紅 23

 太陽がある程度高くなった頃、彼らは朝食を終え宿を後にした。
 これから先のことを考えるために、セイルーンでじっくりと魔族への対策などを練ることに決めたからだ。
 シルフィールも事の成り行きを見守るまではということで、そのままサイラーグへと戻らずに、四人に付いていくことにした。

「それにしても面白かったわー。リナのあの顔ったら」
「ですね。もうちょっと長く記録できたらもっと良かったんですけど」
「でもこれからずっと一緒にいるわけだし、絶対チャンスはあります!」
「ええ、二人から目を離さないようにしなくては、ね?」
「そうですよね!」

 前を歩くアメリアとシルフィールは嬉々として二人のことを語っていた。
 その後を面白くなさそうな顔のリナとガウリイ、ゼルガディスが付いていく。
 ガウリイはあまり何も…というより、隣にリナがいることが嬉しくてにこやかで、ゼルガディスはいつリナが爆発するかと冷や冷やした気持ちだ。
 リナが俯いてブツブツと愚痴をこぼすたびにゼルガディスは胃がキリキリと痛んだ。

「……ったく~~、あいつら~~後で見てなさいよ~~」
「まあまあ、いいじゃないか」
「良くないっ!」
「……いい加減にしておけ。大体リナが悪いんだぞ。一人で勝手に決めるから、アメリアたちだって拗ねて少しはからかいたくなるんだ」
「う……」

 五人はまだ町の中を歩いているため、リナが爆発すれば絶対に町に被害が出る――そう思うとゼルガディスはとにかくリナをなだめなければ、と思う。
 人の姿に戻っても、長年人の目を気にして生きていた彼は、町で騒ぎに巻き込まれたくない。
 否、騒ぎの渦中になりたくはない。

「分かってるから、こうして我慢してあげてるんじゃない」
「だったらその不機嫌なツラもなんとかしろ。一緒に歩いていてこちらのほうが胃が痛くなる」
「あ~ら、ゼルちゃんてかーなーりナイーブなのねぇ?」
「俺に矛先を向けるなっ」

 リナがゼルガディスをからかっていると、ガウリイの足元に一つのボールが転がってくる。それに気づいたガウリイはしゃがみこんでボールを拾い上げると周囲を見渡した。
 少し離れたところで小さな子が手を振っている。ガウリイはその子のものだろうと、その子に向かってボールを投げた。

「あんまり変なところへ投げるなよー」
「ありがとう。お兄ちゃん」

 子どもがボールを受け取るとお礼を言ってから手を振って去っていく。
 ガウリイはそれを見送って、先に歩いていってしまったリナたちを追うために、足を一歩踏み出したときだった。

「ぐ……!? はっ……」

 突然体に痛みを感じて声が漏れる。
 その小さな声をリナは聞き取り、「ガウリイ?」と振り返りながら尋ねた。
 そして目の前に広がる紅い色に目を奪われる。

「ガウリイ―――――ッ!!」

 目の前には右手と右足がちぎれ、鮮血を噴き出し痛みに顔を歪めながら倒れるガウリイの姿。
 リナの叫びに前を歩いていたシルフィールとアメリアもただならない気を感じ、振り返り驚愕する。

「ガウリイ……ガウリイ……ッ!」

 慌てて近寄ろうとしたリナ。
 けれど、ガウリイの倒れた上に現れたものにより、その足を止める。

「ゼロス……」
「約束は、きちんと守らないと駄目ですよ。リナさん」

 いずれは現れるだろうと思っていた。けれどこんなに早く動くとは思っていなかった。いつも、リナはゼロスより後手になってしまう。
 その悔しさに、リナはギリ、と奥歯を噛みしめた。

「駄目ですよ、リナさん。無闇に力を使っては」
「く……」
「今のリナさんでは、僕だけでなくガウリイさんを巻き込んでしまいますからね」

 悔しいけれどゼロスの言うとおりだった。
 早くに身につけた巨大な力は、大きすぎてうまく制御することができない。
 そのためリナは魔法を使ったほうが早く、そして魔法を使ってしまうため、身の内に持つ力を使わないでしまうという悪循環に陥っていた。
 そのため、いまだに力をうまく使うことができない。

(どうにかゼロスをガウリイの上から退かして、それから反撃を、ううん、まずはガウリイを助けなきゃ――!)

