ウチデノコヅチ

 この世界は剣と魔法が主流の世界。竜族やエルフなどが実在する世界です。
 そんな世界にゼフィーリアという一つの国がありました。
 物語はその国の中で始まります。

 

 ***

 

「ええっ!? 本当に行くの?」
「もちろんでしょう。私ちゃんとあなたに言ったわよね?」
「言ったけど……」
「なら問題はないでしょう?」
「……はい」

 なにやら問答をしている若い女性が二人。そして、その様子を少し遠くから見つめる大人の男性と女性が一人ずつ。
 少し困った表情で答えたのは、この中で一番小柄な少女。名前はリナと言いました。
 そして、そのリナに言い聞かせていたのは、姉であるルナでした。
 リナはルナの恐ろしいお仕置き――いえ、その厳しいしつけを知っていますので素直に頷かざるを得ませんでした。
 ことの始まりは、姉であるルナが妹のリナに『世界を見てこい』という、実にシンプルな一言からでした。
 ただし彼女は当時十五歳。まだ保護者が必要な年です。そのためリナは姉の笑えない冗談だと思っていたのでした。

(そりゃ、あちこち旅をするのは面白そうだとは思ったけどさ。でもまさか本当に旅に出させるとは思わなかったわ……。さすが姉ちゃん)

 リナは心の中で独り言ちました。
 しかしの姉はやるといったらやるのです。それを失念していた彼女にも非があるでしょう。
 旅に必要な荷物をドスンと目の前に置かれ、心の準備をするまもなく旅立たなければならないようでした。
 そんな娘を不憫に思って、側にいた父はリナに一つのあるものを渡しました。

「父ちゃん?」
「何も言うな。とにかくこれを持っていけ。ぜったいにお前に役立つはずだ」
「はあ。まあ貰えるもんは貰っておくけど……」

 リナは父が差し出した一つの袋を受け取りました。中身は人間の頭より少し小さめの木づちでした。

「…………なにこれ?」
「ウチデノコヅチだ。ぜったいお前の役に立つ」
「……むぅ」

 旅にこのようなものを持っていくのはかさ張って邪魔になるだけです。
 リナは突っ返そうかと思いましたが、あの父がそこまで言うものだから、ということでそれを受け取って最後のあいさつをすると旅立っていきました。

 それから――リナは問題なく旅を続けました。
 父がくれたウチデノコヅチの使い方も分かり、父の言ったとおり彼女にとってとても重宝するものでした。

「おいひ~やっぱり冬は焼き芋よね~~」

 嬉しそうに頬張るのは、彼女の体より大きいのではと思われる焼き芋。非常識なほど大きなそれを、彼女は嬉しそうな顔でかぶりついているのです。
 しかしどこからこんな大きな芋を探したのでしょう?
 答えは簡単。父のくれたウチデノコヅチのおかげでした。
 どうやらウチデノコヅチは、それで物を叩くと大きくなる魔法がかけられているようでした。
 彼女は芋を焼いた後、その木づちで一回叩いたのです。すると見る見るうちに大きくなり、彼女はそれに噛り付いたのです。
 父はよく食べる娘のために、旅でひもじい思いをしないようにと、この木づちを用意したのでした。
 おかげで彼女は食べ物に困ることはありませんでした。

「うぉ~い」

 彼女が焼き芋に夢中になっていると、どこからともなく小さな声が聞こえました。普通の人なら聞こえなかった声も、彼女の性能のいい耳には届いてしまったようです。
 彼女は焼き芋を取られないようにと、臨戦態勢を取りました。

「誰!?」
「ここだよー。お前さんの足元」
「足元?」

 声に導かれるまま下を見ると、足元には身長二十センチくらいの小人が彼女を見上げていました。
 彼は気づいてもらえて嬉しそうな表情をしていますが、その姿を見ると薄汚れていました。

「小人……族?」

 小人族とは文字通り小さな人です。大きくても彼のように二十センチ前後しかありません。小人族はその小ささ故に外敵から身を守るため、一人で行動することはないのです。
 けれど目の前にいるのは金髪の青年(?)のみでした。

