「ガウリイ様を助ける方法が一つだけありますわ」
膝をついて放心するリナの肩に手を置いて、シルフィールは優しく語りかけた。
「シルフィール……それは本当なの?」
「はい」
「どうすればいいの!? 教えて!」
リナはシルフィールにかぶりつくように尋ねた。
それを見て、シルフィールはやはりリナもガウリイのことをとても想っているのだと実感する。
とはいえ今はそれに浸っている暇はない。シルフィールは決意した。
「ガウリイ様を助けるには、リナさんの力を使うことです」
「え……!?」
「リナさんには神の力も宿っているんですよね。ならその力でガウリイ様を癒すことができますわ。魔法に頼らなくても」
「それは……」
確かにその通りだ。リナもそれは分かっている。
けれど力を使ったら、ガウリイに与える影響はそれだけ大きくなる――そう思うと使えなかった。
「そんなことをしたら……ガウリイは……」
血の付いた手袋をはめたまま、リナはこぶしをきつく握り締めた。
この傷を癒せば、ガウリイもリナの持つ力の影響を受けて、人とは言えない体になる可能性は高い。
それによりさらに深くリナと繋がることになる。リナの力はガウリイへも流れていくことになるのだ。
「分かっています。でもリナさん、ガウリイ様はリナさんと共にいることを望んだんです。もしこれでリナさんと同じようになっても、ガウリイ様は決して文句は言わないと思いますわ」
「でも……」
「ゼロスさんと不死の契約をしたのなら問題ありますけど、リナさんの力なら問題はないでしょう。それにガウリイさんがリナさんの力を引き受けてくれるなら、力の暴走の可能性も少なくなりますし」
確かにシルフィールの言うとおりなのだが、リナは素直に頷けなかった。
まるで自分の罪をガウリイに半分押し付けるような気がしてしまう。
「シルフィール、他に方法はないの?」
「ありません。少なくとも今すぐに、というのであれば。ゼロスさんがガウリイ様の手足を切断したのもそのためだと思いますわ。『復活』では元に戻すことができない――だからそれを理由に不死の契約を結ぼうとした」
「あ……」
(そうか。ガウリイが今までのように生きていくとしたら手足が必要。そしてそれを戻せるのは、あたしの力か魔族との不死の契約くらい……)
そのため、ゼロスはあえて胸や腹などをを狙わず、手足を切断したのだろう。リナがそれしか選べないように。
計算外だったのはリナの力。精神世界に干渉し、ゼロスの本体を倒してしまった。
とはいえゼロスがいなくなった以上、ガウリイを元に戻せるのはリナの力しかない。
自分の力を使うしかない――そう思うけれど、どうしても一歩が踏み出せない。
早くしなければ、ガウリイは本当に死んでしまうのに。
「リナさん一ついいですか? もし、ガウリイ様の肉体が中途半端な時に不老不死になったらどうします?」
「は?」
「ですから、今ならいいですけど、このままいってガウリイ様が八十歳くらいでリナさんと同じになったとしますよ。そしたらどうしますか?」
「…………は?」
リナたちは何を言われたのか分からずに、きょとんとした表情になる。
「ですから、わたくし思ったんですけど、リナさんはもうその姿だとして、ガウリイ様は少しずつ体が変化していくんですよね? リナさんといた場合には」
「え、ええ」
「そうなると、三十歳くらいならいいですけど、六十過ぎとかでなったらどうします?」
「あ、あの……、しるふぃー、る……?」
シルフィールの突拍子もない質問に、リナは目を丸くした。
確かにシルフィールの話は可能性の一つでもある。
リナと一緒にいることで、ガウリイの体に変化が起きれば、リナと同じように力を溜め込みはじめだろう。
そして、その力を使うために、いや、リナと一緒にいたいとガウリイが望むのなら、それは肉体の老いを止めることになる。
