中華料理店で食べられるだけ食べて、その後リナが行きたいと言っていた海浜公園へと向かう。カーナビで海浜公園を設定し、その後入っていたCDを流す。
「あ、この曲!」
「ん?」
「あたし好き」
「え? これ好きなのか?」
流していたCDはあるドラマのサントラ。今流れているのはピアノがメインの静かなインストゥルメンタルだった。ドラマの主題歌ではない。
ドラマは視聴率が高めのため、見ている人は多いだろう。けれどその中でこの曲は落ち着いているせいかあまり印象に残らないような曲だった。
「なんか意外だ」
「うっさいわね。この曲って、あのドラマで主人公が自分の気持ちについて考えるところに使われていたじゃない? セリフは少なめだったけど、この曲のおかげですごく心情が伝わってきたっていうか……だから印象に残ってるのよね。あのドラマすごく好きだし」
この曲はオレも好きな曲だった。しかも好きになった理由もリナと同じ。
好みが合うと嬉しく感じるものだ。
「オレもこの曲、それがきっかけで好きになったんだ」
「へえ、同じなのね」
「意外なことに」
「そうね、ガウリイがこういうの好きってのが意外だったわ」
「オレのほうこそ、リナがこんな落ち着いた曲が好きなんて思わなかったよ」
「なんですって?」
「いや、ホント」
リナは明るくて、一緒にいると賑やかなイメージがある。だからこういう曲が好きだってのはちょっと意外なのは事実だ。
思わず本音がポロリと口から出ると、リナはぷいっとそっぽを向いてしまう。
けれど耳はその曲に向いているようで、窓ガラスに映るリナの顔は口元が緩んでいたため、機嫌を取ることもなく車を走らせた。
話をして賑やかなのもいいけど、こういう雰囲気もいいなと改めて思った。
***
海浜公園はイルミネーションのため結構混んでいて、車を止める場所を探すのに駐車場を二、三回ぐるぐる回るはめになった。その後やっと出ていく車の後になんとか停めることができ、リナと一緒に公園のほうへ向かう。
公園のほうは言っていたとおりイルミネーションに彩られていてきれいだった。色とりどりの小さな電球が木に飾られている。リナもそれを見てご機嫌になったのか、嬉しそうにはしゃいだ。
「きれー!」
「本当だな」
「やっぱりガウリイに頼んで良かっ――」
「ん? どうした?」
言いかけた途中で止めたのが気になって、リナの向いている方向を目で追うと、そこには一組のカップルがいた。
特にすごいことはしてないんだが、リナには刺激が強すぎたのか。それにしても今時の女子高生がこれくらいでオタオタするとは――そのテに関してはかなり疎いようだ。
更に周りを見回せば明らかにカップルと思しき人たちがたくさんいた。いくらイルミネーションが売りだからといっても、夜となればそりゃカップルが多いだろう。
いまだ固まったままのリナを覗き込んでみると、リナの顔は赤く染まって大きな目が見開いていた。
「リナ?」
「……あ……あ、う……か、カップルばっかり……ぅあー……」
「そりゃそうだろ、この時間じゃ」
「だってイルミネーションを見たいのはカップルだけじゃないはずよ!!」
「……そうかもしれんが、ここはイルミネーションがない時でも夜はデートスポットだろ?」
「………………え!?」
やはり知らなかったのか。更に目を大きくしたリナを見て、ふき出しそうになるのを堪えた。
リナだって高校卒業間近なのに。疎いというより、まったくそのテに関しては経験なさそうだ。うろたえているリナが面白くて、ついからかいたくなる。
「オレはてっきりリナがそういう気になってきたのかと思ったんだけど」
「そういう気って?」
「オレのこと好きだって気づいたとか」
「ざけんな、ボケ。」
速攻で否定の言葉が返ってくる。しかも、本人は余裕があるのを見せたいのか、笑みを浮かべようとしているんだが、口端はかろうじて上がっているが明らかにひくひくしているし、眉間にしわ、それによって上がった眉尻がリナの心境を如実に物語っている。
駄目だ。もう我慢できない。
「ひーっ! やっぱりリナといると楽しいーっ!!」
「ぬわんですぅっとぅえぇっっ!! からかったわね!?」
怒りに任せてリナはこぶしを握り、そのままオレに対して思い切りよくストレートを振るう。
けれどそれをかわして腕を掴んで、そのままぐいっと引き寄せた。
「うきゃっ!?」
軽いのとオレ自身に向かっていたのとで、見事に引っかかる。ああ、あれだ。まるでカツオの一本釣りに見事成功したみたいな気分だ。
そのまま飛び込んできたリナをがっちり腕に閉じ込めると、下のほうから「放せ」だの「セクハラ男!」だという言葉が次々と飛び出てくる。
本当にそのテのことに慣れてない。悪口を言われたくらいで、その気になった男が簡単に手放すと思っているのかな? オレはどちらかというと、顔を真っ赤にして叫んでいるリナが面白くて、放したくないんだけど。
「このっ放せっての! 痴漢って叫ぶわよ!!」
「無理無理。カップルがいちゃついているだけしか思われないって」
