真面目な顔でアスル・アズールが答える。
ラ・ノーチェ国王は“変人”だと。
「そりゃまた……なんと言っていいか……」
「まあ、政に関して問題はないんだがな。だから国民もある程度は目を瞑っているというか」
「はあ」
「変人というと変なものだが、極度の人嫌いで人前に滅多に出てこないんだ」
「人前に出ないなら、どうやって政治に関して会議するのさ?」
日本では政治家が何人もいて国会で決めたよね。
ラ・ルースだって王様の言葉が絶対じゃない。貴族院と庶民院かあって、そこで話し合った結果を用いるみたいだし。庶民院はほとんど逆らえないようだけど。
だいたい王様の言うことは絶対、なんてことになったら、なった王様が暴君だった場合に困るんじゃないのかな?
「会議の関しては、姉君――ビオレータ王姉殿下が代弁を務めたり、ごく稀に出席することがあるが、その時は絶対顔を見せないな。こう……大きな衝立を持ってきてだな。王は力を使えるため、会議の様子はしっかり分かるらしいが」
「うわぉ、その念の入りよう……たしかに変人だ」
「かなり、な。王族に名を連ねる俺でさえ、直に顔を見たことがない。余程の人嫌いか、もしくは変人だと言われている」
思わずこぼすと、アスル・アズールもそれに頷く。
おいおい、自国の王に対してそれでいいのか!?
「とにかく変わった方だな。特に“玉の乙女”の予言が出てからは特に酷い」
「へえ。でも、そうなると王様は乙女とくっつくというあの予言が嫌なのかな?」
「それもあるかもな。即位してだいたい二年。現在二十三歳だったかな? 王族は正妃の他に側室を持つのを許されている。ま、この辺は跡継ぎをつくることが目的だな。が、下手に乙女と――という予言のせいで、いまだに側室一人いない状態だ」
へー、ラ・ノーチェの王様って二十三歳、独身なんだ。
普通なら好条件、好物件、黙っていても女のほうから寄ってきそうなのに。
「へえ、それはまた気の毒な状態で」
「まあ、仕方ないだろう。どんな身分だろうと、乙女が出てきた時点で王にとって乙女が一番となると、女性としては嫌だろうしな」
「どうしてさ?」
いやいや、寵愛をもらえるかどうかはともかく、側室として認められてしまえば食べるのには困らないだろうに。それにいったん側室になれば簡単に王宮から出られるわけじゃないから、ある意味終身雇用だ。
……って、私の基準が変なのは百も承知なんだけど。
アスル・アズールはため息を一つついて、それから私に説明しだす。
「女性というものは愛情を独り占めしたいと思うものなのだろう?」
「でも王様の側室になった時点で、ある程度は諦めついてるんじゃないの? 正妃はともかく」
「……お前は女心を理解しないやつだな。そんなんじゃ結婚できないぞ」
「失礼な。」
これでも女なんだけどね、私。
でも私はそう思ったことないなぁ。一応、異性とのお付き合いもしたことあるけど、他にやりたいこととかもあったし、その人だけいればいいって思えない。
もちろんその人との時間も大事にするけど、自分の時間は自分の時間で大事にしたい。
だから、側室の一人として適当に放っておいてくれるほうが、好き勝手できそうって思ってしまう。
「だいたいさ、予言は予言。もし王が乙女を正妃にしても、それは乙女の言葉に逆らえないからってのもあるんでしょ?」
「ああ」
「だったらさ、フィデールに聞いた六代目みたいに、乙女のほうが一方的にのぼせ上がる可能性だってあるんじゃないの?」
乙女の中でも悪い意味で有名な六代目。
まあ、ラ・ルースでそんなことを言ったらヤバイんだけど。ラ・ルースは六代目の乙女のおかげで大国に成り上がったんだから。
でも、そこまでできる乙女の言葉――となれば、相思相愛とも限らないんじゃないかなって思ったんだけど。
「そうかもしれんが……何が言いたい?」
