今日はあたしの卒業式だ。これで高校生活が終わり、それから地元の公立の大学に入る。
あたしにとっては、ちょっと大人になった気分。大学に行ったからっていっても、まだまだ親に世話になることには変わりはないけど、それでも高校生ってのと大学生っていうと、やっぱり違うと思うのよね。
あ、そうそう。これで少しはガウリイのヤツも、あたしを子ども扱いするのを控えるでしょ。
ガウリイというのはバイト中に出会った顔はいいけど、おつむは駄目駄目な変わったにーちゃん。でもこの変わり具合が面白くて、なんだかんだいってガウリイとの付き合いももう半年以上になる。
ま、相手は六歳も年上の社会人だから、月に数回会ってご飯食べたり遊びにいったりする程度だけど。
前にガウリイに会ったのは、バレンタインにエビでタイを釣るべく、安い義理チョコを渡した時だから、もう二週間以上会ってない。
一応昨日の夜、明日卒業式なんだよってことをメールしたし、おめでとって返事があったくらい。恋人として付き合っているわけじゃないから、これくらいあっさりしているほうが付き合いやすいのかもしれない。
「よ、リナ」
「ルーク」
「ルーク、じゃないだろう。学校ではルーク先生と言え」
「ヤダ。あんたを先生なんて呼んだ日には熱出して寝込みそう」
声をかけられて振り向くと、そこには小さい頃から見慣れた男がいた。ツンツンした頭の目つきの悪い、ってのが一番の特徴。
妙なことに、学校の先生なんてのになって、今はあたしの高校にいる。すごく似合わないんだけど。
「なんだそれは……。お前の体の構造はどうなってんだよ?」
「うっさいわね。だいたい『近所のお兄ちゃん』が学校の先生になってくるなんてベタな設定止めてくれる?」
「俺に言うなよ」
「ふん。どうせミリーナが教員免許取るからってそれにつられたんでしょ。残念ね、ミリーナは他の学校で」
「るせー」
ルークはあたしの家の向かいに住んでいる。んでもって、あたしの隣の家にいるミリーナに、小さい時からぞっこん惚れこんでいて、ミリーナを追いかけるシーンは昔から変わらない。
よくまあ、これだけ実りがないのに一途に想いこめるのやら――と思わないでもなかったけど、見てる分には面白いから放っておく。
ただ、三年生になって、お隣の『お兄ちゃん(と言うよりガキ大将)』が、新任の先生になって登場したときは、始業式に雄叫びを上げちゃったわよ。まったく。
そのせいで他の人には悪いイメージを持たれちゃって迷惑極まりない。どうせ来るならミリーナのほうが良かったわ。
「んで、近所の『おチビちゃん』はなに真面目な顔してるわけ? チビの癖に卒業するってことでおセンチな気分とか?」
「……その口を今すぐ針と糸で縫いとめたいわね。もちろん糸はタコ糸のような太いので」
「物騒だな」
「あんたが言わせるんでしょ?」
あたしの勝気な性格は、いくらルークが年上とはいえ、からかわれて大人しく受けるなんてことはできない。だからあたしは言い返して、ルークがいい加減参ったと思うまで言い返すのだ。
ルークとあたしは年の差があれど、ケンカ友だちといえる。ケンカといっても口だけで終わっているのは、ある程度ルークが大人なんだろうが――それは認めたくないのでおいておく。
あと、ミリーナが一緒にいると、たいていは途中でミリーナが仲介してくれるんだけど、今現在ミリーナはいないため、不毛な言い争いは続くかと思われた。
――が。
「リナ、ここにいた!」
「アメリア。それにゼル」
「探したのよー」
「まったくだ。お前が言い出したんだろうが」
「なにを?」
あたし、なんか言ったっけ?
