紅 13

 まだ夕食には早い食堂は、四人以外に人はいなかった。
 宿で働く人たちは仕込みに追われているのか、四人に目もくれない。ただ、厨房からスープの香りが漂ってきていた。

「一体どういうことなんだ? リナの所在はここ二年分からず……見つかったと思えばこんな状態だ。お前たちの間には何があったんだ?」

 ゼルガディスの核心を突いた質問に、ガウリイは目を細めた。
 他の二人も気になるらしく、ガウリイに視線が集中する。

「そうだな、どこから話せばいいのか……」
「じゃあ、まず二年前に何があった? 俺たちが知る限り、お前たちが別れたのは二年前のはずだ」
「二年前か……そうだな。いや、いつから始まったのかは分からない。ただ……ゼロスがオレたちと離れなければオレを殺すと、リナを脅したことから始まったらしい」
「ゼロスが……?」

 ガウリイは静かに頷いた後、細かい話を始めた。

「二年前、オレたちは――いや、リナは魔王の欠片を持つ者を倒した」
「そんなことがあったのか……」

 ルークの事についてはかなり端折ったが、それでもルークとミリーナの二人との関係は浅からぬものがある。どうしても話は長くなった。
 そして、すべてを語り終えたあと、ゼルガディスが深いため息とともにボソリと呟いたあと、しばらくの間辺りに重苦しい空気が漂った。
 だが、ここからが本番だ。
 ガウリイは覚えていること、また自分なりに考えたことを話し出す。

「ああ。そのせいかゼロスはこれ以上魔族と敵対するなら、リナ自身ではなくオレを殺す、とリナに脅したらしい。そしてリナはゼロスの言うことを聞き、オレと離れた。その時にオレの記憶を少し変えたらしい」
「変え……た?」
「ああ、だからオレもリナがいないことになんとも思わずに、足の赴くままサイラーグへと向かった。けど……その行き先も、もしかしたら操作されていたのかもしれない」

 ガウリイはすべてを語ると俯いた。
 ガウリイだけではなく、他の者にも一切接触しなかったリナ。どういう気持ちでこの二年間を一人で彷徨ったのだろうか、とガウリイは考えた。

 

 ***

 

 シルフィールはガウリイの話に驚きを隠せなかった。
 リナの取った行動は、どう考えてもガウリイのためだ。それほどまでにガウリイを思っていることが分かる。
 そして自分と一緒にいてくれたのは、操られていたせいで、シルフィールに対する気持からではないと分かった。
 この二年間、異性としてガウリイがシルフィールに触れることもなく寂しさを感じていた。きっと忘れてもガウリイの思いは無意識にリナに向いていたのだろう。
 昼間ではガウリイを探すまでと頑張っていたが、彼の話を聞いてシルフィールは泣き崩れたくなった。
 また、自分をそんな気持ちにさせたリナを恨みたい気持ちになった。

(どうしてリナさんはわたくしのところにガウリイ様を……? わたくしの想いを知っていて、そんなことするなんて酷すぎるわ……)

 泣き崩れるのは容易い。けれど、話はまだ終わっていない。シルフィールはテーブルの下でこぶしを握り締めて堪えた。

「事情は分かった。とはいえ……そんなリナをよく捕まえておけたな」
「そうですね。リナだったら往生際悪く逃げそうだし」
「それは……なんていうか――」
「ずいぶん歯切れが悪いな」
「いや、自分でもおかしいと思うけど、リナに『もし逃げたら死ぬぞ』って脅かした」
「またずいぶん思い切った脅しだな」
「ホントにガウリイさんって物騒なこと簡単に言うんですね」

 さらっと言うガウリイに、ゼルガディスとアメリアは呆れただけだった。
 だけど、シルフィールはその言葉に嘘はないと思った。命を、生きることを大事にするガウリイが、嘘でもそんな脅しは使わない。
 それは脅しでもなく、リナがいなくなれば確実に起こり得る未来。体が小刻みに震えていった。
 しかし話はシルフィールを置いて先へと進んでいく。

「でも、ガウリイさん。もしゼロスさんが本気だとしたら、リナさんと一緒にいるのは危険ではないのですか?」
「そうだな。確かにリナは魔王と戦って勝った過去があるが――とはいえそう簡単に高位魔族相手することはできないだろう」
「ああ。オレも、あいつを相手にするのは危険だと思う」

 アメリアとゼルガディスがあり得る不吉な可能性を口にする。
 ゼロスが言ったことが未だに変わらないのなら、このままリナの傍に居続けるのは危険だった。
 だけど、そうだからと引き下がれるものでもなく、また――

「だけど、リナが前に言った『たとえ一パーセントでも、可能性があるなら諦めない』って言ったのに反すると思うんだ。なにより、オレはそんなことで離れたくない。それで生き長らえても嬉しくはないんだ……」
「確かにリナらしくないわね。リナなら勝ち目がなくても笑ってそんな話、蹴りそうなのに」

 アメリアの言葉に三人が頷いた。
 いつも前向きなリナらしくない行動。
 それが好きになった人の命を天秤にかけた結果だとしても、やはりリナらしくないと行動だ。

「オレはあの時のリナを信じたい。だから、リナ自身が前を向いて戦う気持ちになって欲しいんだ。脅すことで一緒にいることはできても、それじゃあ前に進むことはできない」

 ガウリイはぼそりと呟いた。
 ガウリイも今の状態が良くないことははっきり分かっている。だけどどうしていいのか分からないのだ。
 それでも今手放せば、きっともうリナには会えないだろう。同じ失敗を二度するような性格ではない。

「確かに……」
「そうですね。でもリナってばどうしちゃったのかしら?」

 ゼルガディスとアメリアは頷きながら答えた。
 シルフィールは蒼白な顔をしながら一度手を固く握り締めると、ガウリイのほうへ視線を向けた。

「ガウリイ様。リナさんと話をさせてください」
「シルフィール?」
「これからのこともありますし……それに他にも聞きたいことがあるんです。だから一度リナさんと二人きりで話をさせてください」

 シルフィールは自分のためでなく、ガウリイのために動くことを決意した。
 彼が悲しむ顔など見たくない。だから嘆くよりも、ガウリイのためになることをしようと考えを改めた。
 そして、それは他の三人にも伝わったのか、ガウリイは一つ息を吐くと立ちあがった。

「ああ、確かにリナときちんと話をしないと始まらないしな」

 いつの間にか、客が来始めたのか、周りから声が聞こえていた。そんなことも分からないほど、四人は思いつめていたらしい。
 食堂の人の声を後にして、四人は階段を上がっていった。

 

 ***

 

「まったく……好きにしてくれて……」

 起きたばかりのリナは、着替えるためにゆっくりと起き上がった。
 熟睡したせいか、疲れはあまり残っていない。
 着替えを終えたとき、ガウリイの姿が見当たらないことに気づき首を傾げた。
 どこへ行ったのだろう。あんな脅しをするくらいなのだから、自分から姿を消すなどあり得ないはずだ。

(まだ夕飯には早すぎる。まさか――!?)

 一瞬、悪いほうへと思考が流れる。
 そんなリナの思いを感じたのか分からないが、脳裏に浮かび上がった危険人物の声がする。

「こんにちは。リナさん」

 唐突に、空間が歪み影が生まれた。

 

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