「むぅ」
「それよりこうしているほうが温かくないか?」
「……う」
寒いのが嫌いなリナ。ちょうど今一番寒い季節だ。それなのにミニスカートだし。『温かい』の一言でジタバタとしていたのがほんの少しだけ大人しくなった。
ま、リナは小さいから押さえ込むのは簡単だけど。
「あんた、いつもこの手で女の人口説いてんの?」
「いや別に」
「じゃあなんでよ」
「うーん……オレがしたかったから?」
「は!?」
「リナってさ、細くてちっこいけど、やっぱり女の子だよなぁ。柔らかいし、いい匂いがする」
リナを抱きしめると、ちょうどリナの頭があごに触れる。そのため、首をちょっと動かして、頬でやわらかいリナの髪の毛を堪能する。
そう、女の子なんだよなぁ。オレ並みにたくさん食べても、口が悪くて負けん気が強くても。
「このぉぉぉぉセクハラあああぁぁっ!」
「あー、リナといるとホッとするー」
そういうことにぜんぜん慣れてないのか、他の女性のように駆け引きとかしなくてよくて。リナといるとすごく楽しいし、そういう話題でからかうのも面白い。
――って言えば、ものすごい形相で怒られそうだけど。でも、本当に、リナといると気が抜けてほっとするんだ。
「だあああっ! あたしはあんたのオモチャ兼精神安定剤じゃなあああいいっ!!」
「えー、ふられたばかりなんだから慰めてくれたっていいじゃないか」
「なんであたしが! ……って、え? あんたもうふられたの!?」
「そう、ふられたの」
「あら、お気の毒様」
「だろう? だから慰めて♪」
ちょっと強気になってきたリナに、甘えるように言えば、すぐに手酷い答えが返ってくる。
「やぁよ、どうせガウリイのせいでしょ。ふられて当然!」
「酷ぇ。追い討ちかける気かよ」
リナといると楽しくて、あまり悲しいって気持ちはないんだけど。それでも、それを理由にリナにちょっかいを出す。
すると、リナは高らかな笑いをあげながら、「かけてやるわよ。ホホホホー」という。少しばかり余裕が戻ってきてるリナの体を少し強めに抱きしめなおす。
「なら放さん。」
「ちょ、こらこらこらっ!!」
そうしてリナを抱きしめたまま、というより半分抱っこして海が見えるところまで移動する。
リナを落とさないようにゆっくり歩いていると、リナがぼそりと呟くのが聞こえた。
「……あたしたちって……どういう風に見られてるのかな?」
リナはなかなか自分のことを話さないけれど、それでも仲良くなってからは、ある程度お互い恋愛相談染みたことをしたことがある。
リナは年齢の割りに幼く見えるのがコンプレックスらしい。なおかつ負けん気が強くて――実際、腕っ節も強いが――ついていける男が少ないらしい、と前に話をしたことがあった。
見た目に騙されて(というと語弊があるが)、かわいい子だと思っていると、元気の塊でよく食べるため、一回目のデートで終わりになる場合がほとんどとか。
リナが自信のない声で呟くのを聞いて、ふとそんなことを思い出した。
「どう見られたい?」
「べ、別に!」
「ふーん」
「なによ?」
「リナでも周りの目を気にするんだ、と思って」
「……変?」
「いや」
反対に、自分のことを少しだけ男として認識してくれてるんだと思って嬉しくなる。
なんせ、最初っからおじさん扱いされたから、そういう対象に見られるくらいには格上げされたと思っていいんだろうな。
「あんたって変なヤツ」
「そうかー?」
照れくさそうな顔をして横を向くリナ。
そういや、リナとオレは男女の関係じゃないけど、オレはリナが気にしていることを知っていて、なおかつ普通に付き合っている。まあ、あくまで友だちとしての範囲だけど。
リナのほうも、オレの物忘れの激しさを知りつつも、なんだかんだいって付き合ってくれる。
この関係っていったいなんなんだろうか? 彼女より付き合いやすい……女友だち?
疑問に思っていると、リナも同じことを思っていたのか、ふてくされた口調で呟く。
「そうよ。このあたしと何回も遊びに行こうって思うくらいだし」
「そういう基準で変なのか?」
「ふんっ、どうせあたしは変よ!」
「おいー、さっきオレのことを変って言ってなかったか?」
「過去のことはさっくり忘れなさい、くらげなんだから!」
恥ずかしいのか返ってくる言葉は前後の繋がりがなく、どうしても笑ってしまう。かなり動揺してるんだろうなー。
うん。やっぱりリナといると楽しい。
「くうぅぅっ!! あんたってばなんでこんな時はヨユーなのよ!?」
「うーん、経験の差?」
「口惜しいわ!」
「そう言われても。ならオレで経験積んでみる?」
「え?」
ポロリと出た言葉に、自分自身でちょっと驚きつつも止まらなかった。
「オレならリナについていけるけど。リナといると楽しいし、どんな風に見られてもオレは構わないし」
ある意味、爆弾発言だと、リナの耳まで真っ赤になった顔を見て自覚した。
でも、あまりにリナといるのが自然で、リナに対する好きがどういう好きか分からなかったけど、どんな関係でも一緒にいたいと思ったんだ。