紅 3

 二人はセイルーンに向かう道を話しながら歩き、日が暮れる頃には町の宿屋で泊まることにした。
 ガウリイは野宿でのんびり夜更けまで会話を――とも思ったが、久しぶりに飲みたい気持ちでもあった。リナもおいしい料理が食べたい、と宿に泊まることを希望した。
 宿屋兼食堂は夕食時もあって賑わっている。あちこちからグラスを交わす音や、酒が入って饒舌になっている男たちの声が聞こえていた。

「おっちゃーん! メニュー上から下まで全部二つずつね~っ!!」
「あー、オレ! オレの分も! あと酒もー!」

 そんな中、店の主に気前よく料理を頼むのは、もちろんリナとガウリイの二人だった。
 隣のテーブルにいた四人連れがその言葉を聞き、自分たちはもう酔ったのかと疑うほどの食事量だった。
 だが、言葉どおりに順次運ばれてくる食事を見て、また、それを豪快に食べる二人を見て、四人は夢ではなく現実のものだと認識する。そして、その食事の光景を見てげっそりした。

「うひゃーっ! ひと働きした後のメシはうまいっ!!」
「お前さんなぁ」

 リナの言葉にガウリイは呆れながらも、食事を口に運ぶのを忘れない。
「なぁに言ってんのよ。あたしのおかげで一つの悪が滅びたんじゃない。褒められこそすれ、怒られるようなことはしてないわ!」
「そうだけどな。お、今来たのうまそうだな」

 今来たばかりの料理を見て、ガウリイの興味はもう料理に移った。

「うわぉ♪ いいわねぇ。おいしそー」

 二人は目の前に出されたこのあたりの名物である香草で味付けをされたチキンのソテーを見ながら、その香りに鼻腔をくすぐられ感嘆の言葉が漏れた。
 この名物の香草は特殊な環境下において栽培されるもので、香りが食欲を刺激し、食の細い人でもつい食べてしまうと言われているものである。
大きな口を開けて通常では三口分くらいの大きさのチキンソテーをパクッと口に入れて頬張った。むしゃむしゃと数回噛んだあと、リナは頬をおさえて。

「おいしぃ~♪」
「うまいっ!」

 二人は案の定、常人よりはるかに発達した食欲が更に刺激され、夢中になってチキンソテーをぱくついた。
 とはいえ常人よりたくさん食べるこの二人がその気になったらたまらない。店にあるだけ注文してすべて平らげてしまった。店主は涙を流していたが、それが嬉し涙なのか表情から見ると微妙だった。
 その後も出てくる料理を次々と平らげて、気づくと天井に届くのではないかと思われるほど皿が積み上げられていた。
 その頃になってようやく満足したのか、椅子にもたれかかって満足げな顔でお腹を押さえた。

「は~食った食った」
「本当。ここのチキンソテーは美味しいって聞いてたけど、本当に美味しかったわ♪」
「だなぁ。だけど、もうちょっと飲み足りないなぁ」
「ワガママねぇ。結構飲んでたじゃない」

 お腹に入った料理の量は同じくらいだった。
 けれど、飲む、という点ではガウリイはリナをはるかに上回っている。それなのにまだ飲み足りない感じがした。
 呆れた顔で見るリナを見返すと、リナは少し考えた後。

「ま、あんたってばザルだったもんねぇ。よっしゃ。再会を記念して、あたしが奢ってあげましょ」
「……」
「どしたのよ?」
「いや、お前、本当に本物のリナか? リナだったら……」
「うっさああああいいっ! あたしだってねぇ、久しぶりに会ったんだから奮発してやろうという気にだってなるわよ。そんなリナちゃんの気持ちを察しなさい! それともアンタ、あたしにケンカ売ってんの!?」

 久々の怒号。
 けれど、いまいち納得できなくて、ガウリイは反論する。

「いや、そうじゃないんだが……ってか、自分でちゃん付けって何歳だよ?」
「うっさい」

 ギロリ、と睨まれて慌ててガウリイは話を戻した。

「だったら酒買っいってて部屋で飲まないか? まだまだ話したいことあるしさ」
「……ま、いいわ。そうねそうしましょう」

 リナもせっかくの再会をケンカして嫌な気分になりたくなかったため、素直にガウリイの提案に応じた。
 そして、二人は酒とつまみを購入して、各自風呂に行った後、ガウリイの部屋にリナが行くということで話をつけた。

 

 ***

 

