014 対照的な二人

 女だとバレないよう&アスル・アズール対策で、今日はいつもの服に上着を羽織っていた。
 さらに気分的に眉尻を吊り上げて、いつもよりキリっとした表情をしてみて鏡でチェックする。
 うん、大丈夫かな?

「お待たせー」

 確認してから食堂に戻ると、フィデールが嫌そうな顔で待っている。
 一応明るく声をかけるけど、フィデールはまだ「本当に行く気なんですか?」と聞いてくる。

「もちろん」
「嫌な思いをしますよ?」
「んなもん、『馬耳東風』『馬の耳に念仏』の気分で行くから大丈夫」
「バジ、トゥ……ウマノ……?」
「あっ、いやこっちのことこっちのこと」

 やばいやばい。気づくと『日本語』になってしまう。
 元の言葉を取り戻したのはいいけど、思い浮かんだ言葉がこちらの言葉に当てはめて丁度いいものがない場合、気づくと日本語になっている時がある。特にことわざみたいに微妙なニュアンスのものがヤバい。

「それよりも早くいこうよ。呼ばれてるんでしょ? 早く行かないと文句言われるんじゃない?」
「……。あなたを待っていて遅くなったんですがね……」
「準備ってのは多少の時間がかかるもんさー」

 フィデールは納得いかないようで眉をひそめたけど、そしらぬ顔をしてしらっと答える。でもこれくらいできなきゃ城に行くなんて言わない。
 その後は嫌がるフィデールを引っ張って城へと向かう。
 考えてみれば城の中に入るのはこれが初めてだった。召喚の時もフィデールの所だったし、余り人の多いところに近寄って勘ぐられても困ると自然に足が遠のいていたっけ。

 やはり少々後ろめたい気持ちになっているのかもしれない。
 はっきり言って、ここにはちょっと長期の小旅行気分だったんだ。フィデールは気を遣ってくれるし美味しいごはんは食べられるし。たまにはこんなのもいいな、って思ってた。
 でも本当は違うんだよね。裏では乙女を巡って色々あるみたいで、でもそれをフィデールは余り感じさせなくて――フィデールが疲れているのも気づかないでのほほんとしていた。
 ううん、気付いていないわけじゃなかったけど、あくまで他人事としか思えなかった。
 アスル・アズールが現れて、二人があまりに対照的だから何となく見るようになったんだけど、そしたら限界に近いくらい疲れてそうに見えたんだ。今まで気づかなくて逆に無理をさせてたんだな、って思ったらすごく罪悪感を感じた。

「ごめんね」
「何か言いましたか?」

 思わずボソリと声に出たらしい。前を歩いていたフィデールが振り向いてこちらを見る。

「ううん、なんでもない。そういえばどこ行くの?」
「私は呼び出されているのですが……ミオさんはどうしますか?」

 変に同情しても仕方ないかな、と思う。
 やはり私はここに一時いるだけの客人でしかなく、深く踏み込むのに躊躇う。だから聞いていないことをいいことに知らないふりをした。

「もちろんついていくよ」
「…………大人しくしていてくださいね」
「りょーかい」

 なんか、私が暴れるの、前提で話してない?
 えと、恩を仇で返された――という感じがするのは気のせい?
 まあ仕方ない。フィデールの苦労性は今に始まったことではないし、言ってすぐに改善されるないだろう。私みたいなのが付いていったら、フィデールにすると気苦労が一つ増えるだけってことなんだろうな。
 そう思われているのも癪だな。うーん、あとで評価を上げるために頑張るか。

「ねえ、呼ばれたって言ってるけど何するわけ?」
「そうですね、まあ大抵注文ばかりです。あれをするように、これはどちらがいい、とか」
「……王様がそれでいいのかい」
「まあ独断で勝手に決められるよりはいいですよ。このほうが軌道修正はできますから」

 苦笑するフィデールに対し、私は少しばかり目を瞠る。
 思った以上に、フィデールはかなり奥のほうまで食い込んでるらしい。
 アスル・アズールとのやり取りを見てるとどうしても弱っちいイメージが強かったんだけど。どうやら、ただの苦労人というわけではなく、やることはやっているらしい。

