カチャカチャといくつか小瓶をあけて、少しずつ茶葉を取り出してポットに入れていく。これとこれとこれ。そしてきわめ付けがこれ、と。うん。こんなもんかな。
蒸らすのに時間がかかるので、沸いたお湯をフィデールの顔を見ないうちに入れた。言伝があるくらいだから、すぐ帰ってくるのは間違いないだろう。
紅茶のような――というかほぼ紅茶の香りが少しずつしてくる。入れた時に引っくり返した砂時計を見ながら、そろそろ帰ってきてくれないかなーと思う。あまり蒸らしすぎたら濃くなっちゃうし。
そう思っていると、足音が聞こえてくる。どうやら帰ってきたらしい。同時に砂時計の砂は落ちる頃で、私はポットを取るとカップに注いだ。紅茶より少し濃い透明な赤い色の液体がカップを満たしていく。
「ミオさん、ここでしたか」
「おかえりー。お疲れ様、フィデール」
「いえ、私のことはいいんですが……町では大丈夫でしたか?」
心配そうに尋ねるフィデールに、ああ、本当にいい人だなーと思う。
だから自分がしていることにちょっと罪悪感を感じてしまう。
どうしよう。いやいや、やめるわけにはいかないっしょ。もう手に持っちゃってるし。続行続行。
「ミオさん?」
「あ、いやいや。それよりお疲れ様。はい、元気が出るお茶」
「あ、どうもありがとうございます」
すっと差し出すと、素直に手に取るフィデール。
王宮で精神的に疲れてきたのか、表情が冴えないのが分かる。きっと王様以下上の兄達に色々言われたんだろうな。
力が王の証だというなら、フィデールももう少し言い返せばいいのにと思う。通常その国の最高司祭は王が務めるというのに、王にその力がないんだから。フィデールがその気になれば、継承権なんてあってなきが如しだと思うんだけど。
とりあえず、王宮であっただろう嫌なことを忘れさせることにしますか。
口をつけて一口飲んだのを見てから、フィデールに右にある部屋の扉を指差しながら、訪ね人が来てることを告げる。
「誰ですか?」
私が指差す方向に素直に顔を向けるフィデールは、一瞬固まったあと、そして大声で叫んだ。
「あっ……あなたは――っ!!」
「久しぶりだな、フィデール」
「な、なんでこんな所にいるんですかー!? しかもなんでミオさんと仲良さそうなんですかっ!」
おー、騒いだ騒いだ。ほぼ予想通りだ。
本当にフィデールの行動はかなり読みやすい。ここまで予想通りだとちょっとつまらない気もするけど。
「町で知り合ったんだよ」
「結構意気投合してな。フィデールと知り合いとは思わなかったが」
「……あなたは……知ってってやったんじゃないですか?」
「そんなわけないだろう。あまり考えすぎると若ハゲになるぞ」
「……」
若ハゲという言葉に沈黙するフィデール。
まあ、この髪が一気になくなるってことは今のところないと思うよ。うん、きっと。
それにしてもこれだけで力関係がしっかり分かる会話だよね、本当に。
「まあまあ、フィデールも落ち着いて。久しぶりに会ったんだから話したいこともいっぱいあるんだろうし」
「それはそうですが……」
「確かに話があったから訪ねたわけだし」
「でしょ? あー、でもゆっくりは話せないかもしれないけど」
満面の笑みを浮かべて二人に言うと、二人は分からないといった表情をする。
フィデールには悪いけど、私の座右の銘は『やられたらやり返す』だから。
「どういうことですか?」
「どういうことだ?」
「ん? 言葉の通り。あ、ゆっくり話せないかもしれないけど、たぶん熱い夜は過ごせると思うよー?」
「え?」
「熱い……夜?」
更に分からないといった表情をする二人。
今は同じような反応だけど、これからは違ってきそうでわくわくしてしまう。
「うん、熱い夜。今さっきフィデールが飲んだお茶に惚れ薬だっけ? あれ? 媚薬だっけ? 第二王子が頼んだのが入ってるんだよね」
にっこり笑ってカップを指さすと、フィデールは一瞬固まった後、盛大に噴き出した。
「……ぶはーっ! ミオさんなに考えてるんですか!?」
「ミオ!」
お茶に入れたといったのは第二王子に頼まれたもの。
言ったように媚薬だか惚れ薬だか分からないけど、王子と名の付くものがそんなもの必要とするなんて情けない。実力で勝負しろっての。身分だけでも大抵の人は落ちるだろうに。まあ、性格が最低だから断られそうだけど。
と、私情はおいといて、それでも強く出られると断れないフィデールは、ご丁寧に作っていたんだよね。しかも無用心に置いてあるし。
「だって頼まれて作ったのはいいけど、確認をどうやってしていいか迷ってたじゃない?」
「そうですが、これはですね……!」
「確か口に入れて一番最初に目に入った人――だっけ? 飲んですぐにアスル・アズールを見たから、お相手はアスル・アズールだね~」
「おい……お前知っててやったな」
