相棒関係迷走注意報 3

 ざわざわとざわめく薄暗い部屋。
 酒が入った勢いで、店の女性に手を出してトレイで殴られる客。それに、酔いつぶれて酒の入ったコップを握り締めたまたテーブルに突っ伏している客がいる。
 ここはリナたちが泊まる宿とは違う、町の酒場のうちの一つだった。そんな中で、ガウリイ、アルベルト、ヒューの三人は隅のほうで酒を飲んでいた。
 なぜ宿ではない酒場なのかというと、ガウリイがリナに会話を聞かれたくないからだった。

「どうして、あんなこと言ったんだよ!?」

 ダンッと、乱暴な手つきでコップをテーブルに置いたガウリイは、アルベルトを睨みながら叫んだ。

「そう突っかからなくてもいいじゃないか。それに事実は事実だし、困るなら訂正すればいいだろう?」
「う……でもなぁ、キス……はともかく、誰がお前のものなんだよ!? ってか、リナに訂正する隙も与えなかったくせにっ!」
「ガウリイが♪ だって君は僕のオモチャだったからね。ね、ヒュー?」

 ヒューはアルベルトに問われて、グラスを口につけたまま頷いた。彼は数年の付き合いから、年若いこの青年に決して口で勝てないことを知っていた。
 それに無愛想だったガウリイが、感情もあらわに怒っている姿がなんだか嬉しかった。
 時が経てば人は変わるものだ――ヒューはそんなことを思いながら、目の前の男を見た。

 

 ***

 

 ヒューとアルベルトが知っているガウリイは、ちょうど二十歳だった。
 ガウリイは傭兵という仕事の割りに感情に任せて怒るような性格でなく、物静かであまり人と関わらないタイプだった。
 あとで物静かだの人と関わらないだのというのは、誤解から成り立っているものだと分かったが、それまでガウリイは仲間たちから少し浮いた存在だった。
 コミュニケーション不足なのに加え、顔がいいのと下手に腕が立つのとで、やっかみ半分でちょっかいをかけられる。
 それを見て、当時三十歳だったヒューと十五歳だったアルベルトは、見かねて声をかけるようになった。

 ポツリポツリと語るガウリイの話は、彼の持つ剣が特殊なものだということ。それにより家がゴタゴタしたため、それを持って勝手に出てきたのだということ。
 大事なものだから、あまり派手にすると家に居場所が分かってしまうし、かといって捨てようと思っても、なかなか思い立たないのだと呟いた。
 そんなガウリイを見て、彼らは目立ちたくないかもしれないけど、反対に仲間から浮いていて余計目立っているぞ、と言うと、目を丸くして驚いた。
 彼は知らなかったのだ。容姿や派手な立ち回りだけでなく、人とうまく交流できなければそれはそれで目立ってしまうということが。

 その後は剣に関しては棚の上に一時上げて、仲間からこれ以上浮かないように心がけるようになった。仲間と飲みに行き、楽しい時は笑うように心がけた。
 笑うと少しずつ心が軽くなったのか、初めにあった時よりだいぶ表情がでるようになった。
 ガウリイはあの時二十歳で、まだ若いといえる。一度箍が外れてしまえば割と気楽になるものだ。いつの間にかに、仲間との境界線が消えていた。
 反対にアルベルトにからかわれては本気で怒ったりして、その時は仲間から同情の目で見られることもあった。
 二人のおかげでだいぶ周りに馴染んだものの、剣を見ては物言いたげな顔をしているのも知っていた。
 それが気になっていたが、仕事が終わり、別れたままだったのだ。
 今日、このときまで。

 

 ***

 

「下手に真面目な分、アルのようなやつにはオモチャになるからな。お前は」
「……嬉しくない」
「嫌だなぁ、そのおかげで仲間と親しくなれたんじゃないか」

 にこにこ笑いながら答えるアルベルトにガウリイは眉をひそめた。
 目の前の青年に、昔から口で勝てたためしがない。まさに口から先に生まれたような、という言葉を具現化したような人間に、美貌という目くらましの魔法で隠している。
 彼を知らない人間は、彼の舌先三寸でどれほど騙されたことだろう。みんな、彼の後ろにある透明な悪魔の尻尾を知らないのだ。
 ガウリイも最初の頃はアルベルトによく騙されたものだ。
 もちろん、彼の性格が分かっても、その対処法が分かるわけでもなく、五つも年下のアルベルトにいいように遊ばれた。
 あの仕事はガウリイにとって楽しかったが、消してしまいたい苦々しい過去――この場合ガウリイだけでなく、その場にいた目撃者も含めて――が山ほどあるのも事実だった。

