第3章 リナとゼロス、そして創世記-2

 現在、城の主であるガウリイは、同じ五聖家であるゼルガディス、ルーク、シルフィールと客人アメリア、そしてリナと食事を摂ることになっていた。
 朝食のとき、リナは無事に部屋まで戻れただろうか、と心配しながら席つく。
 けれど食事が来ても、リナとシルフィールの二人がいまだに席についていなかった。

「り……シルフィールとリナはどうしたんだ?」

 ガウリイはリナの名を先に口にしようとした後、思いなおしてシルフィールの名から口にする。
 誰にも気づかれないように――それがリナの願いであり、また自分の願いでもあるから。

「さあ……シルフィールは時間に正確なほうだし、リナも食事に遅れるようなことはないが――」

 口に出した疑問は、ルークが続くように答えた。
 二人は約束の時間を破るような性格ではない。それなのに、なぜ二人はいないのだろう?
 ガウリイは嫌な予感に襲われた。

 

 ***

 

 同じく席についていたアメリアも、巫女特有の直感だろうか、リナの身に何かが起こったのを察していた。
 リナのことを考えると不安になって仕方ない。
 離れていたことのほうが多いのに、今までこんな風な不安を感じたことはない。けれど、今は握った手のひらにじんわりと汗をかくほど緊張していた。

「わ、わたしリナを探してきます!!」

 特に当てなどなかった。
 けれどじっとしていると不安で、アメリアはガタンっと席を立った。

「アメリア、落ち着け!」
「でも! リナがご飯の時間に遅れるなんて絶対ありえません!!」
「確かにそうだが、どこを探すというんだ!?」
「でもでもっ!!」
「アメリアが心配なのも分かるが、まずはどこかでリナとシルフィールの姿を見てないか聞いたほうが絞れるだろう」
「は、はい……」

 ゼルガディスの冷静な判断に、アメリアは口ごもった。
 確かにゼルガディスの言うとおりだ。城の中でさえ広いのに、無闇に探し回っても見つかるわけがない。
 アメリアはゼルガディスに対して頷くと、すぐにゼルガディスが控えていた者に二人を探すようにと命令を出す。その者はすぐに部屋を退出していった。
 それでも不安ばかり募っていく。昨日大怪我をしたばかりだから、姿が見えないことに余計に不安に思うのかもしれない。
 アメリアは自分に言い聞かせようとしたが、それでは納得できない不安が広がっていった。

(リナ、リナ……)

 アメリアはリナが無事に見つかることを祈る。
 アメリアにとってリナは大事な親友だ。それなのに、昨日は大怪我をして、今日は朝から行方知れず。こんなことなら、無理やりにでもここから連れ出すんだったと後悔した。
 これもすべてエルメキア王であるガウリイのせいだと思い、彼のほうを恨めしげに見る。すると、ガウリイはアメリア同様、いや、それ以上に心配そうな表情をしていた。
 その心配そうな表情がどちらに対してのものか――アメリアには分かっている。
 ガウリイとリナと三人で話をしているところを見たアメリアには。

(ガウリイさん、そんなにリナのこと……)

 アメリアの目から見ても、ガウリイは決して悪い人ではない。むしろいい人だ。
 それなりに自分の立場も理解しているし、個人的な感情で周囲の人を困らせるような人でもないと思う。
 けれど、リナのことに関しては譲らなかった。
 シルフィールを正妃にという声の中、近くに女性をおけば噂の種になる可能性は高い。それなのに、ガウリイはリナを間接的にだが側に置いた。
 そして、リナもそれを拒まなかった。

(もしかして、リナもガウリイさんのことを……?)

 リナも自分の立場を理解している。それはアメリアから見てもよく分かっていた。
 リナの言動や行動を見ていると分かりづらいかもしれないが、自分の素性を明かすようなことはしない。
 あれほど鮮やかに人の記憶に焼きつくのに、リナのことを本当に知る人は少ない。
 それが不自然だと感じさせないのは、リナが細かい所まで注意しているためと、その見た目の性格のせいだ。
 でも、そのリナが身分や素性がしっかりしていないと居られない王宮などという窮屈なところに居る。それはひとえにガウリイのためなのかもしれない。
 リナの、ガウリイを見る目が他の人に対してと違っていたような気がした。

(リナ……本当にそうなの?)

