004 とりあえず事情を聞く

 人というものは、先に騒がれると後から騒ぐことって出来ないと思う。機先を削がれるというか、ね。パニックになっている相手を見てると、だんだん冷静になってくるみたい。
 ということで、フィデールのおかげで異世界に来ちゃったってのに意外と冷静な私。
 まあ、ちゃんと帰れるってのも要因の一つだけど。

「で、他国のことにどうしてこの国が口を出すわけ?」

 本来なら自然に現れて、そして自然にラ・ノーチェの国王とくっつくだろう運命(?)を、なぜ他国の人が躍起になるのか?
 なんせ、一刻も早く、とか言っていたし。

「それがですね。本来あなたが“玉の乙女”だった場合、十一代目になるんですよ」
「はぁ」
「で、代々の乙女達は先ほど言ったように大神官になります。ですが、六代目の乙女はこの国の王と結ばれたんです」
「へえ。今回みたいなケースなの?」
「いえ、当時予言はなかったそうですが、六代目の乙女は当時のラ・ルース国王に嫁いだそうです」
「ふうん。……って、もしかして“玉の乙女”は純潔じゃないと駄目、ってのはないんだ?」

 乙女って言うくらいだからそういうのに拘りそうだけど、どうやら結婚出来るみたいだ。
 そういう意味でも乙女なら、私は当てはまらないと思ったんだけど。これでも一応恋愛経験ってのはあるから。

「あ、別に構わないですよ。その身に宿す力はそういったことで変わることはありませんし」
「……そーなんだ」

 ちっ、当てが外れた。
 もしばれた時、それを理由にしようと思ったのに。

「話を戻しますが、ラ・ルースは六代目の“玉の乙女”を得てラ・ノーチェと同じ大国に成り上がったんですよ。その他のうちの国の一つだったのが――です」
「なるほど」
「だからこの国はラ・ノーチェよりも黒という色と、身分についてうるさいんですよ。乙女の血を引くというのがプライドになってるんで」
「そうなんだ。あ、そうなるとフィデールって結構肩身狭いほう? 目は黒だけど、よく見ないと気づかれないよね。上の兄君たちのような黒髪ならすぐに気づくだろうけど」

 さっきのいけ好かないにーちゃんたち――アルタールとマルフィールは黒髪だった。目の色は違うけど。
 そういう意味ではフィデールとは反対だ。

「まあ、そうですね。私の場合、ぱっと見では王族とは見てもらえないようです」
「そりゃね、目の色だけだし。でも、気の毒に」
「アルタール兄上もマルフィール兄上も……あと、テルヌーラ姉さまも黒髪ですからね。一目で王族と分かるんですが……、何故か私だけこんな色なんですよ」

 寂しそうに微笑むフィデール。お母さんの身分の低さや、自分の容姿で苦労してきたんだろうなぁ。私こういうのに弱いんだよぅ。
 あれ? お姉さんだけ“姉さま”って言ってる。ってことは、お姉さんのことは好きなのかな?

「ねえ、お姉さんのことは好きなの?」
「そうですね。テルヌーラ姉さまと兄上たちは全く違う人ですし」
「なるほど」
「それにしてもミオさんは鋭いですね」
「そう? フィデールの反応のほうが分かりやすいと思うけど?」

 どちらにしろ、少しはフィデールのことを思ってくれている人がいるようで何よりだ。

「それにしてもさ、第三王子ってことは、王位継承権だって持ってるんでしょ?」
「まあ、持ってますが……この国では女性にも継承権があるので、私は第四位になります」
「四番目?」
「ええ。まあ、四番目だと王位なんて土台無理な話ですけどね」
「そうなの?」
「何かとてつもない幸運でもない限り、自分に王位が転がり込んでくることなんてありませんよ。上に三人もいればね。ましてや私は黒髪ではありませんし。先程言ったように黒は高貴な証なんです」

 きっぱり言うフィデールは、王位なんて考えてないようだった。
 ま、今の王様がいなくなっても、上に三人もいればねぇ……さすがに無理か。

「ですからとっくに諦めていますよ。そうですね……覆すことが出来るとしたら、“玉の乙女”の指名があれば、ってことくらいですね」
「指名?」
「ええ、この世界では“玉の乙女”がいる場合は、乙女以上に発言力のある人はいません。乙女が言う以上、かなり無茶なことでも聞かなければならないんですよ」
「またご大層な」

 まあ、なにやら一国の王妃よりも、大神官のほうが上らしいし。
 その大神官が言うなら、やっぱり言うことを聞かなければならないんだろう。

「それくらい“玉の乙女”は貴重がられていると思ってください」
「了解」
「で、問題なんですが、今回の乙女はラ・ノーチェの国王と結ばれる――という予言にあります」
「へ? それに何か?」
「この国は六代目の乙女を得たことで大国に成り上がったんですよ。それが、もともと大国だったラ・ノーチェがまたもや乙女を手に入れたら――と、この国の上層部は不安に思っているわけなんです」

