心臓の鼓動がうるさい。ガウリイはそう思うと、胸の上で服をぎゅっと掴んだ。
世の中の告白というものが、こんなに気力体力時の運が必要なものだと、ガウリイは初めて知った。
同時に、一見追い詰めているようで、でも、きちんともう一度告白するチャンスをくれたリナがありがたかった。
「ありがとうな」
「なんで、告白しておいてありがとうって言うのよ?」
「だって、オレにもう一度チャンスをくれたじゃないか」
「……そ、それは……」
「おかげで今度こそ素面で言えた。すっげぇ緊張したけどな」
ガウリイはそう言うと、まだ赤みの収まっていない頬で極上の笑みを浮かべた。
***
やっとのことでガウリイの口から引きずり出した言葉。
それはずっと待っていた言葉だったけど、聞いた途端、ものすごく緊張と恥ずかしさがリナを襲った。
もちろん同時に嬉しさも。しかも『ありがとう』まで極上の笑みとともに言われて、リナは口ごもってしまう。
「あ、う……そ、そう。あたしも、緊張……したわ」
「そっか」
「う、うん……」
お互い赤い顔をしながらもじもじとして、そこから先になかなか進まない。
まるで初めて恋して、やっとの思いで告白したものの、そこからどうしていいのか分からないようなそんな状態だ。
お互い相手の様子を見ようとして視線が合うと、恥ずかしくて慌てて逸らしてしまう。
そんなことをしばらく続けた後、ガウリイのほうから「そういえば、あいつらはどうしたんだろう」とぼそりと呟いた。
リナもこの雰囲気を変えるきっかけに慌てて乗った。
「そ、そういえば、『楽しませてもらったから、そろそろ退散するよ。 アルベルト』っていう置き手紙があって、いなくなっていたわ」
「え?」
「あ、それとお店のおばちゃんが言うには、仕事を探すとか、ゼフィーリアがどうのとか言っていたらしいんだけど……」
「それって……」
「多分……ね」
アルベルトの性格を考えたら、やっぱりそれしかないだろう、と二人は同時に思った。
「あー……まあ、しょうがないというか……それとも行き先変更するか?」
「別に変更しなくてもいいんじゃない。それとも、そうしたいほど嫌?」
「嫌ってーか……リナのほうこそいいのか? あいつのことだから、他のやつら引き連れて、からかいがてら見学に来るぞ」
ガウリイの表情から、過去の出来事が想像できるのがおかしい。
それでも。
「まあ嫌だけど、実家なら姉ちゃんも父ちゃんもいるし、悪さはできないわよ。下手に騒げば姉ちゃんにやられて叩き出されるでしょうし」
「そ、そうか……」
リナはここまで答えて、問題が一つ残っているのに気づく。
ガウリイは告白したことに対して満足してしまって、リナの気持ちを聞いてないことだ。
(ったく、やっぱりくらげよね。言いたいこと言ってすっきりして終わってしまうんだから。それともあたしの気持ちはどうでもいいってことかしら?)
リナはそんな風に考えると、なんとなく胸がムカムカしてきた。
ガウリイはいい。自分の気持ちを曝け出してさっぱりしただろうけど、その後のフォローをしてないのだ。
リナが『好き』と答えるか、『嫌い』と答えるか、その辺りはスパッと頭からすっ飛ばしている。
(人がこれだけ悩んだんだから、少しはお返ししてやらなきゃ気がすまないわよ、ね?)