 誰を好きになるのかはリナの勝手だ。アメリアが口を出すことじゃない。
 けれど、相手がエルメキアの王では相手が悪い。自分の素性を明かすことはできないし、普通の恋人たちのように表だって付き合うこともできないだろう。
 よくて後宮に入り、数いる側室のうちの一人になるくらい。そこまでして側室になったとしても、ガウリイの気持ちが変わってしまえばリナの居場所はなくなってしまう。寵愛をなくした寵姫ほど惨めで気の毒なものはない。
 アメリアはリナをそんな状態にしたくなかった。こんなことになるなら、どうして春先自分を訪ねたとき、そのままセイルーンに滞在するように説得しなかったのかを悔いた。
 アメリアがいろいろ思考を巡らせている時、扉が叩かれる音がした。

「失礼いたします。先ほどのシルフィール様とリナのことですが……」
「話せ」
「は、はい。それが、どうやら明け方なんですが、厨房で下働きの女性がなにやら女性の悲鳴が聞こえたとか」
「なに!?」
「いったい何があったというのだ!?」
「分かりません。それ以外は。門から出ていったとか話はまったくなくて……」

 困った顔で答える男は、調べたことだけを述べると部屋を退出した。
 残ったアメリアたちはそろって首を傾げるばかりだ。

「どういうことでしょうか。悲鳴が二人のものだとして、でも門から出る姿を見てないってことは、……まだ城内のどこかにいるってこと?」
「じゃあ、城の中を探せば……っ!」

 ガウリイが少しでも早く、とばかりに部屋を出ようとしたところにゼルガディスが手をかけて止める。

「待て。その悲鳴が二人のもので捕まったと仮定しよう。けれどシルフィールはともかくリナは攻撃魔法が使える。それなのにどうして容易く捕まるんだ?」
「それは……」
「それは、捕まえたやつらが例の暗殺者たちと考えられないか?」
「確かにそれなら説明つくな。リナもシルフィールを庇っていたらうまく立ち回れないだろうし、相手側に人数がいれば更に捕まる可能性が高くなる。それに暗殺者なら門からでなくても外に出ることなど朝メシ前だろう」

 ルークがゼルガディスの話に頷き、その話に補足するように付け足した。
 ゼルガディスがそれに無言で頷く。

「それじゃあ……」
「どこに行ったのかは分からない、ということだ」
「そんな……じゃあ……」

 ガウリイの暗殺を企んでいる者ならば、リナはガウリイを護衛する者。
 それにシルフィールは正妃候補として、ガウリイの王としての立場を強固にする存在。
 どちらも暗殺を企むものにとっては邪魔だろう。
 ただし、城内で彼らを殺害した場合、その痕跡を残してしまう可能性がある。
 暗殺者と呼ばれる者たちなら、人知れず二人をさらうことなど簡単だろう。そして足取りをつかめないところで、殺害に及ぶ可能性が高い。

(リナ――!)

 アメリアは手を胸のところでぎゅうっと祈るように握りしめた。
 居場所は分からない。しかも殺害される可能性が高い。どうすればいいのだろう。
 そう思ったとき、アメリアは握りしめた手の下――手首の所にある腕輪が目に入った。そこには少し大きめの青い宝石護符アミュレットが輝いている。

『これを持っているかぎり、アメリアが本当に行きたい場所へと導いてくれるわ』

 アメリアは初めて出逢ったときのリナの言葉を思い出す。
 そう、いつだってこれは自分が本当に行きたい先を優しく指し示してくれた。

「ガウリイさん! リナの居場所は分かるかもしれません!!」

 アメリアは一縷の望みに声をはり上げた。

 

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