久しぶりにセイルーン王宮に訪れたかつての旅の友――ゼルガディスにアメリアは嬉しそうに地図を見せて、あるところを指差した。
「ゼルガディスさん、ここにゼルガディスさんの体を元に戻す方法があるかも知れないんです!」
久しぶりに会えたアメリアは旅をしていた時より大人びていて、また、王女としての格好をしていた。ゼルガディスは最初少しだけ戸惑ったが、前と変わらない様子にゼルガディスは何故か嬉しくなった。
「本当か? アメリア!?」
「はいっ! ここの遺跡からそういった文献が出てきたとか……きっとゼルガディスさんの体も元に戻ります!」
元気に言うアメリアに押されて、ゼルガディスはその遺跡に行くことに決めた。
「ゼルガディスさん、元に戻ったらまた来てくれますか?」
「ああ。アメリアに会いに来る。礼も言いたいしな」
「……はい、待ってます」
短いやり取りの後、ゼルガディスは見守るアメリアを置いて一人旅立った。
***
すでに闇の帳顔降りて久しい頃、バルコニーから聞こえる声があった。
「アメリア?」
「ゼルガディスさん!」
人間に戻ってすっかり姿の変わったゼルガディスは、入り口で止められてしまったため、そっと忍び込んで、窓からアメリアに声をかけた。
その姿は前の青銀髪の硬い髪、硬質な肌とは違い、少し浅黒い肌、黒い髪に変わっていた。
それでもアメリアにはすぐに分かった。
「アメリアのおかげで元に戻れた。少し遅くなったが、本当にありがとう……」
「いえ……」
笑顔で礼を言うゼルガディスに対し、アメリアは少し浮かない顔をしている。
ゼルガディスはそれに気づき、アメリアに尋ねた。
「どうしたんだ?」
「……」
ゼルガディスの問いに、アメリアは少し困った笑みを浮かべた。
「アメリア?」
ゼルガディスはアメリアの肩に手を置いて、覗き込むようにアメリアの顔を見た。
アメリアは黙っているのが苦しくなって、小さな声で話しだした。
「ゼルガディスさんが出かけてから……急にわたしの結婚が決まったんです。姉さんがいない以上、わたしがいずれセイルーンを継がなくてはならないから……」
「アメリア……」
ゼルがディスから目をそらすアメリアに、ゼルガディスの彼女の肩を掴む手に力が入る。
掴んだ肩は微かに震えていた。
「もう……明日にはラルティーグ王国の第二王子であるエセルバート殿下が、このセイルーンに着きます。三日後には結婚式が待っているんです……」
「アメリアが……結婚……」
ゼルガディスは呆然とした。
確かにアメリアはセイルーンの王女で、自分とは身分違いも甚だしい。分かってはいるが、現実を突きつけられると痛かった。
「わたし……昔に戻りたい。リナたちと旅をして、王女という身分も関係なくいられた頃に……」
「アメリア……」
切れ切れに小さな声で搾り出した声に加えて、アメリアの大きな目が潤んでいるのが夜目でも分かった。掴んでいる肩は小さく震えている。
そんなアメリアをとっさに引き寄せて抱きしめようとした瞬間。
「でも無理ですね。わたしはセイルーンの第二王女ですもの。わたしにはわたしにしか出来ないことをしなければ。きっとそれが神様が与えたわたしの役目だから……」
アメリアは最初から割り切っていたはずだった。恋愛はともかく、結婚はセイルーンの王女として、いつか会ったこともないどこかの王族と結婚しなければならないことを。
いずれ、国のために生きるのだという気持ちも読み取れた。
だから、同じ仲間だったリナとガウリイの関係に首を突っ込んだりやきもきしたり――そんな彼女をゼルガディスは見てきた。
だけど、いつからだろうか。アメリアのゼルガディスを見る目に熱が含まれてきたのは。
その目を見ると胸が苦しくなった。
アメリアが、王女という身分と、自分の心との葛藤が垣間見えたから。
その目を見ると、早く元の姿に戻りたいと思った。王族とはいかないものの、賢者レゾの血を引いている自分なら――合成獣ではない人間の自分なら――何度、そう思ったことだろう。
