謎 01 不思議な男

 ここはセイルーン城にある花々が咲き乱れる庭園。
 なんでこんな所でいるかというと、適当にガウリイと旅をしていたら、ただ単にゼルを捕獲したんで、そのままアメリアんとこに乱入したという状況。
 だってセイルーン内だったし。久しぶりに四人で会うのもいいかな、って思って。
 アメリアは久しぶりに会ったせいか、すごく嬉しそうな顔で、城の中で一番きれいな庭園というところまであたしたちを連れてきたのだ。
 その中の東屋でお茶を飲んでいるんだけど、確かにここは花がたくさん咲いていて、きれいだと思う。
 ただ、ガウリイがちょっと用を思い出したと言って、いきなりいなくなってしまったことが残念。アメリアも「せっかく正義の仲良し四人組が集まったのに……」とぼやいている。
 が、確かにせっかく四人そろったのに、と思うけど、お願いだから『正義の』はやめて欲しい。
 あ、話がそれちゃった。
 まあ、一応そんな感じで、アメリア、ゼルの三人でお茶をしている。

「それにしてもガウリイさん、どこ行っちゃったんでしょうね」
「さあ、ね。アイツだってやりたいことや知人だっているでしょ。なんとなく誰かと会うっぽい感じだったし」

 旅をしているけど、四六時中一緒にいるわけじゃない。あたしが魔道士協会にいる間は、ガウリイは適当に時間をつぶしているし、互いに欲しいものなどが違うこともあって別行動なんてのもざらだ。
 いまさら気になるわけがなく、いつもの口調で答えた。
 ――のだが。

「ほう。旦那に知人か」
「リナ、気にならないの?」

 アメリアの問いに、あたしは「なにが?」と答えるしかない。互いに過剰な詮索をしないのが上手くいくコツだと思っている。
 それに、ガウリイと小さい頃からずっと一緒にいたわけじゃない。
 あたしがあたしの道を歩いてきたように、ガウリイにはガウリイの歩いてきた道がある。あたしと道が重なるまでのガウリイを、あたしが知るわけがない。
 そういったことから、ガウリイの過去に関してあたしは別にこだわってない。
 だってあたしと会った時に、ガウリイはゆうに二十歳を越えていたと思う。傭兵をして一人でいた男に、いろんな過去があってもおかしくない。
 あたしだって十五歳で旅に出て、そりゃもういろんな人に会ったし、事件にも遭った。
 だから、いくら旅の相棒だからって、誰かと会うのにその都度詮索していたら、お互い嫌になるのは分かりきっている。

「別にガウリイにはガウリイの知り合いがいるのは当然でしょ。生まれた時から知ってる間柄じゃないもの」
「そりゃそうですが……今日会っている人が美人さんだったらどうします?」
「びじんさん?」

 アメリアのいいたいことが飲み込めず、あたしは鸚鵡返しに呟いた。
 ゼルが軽くため息をついて、「元の彼女だったらどうするんだ? と聞いてるんだろう」と親切丁寧に教えてくれる。
 ガウリイの彼女(元だけど)――それはそれで、どんな付き合いをしたのかその女性に聞いてみたいもんだ――と、あたしは別のことを考えた。
 けど、アメリアはその間を、別の方向に取ったようで、アメリアの顔がにんまりとした笑みを浮かべる。

「ほーら、やっぱりリナだって気になるんじゃない」
「まあ、確かにそう言われると少しは気になるわね」
「でしょ!? だってあのガウリイさんですよ! リナと一緒にいる時には、そういった気配が何にもなかったのに!」
「なかったわけじゃないが、片っ端から無視してたな。酒場とかだと女のほうから声かけてきてこともあったぞ」

 へー。そんなことがあったのか。
 ゼルと飲みに行っているのとか知ってはいたけど、基本的に詮索する気はないんで――というより、そういうときが盗賊いぢめのチャンスだから――あまり気にしたことはなかったんだけど。

「まあ、ガウリイのヤツ、脳みそはともかく見た目はいいからねぇ。いないほうがおかしいんじゃない?」
「え? そりゃそうだけど。そうじゃなくて、リナはその話を聞いてなんとも思わないの?」
「…………は?」

 あたしが気にする風でもなくガウリイのことを語ると、アメリアは信じられないものを見た、というような表情でこちらを見る。ゼルも同じく、だ。
 どうやら二人はあたしが気にしてることと、違うことを言っている?