「みんなと上手くいくようになった以上、お前らは必要ないんだよ」

 苦々しい思い出が脳裏を掠め、さらに眉間にしわがよった。

「酷っ!」
「酷くない。お前ら――いや、お前のおかげで何回大変な目にあったと思ってるんだ?」
「今となっては楽しい思い出だろう♪ いやーあの頃のガウリイはコロっと騙されて面白かったからねぇ」
「あっはっは。そうだなー」
「楽しくない。ってか、そこまでしみじみ懐かしい思い出だと感じるほど年食ってないぞ」

 ああ言えばこう言い、こう言えばああ言う。
 ガウリイがどうして三人と飲むことにしたのかは、これ以上自分たちに付きまとわれたくないからだった。
 しかも、あと少しでリナの郷里ゼフィーリアだというのに、こんな悪魔に張り付かれたらたまったものではない。
 用があるというのなら、その用とやらをさっさと終わらせて逃げたほうが無難だ。

「大体いきなり話しかけてきて何の用だ? 今は仕事の話を持ちかけられても受ける気はないぞ」

 すでに現在の目的が決まっているのだ。寄り道などする気はない。
 ガウリイは空になったグラスをテーブルにダンッと置いた。すると、示し合わせたようにヒューがグラスに氷を入れる。アルベルトはウィスキーのボトルを手に取ると、そのグラスにとくとくと琥珀色の液体を注いだ。
 二人はガウリイがいける口だと知っているし、また飲みすぎると、その時の記憶がぶっ飛ぶことも承知していた。
 なにせガウリイの本音――連れの少女リナに対する気持ちを聞きだそうとするのだから、とにかく酒を飲ませないことには始まらない。

「別に特にこれといってないんだけどね。久しぶりに見つけた旧友に声をかけちゃまずいのかい?」
「冷たい男だよなぁ。そんなの見たら、嬢ちゃんだってお前のことを嫌いになるかもしれんぞ」
「それは……そう言うけどな、お前らがそれだけで終わるわけないだろう!? 大体ヒュー! なんでそこでリナが出て来るんだよ!?」

 いきなりアルベルトのほうからでなく、ヒューの口からリナのことが出て、慌ててガウリイは問いただす。
 けれどそれが反対に二人を刺激する恰好の材料になることを、彼は気づかない。

「それは君の考えすぎだよ、ガウリイ。まずはこれでも飲んで気を落ちつかせて。でないと話せないよ」

 にっこり笑って差し出すグラスを渋々受け取ると、ガウリイはそれに口をつけた。
 アルベルトとヒューが何を考えているのか気になった。
 それ以上に、夕食の時のアルベルトの話で、リナの様子がおかしかったのが気になって仕方ない。ここに来る前にも、リナに少し話があると言ったのに、お風呂に行くからとすげなく断られてしまった。
 更に運悪く、その場で「話がないならガウリイ借りてくよ」とアルベルトが言ったものだから、リナの顔から感情が消え、「勝手にすれば」と言い放つと部屋にこもってしまったのだ。
 ガウリイは早く二人と話をつけて、リナときちんと話をしたいと思った。
 ――のに……。

「いやあ、ガウリイって強いねぇ」
「まったく、変わってないな」

 アルベルトとヒューが一杯飲む間に、ガウリイは二杯、三杯というペースで飲まされる。
 のらりくらりと躱されて、話は遅々として進まず、だんだん思考能力が低下していく。
 酔って気持ち悪いわけではない。それでも先ほどまで何を話していたのか分からないほど、記憶が飛びはじめた。
 このままではヤバいと思ったガウリイは、話がないなら帰ると言い出そうとした矢先、アルベルトに先を越される。

「ねえ、ガウリイの連れ――リナちゃんだっけ? かわいいね。まだ子どもっぽいけど、これから日に日に綺麗になっていくんだろうね」

 だからなんだ、とガウリイは思った。
 そんなの自分が一番よく知っている。間近で見て、少しずつ花開くその様を、ずっと見続けた自分のほうが――

「元気で生き生きとして……僕、あののこと気に入ったよ。だから当分ガウリイたちと一緒にいることにしたから」

 苛々しながらアルベルトの話を聞いていたが、最後の『気に入った』という一言で、ガウリイは凍りついた。
 出会った当初、自分より五つ下のアルベルトは、その時十五歳だった。それなのに、その年でその顔で女を――それどころか、男さえも手玉に取るほどの性格だ。
 五年の年月を経た分、それは更に増しているだろう。

(そんなのがリナを気に入ったって!?)

 ガウリイはアルベルトの言葉が衝撃的すぎで、その後、どうやって宿に帰ったのか分からなかった。

 

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