のっけから、そう、のっけからというのが正しいと思う。
フィデールが何を言われるのか、内容によっては怒りたくなるような内容かもしれない――そう思っていた。
なのに、王から出てきた言葉は――
「聖地に行って、本物のの“玉の乙女”を迎えに行ってこい」
というのだった。
その、目が点になりました、マル――なんて言ってみたかったりするくらいびっくりした。
だってこっそりと実は自分が本物でしたーって分かった次の日に、なんだよ。「は?」と思ったっておかしくないよね?
しかも、『本物の』という辺りが強調されていて嫌味としか言いようがないんだけど、内容が内容だったんで何も言えなかった。
フィデールはといえば、いつもと違う無表情で、「畏まりました」と答えて頭を下げた。緊張しているのは分かるんだけど、いつもと全く違う雰囲気で近寄りがたい印象なのがなんともいえない。
フィデールが少しでも早く聖地に行くために準備をするから下がらせて頂きたい、と告げてから一礼してその場から離れる。
私はフィデールのように相手に合わせてやり取りする能力が低いから、そんな私がなにか手伝おうなんて思うのはおこがましい感じになる。
微妙な気持ちになりながらも、慌てて付いていって、フィデールがいつも使っているという部屋に一緒に入った。
***
「はあ……」
扉を閉めた途端、フィデールの緊張が解けたのかため息がこぼれた。
「フィデール?」
「はい?」
「大丈夫? というか、お茶でも淹れようか?」
「あ、はい。ありがとうございます」
やっと私のほうを見たフィデールは一瞬ビクリとした後、すぐいつもの表情に戻った。どうやら彼の中で私は緊張しなくてもいい人に分類されているらしい。なんかそれが少し嬉しかった。
フィデールは疲れた足取りで椅子に座る。私は周囲を見回すと部屋の隅に水差しとポット、カップ、茶葉が入った器がおいてある棚を見つけ、その場所に向かった。
ここには電気ポットもないので水のみ。ポットに茶葉を入れてから、小声で“力”を使ってお湯にする。そしてそのお湯を必要な分だけ入れて蒸らすこと二、三分。紅茶のような香りが漂う。
それをカップに入れて(もちろん自分の分も)フィデールの所に持っていった。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
「お疲れ様、って感じだねー」
「まぁ、早くて助かりましたが……」
「あーうん、そうだね。私もああいう雰囲気の所には余り居たくないな。早く終わってくれて助かったよ」
フィデールがあんな雰囲気になるのが分かる気がする。あんな所に出入りしてたら、そりゃ無表情になって心を守ることを覚えてしまいそうだ。
大勢の人の前、そして絶対的な存在。力はフィデールのほうが勝るだろうに、それを覆すことの出来ないもどかしさ――それらを何度も体験していたら、いくら図太い私でも嫌になってくるだろうなって思う。つか逃げる。絶対行かない。面倒くさい。
でもフィデールは逃げないんだよね。あのアスル・アズールを相手にしたり、ちゃんと逃げずに義務を果たしたり――二日間でフィデールのことを見直してしまったよ。
「それにしても、アスル・アズールが言っていた聖地行きが、こんなにすんなり通るとは思わなかったですね」
「あー……そっか、そのためにあれこれ仕事をこなそう、って話だったんだよね」
「ええ、まあ今ある仕事はそれなりに処理をしていかなければなりませんが」
フィデールは苦笑しながら、大きな机の上にいくつか詰まれた書類の山に手を載せた。
それにしても『早く行け』という割りに、今の仕事を終わらせろとはかなり身勝手な話だ。それだけ、こういう仕事をこなせる有能な人物はいないのか、この国には。
「ま、早く片付けてちゃっちゃっと聖地に行って、“本物の”乙女でも拝みに行きますか」
「そ、そうですね。まあ書類は分類して各方面に任せましょう。急がなければそれはそれで問題がありそうなので」
「そうだね」
王様たちの思惑はラ・ノーチェより先に聖地に行って乙女に会うこと。そしてラ・ルース側にとって有利な話に持っていくこと。
……って、アスル・アズールも一緒に行くなら、ラ・ノーチェ関係の人も一緒に行くことになるんじゃない? ってことは、フィデールが行ってもあまり意味ないような気がするな。
まあ、聖地行きは王様の命令じゃなくてこっち――というか、アスル・アズールが勝手に決めたことだし、よもやラ・ノーチェの王族が一緒に行くとは思ってないのか。
それにアスル・アズールは――というか、ラ・ノーチェ側も乙女を歓迎してないんだし、必ずしもラ・ノーチェ側に引っ張っていこうって思っているわけじゃないのかな。聖地にいるならそれはそれでいいってことで……
うーん……と考えながら、フィデールの説明にあわせて書類をいくつかの山に分類していく。
行く前に先に決めなくてはいけないこと、後回しにしても大丈夫なもの、もしくはそのまま各管轄にまわしてもいいもの――などなど。
それにしても書類は多岐に渡っていて、フィデールの仕事の多さが分かる。
……つくづく能力と評価が合わない人だよな、この人。
評価といえば、そのフィデールがアスル・アズールのことをすごく高く評価してたっけ。
でも、フィデールの境遇なら大国の王族というだけで、アスル・アズールのことを評価することはないような気がする。
だらしない王様と上の王子たちを見ているから。その分フィデールが頑張らなきゃいけないわけで。その苦労を知っているから、能力に見合っただけのものがなければ、あれだけ高い評価をしないと思うんだよね。
私からするとアスル・アズールは変なヤツ、としか言いようがない。男でも女でも構わないとか言いながら、しっかり私を“女”と思って見てる。
……あれ? だとしたら私が“乙女”の可能性を捨ててないってことだよね?
