紅 15

「リナさんの中にはあの御方が出て行かれた後、虚が残りました。当然です。一部であれど、全てのものの母であるあの御方をその身に降ろして、なんの後遺症がないなどあり得ません」

 リナ以外の四人は、ゼロスの言った意味が分からずに不思議な顔をした。

「わかりませんか? では……」
「ゼロス!」
「止めても駄目ですよ、リナさん。皆さん知りたがっているじゃないですか」
「……くっ」
「では詳しく説明しましょう。リナさんはあの御方をその身に降ろした。そして、あの御方が出ていかれた際にリナさんの中に大きな虚が残ったんです」
「虚? なん、なの?」

 聞きなれない言葉にアメリアが首を傾げた。
 他の三人も分からないといった表情をしている。リナだけが、唇を噛みしめ堪えるような表情をしていた。

「今回、僕は虚といいましたが、正確にはなんて言うのかわかりません。ただ、リナさんの中には通常の人にはない虚ろな穴があり、それを埋めるために、それはこの世界にある力を吸収しだしたんです」
「それがどういう問題があるんですか?」

 ゼロスの説明にその虚というものがどうして悪いのか、また、リナにどういう影響があるのかまったく分からない。
 それなのに、ゼロスはもったいぶりながらまた語りだした。五人は黙って彼が語るのを聞くしかなかった。

「僕たちも最初は分かりませんでした。でも魔王様――ルーク=シャブラニグドゥを倒した時に分かりました。リナさんの力が増えていたんです」
魔力容量キャパシティは変わらないものではないのか?」
「確かに魔力容量は変わりません。ですが、今言ったリナさんの力というのとはまた違うんです。魔力容量とは魔法を使える目安になるものですが、今話をしているのはリナさん自身の力です」
「リナ自身の力?」

 ゼロスの言う魔力容量と、リナの力の意味がよく分からず、アメリアが鸚鵡おうむ返しに呟く。
 人間であるリナに、なんの力があるのだろうか。

「ええ。リナさんはこの世界に溢れる力――それが神のものであっても、魔のものであっても――力という力をその身に吸収してしいくんです。今のリナさんは人間という枠を超えて、僕と同じくらい……いえ、もう僕よりも力を持っているかもしれません。その先も天井知らずで更に増えていくんです」
「でも力を吸収するだけなんでしょう? なんの問題があるの?」

 吸収するとしても、それだけなら魔族がこれほどこだわらないだろう。
 案の定、ゼロスからさらなる衝撃的な答えが返ってくる。

「それはですね、アメリアさん。その虚の中に力がある。そして、それはリナさんの奥に繋がっています。いえ、それがリナさん自身なんです。そして、それがリナさん自身ということは、リナさんがその力を操ることが出来るということになるんです」

 皆信じられないといった表情をする。
 ゼロスは高位魔族だ。しかも腹心である魔竜王ガーヴなどより狡猾で戦いにくい相手。そのゼロスが、自分よ力を持っているかもしれないと言うのだ。人間としてとても信じられるものではなかった。
 しかし、リナはゼロスの言葉を否定せず、ただ拳を握り締めていた。

「でも、虚のほうはリナさんの意思とは関係なく吸収しますが、飲み込んだ力の行使は、リナさんの意思により行われます。リナさんは二年前と変わらないでしょう? それはその力のせいでリナさんの肉体が不老不死に近いからです。そんな些細なことでも力を使わなければ、どんどん力を吸収していって更に力が増えてしまいますからね」
「それでは……リナはこのまま行くと神や魔王より強くなるというのか?」
「ええ、その可能性は非常に高いと思いますよ。神と魔の力、両方を吸収しているんですから。両方を併せ持つ人間にしかできないことです。ただし、そこまで使えるかどうか別ですし、それに――」

 ゼロスはそこで一旦言葉を切った。
 リナ以外は皆信じられない面持ちだ。それでもゼルガディスとシルフィールは理解しようと努力をする。
 けれど、ゼロスはその努力を潰すかのように、さらなる言葉を重ねた。