「さて、ガウリイちゃん。アンタのない頭でこの二年間のことを話して頂戴な♪」

 にんまり笑みを浮かべつつ、リナは面白そうに尋ねる。
 もちろん、ガウリイが二年間どういう風に生きてきたか、昔馴染みとして知りたいのもあるだろうが、なによりシルフィールとの関係を突っ込まれそうだと感じた。
 ガウリイはどうやって話そうか考える。

「んー、特にこれといってないぞ。ただ、サイラーグの復興に手を貸しているくらいだよなぁ。オレ、いつもへとへとで帰ってくるから、シルフィールが面倒みてくれてる、って感じだし。それより、リナこそ二年間もどうしていたんだ?」

 ガウリイは自分がこれといって話をするようなことはないと思い、反対にリナが何をしていたのかを尋ねた。
 リナはいろいろ悪名高い。なにかと噂話の元になるような存在だ。でもこの二年間、ほとんどリナの噂を聞くことはなかった。
 それにガウリイは自分がなぜリナと別れてサイラーグに行き、シルフィールと共にサイラーグ復興に手を貸しているのか――今まで少しだった違和感が、なぜか急速に膨れ上がってきている。
 だからリナに尋ねた。
 その答えによっては、自分の中の蟠りが解けるかもしれない――と願って。

「え? あたし? あたしは……あんま変わらないわよ。いろんな国を旅して回っているわ。あ、そうそう、あたし結界の外に行ってたの。なかなか面白かったわよ。おかげでかなり長い間こちらにはいなかったわね」

 早口でまくし立てるリナに、その話の内容を把握するため頭をフル回転させる。
 そしてあまり聞きなれない単語に、ガウリイはいつの間にか尋ねていた。

「結界の……外?」
「そ。あんたにだって何回か説明したでしょう。滅びの砂漠の更に向こうの世界のことよ」
「あー…そういやそんなこと言ってたっけ」

 結界の外まで行っていたのなら、リナの噂が流れてこないのは当然だ。
 なるほど、とガウリイは頷くものの、心の中では反対になぜリナと別れたのかという疑問が大きくなっていく。
 今まで、理由をつけては一緒にいたが、それは大義名分でしかなかった。そんなものがなくても二人はうまくやっていた。それが命がけの旅でも。
 少なくとも、ガウリイはリナとの旅に、自分からドロップアウトするような気など微塵もなかったはずだ。

「なあ……リナ、一つ聞いていいか?」
「なによ? 改まって」
「いや、オレたちって、なんで別れたんだっけ?」
「え……?」

 ガウリイの言葉に、リナの表情が戸惑いに満ちたものへと変化する。
 その表情を見て、ガウリイは不安になって再度問いかけた。

「なあ、オレよく覚えてないんだ。お前さんと別れた時のこと」
「あー……えっと、確か……そう、ケンカ! ケンカしたのよ。些細なことだったと思うけど……売り言葉に買い言葉ってヤツね。お互い引っ込みがつかなくて……それで別れたのよ」
「そんなことで、か?」
「……そうよ」
「なんかおかしくないか?」
「な、なにが?」

 ガウリイの中で大きくなる疑問と、リナの動揺を隠せない顔。
 それらがリナの言った理由で別れたことに対して、違和感を増幅させる。

「なんか……変じゃないか?」
「だから、なにがっ!?」

 リナとのケンカはしょっちゅうだった。けれど、少なくとも別れるほどに発展するようなものなどないはずだった。
 それに、ケンカして別れ、二年間も音沙汰なかった相手に、ばったり会って気軽に話すなど信じられるだろうか?
 しかもガウリイ自身、それほどまでの出来事をかけらも覚えてないなど信じられなかった。

「だって……こんなに気軽に話できるんだから、笑って別れたんじゃないのか?」
「………………」

 リナは割と根に持つタイプだとガウリイは思っている。
 リナに非があるなら口にしないだろう。けど、ガウリイに非があるのなら、普通の態度をとらないはずだ。普通に接しても、どこかでその話題を出してネチネチと嫌味を言うはず。
 ルークを倒す前、サイラーグで再会したゼロスとのやり取りを思い出していた。
 だから余計に分からない。普通に接するリナが。

「なんで、別れて、二年間も連絡なしでいられたのか……ぜんぜん分からないんだ。そんなに根に持つようなケンカなら、昼間、盗賊と一緒にオレを吹き飛ばしてそうなのに」

 なぜ自分たちは別れたのか?
 それを考え答えを出すにはガウリイの記憶は酷く曖昧で。
 それでも、リナの言葉に納得できないでいた。

 

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