「小人族がどうしてここに?」
「ちょっと迷子になってて。なあ、なんか芋がたくさんあるんだけど、少しだけもらっちゃ駄目か? すっげえ腹減ってて死にそうなんだ」

 人懐っこい笑みを浮かべて尋ねる小人に、彼女は芋は大きいし相手は小人、少しくらい上げても問題ないだろうと判断しました。
 彼女は芋をちぎってその小人に渡します。小人は嬉しそうにそれを受け取ると、ものすごい勢いで食べ始めます。彼女のこぶしの半分くらいの芋は、すぐに小人のお腹の中に納まってしまいました。
 彼女は良く食べる小人族だなぁ、と自分のことを棚にあげながら、もう一度芋をちぎって小人に渡しました。
 小人が美味しそうに食べるのを見ながら、リナも一緒になって食べました。すると、見る見るうちに大きなお芋はすぐになくなってしまいました。

「はー生き返ったあ! サンキューな」

 のんびり食後の休息にと、野原に座って空を眺めていると、小人が嬉しそうにお礼を言いました。

「いいわよ、これくらい。そういえばあんた小人族よね?」
「おう!」
「この辺に小人族の村があるの?」
「いや」
「あんた一人? そういえば迷子って……」
「ああ」

 彼女は悪いことを聞いてしまったな、と思いましたが、小人のほうは気分を害した風でもなく、北西の方向を指差してあっちのほうから来たと言いました。

「あっちって……サイラーグ?」
「ああ。えっと、サイラーグの中心にあるフラグーンの中にある村に住んでたんだ」
「……ずいぶん遠いんだけど」
「そうか?」
「そうよ。人間の足でも五日はかかるわよ」
「そうなのか?」
「そうよ。いったいどれくらい迷子になっていたのよ?」

 彼女は小人の言葉に呆れながら尋ねました。
 小人はそれに対してあっけらかんと答えます。

「忘れた。けっこう経つかなー」
「アバウトね……」
「ははは。そういえばお前さんの名前は? オレはガウリイってんだ」
「あたしはリナよ」
「リナかぁ」
「そ。そうだ。あたしサイラーグのほうに行こうと思っていたから、あんたを連れてってあげるわ」
「いいのか?」
「だって、あんたほっといたら一生帰れなさそうな気がするんだもの」
「あ、あはは、否定はできないなー」

 小人――ガウリイはリナにそう言われて苦笑するしかありませんでした。
 とはいえ人間の足でも五日はかかるとのこと。小人の足ではいつになるか分かりません。
 また一人でいるのも寂しくなってきたため、誰かが側にいるのは嬉しいことです。ガウリイはリナの申し出に素直に頷き、そして二人の旅が始まりました。
 ガウリイはリナの肩に落ちないように乗っているだけのため、彼にしてみるととても楽で安全でした。
 リナにしてもガウリイは小人なので重いと感じません。反対に歩きながら話ができる相手ができて楽しく思いました。
 二人はそれぞれの旅を面白おかしく話をしながら、街道をのんびり歩いていきます。
 そして町につくと、あまりにも汚れてしまっているガウリイを見かねて、人形などを売っている店に入りました。ガウリイは可愛らしい店に戸惑います。

「リナ、ここに何の用があるんだ?」
「あんたの服を買うのよ」
「服?」
「だいぶ汚れてるし、替えだって必要でしょう?」
「そーいや気にしたことなかったなー」
「……ちったあ気にしなさい。それじゃ女の子にモテないわよ」
「だって迷子になってから、他の小人族に会ったことないし」

 リナはガウリイのアバウトさに呆れながら、男の子の人形用の服を選びました。
 選んでいる中、宿についたらガウリイをまず風呂に入れなければ、と固く決意します。
 シンプルな服を四点ばかり選ぶと、リナはお金を支払い、今日泊まる宿を探しました。街道沿いにある町なので、宿は何件もあり気に入ったところを選んで入りました。

