いつかどこかで。3

 店にはたくさんの人が働いている。彼らは朝食のため、食堂にはたくさん人が集まる。
 そんな中に、リナはガウリイを連れて朝食をとるために食堂に行った。
 朝、誘った男をこうして食堂に連れてくるのは珍しくない。
 だけど、あのリナが男を連れてきたということで、食堂にいた人たちはざわめいた。

「なんか、注目されてないか?」
「う……あたしもそう思うんだけど……どうしてかしら?」

 一夜過ぎても二人の間には何もない。
 けれど、そんな二人の事情を知る術もない人たちは、驚きと、そして、やっとリナにも春が来たのだと喜んだ。
 彼らはリナが踊りに人一倍情熱を向けているのを知っていたし、更に気の毒なことに領主の息子に目をつけられていて、少々男嫌いになっているのを知っていた。
 そのため、好きな男ができたことを喜んだ。
 まあ、その男が美形過ぎて、一部、嫉妬をするものがいないわけでもなかったが。

「ま、いいわ。食べましょう」
「ああ、お腹すいてたんだ」
「でも、料理は結構出たでしょ、うち。料理がおいしくて素敵なショーが見れて、その割りに結構安いってのがウリだもの」
「ああ、飯はうまかった。けどあれじゃ足りないんだよなぁ」
「げ。あれで足りないの? 結構大の男も満足するくらい出てるのに」
「オレよく食うんだ」

 真顔で答えると、ガウリイは出されたスープにスプーンをつける。湯気の立つスープはトマトベースのスープで野菜がふんだんに入っていた。

「うまい!」
「でしょー。ここは本当に料理がおいしいのよ」

 体が資本な彼女たちに、栄養のあるものを食べさせるのも、コックの仕事だ。他にも数種類のパン、ベーコンエッグ、サラダなどの料理が目の前にあり、どれもおいしそうだ。

「だなあ。昨日もそう思ったけど」

 一度口にすれば、胃は更に空腹を訴え、我慢することをやめた。
 どれに口をつけてもおいしくて、ガウリイは感心しながら食べた。リナも負けじと食べ始める。
 「足りなかったらもっと持ってくるといいわ。ここバイキング形式だから」と付け足した。ガウリイは食べ物を頬張りながら頷く。

 

 ***

 

 そして、十分後、食堂は爽やかな朝食の風景――などという言葉がどこかへ吹き飛んでしまっていた。二人の周りだけ、どう見てもそこは、『早食い選手権』とか、『大食いチャンピオン決定戦』といった様相を呈している。
 周りのものは呆気にとられた。リナの食欲は知っていたが、リナの男まで同じように食べるのか――皆の頭の中には、『類は友を呼ぶ』という言葉が駆け巡っていた。
 しかし、当の本人たちはそんな周りの心境などお構いなく、食べた量に満足していた。

「それにしてもお前さん、よく食うのな。こんなにちっこくて細いのに」
「細いはいいけど、ちっこいは余計よ!」
「え? 別に悪い意味で言ったんじゃないし。オレと同じくらい食える人って珍しいからさ」
「うーん……褒めているように思えないんだけど」
「褒めてる褒めてる」

 ガウリイはにこっと笑いながら、テーブルの向かいにいるリナの頭に手を伸ばしてぐりぐりと撫でた。
 リナはその態度に子ども扱いされていると怒ろうかと思ったが、自分の食事量を驚かないことと、周りの好奇心にあふれた目を気にして怒鳴るのをやめた。

「どうでもいいけどそれはやめてよね。髪の毛痛んじゃうわ」
「えー。だって触り心地がいいのに。だからつい触りたくなるんだよなぁ」
「おひ。……ってあんたまだ次があると思ってるの?」
「当分この町にいるから、来てもいいならまた来るぞ」
「当分?」
「ああ、領主の警護の仕事を請け負ったんだ」

 さらりと言うガウリイに、さらりと返そうとしたリナは、あることに気づいた騒ぎ出す。

「ふーん…………って、領主の警護のしごとおおおおっ!! そんな仕事してるくせに、あんた自分が昨日何やったか分かってるの!?」

 リナはガウリイの仕事を聞いて、昨夜のことを思い出し青ざめた。
 あの馬鹿息子がガウリイは親が雇った傭兵だと知れば、仕事を盾に脅迫するに違いない。
 そして目の前の男はお人よしで自分のことを気にして、素直に脅しに屈しないことも想像がついた。

(どうしよう。このままだとガウリイはクビじゃないの!?)

 出会って一日しか経っていないけど、でも領主の息子なんかより、目の前のガウリイのほうが大事だと思った。
 なのに、自分のせいでガウリイは仕事をクビになってしまうのかもしれない。
 そして、リナの悪い予感は的中して、朝食後ののんびりした風景は、突然入ってきた領主からの使いによって破られた。

「リナ=インバースおよびガウリイ=ガブリエフはいるか!」

 揃いの制服を着て姿勢を正した者たちが数人入り口に立っている。
 ガウリイは城で見たことのある顔だとおぼろげに記憶していた。

「やっぱり……」

 リナは苦虫を噛み潰したような表情で、手を頭に添えた。
 自分が領主の息子のものになっても、ガウリイはきっとクビにされる。なによりその選択は自分が一番したくないことだ。
 周りのものは二人に視線を送り、事の顛末を見ている。それが災いして、二人の居場所が使いの者に知られてしまう。彼らは二人の座るテーブルに近づいて、威圧感をこめて尋ねた。

「リナ=インバースとガウリイ=ガブリエフだな?」
「……」
「ああ」

 リナは無言で、ガウリイは短く答えた。

「なら一緒に来てもらおう。理由は分かっているな?」
「分かった」
「ガウリイッ!」
「大丈夫だって」
「でも……」

 ガウリイはあまり気にしてなさそうな顔をして、リナを促した。リナは一つため息をつき、渋々立ち上がった。
 そこへ、店のママ――コーデリアが心配して、自分も付き添うと言う。
 拒否をしようとする使いの者に、リナは自分の――この店の娘であり、まだ保護者の必要な彼女だけでは行かせられないと主張した。
 彼らは仕方なくそれを聞き入れ、リナ、ガウリイ、コーデリアの三人は、領主の城へと赴くことになった。

 

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