そうなると自分の国の王様と結ばれるはずの女にちょっかいをかけることになるよね。
それっていいのかな? 変人だけど、アスル・アズールは見た目は美形に入る。もし、まかり間違って私が本気になっちゃったら?
フィデールが召喚した私が、本当に乙女かどうかを確認するにしても、あれはちょっとやりすぎな気がする。
それに何か違う。フィデールの対応を見ていればアスル・アズールのあれが普通なようだし、アスル・アズールがそういう役目を好んでやるとは思えない。どちらかというと……
うわっ、ここまで考えて怖いことに行き着いた。
「どうしたんですか?」
「……フィデール」
「眉間にしわがよっていますよ。疲れたんですか?」
「いや、疲れたんじゃなくて……」
そこまで言って、私が考えついた“仮定”は、フィデールが知っている“真実”かどうか気になった。
フィデールが知っているかどうかで、二人の動きが変わってくるはずだ。それに聖地にいる人には悪いけど、私はその人に押し付けて早めに日本に帰りたい。
「ちょっと聞いていい?」
「はい、なんでしょう?」
フィデールは目を通していた書類を置いてこちらを見る。
「あのさ、フィデールはアスル・アズールの正体を知ってるよね?」
まだるっこしいことはなしの断定しての質問。
それを聞いて怯むフィデールを見れば、知っているのは一目瞭然だった。
「何故、いきなり……」
「うん、まあこっちも色々考えてみてのことなんだけど……フィデールが知ってるかどうかで対処の仕方が変わってくるかなーって」
「はい?」
「こっちのこと。それよりフィデールは知ってるんだね。アスル・アズールがラ・ノーチェの王様だってこと」
真面目な表情で正面から勝負をかける。駆け引きは苦手だし、この場合は意味がない気がして。
フィデールは私の問いに目を大きく見開いた。
どうやら“当たり”らしい。
「やっぱりそうなんだね」
「どう考えてそういう結果になったのかは分かりませんが……ミオさんは頭の回転が良すぎますよ……」
渋々、といった感じで間接的に認めるフィデール。
でもアスル・アズールの正体が分かったから、それを前提にこちらも手を打ちますか。
「ま、その辺は置いておいて。アスル・アズールは私が女であり、乙女だと思い込んでその気になり始めてる。なんで? 話からするとラ・ノーチェ側は乙女の存在が邪魔だったんでしょう?」
「はあ、まぁ……ただ、そのミオさんが……」
歯切れの悪い返答に、またもや嫌な想像が働く。
「もしかして――ラ・ノーチェ国王は噂どおり紛れもない変人で、その変人さ加減から、女として規格外になるだろう私なら面白そうだと思ったから――って感じ?」
「……だから、何で分かるんですか」
「分かるでしょ。アイツの性格とフィデールの反応から。まあ、アスル・アズールの思惑はおいておくとして、フィデールはどうなの。このまま私を乙女に仕立ててラ・ノーチェに行かせたい? それとも早々に帰して現状維持にしたい?」
この答えによって動き方が変わってくるんだよね。
フィデールが最初の考えのままなら、相手をするのはアスル・アズール一人で済むけど、フィデールもそれに賛同するなら、私はこの二人を相手にしなければならない。
でもそれはものすごく骨が折れることだと思うのよ、うん。
それに二人は、もう私が女であることは分かりきっていることのようで、今さらそれを隠しても始まらないし。
…………って、もしかしてちょっとそれを逆手に取ること出来ないかな?
「フィデール」
「は、はい」
「はっきり答えなさい。場合によっては、私、女の格好してあちこち歩いて回るよ」
「…………え? それは一体どういう脅しなんですか!?」
目を白黒させているフィデール。うーん、これはこれで面白いな。
でもうろたえ具合からすると、やはり私をそのまま戻したいほうかな。なら話は早いかもしれない。
よし、このまま一気にフィデールを攻略してしまおう、と決めた。