第2章 自覚~思いが通う瞬間-14

 リナはガウリイに詰め寄られて思わず口をぎゅっと引き結んだ。内心、ものすごく困っていた。
 怪我をして倒れたのは覚えているが、次に目が覚めた時、どうしてガウリイが目の前に居るのか。
 リナには自分の意識がないときに、どういうことが起きたのかまったく分からない。そのため、ガウリイがなぜ、ここに居てこんな突拍子もないことを言い始めたのかまったく理解できなかった。
 ガウリイの行動を見て、あれこれ憶測しては顔色を変えるしかなかった。

「な、なんで、いきなりそんなこと……」

 返答に困り、ガウリイの質問とは違う言葉を口にすると、すかさずまた唇を塞がれる。
 引き結んだ唇の中にまでは入ってこなかったが、離れるとまた「ちゃんと答えて」と促された。どうあっても『好き』という言葉以外聞きたくないようだ。
 そこでリナは少し考えた。

 自分なら、誰かに――いや、それがとても大切な人の場合――庇われて大人しくいられるだろうか?
 どうして自分で対処できなかったのか、その人に怪我を負わせるようなことをしてしまったのか、と自分を責めるような気がする。
 そしてどうしたらこの次にそうならないかを考えて、ガウリイはリナのことを案じて城の中に押し込めようという考えに至ったのだとやっと分かった。そしてそうするには、ガウリイが言ったようにエルメキアの名家に養女として入り、側室になること。
 ここまで考えて、ようやくガウリイの突拍子もない行動の意味が分かった。
 ――が、分かったとはいえ、自分の気持ちを抜きにして勝手に盛り上がってもらっっては困る。こちらにはこちらの事情ってものがあるのだ。
 リナはガウリイの頬をパシンと叩いた。

「あーもう! 勝手に一人で暴走しないでよ!! 目が覚めてみれば、いきなりあんたに襲われるわ、分からないこと言われるし、なんの説明もないのに、挙句に好きか嫌いか聞いてるのに『好き』しか聞きたくない、なんてわがまま言ってんじゃないってーの!!」

「リナ?」

 一気に不満をぶつけると、きょとんとしたガウリイに追い討ちをかけるようにまた口を開いた。

「いーい! 結婚なんて一方通行の想いだけでしたって虚しいだけなのよ! だいたいあんたはあたしの体を手に入れるだけで本当に満足できるの? あたしを無理やり後宮に入れられたら、あたしはあんたを恨むわよ!」

「う……だから今、リナの気持ちを……」
「うっさい! だいたい順番ってもんが反対でしょうが!! 告白してからキスとかそっから先があるんでしょう!? それに人の気持ちばかり聞いてくるくせに、あんたの気持ちはどうなのよ!?」

 リナは一気に吐き出すと、貧血のせいかくらくらした。体がよろめくと同時に、またガウリイの大きな手が背中に回される。
 やばい、と思った瞬間に、ガウリイは少しぶすっ面で答えた。

「確かにキスと告白は反対になったけど、オレ、リナにちゃんと好きだって言ったけど」
「へ!?」

 ガウリイに切り返されて、少し前の記憶を遡る。
 目が覚めて話をして、その後いきなり押し倒されてキスされたあと、ヤケになったような口調で好きだと言われたのに気づいた。
 色気も何もない、叫ぶような告白だったけれど、確かにガウリイはリナに好きだと言っていた。
 確かに多少順番が違ってるけど、まるきり外れてはいない。

「あ、あう……」
「オレちゃんと言ったし、それからちょっと横道にずれたけど、だから今リナの返事を聞こうとしてるんだけどな」
「それは……だって……」

 リナがしどろもどろになってくると、ガウリイはだんだん元気になってくる。

「リナが、何か秘密を抱えてるのは分かる。だから、ずっとここに居られないかもしれないってのも、なんとなく分かってる」
「それは……」
「だからこそ、今ここにいる時に悔いのないようにしたいんだ」
「……」
「本当は、リナをそんな風に縛りつけることはしたくない。いつかこの城を出て行くのも仕方ないと思っている。でも……でも心の一部分でもいいから、オレに残してくれないか?」