「いずれリナさんと同じになるのなら、今のうちになったほうがいいと思いませんか? おじいちゃんのガウリイ様ですと、一緒に旅をするのは大変ですよ?」
リナはシルフィールの言ったおじいちゃんガウリイを想像し、はあ、とため息をついた。
老人のガウリイに若いリナ。なんともアンバランスだ。そんな年のガウリイを連れてでは旅をするのも不可能だろう。
が、問題はそこではない。
反論するために口を開こうとしたが、ゼルガディスとアメリアも同じことを想像したのか、小さくふき出す。
シルフィールはそんな二人を見て。
「ね、困るでしょう?」
「あの……困る、困らないじゃない、と思うんだけど……」
「早くしないとガウリイ様、本当に死んじゃいますよ?」
「……」
返答に詰まる、というのはこういうことだろうか。
確かにシルフィールの言うことも一理ある。けれど、ガウリイが生死の境を彷徨っている今、こんな風に説得されるとは思わなかった。
「…………くっ、ははは! ……確かにその通りだ。リナ、そろそろ覚悟を決めろ」
脱力するようなシルフィールの説得に、リナよりもゼルガディスのほうが先に反応した。
「ゼル?」
「そうよ。だいたいガウリイさんは全部納得して、それでもリナの側にいることを選んだのよ? 今更また逃げて、ガウリイさんを見殺しにするの?」
ゼルガディスとアメリアは、シルフィールの突拍子もない説得で納得したようだ。
ガウリイの強い思いを知っているせいもあるかもしれないが。
シルフィールの妙な説得に納得してしまった二人を見て、リナは苦笑いを浮かべた。
(なんか一番往生際が悪いのはあたしなのかもね。ガウリイだって全部分かってくれてるのに……)
リナは覚悟を決めると、短く「分かったわ」と呟いた。
立ち上がるとガウリイの上に手をかざす。身の内にある巨大な力を感じながら、それを手のひらに集中させる。手のひらから溢れる紅い光は大きくなり、ガウリイの体を包んでいく。
(ガウリイ)
ガウリイの体は紅い光に包まれる中、千切れてしまった手足が本体と接合して元に戻る。
その様子にゼルガディスたちが「すごい……」と声を漏らした。
紅い光の中でガウリイは目を開き、起き上がってリナを見つめた。口を開き呟く。それは音になることはなかったけれど、口は「リナ」と動いていた。
「ガウリイ……もう一度だけ聞くわ。本当にいいのね?」
何が、とは聞かない。ガウリイ自身それがよく分かっているだろうから。
ガウリイは微笑しながら頷いた。
「あんたって本当に変な人だったわ。初対面で人のこと散々子ども扱いして……。でもお人よしで危険なのにあたしに付き合って――」
リナはかざしていた手を紅い光の中に伸ばし、ガウリイの手に触れる。ガウリイはそれを組むような形で握り返した。
ガウリイはそこから流れてくる力、そしてリナの鼓動を感じる。それに身を任せていると、リナの鼓動とガウリイの鼓動が重なっていった。
一つ一つの個体を持ちながら、それでも二人は溶け合っていくような気持ちを味わう。
「でも……いつの間にか、すごく大切な人になっていた」
『リナ』
「ずっと……一緒にいたいよ――」
力に気づいてから、何度離れるべきだと自分に言い聞かせたことだろう。
そしてガウリイがすべてを理解した上で側にいると言った時でも、どこかでこれ以上ガウリイを巻き込んではいけないと心の隅で思っていた。
頑なにそう思っていたのに、ガウリイはどんどん歩み寄ってきて、もうそう思い込むのも限界だった。
『オレもだ――』
ガウリイはリナの手をぎゅっときつく握った。
紅い光が少しずつ薄れて消えていく。最後にはリナの力を分け与えられたガウリイだけが残った。
ガウリイはリナの手から自分の手を離すと、リナの頭に手を置いた。
リナはガウリイを見上げると、ガウリイの顔に不安も不満もなく、穏やかな表情で優しく見つめた。
「これでやっと同じ位置に立てたな」
前と変わらずに頭を撫でるガウリイに、リナは涙目で頷いた。