 被害にあった場所は右腕と右足だけだが、両方とも切断されていて出血が酷い。放っておけばすぐに出血多量で死んでしまうだろう。
 ゼロスの目的はガウリイを殺すことにある。
 この状況が続けば、ガウリイは確実に死ぬ。ただ即死させなかったのは、リナたちの負の感情を食らうために違いない。
 でもリナにはゼロスをどうにかする力がない。

「ころ、すなら……さっさと……こ、ろ……せ……」
「おやおやガウリイさんもせっかちですねえ」
「く……っ、リナ、の……足……かせ、に……なる、な……ら……」

 ガウリイはリナと共にいることを選んだ時、リナの足かせになるときは自ら命を絶とうと決めてた。側にいたいけれど、リナの足枷になり、リナが苦しむのを見たくない。
 ガウリイは持っていたナイフを左手で取り出し、喉もとに突き刺そうとした。
 けれど、ナイフはゼロスの持っていた杖にはじかれて、金属音を出しながら転がった。

「だから勝手に死ぬのは駄目ですってば。ガウリイさん」
「く……」
「ガウリイッ!」

 ゼロスの持っている杖で左手を押さえられ、その痛みに微かに呻いた。
 このままではリナを脅す材料に使われ、挙句の果てに殺されてしまうだろうと誰しもが思った。
 またそのやり方に、ゼロスはやはり魔族なのだと実感する。

「まあ落ち着いてくださいよ。僕はガウリイさんを殺すつもりで来たんじゃないんですから」
「なんですって?」
「どういう理由か知らんが、やっていることと言っていることが食い違っていないか?」

 ゼルガディスが見かねて口を挟んだが、確かにその通りだ。殺す気がないのなら、なぜガウリイをこのような目にあわせるのか。
 どちらにせよ話が長引けば、ゼロスに殺す気がなくてもガウリイは失血死してしまうだろう。またゼロスの気が変わってしまうかもしれないと、皆は気ばかり焦った。

「それはこれからの交渉のためです」
「交渉?」
「ええ、正直に言いますと、ガウリイさんがあそこまで聞いて、それでもリナさんを選ぶとは思わなかったんですよ。そしてリナさんもガウリイさんを受け入れてしまったのも予想外だったんです」
「何が……言いたいの?」
「いえ、そこまで強く思っているのなら、僕が少しお手伝いをしてあげようかと思いまして」

 ゼロスはここで魔族特有の笑みを浮かべた。
 ゼロスの性格から彼にメリットがない限り、ただで動くことは滅多にない。面白そうだから、という理由で動いたこともないわけではなかったが、この笑みを見る限り、とてもそうだとは思えなかった。
 リナはこぶしを握り締めて問う。

「じゃあ、なに? その親切なお手伝いで、どうしてガウリイが怪我をしなければならないの?」
「それは物事の順番というのがあるせいですよ。リナさん」
「順番?」
「お二人が一緒にいられるようにお手伝いしますが、少々僕らに有利にしたいところもあるんですよ。ねえガウリイさん。貴方には僕たち魔族の役に立ってもらいますよ」

 ゼロスはガウリイを見下ろす。苦痛に歪んだ表情を見て、ゼロスは満足した笑みを浮かべた。
 大地を濡らす血の匂いと、彼から流れてくる負の感情はゼロスを楽しませた。

「僕はね、気づいてしまったんですよ、リナさん。ガウリイさんを殺すと脅せるのはガウリイさんが生きている間だけだってことに」
「……ッ! まさか……!?」
「ええ。ガウリイさんには僕と不死の契約を結んでいただきます」

 

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