ふう、とため息が漏れる。
ここに来て自分がしてきたことに対する、自嘲故に。
――なんて、ちょっと偉そうに言ってみても、やってきたことは変わらない。正直、目が覚める(という感じ?)と、今までしてきたことの数々が、穴があったら――いや、穴を掘ってでも埋めて証拠隠滅したいと思うほど。
アスル・アズールも珍しく空気を読んでいるのか、これ以上のツッコミも、揶揄するような言葉もない。
ちょっとそれが気になって、俯いていた顔を上げてアスル・アズールを見た。
「……っ」
ちょ……今、信じられないものを見たんだけど!?
出会ってから数日、いつもどこか人を小馬鹿にしたような笑い顔とか、でなきゃ、営業スマイルみたいな作った笑顔しか見たことなかったけど…………今は、本当に、心から笑みを浮かべてる……って、顔なんだけど!?
うーわー、美形だから、ちょっと目に眩しい。
じゃなくて、どこがどうしてこうなった?
「あ、アスル・アズール……?」
「どうした?」
「いや、見たことない顔してるから……いったい、何があったのかと……」
人を指指してはいけません、ってのは無視して、震える右手でアスル・アズールを指差すと、くっ、といつもの笑い方に戻る。
「いや、ちょっとは成長したものか……と思ったが」
「なんだよ?」
「いや、自覚しただけか。それだけでも進展だが」
「……うるさいな」
どうやら、ヤツは私が自分のしていたことを自覚して反省したから、ちょっと微笑ましい表情になったのだろう。それを理解して、もの凄く恥ずかしくなる。
そのため、アスル・アズールを睨むつけるような表情になった。
こちらが憮然とした顔をしているのに、ヤツはまた微笑ましい表情になる。はっきり言って、恥ずかしい。やめんか、その表情は。
くー……今、もの凄くコイツをど突きたい衝動に駆られているのをひたすら我慢する。
だって、本当にド突いちゃったら、やっと成長した(自覚した?)のが台無しになるじゃないか。また、子供のわがままを喚き散らすようで嫌だ。
「と、とにかく、アンタも分かったようだけど、私はもう邪魔しないから。タマキちゃんがちゃんの意思を尊重する」
大げさに挙手をしながら宣言する。
そして、ついでにとばかりに、もう一つ提案。
「あと、これは頼んでほしいんだけど、これからはタマキちゃんも一緒にご飯食べられるようにしてもらえる?」
「いいのか?」
「いいもなにも……本当なら、タマキちゃんだって一人で食べるよりいいでしょ」
はい、これも反省すべきこと。
私はなんだかんだと騒がしくても楽しい食事をしていたのに、タマキちゃんは一人で静かに食事をとっていた。ご飯は楽しく食べたほうがいいものだ、って思うし、もうタマキちゃんを隠すような真似をしなくてもいいんだし。
まあ……隠すようにしていたのは私の勝手な行動の結果だったんだけど。
あ、あと、もう一つだけ。
「あともう一つ!」
「なんだ?」
「フィデールの魔力が戻って、私たちが戻れるようになった時――その時は、私達の気持ちも考えてほしい」
これは最重要事項なんだから。
今までこんなことをしてたのは、二人揃って還れるように――というためだったわけで。それもバレてしまってるんだけど、でも、そのあたりは私たちの意志も汲んでほしいというのは我が儘だろうか。
もともと、いくらこの世界にとって重要な“乙女”だったとしても、私たちだって、元の世界――日本でのそれぞれの生活がある。
今現在、私たちの扱いはどうなっているのか……それを考えるとちょっと怖いけど、やっぱり、あっちが私たちの世界だと思うから。
「……分かった。もともと、勝手に呼び出したのはこちらだからな。その時の気持ちで残るか戻るか決めてくれ」
「……ありがと」
これまでの状態からすれば、だいぶ変わった気がした。
なんだろう? 私も自分の幼稚さを自覚したけど、アスル・アズールもどこか変わった気がする。
気になってアスル・アズールを見つめてると、顔をしかめて。
「なんだ?」
「いや……私だけじゃなく、アスル・アズールも変わったかな、と」
「ああ、そうだな」
「自覚……あるんだ」
「まあ、な」
「聞いてもいい?」
「内緒だ」
変わったけど、どうして変わったかまでは親切に教えてくれる気はないらしい。
それでも、アスル・アズールも私も、少しだけ変われたことに、顔の筋肉が自然に緩んだ。
いいほうに変わったみたいだから、あまり聞くのはやめよう。
フィデールもそうだったけど、アスル・アズールもこの世界にとって重要な地位にいる人――おいそれと心の内を明かすようなことはしないだろう。
私にはそれを根掘り葉掘り聞く権利もない。「そっか」と呟くと、「戻るか?」と聞かれたため、頷いて二人して神殿の中に戻っていった。
途中でいなくなったため、タマキちゃんにお詫びしにいく。
「ごめんね」と謝ると、タマキちゃんのほうが「勝手なことをしてすみません」と、泣きそうな顔で謝られてしまった。
「タマキちゃんのせいじゃないよ。ホントにごめん。二人で話になっているなら大丈夫かなって思って、ちょっと席を外しちゃって……」
さすがに覗き見していましたというのは言えなかった。
後ろめたい気持ちがあったけど、言えば、タマキちゃんの心の内を知ってしまったことになるから。自分の恥を晒すと同時に、タマキちゃんの隠している気持ちも晒してしまう。
アスル・アズールは分かっていたみたいだけど、黙っていてくれたみたいだ。
そのことに感謝しつつ、慣れたみたいだから、これからは一緒にご飯食べたりしようと話したら、タマキちゃんは喜んで返事した。