「いや、だからね、王様と乙女がくっついたとしても、王様の想い人が別にいるって可能性だってあるんじゃないの? 王様は予言のせいで乙女を娶るんでしょ? 本人だってそれが嫌で人前に出ないくらいだし。だったら、そこにそういう感情があるかどうは微妙だと思うけどなぁ」
予言では王様とくっつくって話だけど、詳細なんて分からない。
乙女の発言力を考えれば、そういう可能性だってあると思う。
「ああ、なるほど」
「でしょ?」
「でも周りはそう思わないだろうな。乙女がいるのに他の女性を置いて、それで乙女が機嫌を損ねたら――と、そちらを危惧するものもいるだろうし」
「……なるほど。不況を買ったらどうなるか分からない、ってわけだね王様の首も飛ばしちゃえるほど?」
「ああ。まあ、表立ってはできないが、不可能ではない」
うわー、ホントに王様より偉いんだ。
今更ながらに感心してしまう。乙女強し。
「……ってことは、乙女の心次第ってことか。それじゃあ、無理ないかなぁ。特に、一夫一婦制のところから来たなんて言ったら、絶対嫌がるだろうね」
うん。考えてみれば、適当に放っててくれればいいと思ったけど、一人の女の機嫌を取るばかりで自分を見てくれない夫など、嫌だろうね。政略結婚だろうけど、放っておかれちゃ役にも立たん。
「そういうことだ。俺が自分の国を見る限りでは、ラ・ノーチェは大国でもあるし、古き伝統もある。正直。今さら乙女の力など要らないだろう。下手にその予言のせいで、ラ・ルースと緊張状態だ」
「みたいだね」
乙女とくっつかないために無理やり召喚して言うことを聞かせよう――なんて横暴な手段にでてるみだいしな。
「前の状態がバランスを保って丁度いいのに、その予言のせいで馬鹿なことを考える奴らが出てくる。まったく忌々しい限りだ。だからラ・ルースも今回自然に現れる乙女を無理やり召喚――なんてことになるんだ」
「……知って、たんだ?」
「ああ、お前が間違って召喚されたこともな」
「ほほう……」
知ってるなら知ってるって言えよ! こっちは乙女の話を極力出さないようにして、それでも情報仕入れようとしてんだから!
ふつふつと込み上げる怒りを感じるなあ。その綺麗な面に一発入れてやりたい。
そんな物騒な考えを読まれたのか。
「言っておくが、最初は分からなかったぞ。ここにいるって聞いてやっと気づいたんだ」
「でも、フィデールが乙女を召喚したってのは知ってるんだよね?」
「まあな。召喚魔法は高度だ。並みの力の持ち主ではできない。それに異世界から呼び出すくらいだから、時空に大きな歪が生じる。乙女の出現もその歪具合を読むからな」
「ほう」
「力ある者はあの日の歪を感じ取っただろうな。となると、乙女が現れたと考えるものが多い。けれど、あれから数日、乙女が現れた――という情報はどこにもない」
なるほど、乙女出現の状況把握はそんな感じなのか。
となると、確かにフィデールがここで召喚したというのはバレバレじゃないか。
「結果、歪の場所を考えて、この国が乙女を召喚しようとした。対になる大国にこれ以上力を持たせたくないっていうこの国の考えは、どこの国も分かりきっていることだから。けれど噂が流れないということは多分失敗したに違いない――と?」
「ああ」
力ってのがどういうものかは分からないけど、ある程度力がないと感じ取れないってことは、アスル・アズールもかなりの力の持ち主ってことになるのか。
そして、召喚した本人に状況を聞くためにここまで来たところ、召喚された私にまず出会った――ということかな。
「なるほど。状況はだいたい飲み込めた、かな」
「そうか」
「うん。私はここにいる以上、ラ・ルース側の話しか知らなかったからね。ラ・ノーチェ側の思惑がこれで少し分かった。それに、違うといえど召喚されて出てきたのが、私だってばれたら大変だなーとか思ってたし」