 ガウリイの、先ほどとはまったく違う穏やかな声だった。リナはやっとガウリイの激情が収まったのだと分かる。
 同時に、ガウリイは先の先のことまで考えていたのだと分かった。
 あんな風に怪我をしなければ、ガウリイはきっと自分の思いをこんな風に形にすることなく、リナが立ち去る時になっても決して口にすることもなかっただろう。無闇に人を困らせる人ではない。
 けれど、リナが怪我をしたことにより、それを抑えることができなくなってしまった。

(でも、そのきっかけを作ったのはあたしだ……)

 自分の力を過信して、守れると思って、そのくせ勝手に怪我をして心配をかけさせた。
 ガウリイの気持ちが本当なら、かなり極端だがそういう考えに行きついても仕方ない気がした。

「ごめん。あたし何も考えてなかった。あんたの気持ちも、自分が怪我することで誰かが心配するなんてことも、ぜんぜん考えなかった……」
「リナ……、リナが怪我をしたらみんなだって心配する。アメリアなんか真っ青になって可哀想なくらいだった……」
「……ごめん」
「オレも……心臓が止まるかと思った……」
「っ! ごめん!」

 今まで大事だったのは、大事にしてくれたのは家族くらいだった。
 もちろんアメリアのことも大事だけれど、やっぱりどこかで線を引いていた。
 でも今は、こうして心配してくれる人がいる――そう思うと、リナの胸は熱くなった。

「ごめん。でも、あたしもガウリイのこと……好き、だよ……」
「リナ!?」
「だからガウリイに怪我、させたくなかった」

 ここには何も残さない予定だった。全部自分で抱えて、別れの時が来たら、静かに立ち去ろうと思っていた。
 けれど、ガウリイはそんなリナの思いを壊してしまった。
 リナはガウリイに手をとって頬に持っていくと、目を瞑って自分の思いを口にした。
 頬に感じるガウリイの手のひらの熱が心地よくて、それだけで、とても幸せな気持ちになれる。

「リナ……」
「本当は……言っちゃいけないって分かってる。でも……でも、王様のあんたじゃなくて、ただのガウリイにこたえたい」
「ああ。オレも立場なんて関係なく、リナのことが好きなんだ」

 二人は互いに惹かれあう気持ちをもう隠そうとせず、互いの背に腕を回して抱き合った。
 リナは頭をガウリイの胸に預けると、規則正しい、けれど少し早い鼓動が聞こえる。
 その音とぬくもりに、リナは静かに目を閉じてガウリイを感じた。

「なあ」
「なに?」

 しばらくの間抱き合った後、ガウリイがまだ放さない状態でリナに声をかける。その声は心地よく耳に響いた。
 少しだけ顔を上げて、ガウリイの顔を見上げる。

「リナがずっとここに居られないのも分かってる。それに、それでも無理に居て欲しいと願うなら、さっきのようなことになってしまう」
「……」
「でも、オレはリナを後宮の中の一人にしたいわけじゃない。それに、きっといつかこの城から出て行くんだろう?」
「ガウリイ……」

 ガウリイの言葉は、リナにとって反論できない。
 このままずっとガウリイの側に居れば、リナの素性を怪しんで調べらる者もいるかもしれない。そうしたらゼフィーリア王家との関わりが分かってしまう可能性もある。
 それにこのまま臣下としてガウリイが正妃を娶り、また他にも側室を迎えるのを見るというのも嫌だった。
 だから暗殺者の件が片付いたら、静かにこの城を去るつもりだった。

「でもそれは、リナの生き方だから仕方ないと思ってる。だけど、出ていくときは決して黙って出ていかないでほしいんだ」
「ガウリイ?」
「きちんとお別れの言葉が欲しい。それに黙って出ていかれたら、追いたくなるし、どこかで会ったとしても気まずいだろう?」
「そ、そうね。ばったり会う可能性は低いけど、今回のことでガウリイの激しい一面も見たことだし、追いかけるってのはありえそうで怖いわ」
「ああ、絶対するから」

 ガウリイがはっきり断言すると、リナは苦笑するしかなかった。

「そうならないように、この城を出るときはあんたにちゃんとお別れの言葉を言いに行くわ」
「ああ。忘れないでくれ」

 別れを前提に告白するなんて、おかしいかもしれない。
 けれどそれは、これから離れて生きていくために、互いに必要なけじめだった。
 二人はどちらともなく近づき、誓うかのように唇を重ねる。
 まるでこの城に来た時のようだ、とリナはガウリイに触れながら頭の片隅でぼんやりとその時のことを思い出していた。

 

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