「なるほど」

 それにしてもここはやっぱり大国なんだなぁ、と思う城だった。
 はっきり言って広い。ものすごく広いと思う。フィデールのいる離宮からメインの所まで結構歩いたはずなのに――さらに城壁があるから分かる――中に入ってからもまだ庭を歩いている状態。庭はきれいに手入れされていて、沢山人がいるんだろうなーって思う。
 いつも居る所はフィデールがあまり人を入れたがらないので、数人しかいないから、こういうイメージじゃなかったんだよね。
 ……っってことは私がここに来た時って、あの王子サマたちはこの道のりをわざわざ歩いて来たのかな? 王子サマがご苦労なことだ。
 でも、それで居たのが私じゃあ、文句を言いたくなるのも分かるかもしれないな。

「どうしたんです?」
「いや、思ったより広いなぁ、って」
「まあ大国と言われるだけの城では有りますね」
「ホントだね。それにしてもあの時はわざわざフィデールの所まで出向いて来たんだねぇ。あの王子サマたち」
「……そうですね。私からすると魔法を使うにはあそこが一番いいので」

 フィデールにするとあそこで色々やっていた分、他でやるよりやりやすいとのこと。
 魔法を使うとそこに自分の魔力痕が残るという。そしてあそこは何度も魔法を繰り返し使ったために、その跡がしっかり残っていて、慣れているフィデールにはやりやすい環境だと。

「へえ」
「まあ、やりやすいのは私だけですけどね。逆に他の人だと私の魔法の残滓のせいで邪魔されるようです。彼でさえあそこに来ると余り魔法を使わなくなりますよ」
「ほー、いいこと聞いた。ならアスル・アズールが魔法を使ってあれこれしてくることは少なさそう」
「そうですね。でも本当に彼に興味がないですか?」

 覗き込むようにして尋ねてくるフィデール。その様子は“気になるから”だけでは済まないくらいのものが含まれている。
 でも興味……興味か。ないわけじゃないんだよね。

「ないわけじゃないよ。そうだね、そういうのを抜きに見ればアイツは話しやすいと思う。それに考えが似ていて悪巧みをするのには団結できそうだし」
「それは遠慮してほしいのですが」
「でもその矛先が自分の場合、あまり歓迎できないかな」
「なんというか……矛盾してますね。というよりズルいですよ」
「あはは、そうだね。でもアスル・アズールは“いいヤツ”でくくるには癖がありすぎるよ」
「……そうですね」

 否定しないのは、フィデール自身の付き合いからか。
 昨日ちょっと聞いただけでも、かなり振り回していたみたいだもんな。
 それでも数年も付きあっているフィデールに、ある意味尊敬のまなざしを向ける。

「どうしたんです?」
「いや、改めてフィデールってすごいのかも――って思って。王様たちの意見聴いたり、あのアスル・アズールの相手ができたり……普通の人は出来ないような気がするよ」

 てくてく歩きながら、城の内部に入る。
 中は石を切り出して重ねて作った堅牢な建物。でも地震が来たらちょっと怖そうな気がする。

「それは……でも彼ならこの状況をもっと上手くやり過ごすと思うんですが――」

 周囲を見回しているとフィデールが少し弱気な発言をする。

「でもフィデールは真面目に対応してると思うよ。他にもやり方はあるかもしれないけど、フィデールがやりやすいようにやなきゃ後で大変だと思うよ?」
「そう、なんですがね……」

 素直に私が言ったことが信じられないといった表情。
 うーん……やっぱコンプレックスってやつかな? やっぱりないものを持っていると憧れたり嫉妬したりするし。

「まあ、あまり深く考えちゃあいけないよ」
「結局それですか」
「うん。考え込むとぐるぐる迷路に入り込んじゃうからさ。アスル・アズールを見習え、とは言わないけど、多少傍若無人に振舞ってもいいと思うよ」
「傍若無人ですか……」

 確かにフィデールがああいう感じなのは似合わないけどさ。
 それにあれをフィデールにされたらかなり嫌かも。

「でも、私は……今のフィデールがいいよ。なんていうか、あんたの言うことなら信じられる、って思うから」
「……」
「アスル・アズールの場合はもう最初から疑っちゃうけど」
「すごい言われようですね」

 私がそう言うと、フィデールは苦笑しながら答える。でもこれが本音なんだよね。
 二人の話を聞いて、どっちを信じる? って聞かれたら、絶対フィデールを信用する。
 反対にアスル・アズールの話はその先に罠が待っていそうで警戒してしまう。

「確かにアスル・アズールはぐいぐい引っ張っていく力があると思う。でも、フィデールだから信用している人って他にもいると思うよ」

 二人にあって間もないけど、でもそう思えるんだよ。それだけ対照的なんだ。
 でも、アイツのおかげで、ここでもある意味波乱万丈な生活を送ることになるのかもしれないなあ。

 

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