あるマンションの一室で、あたしはずずーっとお茶を飲みながら、目の前の二人の会話を聞いていた。
「本当にかわいらしいお嬢さんねえ」
「だろう?」
「ええ。料理も上手で、いいお嫁さんになるわね。良かったわね。ガウリイ」
「ああ。母さんも気に入ってくれてよかったよ」
目の前で展開する、当の本人を置いてけぼりにして繰り広げられる会話。口を挟もうと思うけど、どこから切り出していいのか分からない。
それでも「息子のことをお願いね」など言われると、つい笑みを返してしまう。少しばかり引きつっているのは仕方ない。なんせ、わけもわからずに、料理を作っただけで「お嫁さん」扱いされてしまったのだから。
にこにこ人当たりのいい笑みを浮かべているのは、ガウリイ――ただの友達だったはずだ。
うん。少なくとも、ガウリイからそんな言葉を貰ったことも、態度で示されたこともない。ガウリイとはただの友達――のはずだ。
ガウリイと出会ったのはあたしがマッ●でバイトしていた時だ。普通の人より高い身長とその整った顔立にどうしても目がいく人だった。「ご注文はお決まりですか?」と尋ねると、「ああ」と笑顔で答え、全商品を制覇するかのように大量に注文をした。
はじめはその食べっぷりと、顔(美形なんだ)のギャップにやたら印象が残った。その後、何回かやってきては、やっぱりたくさん買って目の前のテーブルでハンバーガーをパクつく。顔に似合わず、豪快な食べっぷりで、でも笑顔はかわいい感じで。
気がつくと、名も知らないその人が来るのが楽しみになった。そのせいで、つい「おまけね」とポテトをつけたのが始まりだった。
その後、あたしのバイトが終わるのを待っていて、お礼を言ってくれて。気がつくと名乗りあって友達になっていた。しかも、やたら気の合う友達。そんな関係が一年以上続いていた。
でもって、今日ガウリイから「料理を作ってくれないか?」という頼みがあったため、こうして彼のマンションを訪れたんだけど。
「ちゃんとかわいい彼女を見つけていたなんて。本当に良かったわ。前に紹介された娘はかわいいだけで何にも出来ない子で、ガウリイの目を疑ってしまったけど……」
「あんまり言わないでくれよ。オレだってまだ結婚する気もなかったし。普通に付き合うにはいい娘だったんだよ」
「そうかもしれないけどね。……まあ、いいわ。リナさんがすごくいい人で、母さん安心したし」
あたしのほうに視線を向け、極上のスマイルを浮かべるガウリイのお母さん。つられてあたしまで笑ってしまう。ガウリイのお母さんだけあって、顔がいいのよね。笑った顔も様になる。
……って…じゃなくて! だからこの状況を誰か説明してくれ。
ガウリイとは気の合う友だちでしかないんだってば。彼女と見られた、または付き合ったことなんかないってばっ!
叫びはむなしく、最後まで笑みを浮かべ、「ガウリイを頼むわね」と何度も念押しされてしまった。
あたしはこの空気に壊すこともできなくて、仕方なく首を縦に振っていた。
***
ガウリイのお母さんが帰った後、あたしはガウリイの胸倉を掴んで追求した。
「ちょっと! どういう意味!? 料理作ってって言っただけよね? なのに、なんでお嫁さんにまで話が行くの!?」
「うわっリナ、苦しいぞ」
「うるさいっ、ちゃっちゃと説明するっ!!」
とはいえ、窒息死しても困る。
それに小さいあたしでは、でかいガウリイの胸倉を掴み続けるのは困難で、結局掴んでいた手を離した。
ガウリイが大げさにゲホゲホと咳き込む。
「説明って……聞いていた通りだけど」
「だから! ガウリイに料理を頼まれた。あたしは作った。ここまではいいわ。なのになんで、ガウリイのお母さんがいて、あたしはお嫁さんになってるのよ!?」
「だからその通りだって」
「あたしたち友だちよね? 付き合ったことなんで一回もなかったわよね?」
なりたいと言ったこともないし、ガウリイから言われたこともない。
それに友だちになってからも、ガウリイの女性関係はあった。そういや最近はあまり聞かなかったけど、すぐにまた見つけるんだろうって思ってた。
ガウリイは喉に手をやりながら、ソファに座って残りの紅茶を飲み始める。あたしはその前に立ってもう一度ガウリイを問い詰めた。
「さあ、ちゃんと分かるように説明して頂戴!」
「んー。確かにリナとはそういう意味で付き合ってなかったけど……リナのお嫁さんいいかなーって思ったんだ」
「はあ?」
間抜けた顔のあたしに、ガウリイは笑みを浮かべる。そっとあたしの腕を握ると、自分のほうへと引き寄せた。あたしはそれによりバランスを崩し、ガウリイに飛び込む形になる。
「なにす……っ!?」
「だからさぁ。嫁さんにするなら、長く付き合っていけそうなリナがいいかなーって思ったんだ。考えてみれば、友達でも女でこんなに長く付き合えるのって、他にいなかったんだよなー」
「どういう基準よ……」
「なんていうか……他の子よりも付き合いやすいんだよなぁ、リナは。まあ、そっちのほうはまだだけどさ」
「そっちってどっちよ!?」
ガウリイの言いたいことはなんとなく分かる。
だけど、いきなり友達だったやつからその気があるように言われて、動揺を隠すためにツッコミを入れる。
「ん、だからそれはこれからすること」
「ちょ……冗談っ!」
確かにガウリイとは気が合うわ。今まで会った人の中で一番合うかもしれない。
だけどそんな関係考えていなかったわけだし。ただ、こいつとはずっといい関係でいたいなーってだけで――ぐるぐる思考をめぐらせていると、頬に手が添えられる。
ビクッとして顔を上げれば、どアップのガウリイの顔。間近で見てもきれいな顔だけど、なんかこんなに近くにあるのが恥ずかしい。
あたしはこれ以上見ないよう目を伏せた。
追記。
あの時、目を伏せたのが敗因だった。
あそこでガウリイをど突いていれば――結婚式当日になって、改めて後悔する。
大体、そういう関係になってから結婚式まで三ヶ月弱って早すぎだと思う。
……ってか、完全にガウリイにはめられたわ!