「リナ気にならないの?」
「気になるけど……って、あたしが気になるのは、ガウリイにできる彼女ってのは、いったいどんな女性ひとなのかって思っただけよ」
「は? ガウリイさんの過去の女関係が気になるんじゃないの?」
「がうりいのかこのおんなかんけい……?」

 はっきり言って、ガウリイの交遊関係っていまいちピンと来ないんだけど。
 そりゃ、ガウリイにだって付き合った人がいただろう、ってのは考えられるわよ。
 どちらかというと、どういう風に付き合っていたのかとか、どんな女性なら付き合えたのか――というほうが気になる。あの物忘れの激しい頭で。

「んー……あたしはどういう女性ひととなら付き合えるのか知りたいわね。だってあの脳みそヨーグルトなくらげよ!? まともな付き合いができるとは思わないわ!」
「……お前と三年以上旅をしているという点においては同感だ。繊細な女性なら、女のほうからリタイアするだろうからな」
「どういう意味かしら、ゼル?」
「そのままだ」

 失礼な。あたしは別に普通に旅をしてるだけなんだけど。
 魔族なんかがちょっかい出してくるのも向こうの勝手。ガウリイがついてくるのもガウリイの勝手……だと思ってるんだけど。
 ムッとした顔をしているあたしに、更にアメリアが追い討ちをかける。

「そうよねえ。リナに三年以上付き合ってるんだものね。あ! もしかしたら普通の女の人じゃ、駄目な体になっちゃってたりして……ガウリイさん、気の毒に……」
「こらこらこらっ! なんか変な言い方しないでよ! あたしとガウリイはこれっぽっちもそういった関係じゃないんだから!!」

 うわー、コイツいきなりなに言うのよ!?

「まだなの!?」
「まだなのか?」

 二人して同じことを聞くな!
 まったく……アメリアはともかく、ゼルまで意外そうな顔をしてる。

「だいたいね! 男と女がいたら、必ずしもそういう関係にならなきゃならいけないわけじゃないでしょうがっ!!」

 あたしはダンッとテーブルを叩いて主張する。
 ったく、どいつもこいつも……イロゴトしか頭にないのか?
 あたしにしたら、もっと色々とするべきこと、したいことなんてたくさんあるのに。

「そりゃそうだけど……ガウリイさんとリナじゃ確率的には高いと思うわよ?」
「ああ、似たもの同士だし。というか、二人がくっついてくれないと周りが迷惑しそうだ」
「うっさい!」

 ゼルが深刻な表情で言うが、その内容にムカつくこと。
 だいたいガウリイが悪い! アイツはいったいなんであたしにくっついてるのか!?
 あたしの怒りの矛先は、この場にいないガウリイに向いた。

「なんであたしがそんなこと言われなきゃならないのよ!? そもそもなんであたしがガウリイの面倒を見なきゃならないの!?」
「ガウリイさんの面倒を見てるんじゃなくて、ガウリイさんがリナが周りに迷惑かけないように頑張ってくれてるんでしょうが」
「そうだ。お前には旦那が付いていなければ一体なにをしでかすか……」
「おひこら。」

 ガウリイがあたしの面倒を見てるんじゃない! あたしがガウリイのお金と仕事の管理をしてやってんじゃあ!
 ぜったい二人は勘違いしてる!
 口元を引くつかせつつ、二人をじと目で睨みつける。

「それにしても、ガウリイさんの過去の交友関係って謎ですよねぇ」

 が、そんなあたしの視線をさらりとかわし、アメリアの妄想は突き進んでいく。
 ゼルもあたしの相手をするより、ガウリイの過去を考えるほうが楽しいのか、アメリアの話に乗った。

「まったくだな。今日会う人物もどういう人か分からんし、女性関係で過去を知るのはシルフィールくらいか」
「そうですね。でもシルフィールさんもガウリイさんの過去は話しませんし」
「だな。でもって現在に至っては、リナの子守りで女関係に関しての話は一切なし」
「謎ですね」

 アメリアが手を頬に当ててため息をつきながら呟く。
 って、まてこら。誰の子守りだって?