 リナは宿屋の主から鍵を受け取ると、借りた部屋まで向かいました。扉を開けて入り、荷物を置くと、ガウリイに少し待つように言って部屋から出て行きます。
 ガウリイはそれを少し寂しそうに見ていました。今まで一人で旅をすることに特に何も感じませんでしたが、会話のできる人に会ってしまった今は、一人がとても寂しく思えたのです。

「リナ早く帰ってこないかな」

 テーブルの上でガウリイは飾られた花を見上げながら呟きます。
 しばらく花を見つめていると、リナが湯気の立つ桶を大きなお盆に載せて戻ってきました。

「リナ!」
「おまたせ、ガウリイ。さ、これで体を綺麗にして頂戴」
「?」
「お風呂の代わりよ。着替えはさっき買ったし。このお盆の中ならお湯こぼしても大丈夫だから、外で体を洗ってから入ってね」
「あ、ああ!」

 リナがここまで細かく自分のことを考えてくれたのが嬉しくて、ガウリイは力いっぱい答えました。
 丁寧に石鹸も小さく切ってありますし、体を洗うための小さなハギレもあります。

「あ、そうそう。さすがに小人用の剃刀とかはなくてねー。その髭を何とかしたいんだけど」
「あ、大丈夫。一応そういったのは持ってるから」
「そう? じゃあ、あたしはベッドで本見てるから、ゆっくりお風呂に入んなさい」
「おう」

 リナはベッドから見えないようにと気を遣って、テーブルにガウリイが隠れる程度の大きさの物を壁として置いてくれました。
 リナがベッドに乗ったのを音で確認すると、ガウリイは今まで着ていた服を脱いでいそいそと体を洗いはじめます。
 リナに言われたように髭をそり、髪と体を洗ったあと桶に入って湯につかりました。久しぶりに入るお風呂は温かくて、とても嬉しい気持ちになります。
 こういった幸せな気持ちは、迷子になって以来初めてでした。

「リナ終わったぞ」

 リナが買ってくれた服に着替えてると、ガウリイは荷物の影からひょこっと顔を出しました。

「終わったの? ……って、あんたってハンサムだったのね」
「は?」
「だって薄汚れていたし、髭生やしていたから分からなかったけど、綺麗な顔してるわ」
「そ、そうかな?」

 顔は持って生まれたもので、自分の才能ではないと思っていたガウリイは、村の女の子たちに噂されるたびに自分の実力じゃないのに、と思っていました。
 けれど、リナにそう言われた時には、素直にその言葉を受け入れられたのです。
 それは薄汚れた姿だったのに拾ってくれたからだと気づきました。ガウリイは自分の容姿に関係なくリナは自分を見てくれたんだと思ったのです。
 そう思うととても心が温かくなりました。

「さて、ガウリイの準備も終わったし。ご飯にしましょう」
「飯までいいのか?」
「いいに決まってんじゃない。小さいからあんたあんまり食べないし、言い出したからにはサイラーグまで面倒見るわよ」
「リナ、ありがとな」

 嬉しそうに言うガウリイに手を差し出すと、ガウリイはその手に乗りました。そのまま肩まで手を運び、肩に移動したのを確認するとリナは食堂に向かいました。
 食事を終え夜になると、リナの寝相が悪いということで、ガウリイのベッドが別に用意されました。
 とはいえタオルを重ねて敷き布団代わりにしたものと、同じくタオルを上にかけただけのものでしたが。

「これでいい?」
「ああ、でもベッドで寝るなんて久しぶりだぁ」
「……いったいどれだけ迷子になっていたのよ」

 リナは呆れながら尋ねても、ガウリイは忘れたとしか答えませんでした。

「ま、いいわ。明日も歩くからもう寝ましょう」
「おう。おやすみな」
「おやすみ」

 二人はお休みの挨拶を交わすと、夢の中へと旅立っていきました。

 

 ***

 

 旅は順調で、あと一日でサイラーグへと着くところまで来ました。
 宿で一休みをしながら、二人はあと少しで着くねと喜んでいます。
 その時にリナは町の中で買ったお菓子の残りを思い出し、夕食前にそれを食べようとしました。
 けれどそのお菓子は小さくて、リナの口では一口で終わってしまいます。見ればガウリイも食べたそうな顔をしていました。
 そのため父から貰ったウチデノコヅチで大きくしようと思い、荷物から取り出しました。それを見てガウリイが「それなんだ?」と尋ねます。