 んー、なるほど。当時どういった感じで世界地図が塗り替えられたかは分からないけど、ラ・ノーチェが力をつければ、戦争になって自分たちの国が危うい――という考えか。
 うーん。こうなると呑気にしてないで、自分の身体的特徴がばれる前に帰りたいな。

「じゃあ、場合によっては戦争になる可能性がある――ということ?」

 人差し指を立てて慎重に質問する。
 私の存在のせいで戦争になるなんて嫌だ。

「いえ、先程言ったように乙女の発言は絶対です。そのせいで、この国は上手いこと六代目の乙女を手に入れて利用して成り上がった、といえば大体分かりますよね。彼女に自国に有利な発言をさせたらしいです。そうすれば、必然と国力は増しますからね」

 淡々とした口調でこの国の内情を語るフィデール。
 それにしても、いきなり出てきた異世界の人にそんな内部事情をバラしていいのかい。その辺りを突っ込んでみると。

「この国の上にいるものなら誰しも知っているようなことですよ。あなたも帰るまでここに居なければなりませんので、その辺りは知っていたほうがいいと思いまして」
「ご親切にありがとう」

 いやいや、本当にフィデールって気が効くね。上の二人も見習わせたい。
 王者たるもの、堂々としているのもいいが、細かい所まで気を配れるような人でなければ駄目だろうが。まあ、本人たちは堂々としているつもりかもしれない。実際は、堂々とではなく威張り散らしているんだけど。

「じゃあ、もしかして、先に“玉の乙女”を見つけて、ラ・ノーチェの王様に会わないようにしよう、とか、先に嘘言っていうことを聞かせようって感じ?」
「ええ、そうです。私は反対でしたが、異世界にまで及ぶような広範囲の召喚ができるのは私くらいでしたので――まあ、無理やりさせられました」
「無理やり……って、でもフィデールしか出来ないってことは、フィデールって上の二人より力があるってこと?」
「まあ、そうなりますね。王族は力をもっていて、神官・祭司でもありますが、現在この国の最高祭司は私になります」

 ちょっと照れくさそうに、でも肯定するフィデール。これは、自分の力に自信があると見た。
 まあ、だからこそ、失敗して――いや、したと思って私を呼び出した時、パニックに陥ったんだろう。
 しかし、力はあるのにこの扱い。なんというか……報われないお人である。

「まあ、状況はだいたい飲み込めた。立場上、フィデールは逆らえないから、“玉の乙女”の召喚を優先。私はその後」
「はい。すみませんが」
「まあ、戻れるならいいさ。あと、食べるのと寝るのさえしっかりしてれば」
「その点はここをお使いください。王宮の一角ですが、ここは離宮ですので、必要最低限の者しか訪れませんから」
「おお、それはご親切に」

 至れり尽くせりのフィデールに、私は手を合掌してお礼する。

「私もここに住んでますが、男同士でしたら問題ありませんよね」
「……そ、そーっすね」

 う、フィデールもここに住んでるのか。
 でも、男だと間違われているなら、過剰に反応するのはヤバイな。風呂と着替えを気をつけて――後はなんとかなるかな。うん、バレてもこの髪の色なら大丈夫!
 ……って思ったけど、髪は伸びてくるし、カラーコンタクトにも限度がある。どうしよう。いつぐらいに戻れるのかな?

「あの、私どれくらいで戻れそうなの?」
「そうですね……うーん。あなたを召喚するのにだいぶ力を使ったので、それが戻って、また乙女を召喚。そしてまた力が戻った時――となると」
「うん」
「すみませんが、一年くらい見てもらえますか?」
「一年!?」
「ええ。もう少し早いと思いますが、問題があったことも考えて、それくらい……」

 一年!? 一年は長すぎるぞ。一年もあればこの短い髪は金色より黒いほうが多くなる。
 カラーコンタクトを付けてるのも限界だ。なんせ、ケア用品がない。目の病気になって視力低下とか、失明なんてなったら目も当てられない。
 かといってこのまま行けば確実にバレてしまう。どどどどどうしよう!?

「本当に申し訳ありませんが……」
「……一年、思ったより長い……」
「あの……ミオさん?」
「あ、う……」

 申し訳なさそうなフィデールの顔を見たら、苦情なんて言えなかった。

「が、我慢……します」
「ありがとうございます」

 チクショウ。上の兄たちみたいに性格悪ければこっちも思い切り言えるのに!
 フィデールは下手に人がいいから文句を言うのを躊躇ってしまう。強気なヤツには強気で対応できるんだけどな。
 そんなこんなで、私の一年間の異世界生活が始まりを告げた。

 

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