「あのね! あたしがあのくらげの面倒を見てるの! ガウリイがあたしの面倒を見てるんじゃないの!」
「そう思ってるのはリナくらいだろ」
「そうそう。どう見てもガウリイさんがリナの舵取りしてるわよ」
「そうだな」
「あ、舵取りで思いついたけど、もしかしてガウリイさん、リナのことが手一杯で、そこまでいかないのかしら?」
「……かもしれんな」

 なにやら話はどんどん別の方向へ進んでいっているらしい。
 ただし、あたしを置いてけぼりで。

「もしかしてガウリイさん、本当に本当は女の人に声をかけたいけど、リナのことを考えたらぜったい目が離せないから駄目って思っちゃってたりして?」
「かもしれん。それか……」
「それか?」
「万が一、リナに対してその気があっても、リナが子どもすぎて言うに言えないでいる――とか」
「うわー、それは気の毒な話ね。リナってばその手に関してはオコサマすぎるし」
「旦那もリナの保護者と名乗った手前、一応気にしているとか」
「そうねえ。……って、聞いてる? リナ」

 あんたらなんの話してんのよ? それに万が一って何よ?
 どうやら話が『ガウリイの過去の女性関係』から、『ガウリイとあたしの関係』に変わってきているようだ。
 しかし、ここで一番の問題は年下のアメリアにオコサマ扱いされていることだと思う。確かにそのテのことには疎いけど、アメリアだってそういう経験なさそうじゃないの。
 でもガウリイ云々に関しては、あたしもツッコミを入れたいところはある。
 ……って、あれ? そういえばガウリイは――

「そほいへば、がうりいとあったとき、あいつってばナンパもくてきだったような……」

「ええ!? ガウリイさんってリナをナンパしようとしたの!?」
「それはまた無謀な……」
「るさいっ!」

 ああもう、言わなければ良かった。アメリアもゼルもものすごーーーーく信じられないって顔してる。
 ま、あたしもあの時の出来事は今も信じられないんだけど。
 命張ってまで頑張ってナンパしたにーちゃんの割には、その後は完全にオコサマ扱いだし。切り替えが早いというかなんというか。
 かといって子どものお守りは嫌なのかというと、なんだかんだといってもう三年以上の付き合いになる。
 んー……考えてみるとガウリイの思考って謎かもしれない。

「でも、今考えるとガウリイって確かに謎だわ」
「でしょう? 本当に二人とも久しぶりだから、ちょっとは進展してるかと思えばそうでもないし……」
「よくあのままの付き合いでいられるよな。普通なにかしらの動きがあるもんだが」

 アメリアの言葉にゼルが続けるように言う。
 しかも二人ともいやに感心したという表情が、なんとなく癪に障る。
 苛々しながら聞いていると、アメリアが爆弾発言をする始末。

「ですよねえ。んー……もしかして、リナのことで手一杯で、そういったことに関しては煩悩の域を外れてしまったとか」
「は?」
「アメリア?」

 うーん……と悩みながら言うアメリアに、ゼルとあたしが一瞬ついていけなくて目が点になる。
 もしもし?

「あ、それか煩悩を脱しちゃったんじゃなくて、リナの世話に追われて疲れて枯れちゃったとか」
「枯れた?」

 あたしは意味が分からず首を傾げる。
 ゼルは反対に眉をひそめながら、手で額を押さえる。

「あ、アメリア……。うら若き乙女が他に言いようってものがあるだろう。しかも一国の王女なのだから、もう少し言葉を選んで……」
「えー、だってそう思いません? ガウリイさんの年なら、まだまだ盛んなような気がしますけど?」
「それについては……」

 ここでいったん言葉を切り、あたしのほうを見るゼル。
 そしてまたため息をつき。

「ない、とは言い切れんな」
「でしょう!?」
「旦那もまだ若い。なのにそういう話が無いというのは、確かにリナの世話に疲れたとしか――」

 言ってから咳払いするゼル。マズイ、と悟ったのか、途中で言葉を切る。
 が、アメリアは言いたいことが分かっているようで、うんうんと頷いている。

 わ、分からない。
 ガウリイが意外と謎の人物だとやっと気づいたけど、アメリアとゼルの考えもまたあたしにとって謎だと思った。い、命賭けるような旅をした友――のはずなのに。
 言っていることがぜんぜん分からない!
 あたしは頭を抱えたい心境に陥った。

 

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