「ああ、これ? ウチデノコヅチって言うらしいわ。旅に出る前に貰ったんだけど、これで叩く物が大きくなるのよね~。おかげで食べ物なんかたくさん食べれていいのよ」
「へえ。大きく、かぁ……」
「そ。ちょっと持って歩くのにかさ張るのが難点だけどね」
「……なあ、それでオレを大きくできないか?」
「は?」

 ガウリイの質問にリナは驚きました。
 質問に答えるとしたら「大きくできる」でしょう。でも一度大きくしたものを元の大きさに戻すことはできないのです。

「えと、一応できると思うけど。でも、これは大きくするための木づちだから、その大きさに戻すことはできないわよ」
「そうなのか」
「ええ。どうしたの?」

 残念な口調で言うガウリイに、リナは心配して尋ねます。
 いつも優しくて暖かい雰囲気の雰囲気のガウリイが、寂しそうな表情を浮かべているのが気になったのです。

「いや、リナといるのが楽しいから、同じ大きさになったら一緒にいられるかなあって思ったんだ」
「ガウリイ……」

 ずっと一人で彷徨っていたガウリイには、リナという存在がとても大きくなっていたのです。
 小人族の村に帰れるのは嬉しいけれど、リナと別れるのは辛い。そう思いました。
 リナも明日はガウリイと別れるのだと思うと、何故か悲しい気持ちになります。
 リナは慌ててその気持ちを消そうと、ガウリイを夕食へと誘いました。食べればきっと元気も戻ると思ったのです。
 けれどお腹いっぱい食べても何故か気分が重いため、リナは趣味である『盗賊いじめ』に行くことに決めました。盗賊いじめとは、文字通り盗賊たちを魔法で退治して、お宝を手に入れることです。リナは魔道士として優秀な腕前でした。

 夜半になるとリナはそっと起きだしていつもの服に着替えます。
 ガウリイはその気配に気づいて声をかけようとしましたが、いつものような雰囲気ではなかったため、声をかけるのをやめてリナの荷物の中に紛れ込みました。
 リナはそれに気づかずに、荷物を持って盗賊いじめに行きました。

 ちゅっどおおおんんっ!
 どかあああんっ!!

 派手な音と共に、火の粉が派手に飛び散りました。
 盗賊たちのアジトは火に包まれ暗い天空にその手を伸ばすかのように燃え盛りました。盗賊たちも慌てふためき逃げ惑います。
 リナはそんな中を悠然と歩きつつ、お宝があるだろう場所に向かいました。

「うっひゃーあるある♪ 当分路銀に困らないわね~」

 たくさんのお宝を目の前にして喜んでいると、気配を見事に消した男が背後から彼女を襲いました。

「リナ! 後ろだ!!」

 ガウリイの声により、寸でのところでそれをかわしましたが、バランスを崩し倒れたところに剣を喉もとに当てられます。これでは身動きできません。

「こんな辺境の地へようこそと言いたいところだが――まさかあの『盗賊殺しロバーズ・キラー』がお出ましだとはな」
「あら、わざわざ訪ねてきてやったのに、悪かったかしら?」
「いや」
「なら、いいじゃない」

 リナは睨みつけながら目で「退け」と訴えます。
 それにガウリイの声も聞こえた気がするので、それも気がかりでした。

「いても構わんが、人様のものに手を出すのはいけねぇな」
「ふんっ、あんたたちだって人から盗んだくせに。あたしが有効活用してやってどこが悪いのよ」
「聞きしに勝る気の強さだな。剣を突きたてられてもそれだけのことが言えるとは」
「あたしの性分なんでね」
「気の強い女は嫌いではないが、もう少し身を案じたらどうだ?」

(冗談じゃないわ! こんなやつに殺されてたまるもんですかっ!!)