現在の容姿は乙女と似ても似つかないものだけど、髪はいずれ伸びてしまう。そうなれば根元は黒くなってくるし、カラーコンタクトしてるのにも疲れてきた。
なんせケア用品がないから、ここにある怪しい薬品を使ったりしてるもんで、いつどうなるかと図太いのが売りの神経なのに、ドキドキしながら使ってるのだ。
一応フィデールに聞いて、消毒とかそういったものを使うようにしてるけど、目に優しいかどうかは別だし。
はーっと深いため息をつく。
「どうした?」
「ん、個人的なこと。それよりさ、気分転換にどうしてフィデールと知り合いか聞いていい?」
そういえばその辺聞いてなかったんだよね。
アスル・アズールもそう思ったらしく、はっとなってから頷く。
「そういえばそうだな」
「対になる大国の王族……なんていえば、そんな気安く話ができる環境じゃないと思うけど?」
「まあ、そうだな。フィデールとはリブロの学び舎でたまたま一緒だったんだ」
「リブロって……ええと、ラ・ノーチェの南側にある、有名な魔法学校のあるところだっけ?」
「ああ。同期で寮も一緒だったんだ」
「なるほど。で、アスル・アズールは日々フィデールを振り回していた……と?」
「良く分かるじゃないか」
「簡単なことだよ」
アスル・アズールとフィデールの性格を考えればね、と心の中で呟く。
ま、アスル・アズールには私が考えたことがわかってそうだけど。
なんていうかアスル・アズールとは似た思考の持ち主というか、長年来の付き合いみたいな感じというか。あれだよ、あれ。すっごく気の合う悪友、って感じ。
「アイツは妙に生真面目だからなぁ。寮から抜け出すのに無理やり引っ張っていって、よく振り回したっけな」
「アスル・アズールならやりそうだね。あと、自分たちはちゃっかり逃げて、フィデールだけが運悪く見つかる、なんてこともあったんじゃない?」
なんかその光景が目に浮かぶようだよ。
本当にフィデールって気の毒だな。思わず同情してしまうほど。
「あったあった。おかげでアイツが済まなさそうに謝っている間に皆と逃げられたな」
「それは酷い」
「いつものことだ。それにこってり絞られて恨めしそうな目つきで戻ってくるんだが、こっちかしおらしく『悪かったな』とか言うとすぐコロっと騙される。なかなか学習しないアイツも悪い」
いやもう、本当にフィデールの性格を知り抜いているよ、アスル・アズールは。
こんなの相手にフィデールが勝てるわけないね、うん。
「あと、アイツは酒に弱くてなぁ」
「へえ」
「弱いというか、なんというか……だが。アイツは飲むとすぐに酔って、潰れるまでが長いんだが、いきなり陽気になって下手な歌を歌いだすんだ」
「下手、なんだ」
「ああ。困ったことに止めろといっても止まらない。ミオを見習って欲しいものだな。あれなら歌人として十分にやっていける」
「……ども、ありがと」
いきなり褒められると照れてしまうね。頭に手を当てながら、顔を赤くして礼を言う。
それにしてもフィデールは、こういう環境で育ったにも関わらず、かなり素直な性格のようで。その素直な性格が災いして、アスル・アズールにはよくからかわれたらしい。
でもアスル・アズールがそう思うのも分からないでもないんだよね。フィデールはからかうと反応が楽しいし。だからここにいても退屈しないっていうか。
そうこうしているうちに、さっきの人がフィデールが戻ってくることを告げる。
返事をした後、ふとちょっとしたことを思いついて、侍女にフィデールに私特製の元気の出るお茶を入れてあげたいから、いつもの部屋に来るように言って、と言づけた。
「さて、場所を移動して……と。あ、アスル・アズールはちょっと隠れてて頂戴な」
「何をする気だ?」
「言ったじゃん。フィデールはからかうと面白いって」
ふふふ、と私は笑みを浮かべた。