでは、戦に関しての心構えが違いすぎる。
 ましてやライゼールには魔族の力を持ったゼロスがいる。
 ゼロスの動き一つで、かなり違ってくることは容易に想像できた。
 選択するべきものを誤ってはいけない。迷ってはいけない。その迷いが、誤りが多数の命を左右することになる。

「どうしたものか――」

 書類を見つめたまま、ゼルガディスは小さく呟いた。
 順調に行けばハトが戻るのは明日。それまでに最低限の準備はしておかなければならない。遠征となれば糧食や補給路の確保など、様々なことが必要になってくる。
 軍はルークがまとめているが、バックアップはゼルガディスがやらなければならないだろう。
 まずは国庫の確認から先にやるか、とゼルガディスは考えた。ここ近年は豊作で、備蓄はかなりあるだろう。その量をきちんと確認した後、兵の糧食として確保、支援を行う。
 すぐさまそれだけ考えると、ゼルガディスは国庫の確認と各領主へ要請をするために、彼の部下を呼ぼうとした。
 その時扉が不意に開かれた。

「ゼル、今いいか?」
「無理だといって引くか?」
「いや」

 顔を出したのはガウリイだ。しかもいいかと尋ねながらも、引く気はないという。
 この忙しい時に、と思いつつ、話をしなければ引かないだろうガウリイの性格を考慮して、またため息をついた。

「……少しの間だけだぞ」
「分かってる」
「それでどうした。ああ、後でガウリイにもやってもらうことができるだろうからな。その時は嫌だのなんだの言うなよ」
「あのなあ、オレだって今がヤバイ時だって分かってるぞ」
「どうだか」

 基本的に楽天的なところがあるガウリイだ。どこまでことを深刻に考えているか分からない。
 釘を刺しておこうと思った矢先、ガウリイに先を越される。

「オレ、ちゃんと生きて帰るつもりだけど――」
「……。行く前から消極的な意見だな」
「そういう意味で言ってるんじゃない」
「ならどういう意味だと?」
「……犠牲を少なくするよう頑張る。だけど、オレがやるのはそれまでだ」
「ガウリイ?」

 神妙な表情でゼルガディスを見るガウリイに、彼は眉をひそめた。

「ゼルはあのゼロスを見てどう思う?」
「ゼロス、か。あれはかなり危険だ。欠片とはいえ魔族の力を持っている――」
「だろう。だが、あれをどうにかできるのはリナと――光の剣を持つオレくらいなもんだろうな」
「ガウリイ、まさか……」

 ゼロスをどうにかする――それはガウリイが、エルメキア王が前線に出て戦うということだ。
 ゼロスはライゼール王の側近なのだから、後方に控えているはずだ。
 戦いが優勢な時はいいだろう。だが、劣勢の場合、エルメキアは王を失う可能性が高くなる。それだけは避けなければならない。

「駄目だ」
「いや、もう決めたんだ。オレは王位をお前に譲る」
「ガウリイ!!」
「それが一番いいだろう。オレよりも国のことを広く見ることのできるお前のほうが」
「国民が納得しないだろう!」
「オレもお前も同じ五聖家の出、どこに問題がある?」
「ありすぎだ!」

 ゼルガディスはいい加減叫びたい心境だ。彼にしては珍しい行動だが、さすがに負担がかかり過ぎたのか。
 それでも拳を震わせながらこれ以上叫ぶのをこらえた。

(それでなくても、あれこれ考えなければならないことが多いのに、どうしてまたこんな時に面倒事を起こすんだ。こいつは!!)

「家の格を気にするのは同じ五聖家のものだけだ。民にはそんな格差は分からん」
「そうかもしれんが! しかし国の中枢にいるやつらにはその差はわかっている。お前がいる以上、お前が王のままいるのが一番いいんだ!」
「だからオレはいなくなる」
「ガウリイ――!!」
「オレがいなければ一番いいのはお前だろう。ルークは……家は上だが、あいつもミリーナ一人を思っている以上、王には向かない。オレも……リナ以外に欲しいとは思わない」

 ガウリイの言い方は静かで、それだけ自分の意思が確固たるものから来てるのが分かる。
 だからこそゼルガディスは自分ではガウリイを説得できないことが分かる。ギリと奥歯を噛みしめた。

「だが、俺も王には向かない! 俺の性格はお前のような存在を補佐するのに向いているんだ」
「それはお前が勝手にそう思っているだけだ。どう見てもお前のほうが国を治めるだけの能力がある。それにこんな時代だ。ゼルのように、どんな時も冷静に対応できる者のほうがいい」
「……」
「それに、さっき言ったように、オレもルークも欲しいと思うのはただ一人だけだ」
「だからと言って俺に押し付けるのか!?」

 ゼルガディスはガウリイを睨んだ。
 しかし王たる者、後継ぎをつくるのも役目の一つだと言っていい。
 それが、一人の女性しかいらないとなると、また問題が持ち上がる。

「二年前、オレに押し付けただろうが」
「くっ……」

 痛いところを突かれ、言葉に詰まる。
 二年前、家のことを持ち出して王位を押し付けたゼルガディスは、そのことを言われると反論できない。

「それともゼルにも決まった人がいるのか?」
「…………いや」
「なら悪いが……」
「……」

 ゼルガディスはガウリイの指摘に渋面を作るしかなかった。
 反論できるものはない。しかし頷けばガウリイの言うことをきかなければならない。
 けれどゼルガディスは人の上に立つよりも支えるほうを好んだせいか、ガウリイの話に素直に頷けない。
 返事ができずに黙っていると、ガウリイがぽつりと呟いた。

「それに……連綿と続いてきた五聖家もそろそろ変わる時なのかもしれない」
「ガウリイ?」

 いきなり何を言い出すのか、ゼルガディスは目を見開いてガウリイを見た。

「だって、そうだろう? どこの家も継ぐ者がいない。オレたちは続けることは可能だろうが、その次は? 五聖家と一部の家とだけで繋いでいくのは無理になってきた証拠だろう」
「それは……」

 確かに血の偏りがあるのは事実だ。
 そして、その事実に目を瞑っていたのも事実。

「リナのことが表に出なくても、ゼフィーリアも自分たちの存在を考えるはずだ。今は、ちょうど節目なのかもしれない」
「リナという存在が生まれたこと、ゼロスが魔族の力を手に入れたこと――がか?」
「そこまでは分からん。ただ長く続かせることも重要だが、変化することも必要なんじゃないかと思っただけだ」

 ゼルガディスは珍しくガウリイの言うことに反論できなかった。彼自身も、少なからず考えたことでもあったからだ。
 ゼルガディスはまたしても深いため息をつくことになった。

「全く……言い出したらきかないのは昔から変わらん」
「頼む! オレを自由にしてくれ!」

 ガウリイは手を合わせてゼルガディスに頼み込む。
 さすがに勝手に失踪するのは良くないと思っているのか、こうして頼んでくるだけマシなのかもしれない。
 それに、二年前彼に王座を押し付けた身としては、あまり強く拒否するのは罪悪感を感じてしまう。
 それにガウリイの言うように変遷する時なのかもしれない。
 どうしようかと思っていると、ゼルガディスの部屋の扉を叩く音がした。

 

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