 リナがどうにかこの剣先から逃れるかを考えようとした瞬間です。

「リナに触るなっ!!」

 そこにいるのは身長二十センチの小人――ガウリイでした。
 勇ましくも剣を持って構えていますが、いかんせん小人の身ではどうしようもありません。男はその姿を見て吹き出しました。

「くっ……ははは! リナ=インバースともあろうものが、こんなチビに庇ってもらうとはな!」
「馬鹿ガウリイ! あんたが出てきたってしょうがないでしょう!?」
「でも、リナっ!!」

 リナはガウリイも巻き込まれるのは嫌でした。
 小人族は滅多に人前に姿を現さないため、人間にとって珍しいものです。その姿が小さいことから、見つけると捕まえて愛玩物のようにされる可能性が高いのです。
 きっとガウリイも捕まれば金持ちなどに売られてしまうでしょう。

「あんたが出てきたってどうしようもないんだから、さっさと逃げなさいっ!!」
「リナッ!」

 リナは必死にガウリイを逃がそうとしますが、男はリナの手を頭上で拘束し紐で縛り、呪文を唱えられないように口を塞がれてしまいます。
 そのあと男はガウリイを獲物を見つけたような目で見ました。

「小人族ってのははじめて見たぜ。でも高く売れそうだよなぁ?」
「……んんん――っ!」

 リナはガウリイの名を叫ぼうと思いましたが、口を布で塞がれていて言葉になりません。
 その間にも男はガウリイを捕まえようとしています。
 ガウリイはその小さな体を活かして何とか逃げていますが、動く量を考えれば、ガウリイの息が上がるのが先でした。

(どうしよう! このままだとリナが!!)

 荒くなった息でガウリイは男に勝つ方法を考えます。
 小人族の間では並ぶものがいないほどの剣技も、人間相手では勝負にさえならないことを感じて悔しく思いました。
 そんな時、荷物の中から出たせいか、リナが持っていたウチデノコヅチが袋の中からはみ出しているのを見つけます。

(あれにぶつかれば大きくなれる!)

 ガウリイはそう思って荷物に近づきましたが、後少しというところでリナの言葉を思い出しました。
 一度大きくなったものは元に戻れないのよ――そう言いながら苦笑したリナ。
 けれど、今大きくならないとリナもガウリイも危険です。後のことは後で考えればいい――そう思って木づちにぶつかっていきました。

 ごっつんっ、ぼわわわわん。

 少々間抜けな音がした後、男の目の前にいたのは長身の青年の姿になったガウリイでした。

「リナをこんな目に遭わせやがって……覚悟しろっ!!」

 男はいきなり大きくなったガウリイを見て驚いたのと、更にその剣技が素晴らしいのとで、数回剣をあわせただけで慌てて逃げていきました。
 男が去って安全になったのを確認してから、ガウリイはリナのところへと近づいて戒めを解いてやりました。

「リナ、大丈夫か?」
「大丈夫だけど……あんたいいの? 勝手に大きくなっちゃって……」
「だって他に方法がなかったし」
「でも元には戻れないのよ?」
「んーまあ、なんとかなるさ」

 明るく言うガウリイに、リナは小さくため息をつきました。
 そしてガウリイがこうなってしまったのは自分の責任だと思ったリナは、ガウリイにこう言いました。

「仕方ないわね。小人族と人間では違うところもあるし、一人前の人間になるまで面倒見てあげるわ」

 本来、小人族は平和主義で穏やかな心の持ち主です。それに比べると人間はいい人から悪人までさまざまいました。
 そんな中に小人族だったガウリイを一人で放り出すのは気が引けたのです。

「ホントか!?」
「まあ、ちゃんと生活していけるようになるまでね」
「じゃあ明日別れなくてもいいんだな?」
「あんたが一日で人間の世界のこと覚えらたら別だけどね」
「無理だ! オレ物覚え悪いから! じゃあずっと一緒にいられるんだな!?」

 リナを覗き込みながら嬉々として話しかけるガウリイに、リナはたじたじになりました。
 しかも、さり気なくプロポーズに近い言葉にリナは頬が紅潮していきますが、それでも昂奮しているガウリイに宥めるようと試みました。