けれど、すべて自分の都合のいい夢でしかなかったことを悟る。
「そう、か……俺は遅かったんだな……」
「ゼルガディスさん?」
(せめて想いだけでも伝えたかったんだが、な……)
ゼルガディスは全てが遅かったことに後悔した。
「それは……聞きたいけど聞いてはいけないことですね……」
アメリアは悲しそうな表情で小さく答えた。
聞いたら全てが終わってしまう。
三日後にある結婚式も、国同士の関係も、セイルーンの王女としての立場も――
アメリアはそう思い、ゼルガディスの次の言葉を拒絶した。
とはいえ、拒絶されたゼルガディスも辛い。秘めた想いを抱えていたのは同じなのだから。
「アメリア……こうして元に戻れたのはアメリアのおかげだ。だからアメリアの願いを叶えたい。もう会えなくなるなら……今のうちに言ってくれないか? どんなことでもいい」
ゼルガディスのかすれた声に、アメリアは飛びつきたい衝動に駆られた。
けど、そうしては駄目だと頭の中で警鐘が鳴る。
ここから浚って連れて行って――そう答えたい気持ち。
次女といえど、王女として生まれた責務。
なにより、同じ気持ちを持つゼルガディスが我慢しているのに、自分から壊すことはできなかった。
(でも……それでも側にいてほしいと思うのは、強欲ですか?)
空を見上げると、雲間に隠れた月の光が一部の雲を照らし、濃淡がはっきりした夜の空が目に入る。
答えることのない神に問いかけても意味のないものだと分かっていても、それでもアメリアは自分の気持ちを隠しきれなかった。
できるものなら、そのまま飛びついて温もりを取り戻したゼルがディスの体に顔を埋めてしまいたかった。
「わたしは……」
アメリアはなんとか話そうとするが、泣きそうになって言葉が途切れる。
「何でも言って欲しい。この命はアメリアのおかげだから」
「でも、わたしは……ただそういう文献があると教えただけですから」
小さく頭を振るアメリアに、ゼルガディスはそんなことはないと言う。
「でもそれがなかったら戻れなかった。それにリナたちと旅をしている時も、アメリアにはいろいろ世話になったし……。俺がなにかをしてやりたいんだ」
「わたしの……わたしの願いは……」
ゼルガディスの言葉に、アメリアは自分でも残酷だと思う願いを願った。
「ずっと側にいてください。結婚しても……それでもゼルがディスさんに側にいて欲しい……」
(たとえ、世にある恋人同士でなくていいから……)
アメリアの目尻に光るものが見える。本来ならその願いは、本当なら心の奥底に秘めて、決して口にしないはずだったのに。
それでも、こうして自分に対して言葉にしてくれたのが嬉しい。
たとえ、その願いが叶うことがなくても……
「分かった」
けれど、ゼルガディスは穏やかな表情を浮かべ、了承した。
アメリアはその言葉が信じられなかった。
「ゼルガディスさん? なに言っているか分かってます?」
「もちろん分かっている」
すべてを理解していて、そしてそれを受け入れる――そういった顔のゼルガディス。
そしてアメリアの前に跪いて、その柔らかい手を取り――
「我、ゼルガディス=グレイワーズは、アメリア=ウィル=テスラ=セイルーンに生涯の忠誠を誓います。死による別れが来る日まで――決して貴女の側を離れることはない」
そう誓いを立てると、その小さな手にそっと口付けた。
***
結婚式は盛大に行われた。国中がアメリアの結婚を祝福し、七日七晩祝いの宴は続いた。
アメリアはラルティーグの王子と共に過ごし、しばらくしてセイルーンの女王となった。
彼女の治世は平和な国を築いた。
その命が終え、次代に譲るその時まで。
その間ずっと、黒髪の剣士がいつも彼女の後ろに控えていた。
――触れたのは忠誠を誓った時の口付けのみ。
それでもその命が終えるその時まで、彼は静かに彼女の側にいた。
このお題は原作ベースでと書いてありますが、「忠誠を誓う」の二人の感情はアニメのほうかな?