「うん、ばっちり! タイミング見計らったからね!」
笑みを浮かべたまま親指を立てた右手を上げた私に対して、青ざめているフィデールと眉間にしわを寄せているアスル・アズール。
その二人を前に、私はケロリとした表情であっさりと返す。
「ちょっとした意趣返しってヤツ?」
「は?」
「どういう意味だ?」
「だってアスル・アズールは私が間違って召喚されたこと知ってたくせに黙ってたし。結構図太いはずの私でも内心ドキドキしちゃったよ。そのお返しかな?」
「……」
「……なんてヤツだ。フィデールまで巻き込むなど……」
フィデールは絶句。アスル・アズールはそれでもなんとか毒づいた。
やっぱりこうなると反応が違うわ、うん。
「フィデール、なんとなく体が熱くなってきてない?」
「え?」
「ほら、なんとなく頬を赤くなってきたし」
もう少し反応の違いを見るために促してみる。
フィデールの頬は確かにほんのりと紅色に染まっているから嘘じゃないし。
「そう言われると……」
「おい! どうにか薬の効力を消すことはできないのか!?」
「無理ですー! まだ試験段階だったのでそこまではっ!!」
「ならこっちに来るな!」
「なに言ってるんです! 訪ねてきたのはあなたじゃないですか!?」
「だからと言って……ミオ! 何とかしろ!」
「そうですよ、なんてことをしたんですかー!?」
うわ、切羽詰まっている感じで叫んでるなあ、二人とも。
もっと慌てるアスル・アズールを見たかったんだけど、フィデールがちょっと可哀想かな。とりあえず二人の慌てる様子は見れたし、ここら辺でやめとくか。
「薬を入れたってのは嘘、だよ」
「……え?」
「……お前はっ!」
「お茶の中に入っていたのは体を温める効果のある薬草。さすがに第二王子サマ直々に注文した薬に手をつけたら、後で文句言われるのはフィデールだもん。さすがにそれは居候の身では悪いかと」
それにしても、お茶の味で分からなかったのかな?
それかアスル・アズールの登場で、そんなことも確認できないほどパニックに陥ったのか。
「お前というヤツは……」
「ふふん。アスル・アズールでも慌てることがあるんだねー」
「当たり前だ。俺は男に迫られて喜ぶような趣味は持ち合わせてないぞ」
「だよね。アスル・アズールはどっちかというと攻めのほうかな?」
うんうん、元の世界でいうBLなら、アスル・アズールは絶対“攻め”だと思う。
オタクな友人に勧められて何冊か読んだことがあるけど、ちょっと私の好みじゃなかったな。
でも、“攻め”と言われているキャラは俺様が多かったイメージが残ってる。まさにアスル・アズールだ。
「は?」
「いやいや、アスル・アズールの性格は押し倒すほうだよね。相手が女でも男でも」
「ほほー、この期に及んでまだ言うか」
「言うよ~」
ちょっとアスル・アズールの目つきが怪しくなったけど、ここで怯んではいけない。
平然とした顔で即答する。
「……ったく、コイツは……。フィデール、今日はここに泊まってもいいか」
「え、ええ。すぐ部屋を用意しますよ。話したいこともありますので」
フィデールは気を取り直すと侍女を呼んでアスル・アズールの部屋の支度を始めさせる。そこでいったん深いため息を吐いたのを見逃さなかった。
まあ、彼にしてみれば“玉の乙女”というご大層なのを呼んだはずが、実際はこんな規格外だったってのはかなりショックなんだろう。
ちなみに性格や考え方なんかが女性らしくないようで、本当は女じゃないのか、と言われることがまったく無いのがちょっと悲しい。でもこればかりは性格だからどうしようもないんだよね。
今もさっきのことで怒っているアスル・アズールと睨み合っている最中。まさに一触即発、やるかやられるか、って感じ。
「お待たせ致しました。お部屋の用意ができました」
侍女の声でお互いはっとなる。
フィデールがここぞとばかりに、アスル・アズールに部屋に荷物を置きにいくよう促した。
どうもアスル・アズールと私の組み合わせをどうにかしたいらしい。まあ、二対一じゃ大変だしね。一対一でも勝てないんだから。
「まあ、当分ここに世話になるからよろしくな、ミオ」
「はいはい。よろし――」
手を出されたので私も倣って手を差し出す。こっちの世界も握手の習慣があるのか、と思っていると、ぐいっと引っ張られてよろめいた。
おい、何をする? とばかりに見上げると、綺麗なアスル・アズールの顔が至近距離にあった。
「あれ?」
「ちょ、待ってください!!」
心配そうなフィデールの声が聞こえる。
が、返事を返せない。お返しだ、と言う小さな声に、問いただそうとした瞬間、自分の唇にアスル・アズールのものが重なった。
ななな……なにがおこったーーーっ!?
青天の霹靂とはこのことか。
ってか、なんってこったい。男だと思われてる筈なのに、ヤローにキスされてしまった。