卒業前で最近バタバタしてたせいか、何を言ったのかぜんぜん覚えてない。首を傾げると、ゼルがひとつため息をついた。
あ、ちなみにアメリアとゼル――ゼルガディスは同じクラスで仲のいい友だちだ。
「卒業式が終わったらメシを食おうって言ってただろうが」
「そうよ。リナってば今日は食べまくるわよ! って言っていたくせに」
「あーごめんごめん。すっかり忘れてたわ」
ちょっとむしゃくしゃしたことがあって、思わず卒業記念に食べまくろうとアメリアとゼルを巻き込んだんだっけ。
まあ、美味しいものを食べるのはいいことだから、そのままその話に乗ろう。それよりも、まずは軍資金を……と。
「ルークぅ、ミリーナも呼んであげるから、あんたも来る?」
「なに!?」
「リナ?」
「おい?」
ふふふ。ここは一つ、ルークに財布代わりになってもらって、美味しいものをたくさん食べる作戦である。
ミリーナの名を出せば百パーセント、釣れること間違いなし!
「あたしさー、ミリーナの新しい携番知ってるのよね」
「なんだと!?」
「仕事の都合で携帯持つようになったの、知らなかった?」
「……知らない。なんでお前が知ってんだよ?」
「あらお気の毒。まあ、あたしが知ってるのは、昨日付き合って携帯見にいったからよ」
「……」
「まあ、さすがにミリーナの承諾がないから携番は教えられないけど、会えば教えてもらうチャンスはあるんじゃない?」
「行く!」
「ならご馳走様♪」
「……仕方ねぇな」
これであたしたちは財布を手に入れた。お金を考えず、ゆっくり食べることに専念できるわ。
「お前……本当に『立ってるものは親でも使う』をそのままいってるな」
「そお? だってたくさん食べたいし、ルークはこういう時に役立てなきゃ」
けろっとして呆れ顔のゼルに返すと、ゼルは同情の眼差しをルークに向けた。
まあ、ルークとの関係はこの一年見続けてるから、今回のようなことがなかったわけでなく、ただ同情の眼差しを向けるだけで終わりになる。
なんだかんだ言っても、ゼルもちゃっかり奢られようと思っているみたいだし。
「ま、それならそれで行くか」
ちょっと面倒くさそうに、でもミリーナの携帯の番号をよほど知りたいらしく、半分は嬉しそうだ。店はどこか尋ねてきて、ミリーナにも知らせろと急かされる。
その様子を見てると、当分は教えないでこれでたかろうかなーって考えが浮かぶ。そうすればしばらくの間、ルークはあたしの言うとおりだ。
そんなことを思いつつ、みんなと一緒に卒業証書その他荷物を持って門を出て、緩やかな坂道を下ると、そこには見慣れた一台の車があった。
「あれ?」
「どうしたの、リナ?」
「いや、あの車……」
「車がどうかしたのか?」
白い大きなワゴン。車のナンバーも見たことがある。
でも……なんで?
そのまま運転席に視線をずらすと、見慣れたヤツが乗っている。そいつはこちらに気づいて、車のドアを開けて降りてくる。
「うわっ、カッコいい人ね」
アメリアが思わず呟く。
まー、確かに見た目はいいからねえ、ガウリイは。しかもスーツ着てるし、三割り増しってところ?
でも、なんでこんなとこいるんだろ?
「よ、リナ」
「ガウリイ? あんたなんでここにいんの?」
「ん? だって今日卒業式だってメールしたろ?」
「したけど……来るなんてひとっ言も返事に書いてなかったじゃない」
フツーに『卒業おめでと』としかなかったもの。実にあっさりした内容だったのに。
「ああ、驚かせようと思って」
「確かに驚いたけどね」
「俺も驚いた」
「は?」
横から口を出したのはルーク。
あれ、そういえば――
「あれ、ルークじゃないか。なんでこんなとこにいるんだよ?」
「それは俺の台詞だっての! なんでお前がここにいるんだよ!?」
あ、やっぱり。
前に愚痴こぼしたときにルークの名前が出てきたっけ。
珍しい名前じゃないし、あの時だけだったから詳しく聞かなかったけど――世の中広いようで狭いものである。
「さっき言ったとおり。」
「……お前……守備範囲広すぎだ……」
「ちっ違う! リナとはそういうんじゃなくてだなぁ!」
「今さらお前の女性関係に関してとやかく言う気はないから安心しろ」
「だったらその目はなんだ!?」
「言う気はないが、ここまできたか、と呆れているだけだ」
などとツッコミを入れたい二人の会話を聞いていると、アメリアがあたしの袖をツンツンと引っ張った。
「なに?」
「ねえ、あの人、リナと知り合いなの?」
「あーうん。一応」
「どこで知り合ったのよ!?」
うわ、ツッコミ入った!
