相棒関係迷走注意報 6

 アルベルトは久しぶりに楽しかった。
 だから楽しませてくれた少女に、ほんのちょびっとだけお礼をしてあげようと寛容になったのが悪かった。

「ねぇ、本当に好きなだけ食べていいの?」
「もちろん。臨時収入が入ったからね。確かに君がたくさん食べるのは知ってるけど」

 リナは何かを企んだような笑みを浮かべながら尋ねるが、それよりも今の状況のほうが楽しくて、アルベルトは気にした様子もなく返した。

「ふーん、じゃあ遠慮は要らないわね。おばちゃーん! あ、こっちこっち。あのね、A定食二人前と、B定食を二……あーこっちはおいしそうだから三人前。あ、ネジレマキ貝のスープっておいしそうね、高いけどこれも一つ。でもって……ミモザサラダに、うわ、昨日残ったにゃらにゃらが鍋になってる! んじゃ、これも追加。それとー……」

 リナの早口に店のおばさんはしっかりメモを取り、オーダー票の隙間が埋まっていく。
 これにはさすがにアルベルトも閉口した。
 昨日ガウリイと競い合うようにして食べているのを見たが、しかしここまで食べるとは思わなかった。これでは臨時収入のみではマイナスだ。
 A定食、B定食はともかくとして、ネジレマキ貝は取れる量が少なく高価なもので普通朝食に軽く食べるものじゃない。昨夜の残りとはいえ、にゃらにゃらもこの辺ではなかなか口にできない珍品だ。
 しかもそれだけじゃ飽き足らず、まだ注文しようとしている。というか、全部平らげることはできるのか。

「あ、この大きなソーセージ三本と、きのことベーコンのホイル焼き、ポテトフライ、あ、それとビール頂戴!」
「あいよ」

 おばさんはメモを取るとさっさと厨房へと戻った。
 その間、さすがにアルベルトとヒューは信じられない、といった表情で見るだけだった。

「全部奢り、なのよね?」
「…………あ、ああ。……でもせっかく奢るんだから残すなんてことしないでほしいな」
「あったりまえでしょ。全部食べるから注文したんじゃない」
「それにしても朝から酒を飲むのか、嬢ちゃんは」

 ヒューが呆れた口調で呟いた。
 しかし、リナとて酒でも飲まなければやっていられない心境だ。
 悪い? とばかりにヒューを睨みつけながら。

「うっさい! 男が奢るって言ったんなら、ブチブチ細かいこと言わないで、どどーんと奢りなさいよ。しみったれてるわねー」
「……」
「……」

 とてもじゃないが、女の子に奢ってあげるような量ではないし、リナの口調と態度も、奢ってもらう側のものでない。
 その様子に、アルベルトとヒューは珍しく絶句した。

(まあ、ガウリイがあれだけ入れ込むのも分かる気もする……かな?)

 それでもアルベルトはそんなことを考えた。
 以前のガウリイは他の人とは一線を引いている感じで、それを取り払うのにはアルベルトも苦労した。
 見ていると、女性との付き合いも無難な感じで、踏み込むのを躊躇っているのも分かった。
 それが今は、見た目はまだ子どものリナにいいように振り回されているらしい。
 いや、ガウリイを振り回すような女だからこそ、ガウリイもそこまで入れ込んだんだろう。

 昨夜酔わせて吐き出させたガウリイの想いはすごかった。アルベルトとヒューが何も言えなくなるくらい捲くし立てるように語りだしたのだ。
 それも当然かもしれない。ガウリイにしてみれば保護者と言ってしまった手前、自分の想いに気づいてからずっと秘めていたものだ。
 それが酒が入って理性の箍が外れれば、後は溢れ出すだけ。たとえ本人にではなくても、誰かに聞いて欲しいほど溜まった気持ちは、これでもかと思うほど口から流れ出た。
 おかげで二人は一晩で耳にタコができるくらい、ガウリイ限定の『リナの良さ』を説かれたのだった。

(あれにはさすがに参ったけど、まあガウリイの本音は聞けたし、賭けにも勝ったし。……でも、賭けに勝ったお金すべてが、この子の胃袋に直行するとは思わなかったけどね)

 アルベルトは半分感心しつつ、来た料理を次から次へと平らげていくリナを見ていた。
 リナはリナで酔いたい気分なのか、ビールを一気に飲み干すと次はワインを頼む。
 さすがに、これについては後でガウリイに怒られそうだったため、アルベルトが慌てて「グラスワインにしてくれ!」と叫んだ。どうも彼もリナにペースを崩されているようだ。
 最後にはすべての料理を平らげて、酔っ払い頬を染めてテーブルに突っ伏しているリナが残った。

