少し冷たい風が二人を間を通り過ぎた。
シルフィールはリナが語った内容を反芻しながら考える。
(どんな人でも構わないけど、ガウリイ様だけは駄目? どうして? どうしてガウリイ様だけ……。ガウリイ様の幸せを考えるなら、ガウリイ様の望むように側にいるべきなのに)
シルフィールは拳を握り締めた。聞き出すのが難しくても、ここで諦めたらリナはどこかへ去ってしまう。
「どうしてですか? ガウリイ様とリナさんの間に何があると言うんですか?」
シルフィールはリナの瞳を見つめながら正面から問う。
リナはその視線から少し逃げた後、全てを話すしかないと決めたのか、シルフィールに向かい合った。
「ガウリイも……混沌に行っているからよ」
「……あ。そう言われれば……」
「あたしが『重破斬』を使って混沌へと向かうとき、ガウリイはあたしを追ってきた。だからガウリイの体にも僅かだけどその痕跡があるの」
「確かに……でもそんなに深刻なことですか?」
シルフィールの質問にリナは首を盾に振った。
「多分。前例がないからはっきりとは言えないけど――でもあれの影響は烙印を押されたように消えることがないわ。ガウリイ一人だけで考えれば、特に問題はなく人として生きていくことができると思う。でも、更に影響のあるあたしが近くにいたら?」
「それは……」
「『混沌』という繋がりがある以上、あたしが吸収した力がガウリイにまで流れる可能性が高い。そうしたら……そうしたら、ガウリイも人ではありえない力を持つ可能性も出てくるの」
***
リナは自分の力の異常に気づいた時から、その可能性に辿りついていたが、ガウリイにまでその影響があるとは思っていなかった。
ガウリイは元々体力があったし、頑丈なほうだ。けれど、ルークにやられた傷――それはミルガズィアたちが治したものの、出血などが酷く、しばらくの間は体調が元に戻らないくらいのものだった。
傷以外はゆっくりと自然に治るはず――そう思っていたのに、ガウリイの回復は目を見張るものがあった。
リナは一瞬疑ったかが、その後すぐにただの杞憂かもしれない――そう思いこんだ。
ゼロスから現実を突きつけられるまでの間は。
自分の身に起こっていることはまだいい。そしてこれから起こりうる可能性についても。
けれどそれが自分以外にも影響があるとしたら?
『このままリナさんの側にいたら、ガウリイさんもリナさんと同じ化け物になるでしょうね。僕としてはそれはそれで面白いかもしれないんですが――リナさんは困るんじゃないですか?』
ゼロスの言葉が胸に突き刺さって痛かった。
リナはそれを考えると、どうすればいいのか悩んだ。ゼロスの策略じゃないかとも考えた。
素直に言うことを聞かせるために、ゼロスが嘘を言っているんじゃないか――そう必死に思いこもうとした。
現実から目をそらしてしまうほど、ガウリイと離れたくなかった。
でも、もしゼロスの言葉が本当だったら――そう考えた後、魔族は――ゼロスは嘘をついたことがないことを思い出した。
勘違いさせるような言い方をするけど、嘘はつかない。なら、ゼロスの言ったことは真実なのだろう。
リナは、自分のことはともかく、ガウリイまで巻き込んではいけないと思った。気づくとリナはゼロスの手を取っていた。ゼロスの提案に乗った合図だった。
その時のことを思い出し、リナは自嘲めいた笑みを浮かべた。
「ねえ、シルフィール。あたし前にある魔族にこう言ったことがあるのよ。『ゴールのないゲームには興味ないの』って。でも今あたしの状況はその反対。どこまで行ってもゴールはない。ううん、あるかもしれないけど、それは全てを巻き込んで終わるかもしれない」
「リナさん……」
「そして、あたしはそれにあいつを巻き込みたくないの。いつかゴールが来るとしても、それはガウリイたちが寿命を終えた後のことだと思うから――」
リナは正直に自分の気持ちをシルフィールに伝えた。
頑なにガウリイを拒否していたけど、実はどこかで誰かに聞いてほしかったのかもしれない――リナはそう思った。そのせいか、リナは全てを明かし心が軽くなった気がした。
それにそこまで聞けば、シルフィールも無理を言うこともないだろうという考えもあった。
「あたしが隠していたことはこれで終わり。分かったでしょ? あたしがガウリイの側から離れたわけ」
これ以上うるさく言うなと言外に物語っている表情に、シルフィールが躊躇するのが分かる。
(これで終わり。これであとは消えるだけ)
リナは自分にそう言い聞かせた。
なのに、シルフィールは手を握り締めて、リナを説得するために口を開いた。
「リナさんの言い分は分かりました」
「シルフィール?」
納得して離れるだろうと思っていたのに、反対に真剣な表情で正面から見つめられ、リナはとまどった。思わず座っていた岩から立ち上がってしまう。
力からすると、シルフィールがリナを上回ることはない。けれど、シルフィールの真っ直ぐな視線にリナは恐怖を感じた。怯むことのない意思、それはかつて自分が持っていたものだ。
「でもガウリイ様にも選択する権利はあるはずです。リナさんの一方的な思いで決めていいことではないと思うのです」
「そうはいっても……でもこういう場合、説得しようとすればするほど頑なになるわ。危険だからと諭しても分かってくれないかもしれない」
「リナさん。リナさんが今まさにその状況ですわ」
「あ……」
リナはシルフィールに指摘されて、今自分がその状態に陥っているのだと認識した。シルフィールを説得するつもりで、自分のほうが頑なになっていた。
それが分かると、リナは軽くため息を吐いた。
少なくとも、もし皆に実情が分かっても、もっとスマートに事を運ぶつもりだったのに、気がついたら、とにかく皆と離れなくてはという思いだけが先走り、焦っていた。
「そうね、シルフィールの言うとおりだわ。でも本当に困るのよ。あたしは自分のしたことのツケを払うわ。どんな理由でも世界を滅ぼす可能性があったのは事実だから。でもガウリイまでそれに付き合わせる必要はないの」
あの時、『重破斬』を使ったことを後悔はしていない。多分使わなかった時のほうが後悔していただろう。
それにもし使わなかったとしても、世界とまではいかないが冥王は悔し紛れにあの辺りを巻き込んで滅びを撒いていたかもしれない。
全ては過ぎたことであり、どれだけ思い悩んでもやり直しは効かない。また、自分が世界を巻き込もうとしたという事実も消えることはない。
今の自分の状況がそのための結果なら、受け入れるしかないとリナは覚悟を決めていた。