アメリアこういうの好きだし。よく見るとゼルもルークも好奇心丸出しの顔してる。
でもルークはあたしとガウリイが知り合いだってこと、ぜんぜん知らなかったんだ。仕方ない、別に探られて痛い腹などない。出会ったころをちょっと懐かしく思いながら、あたしは出会った場所を口にした。
「えーと……バイト先のマッ●で」
「は?」
「だから、マッ●。こう見えてもあたし並に食べる人」
「そういう説明するのかよ?」
あっさり説明すると、目が点になっているアメリアたち。
そこにガウリイのほうがツッコミを入れる。
「え、いや? じゃあ、そうねえ。うーん……」
「リナ?」
「ええと、じゃあ……。マッ●で会ったよく食べる――ご飯も女も――好き嫌いなしの節操なしの守備範囲がものすごく広いにーちゃん。ちなみにご飯も女も、ものすごく早食いで、彼女については、あたしが知ってる限りでも四人代わってる。相手の見た目もいろいろだから、こっちの好みも範囲が広いみたい。好き嫌いがないのはいいことなんだろうけどねー。あ、でもピーマンだけは駄目らしい」
少し考えた後、あたしは一気にガウリイについて語る。うん。これくらいはまだ短いほう。
みんなは目が点から、今度は一転目が大きく見開かれる。あたし、変なこと言ったかな?
「あの、よく食べるって……そういう意味もあるの?」
「うん」
即答するあたし。
嘘じゃないと思う。出会って半年くらいかな。その間に少なくとも三人の人と付き合ってる。
でも、アメリアはその言葉を更にまげて取ったようで。
「じゃあ、リナもガウリイさんとやらに美味しく頂かれちゃったのね!?」
「こらマテ! ガウリイとはそういう関係じゃない!」
「そうだ! まだ食ってないぞ!」
……………………………………………………はい!?
「あああああ、あんた、何言ってるのよっ!?」
一瞬頭の中が真っ白になって、その後理解した瞬間、すぐさまガウリイに向かって怒鳴りつける。
「あ、すまん。そういう話になるからつい……」
「つい、じゃないわよ! この万年煩悩男!!」
「ちょっ、それは、ちょっとやめてくれ! 誤解されるじゃないか!!」
「いや。本当のことじゃない」
「本当のことってなんだよ? フツーに付き合っているだけだし、最近オレは誰とも付き合ってないぞ!」
「そんなの口では簡単に言えるわねー」
「だからオレは……!」
だんだんエキサイトしてくるガウリイとあたし。
その間に呆れた顔でアメリアが間に入る。
「ストップストップ。今の話から、ガウリイさんと知り合い。それはオーケー?」
「うん」
「でもって、ガウリイさん。あなたは食べ物も女の人も好きな人ですね!?」
アメリアが人差し指でビシッとガウリイを指しながら訊ねる。
こらこら、人を指さしちゃいけませんって、習っただろうに。
「いや、そういう訳じゃ……」
「でもリナにはまだ手を出してない」
「ああ、それは……」
「総合して、一応今はイイオトモダチ状態なのね?」
「今は、ってどういう意味よ」
「いちおー友だちだな」
少々納得いかないが、アメリアは今言った内容で覚えてしまったようだ。
「二人の関係は分かりました。で、ガウリイさんは何故ここに?」
「あ、ああ。この間怪我をした時にメシ作ってくれたのの礼と、卒業祝いを兼ねてメシでも食いに行こうかと思って」
「なるほど」
「だけど、なんか用あったのか?」
「一応皆で食べに行く予定でしたけど……」
ここでいったん言葉を切るアメリア。
そうそう、ルークを財布にご飯を食べに行く予定なのだ。
「それならガウリイさんにリナを預けます。あ、一応リナのところは門限が十時までですので、そのあたりは時間厳守でお願いしますね。リナには怖いお姉さんがついてますから」
「お前さん、門限なんてあったのか?」
「いちおーね」
守らないと父ちゃんと姉ちゃんがものすごく怖いのだ。だからマッ●のバイトも、その時間を守りながらだったし。きちんと連絡すれば多少は目を瞑ってくれるから、ガウリイと映画や海浜公園とかも行けたんだけど。
……って、違う。今はその話じゃない。
「ガウリイ、悪いけど食べに行くのは今度にして」
「リナ?」
「今日はルークという財布がいるんだもの! でもって次はガウリイっていう財布! くうう、二度も美味しい思いできるチャンスなのよ!! これを逃すなんて馬鹿がすることだわ!!」
こぶしを握り締めて叫んだあと周囲を見回すと、みんなはまた目が点に戻っていた。
あれ? どうしてみんな引いてるの?