「や……、ずっとは……あんただっていい年だし、いずれ人間のお嫁さんを探して結婚するんだろうし……」
「オレ、結婚するならリナがいい!」
「…………へ!?」

 先ほどまで小人だったガウリイにいきなり求婚(?)されてとまどいます。
 ガウリイの性格から、今一番近くにいて気に入っているからそう言ったのだと、リナは自分に言い聞かせ、ガウリイにはやんわりとお断りをしました。

「あのね、ガウリイ。人間の世界を見たら、あんたの気も変わるかもしれないわ。そんなにすぐに決めちゃ駄目よ」
「でも!」
「あんたはまだ人間の世界では赤ちゃんと一緒。これからいろんなものを見て覚えていくの」
「でも、オレもういい年だし、本当にリナが好きなんだ!」

 リナの説得はガウリイには通じず、反対に熱烈な求愛をされました。
 熱くなっているガウリイを説得するいい言葉見つからないリナは、そのため一つの妥協案を出しました。

「それじゃあ、一年だけ一緒に旅をしましょう。そうすればあんただって人間のことが分かるでしょうし、いろんな人とも出会えるわ」
「……」
「そしてその後に決めて頂戴。ね?」

 リナもガウリイのことは気に入っています。好きといえば好きでしょう。
 けれどそれは人間としてで、まだ異性として意識はしてないのです。相手が小人だったため、ガウリイをそういう風に考えたことは一度もありませんでした。
 考えてみれば出会って間もないですし、リナ自身もガウリイという人をもっと詳しく知ってからと思ったのもあります。
 ガウリイも完全に断られたわけではありませんでしたので、仕方ないかと諦めました。

「多分気持ちは変わることないと思うけどな」
「一年あれば分からないわ」
「まあ勝負は一年後に取っとくさ」
「何が勝負よ」
「あ、勝負じゃなくて決戦か?」
「決戦ねえ……ま、いいわ。とりあえず戻りましょ」
「おう」

 ガウリイは頷くと、座り込んでいたリナをひょいっと抱き上げました。

「ちょっ……なにす……」
「帰るんだろう」
「そうよ。でも怪我もしてないし歩けるってば!」
「いやぁ、おっきくなった記念にやってみたかったんだよなー」
「何が記念よ!?」
「だってオレリナにずっと乗っけてもらってたし。少しはお返ししないとな」

 ガウリイは嬉しそうに言うと、リナをお姫様抱っこの状態にして歩き出します。
 リナは暴れて逃れようとするものの、ガウリイは大きくて力強く、その腕から逃れることはできませんでした。

「リナ軽いなぁ。背も小さいみたいだし」
「あんたが無駄にデカイのよ」
「そっか?」
「そうよ! 何よ、さっきまでこれくらいしかなかったのに」

 リナは怒りながら手で大きさを表現しました。
 確かにガウリイは人間の大きさになると、人間でも大きいほうだったのです。
 すぐに抱き上げられてしまったので良く分からなかったのですが、どうやらリナとは頭一つ分以上に差があるようでした。

「オレ、小人族の中でも大きいほうだったんだ。そのせいかな?」
「じゃあ小人族ってもっと小さいの?」
「大体オレより二センチくらいは小さいかったな」
「へえ、あんた小人族の中でも大きいほうだったのね」
「そ。さて着いたぞ」

 話をしながら歩いてると、すぐに宿に着いてしまいました。
 そこでリナははっとします。宿を借りたのは一部屋だったのです。
 当然といえば当然です。ガウリイは小人のため、彼のために部屋を借りる必要はなかったのですから。
 とはいえ宿の者はすでに就寝中で、他の部屋を借りることはできません。
 リナは仕方なく諦め、一緒に同じ部屋に戻りました。

「明日はさ。リナに家族を紹介するから」
「……その姿で行っても大丈夫なの?」
「大丈夫だろ。オレだって分かるだろうし、リナにオレの住んでたとこ見せたい」
「あのね、あんたはあたしがあんたの家族を捕まえて売り飛ばすとか考えてないの? 小人族は人前に滅多に出てこないから、希少価値が高いのよ」
「そうなのか? でもリナはそんなことしないだろう」