そう思うと、少し回りくどい言い方でガウリイに尋ねる。
「ねえ、ガウリイ。ゼフィーリアに向けて旅立つ前に、きちんとしておかなきゃならないことがあると思うの」
「は? なんかあったか?」
リナの気持ちを察していないガウリイは、案の定、リナの遠まわしな言い方に首を傾げただけだ。その様子にリナは小さくため息をついた。
リナが俯いたのを見て、ガウリイは心配になって少し屈んでリナを覗き込もうとしたのかリナの目の前にガウリイの金色の髪が見えた。その金色の髪をひと房がしっと掴んで引っ張る。
ガウリイから「イタタ……」と苦情の声が漏れる。けれど、そんなのは無視して、リナは背伸びをすると、ガウリイの顔に自分の顔を近づけた。
「リ……ッ!」
びっくりしているガウリイに怯むことなく、リナは目を瞑って自分の唇をガウリイの唇に押し付けた。
しかも優しく触れる、というより押し付けるような状態だったが、それでも唇と唇が重なり、リナは満足して離れた。
そして、してやったりといった表情で。
「あんた、あたしの返事聞いてなかったでしょ?」
「あ……」
「いい、ちゃんと聞きなさい? あたしも、あんたが、好きよ!」
驚くガウリイに、リナは念押しするように区切って言う。恥ずかしさで、熟れたトマト状態になりながら。
***
ガウリイはリナの告白を聞いて一拍後、言葉が脳内に到着して理解すると、リナに負けないくらい顔が朱に染まった。
自分が告白するのに、ものすごく勇気と度胸が必要だった。
そして、リナからの告白は驚きに満ちていて、理解すると今度は嬉しさと恥ずかしさが同時に襲った。
人に好きって言うのも大変だけど、好きな人に好きって返されるのも、ものすごい事だと改めて感じる。
しかも不意打ちを食らって、身構える暇がなかった。
動揺しながら、いや、動揺を少しでも隠すために、ガウリイはリナの行動を嗜めようとした。
「えっと、だな。好きと言ってくれたのは嬉しいんだが……だからって、キスすることは……」
「うっさいわね。どうせ慣れてないわよ」
「いや、そういう意味じゃなくて」
「やられっぱなしってのは性に合わないのよ」
「……そーゆーもんなのか? ってか、やられっぱなしって?」
「昨日のお返しよ!」
昨日と言われて、ガウリイはリナにキスまでしたことを思い出した。
だからといって、慣れないのにそこまでしなくてもいいのに、と思ってしまう。
「だからって……」
「いい? あたしは遠慮なんてしないわよ。あんたから動くの待ってたら、それこそじいさんばあさん茶飲み友だちになっちゃうわ」
「茶飲み……」
「そんなの嫌だから。あんたの気持ちがわかった以上、あたしは自分のしたいようにするから」
きっぱり言い切られて、ガウリイは苦笑するしかない。
ガウリイは否定できないような気がした。前の関係はある意味居心地良く、壊すのが怖くて、だからなかなか一歩が踏み出せなかった。
一歩踏み出した今だって、『好き』というだけで、触れるだけでものすごく動悸が激しくなる。
それもうまくいったおかげであり、もしリナにふられていたら、ショックで立ち直るのに時間がかかるだろう。
どちらを考えても怖くて、居心地の良い今までの関係をずるずる続けるのが楽だったのだ。
それと、ガウリイはゼフィーリアに行けば少しは変わるかと期待していたので、自分からどうこうしようとあまり考えていなかったというのもある。
それがまさか、意外な場所で意外な旧友に会い、こんな風に進展するとは思わなかった。
それにしても、やっぱりリナだなあ、と思う。普通の女の子ならそんなことは言わないだろう。我が道を行くリナだからこそ面と向かって言えるセリフ。
でも、それこそが自分が好きになったリナだ。
ガウリイはそれなら……と、「自分も遠慮しないから」と笑って答えた。
「ふふん、楽しみにしてるわ」
リナは極上の笑みで返す。
その笑みを見ながら、リナの考える『動く』は、抱き合うとかキスするとか、恋愛初心者までの範囲だろうと推測できた。そこまでだから『遠慮しない』と言えるに違いない。
その先の、もっと先までは考えてないのは分かってる。
(ま、いいか。今さら急いでも仕方ないし。一応ちょっとだけ進展したってことだもんな)
それでもガウリイはいい方向へと考えを改めなおした。
考えてみれば、追い立てられるように告白したけれど、棚ボタ的な展開だ。
下手をすればゼフィーリアについてから――と思っていたので、少し前に関係が変わったこだけでもいい。
少なくとも、リナの家族に会う前に、気持ちを新たに出来るだろう。
『相棒』ではなく、『恋人』として。
気持ちを入れ替えると、宿を引き払うというリナに従って、自分の荷物をまとめにいった。
二人の関係は『相棒』から迷いに迷って、少しだけ変化した。
その後はどうなったとか、アルベルトたちはどうしたとか、イロイロあるけど、一応ここで区切りとします。
ゼフィーリアについた後、ガウリイの、「リナを嫁さんにください」的心境や、アルベルトたちの来襲とか、切れ切れにネタはあるんですが、下手に出したら長くなっちゃいそうなんで。
2006.07.19 ひろね