「リナ……とにかくせっかく来てくれたんだから、ガウリイさんと行きなさいよ」
「そ、そうだな。ミリーナの携番は今度自分で聞く。というか、その方が俺の財布が守られる」
「まあ、お前に付き合ってくれる奇特なヤツは大事にするものだ」
「……あんたら……」
アメリアは好奇心、ルークは財布の心配、ゼルは……ゼルも好奇心かな? どちらにしろ、みんな口々にガウリイと行けという。
この埋め合わせはこの次してもらうからね、という意味をこめてアメリアを睨むと、アメリアはそんなのはまったく応えずに、ガウリイに近寄る。ガウリイは「ん?」と言った顔をして、引っ張られるままに屈んでアメリアに耳を近づける。
ここからでは二人が何を言ってるのか分からないけど、二人は少しやり取りしたあと離れた。
「なに話してんのよ?」
「えーと……秘密の話?」
「そうそう、秘密の話」
二人そろって内緒だと言い張る。にゃろ、こいつら妙に気があってないか?
ってか、内緒話って目の前でされると気になるのよ!
「ガウリイ、吐きなさい!」
「え!?」
「アメリアから何聞いたのよ? ほら、吐けえええっ!!」
「うわ、やめろぉぉぉ」
ガウリイの胸倉を背伸びして掴んで、ガクガクと揺さぶっていると、後ろからアメリアのため息が聞こえる。
「はあ、本当にリナってオコサマね」
なんですと!?
「まあ、あんなもんだろ。すぐ変わったらそれはそれで怖いと思うぞ」
それに付け足すようにゼルの声。
「まったくだ。チビに合わせられるようなヤツがいるだけマシだろ。まあ、相手がガウリイってのは、なんか分かる気がするけどな」
おひ……。
ああああぁぁっ! なんかもう、こいつら揃いも揃って納得したような口ぶりで腹が立つ!!
「あんたらあとで覚えておきなさいよおおぉぉっっ!!」
叫び声を上げていると、ガウリイに引っ張られて助手席へ放り込まれる。
「ほらほら、早くしないと間に合わないぞ」
「あたしはまだ言いたりないことがあってねぇ!」
「どうどう」
「あたしは馬かっ!?」
……とまあ、ひと悶着しながら、結局あたしはガウリイの車に乗った。いや、乗せられた。予約したお店に着くのが間に合わなくなるからって。
もやもやするものの、予約を入れるほど高価なお店ということで、そっちのほうを優先することにした。しぶしぶながらもちゃんと座りなおしてシートベルトをつける。
ガウリイが車にエンジンをかけてギアをドライブに入れると、窓を開けて「それじゃあ」と言う。
あたしも手を振ると、アメリアが「ガウリイさん頑張ってくださいね~!」というのが聞こえる。だから何をガウリイが頑張るんだ!? と怒鳴り返そうとしたところ、ガウリイは車を発進させた。
車が動き始めたせいで、アメリアには聞こえなかったんだろうな。
ガウリイにもアメリアと何を話したのか聞いても、とにかく笑ってかわしてしまう。
くそーっ!! 料理は美味しかったけど、なんとなく気になるじゃないか!