 一つのベッドに二人で寝ているため、間近でガウリイの笑みを見てリナは頬を赤く染めました。
 しかも語尾に疑問符がつくのではなく、断定的に言われて、リナは黙るしかありません。

「あんた、お人好し過ぎるわ」
「それはリナもだろ。口悪い割りに人のことほっとけない性分だし」
「……」

 リナは一人で旅をしていたため、気は強くなるし、趣味と実益を兼ねた盗賊いじめなどをしていましたので、世間の評判では十人中九人くらいはリナの悪評を述べるでしょう。
 けれどガウリイはそんなリナを優しいというのです。
 リナはガウリイの無邪気な優しさ攻撃を受けて何も言えなくなりました。

「……もう寝ましょ。明日はガウリイの村に行くんだから」
「ああ、おやすみ」

 やっとそれだけを言って、リナは目を瞑り眠りの園へと向かいました。

 

 ***

 

 サイラーグの中心にある大きな木――神聖樹フラグーンのふもとにガウリイの村がありました。
 小人族は友好的で、ガウリイのことが分かると家族は喜び、そしてここまで連れてきてくれたリナを歓迎しました。
 とはいえ食べ物は小さくて、とても二人が満足できるものはありません。
 ガウリイは困った顔をしましたが、リナはウチデノコヅチを取り出して料理を大きくしました。
 そのおかげで二人は満足するだけ食べることができました。

「いやあ、でもさすがに四年近く音沙汰なかったから、どっかで捕まってるか、もう死んでしまっているかと思っていたんだが……」
「へ?」

 ガウリイのお父さんが嬉しそうに言ったのを聞いて、リナはびっくりして聞きなおしました。

「だから捕まっているか死んでいるか」
「えと……そうじゃなくてその前の……」
「その前?」
「あの……ガウリイが迷子になって四年近くって言いませんでした?」

 その言葉が正しければ、ガウリイは四年も迷子になっていたのです。
 一体どこをどう歩けば四年も彷徨っていられるのでしょう。リナは信じられずに尋ねました。

「ええ、ある日フラグーンの反対側にある村に出かけて以来、ぷっつり音沙汰がなくなってしまって。息子は一人での旅は初めてでしたし、人に見つかってしまったんじゃないかとずっと心配していたんですが……」

 ホロリと涙を流すガウリイの父を見て、リナはガウリイの胸倉をがしっと掴んで、ものすごい形相で尋ねました。

「ちょっとあんた! 四年も迷子になってうろうろしていたのっ」
「あ、ああ。そういえば四年も経ってたんだなぁ。月日が経つのって早いなぁ」
「感慨深げに語るなあああっ!!」

 リナは迷子になったといっても、せいぜいひと月程度のことだと思っていたのですが――

(あの時、ガウリイを見捨てなくて良かったかもしんない)

 リナは冷や汗を流しながらそんなことを心の中で思いました。
 やはりリナは悪人にはなれないようでした。

 その後二人は小人族の村を後にして、諸国を漫遊する旅に出ました。
 二人の旅はサイラーグから始まって、ディルス王国、沿岸諸国連合、セイルーン王国などあちこちを渡り歩き、美味しいものを満喫しているようです。

 あ、そうそう。
 どうやら二人は三年経った今でも一緒に旅をしているようです。
 それに予定通り(?)ガウリイは旅の友から恋人に格上げしてもらったようで、二人は二人なりに幸せなようです。

 

 

実はかなり昔にリクしていただいたものだったりします。
内容は『手乗りガウで、いざという時役に立つ』というもの。
試行錯誤しておとぎ話風にまとめてみました。
「打ち出の小槌」については、Yahoo!の検索結果だと、『それを振ればなんでも思いどおりの物が出てくるという小さな槌。』というものでしたが、一寸法師を元にしてるので、『それをふれば大きくなる』というところだけを使いました。
あとガウさん、迷子になっていたのが長いせいか、精神的に子どもっぽいところが残ってます(汗)

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