「……っらく……あんららち、がうひいになにひったのよぉ?」
「何って?」
「あんららちがなんかひわなきゃ、らうりいらってあんなほとひないもん……」
「あんなこと?」
「……それはひーから。ってか、むかつくのよねえ。でもあらし、かんがえへてみれば、らいうりいのほろ、らんにろひらなかったんらよねえ」

 ろれつの回らないリナの言葉を解読しつつ、相手をする。
 それにしてもガウリイはリナに自分の過去をほとんど明かしてないらしい。
 もちろんアルベルトたちも大して知っているわけではない。ただ、持っていた剣について、家で揉めごとがあって家を出た――それだけだ。

「まあ、僕たちも詳しくは知らないけどね。リナとあまり変わらないと思うよ」
「ほーかひら。れも、らうりいがあれだけひをゆるひているってひろもめずらひいとおもーわ」
「ま、それだけのことはしたからねえ。でも心を許しているって点では、リナには負けると思うけど?」
「ほーかひら……」

 そうかしら、じゃなくてその通りだよ、とアルベルトは柄にもなく言いたくなった。
 なにせこの二人は片方は我慢しすぎだし、片方はやたら鈍すぎるのだ。
 こんなに想い合っている恋人などあまり見られないのに、二人は自分の気持ちを口にすることさえなかったとは。

「どっちもどっちだよね」
「ふえ?」
「溜め込むのは良くないよ。リナ。次に起きた時にはガウリイにちゃんと自分の気持ちを口にしてごらん。ガウリイのこと好きなんだろ?」
「……わるひ?」
「ちゃんと言葉にしたら、ガウリイも喜ぶよ」
「…………わらってるもん。」

 アルベルトは突っ伏したリナの頭を撫でた。
 言いたいことを吐き出したせいか、リナはそのままの姿勢で眠ってしまった。その前に小さく「あんたまれころもあつかひひないでよ……」とぼやいて。
 その口調に笑みがこぼれた。ガウリイが子ども扱いしてまで大事にしたくなるのが分かる。子どもが背伸びをしているような、そんなところを見ると、つい子ども扱いしてしまそうになるのだ。
 強いくせに危なっかしく、下手に弱いところを見てしまうと、手を差し伸べたい気持ちになってしまう。見た目と性格のギャップは人を惹きつけずにいられない。
 ガウリイもきっとそんなところに惹かれて、気づいたら後戻りできなくなっていたんだろう、とアルベルトは感じた。

「だから、これ以上側にいるとまずいかもね」
「お前でもそう思うのか?」
「そうだね。ガウリイが入れ込むのも分かるよね」

 リナを相手にしていると自分のペースを乱されるのに、なぜかそれがあまり不快ではない。次はどうなるか、そう思うと楽しいくらいだとアルベルトは思った。
 ヒューはそんなリナを呆れた顔で見ている。とんでもない嬢ちゃんだ、とでも言いたげな。
 だが。

「まあ、これくらいのほうがガウリイにはいいんだろうな」
「あはは、そうだねぇ。でもこのまま一緒にいたら、僕も同じようになってしまう可能性もあるし、二人の本音が聞けた以上、もう一緒にいないほうがいいかな。さすがにガウリイと取り合うってのも嫌だしね。それにリナの気持ちは……」
「ガウリイに、ってか?」
「ある意味、奇跡だよね」

 一見人がよく穏やかそうに見えて、なかなか心を許さない青年と、強いけど恋愛に関してはとことん鈍い少女。
 しかも二人は死線を何度もくぐり抜けてきたという。
 それこそ目の前には死しかないような時でも、けっして諦めることはなかったらしい。
 そんな二人の思いの間に、他の誰が入れるだろうか。
 アルベルトには見込みのない恋愛はする気になれなかった。

「まあガウリイが元気でいるってのと、心を許せる相手ができたってのが分かっただけでも収穫だよね。これはもう、ぜひとも昔の仲間に出会ったら大げさに話してあげないと、みんなに悪いよね?」
「そうだな。なら、仕事探しにでも行ってみるか? それこそあの荒くれたちがいそうな仕事を探しに」
「いいね。話をしたら、きっとみんな見に行くと思うよ。行き先はゼフィーリアってもう分かってるからね。そうだ、人を集めて行って、もう一度からかうってのもいいかもね」

 いいことを思いついたとばかりに、先ほどリナを見ていた優しい笑みとは違う、意地悪の悪い笑みを浮かべる。
 ヒューもすでにその気になってるようだ。
 アルベルトはいつもの調子に戻ると、店の者にリナのことを頼んで店から出ていった。

 

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