リナが就職したJ.F.カンパニーは比較的新しい会社だ。
もともと社長のガウリイは大手商社の次男らしいが、大学に行っていた時に意気投合した仲間たちと立ち上げたのがJ.F.カンパニーだった。
仲間たちとの話し合いの結果、融資の件や人を魅了する点からガウリイが代表となった――というのが経緯らしい。また、父親の会社からは経営のノウハウを教えるために数人入っているという。
リナはそれを入社してすぐに聞いていた。
***
「いい加減にしてください」
「一体オレが何をしたというんだ?」
「何をしたって自覚ないんですか!?」
「だから?」
怒るリナに理由が分かっていないガウリイはきょとんとしている。
リナは大げさにため息をついた。
比較的新しい会社のため、何かと顔見せのためにそういったパーティなどがあると参加することになる。J.F.カンパニーの名を広めるために。
しかし、いざパーティに出てみると、会社の名前ではなくて、ガウリイ=ガブリエフという名だけが一人歩きするのだ。先ほどもガウリイの容姿に惹かれて、B社の社長と令嬢とで会話をしていたのだが、肝心の会社の話はほとんど出ない。
出てくるのは「今いい人がいるかね?」とか、「どうかね、うちの娘は」とか、「あー……なかなかいいのを作っているそうだね。ええと……よく思い出せないが、会社の者がそう言っていたよ」などなど。
ガウリイもガウリイで、会社の売り込みはあまり上手なほうではないし、人がいいせいか尋ねられると一つ一つご丁寧に返事をする。「いい人が――」という問いに、ガウリイが「今はいませんよ」と答えると、娘の頬が赤くなり、中年のおっさん――もとい、B社社長はご機嫌になる。
(はあ、馬鹿らしいったらないわ……)
供としてついてきた秘書のリナは、心の中で思い切りため息と愚痴を吐いた。
リナとしては、こうして時間外なのに仕事として付き合っている以上、それなりの成果をあげてほしいのに、釣れるのは年頃の娘ばかりで、商談の一つもない。
本当なら週末の夜なんてどこかに遊びに行って美味しいものでもたらふく食べたいのに、こんなパーティでは料理が目の前にあってもちまちまとつつくしかない。
空腹と成果をあげようとしないガウリイに、リナの欲求不満はゲージを振り切る直前だった。
「とにかくこっちに来てください」
リナはガウリイの袖を引っ張って、壁際の人の目のないところまで連れていこうとしたのだが、それよりも入り口のほうが近いと思ってパーティ会場からガウリイを引っ張り出した。
「おーい、パーティ終わってないぞ」
「ええ、終わってませんね」
「だったら……」
「だったら? 言っとくけど、あんたここに何しに来たの?」
「へ!?」
「へ!? じゃないわよ! いい? あんたはここにJ.F.カンパニーの名を売りにきたの! あんたの顔と名前を売るためじゃないのよ!?」
リナはびしっと人差し指をガウリイに向けて叫んだ。
ガウリイはきょとんとした後、「ああ、そうだけど。それがどうしたのか?」と何にも分かってない口調で軽く答えた。
「はー……あんたパーティが始まってから何してたの? ってか、何人娘を紹介されたのよ?」
「えーと……何人だっけ? オレそういうの覚えるの苦手なんだよなぁ」
「苦手なはそれだけじゃないでしょうが!!」
「……お前さん、ぐさっと来ることをはっきり言うなー」
「話、誤魔化すな!!」
こうなると、もうどちらが上司でどちらが部下か分かったものではない。
リナはガウリイに『反省』させるために、「そこに座んなさい!」と床を指差した。
「え……?」
「いいから座んなさい。どうして怒られているのかみっちり説明してあげるわ」
「いや、ここ、床なんだけど……」
「何か不満でも?」
「だから床……」
「……分かったわ。じゃあソファに座んなさい」
リナは、さすがに社長を床に正座させてお説教するのはまずいかと考え直し、近くにある長椅子を指差した。
ガウリイはその迫力に圧されて素直に座った。大きな体なのに、怒られているのが分かるのか、足をくっつけてその上に手を置いて小さくなる。
「さて、まずは復習よ。今日はなんのためにここに来たのかしら?」
「ええと、確かこの間の新商品の話題を広めようとか……」
「合格」
リナが短く答えると、ガウリイはほっとした表情になる。
「じゃあ、今度は質問。あなたは今日何人にその話しをしましたか?」
「……え、っと…………」
ガウリイはあらぬ方向を見ながら、指を一つ折り、少し考えてから折った指を戻す。それを何回か繰り返していくと、ガウリイの顔色はだんだん悪くなっていった。
リナはその様子を見ながら、悪い人じゃないのよね、と思う。
いっそのこと、その容姿に似合うような性格――たとえば容姿と地位で釣って女食いまくりで飽きたら捨てるとか、その辺にいる普通の女性には冷たいとか――そんな人だったら問題はないだろう。
遊びでも近づきたい人はいる。けど、それなら割り切った人になるし、純朴そうなお嬢さんは篩いにかけられるだろうし。
けれど彼は顔もいいし、また人柄もいい。どうも祖母に昔から『女子どもには優しくしなさい』というのを叩き込まれたらしく、女性であれば容姿を問わずに優しい態度で接するのだ。
そのせいで、勘違いしてガウリイに惚れこんでしまう困ったお嬢さんが多いのが困りものだった。
いい人――と言ってしまえばそれまでだが、少しは自分の容姿を考えながら行動して欲しいと思う。
「さあ、何人に話したの?」
リナはそんなことを思いながら、いつまで経っても答えないガウリイに催促した。
「えと……一人もいない、です……」
「よく覚えてたわね」
「う……でもなあ、オレも話をしようとはしたんだぞ。でも向こうが――」
「ええ、そのたびに逆に自分の娘をアピールされて、ご丁寧に過去のことまで話してたのよね」
「だって聞かれたら答えるのが……」
「だからって正直に答えなくたっていいでしょう!? いい、あんたのことより新商品! そのために時間を割いて来てるんだからね!?」
リナは再度指を立ててびしっとガウリイに言ってのける。
それにしてもこうして秘書として付き合ってパーティに出て、こんなことを繰り返しているから、はっきりいってガウリイの女性関係はもう耳にタコ状態だ。何度も聞かれて、ガウリイがいつどんな女性と付き合った、という質問をされたら、当の本人より早く答えられるんじゃないかと思うほどだ。
ガウリイのほうは小さなリナに怒られて、まるで子どもが母親に怒られたような感じだ。
「こ……今度こそ、ちゃんと話しするから……」
「もういいわよ!」
「じゃあ、オレは何をすれば……」
「座っているだけでいいわよ」
「え?」
はっきり言ってリナもそれなりに顔見知りというものが出来てきた。そういった人を頼りながら新しい人と話をしていけばいい。
女性関係で足を引っ張るだけなら、ガウリイなんぞいらん、という気分だ。
「あたしがあいさつ回りをしてくるから、あんたはそこに座ってなさい!」
「でも……」
「いい? 女の人に話しかけられても答えちゃ駄目よ。もちろんついて行っちゃ駄目」
「あの……オレ一体いくつだと……」
「五歳児」
「ご、ごさいじ……」
「反抗しないから三歳児じゃないわね。話かけられたらニコニコして付いていってしまうくらい、人の言うことを理解できるようになった五歳くらいの子どもかしら」
「……」
ガウリイはリナにはっきりと『五歳児』と言われて項垂れた。
その様子を見てすっきりすると、リナはガウリイを残してパーティ会場へと戻っていった。