「いくらあの御方の器になったとはいえ、元は人間の体。どこまで耐性があるかも分かりません。ある日突然風船が爆ぜるように、力が爆発してしまうことも可能性もあります」

 ゼロスは大げさに手を左右に広げた。その仕草に、話の内容に皆が驚愕する。

「まさか……そんなことが……」
「そうしたら、僕たち魔族の望みが叶います。蓄積されたリナさんの力が爆発すれば、きっとこの世界を無に帰すことができるはず――だから僕たちはその時を待っているんです」

 自分の発した毒により、意志の強い五人が負の感情に染まっていく。
 ゼロスは更に嬉しそうな笑みを浮かべた。

「ガウリイさんには感謝していますよ。あなたのおかげでリナさんはあのお方をその身に降ろし、そして今の状況を作ってくれたのですから」
「ゼロスッ! 貴様っ!!」

 ガウリイはゼロスの言葉に激昂して斬妖剣ブラスト・ソードに手をかけた。
 ゼロスは少し後ずさると、楽しそうな声で応じる。

「おおっと、物騒ですね。僕が言いたいことはこれで終わったので、そろそろ退散させていただきます。ああ、最後にリナさん。どちらに転んでも僕は面白そうなので、好きなほうを選んでください」

 リナの体が震える。
 それを見てゼロスは来た時と同様、何もない空間に消えていった。

 

 ***

 

「リナ……」

 しばらくの間、皆無言で佇んだ後、ガウリイがやっとの思いでリナの名を呼んだ。
 誰もが皆顔に濃い疲労の色を宿していた。

「……」
「ゼロスの言うことを気にすることはない。オレなら大丈夫だし、リナだって強くなったんだろう? だったら……」
「だったらなに!? 今さら……今さら昔の関係に戻れるわけないじゃないっ!!」

 バシッとガウリイの出した手を払いのける。
 震える手、目尻に光るものを見て、ガウリイは胸が痛んだ。
 この二年間、リナは一人で悩んできたのかと思うと、分かってやれなかった悔しさと、さらに募る愛おしさに心が震えた。

「でも、ゼロスの言いなりになっていいのか? それにオレだってリナの側に――」

 シルフィールは目を見開き、胸の上で服を鷲掴みにする。そんなシルフィールの姿に、ガウリイは目もくれなかった。
 それより先に、リナがその言葉に反応した。

「側に? いられるわけないじゃない。あんたはいいわ。自分の思いを叶えてさぞかし満足でしょう。でも、あんたが死んだ後、一人になったあたしはどうすればいいのよっ!? あんたが死んでも、あたしは生きていかなければならないのよ。こんなことになるなら、あんたなんか見殺しにすれば良かったっ!」

 ガウリイはここに来て、初めてリナの本心を聞いた気がした。
 人間であり有限の命を持つ自分では、永遠と言える時間を生きるかもしれないリナの側にいることはできない。リナに向いた手が、そっと下ろされた。
 しかし、それとは別に、黙っていたアメリアがリナの頬をパシンと叩く。

「言いすぎだわ、リナ。リナの気持ちも分かるけど、ガウリイさんに罪はないでしょう?」
「……そうね、ないわ。でももう側にいたくないの。分かったらさっさと出っていってよ!」
「……」
「出ていかないならあたしが出てくわ。じゃあね」

 リナは荷物を素早く持つと、止められないよう窓から飛び降りた。

「リナッ!!」
「ガウリイ様っ!」

 駆け寄るガウリイをシルフィールが止めようとする。
 ガウリイは仕方なく窓の桟に手をかけて、リナの後姿を見送った。

「ガウリイ様、約束です。わたくしだけでリナさんと話をさせてください」
「でも居場所が……」
「居場所は分かります。ゼロスさんが言ったように、リナさんは今特殊な存在ですから、精神世界アストラルサイドでの探索魔法ですぐ見つかるでしょう」
「そう……か」
「はい。ですから少し待ってください」

 ガウリイはシルフィールのすぐに見つかるという言葉を信じ、静かに頷いた。
 シルフィールは優しく笑むと、彼女も窓からリナを追っていった。

 

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