003 どうやら間違えられたらしい

 ひょんなことから異世界に来てしまった私。でもどうやら帰れるようで、一安心。
 そうなると今度はそれまでの間、ここで生活できるように情報収集しないとね。

「そうですね。まず、この世界のことからお話しましょう。あ、お茶でも入れましょうか?」
「あ、頂きまーす」

 走ってたから喉渇いてるんだよね。フィデールって気が利くなぁ。
 どうやらこの部屋はフィデールの魔法(?)研究室、兼、私室らしい。周りを見ると生活感がある。
 隅の方にいってカチャカチャと音をさせながら数分。戻ってくる時にはトレイにお茶が二つと、お菓子が乗っていた。

「あ、そこにお掛けください」
「はいな」

 促されてそそくさと椅子に座る。
 すると、目の前にお茶が差し出された。

「どうぞ」
「あ、ども」

 お茶を受け取ってずずーっと一口。
 ちょっと熱い。どうやら日本茶みたいに、いいお茶は温めのお湯で――というのじゃないらしい。紅茶に似ている。色もそんな感じなので、きっと作り方は紅茶寄りなんだろう。

「ではお話しましょう。まず、この世界は“ディエス”と言って、二つの大国と八つの国から成り立つ世界です」
「ほーお」
「今いる国は大国のうちの一つ――“ラ・ルース”という国です」
「ほうほう」

 マジで異世界ですか、とまた一口。
 うむ、お茶は美味しい。

「もう一つの大国が“ラ・ノーチェ”といいます。あと他に“ヴェルダ”、“コルディジェイラ”、“バイア”、……」
「いやいや、今全部聞いても覚えられないからさ。とりあえず、ここはラ・ルースという大国のうちの一つ。でいいんだよね?」
「はい。そうです」

 一つの問いに全て答えようとするなんて、几帳面な人だね。フィデールって。
 あれ? そういえば……

「なんで異世界なのに言葉通じるの?」
「さあ?」
「さあ、って……通じなかったら大変なんだけど」
「でも、“玉の乙女”は言葉を操る方ですので、そのあたりは問題ないと思ったんですが。……って、あなたも大丈夫ですよね? もしかしたら言葉が一緒……?」
「んなことないって、意味分かるし話せるけど、たぶん全然違う言葉。なんでかは分からない」

 普通に喋ってるけどさ。でも、“日本語”じゃ、ないんだよねぇ。
 耳に入ってくる音はよくわからない言葉なんだけど、頭では内容をきちんと理解しているようで、フィデールと私の会話がちゃんと続いている。

「そうですか。じゃあ……今度の“玉の乙女”は男性!?」
「マテ。乙女って言うくらいだから女だろうが」

 ……って、私も女だけど。
 でも、そのあたりを言っちゃうと、なんだかややこしくなりそうなんだよね。
 男だから、その“玉の乙女”ってのだと思ってないわけで、女だって分かったら、その可能性が出てきそうだし。
 ……うん。黙っていたほうが賢明だろう。男に間違われて良かった。
 …………ある意味悲しいが。

「そうですね。可笑しいですね」
「まあ……とりあえず意思の疎通が出来るのはいいことだからおいといて。んで、問題の“玉の乙女”って?」
「あ、はい。“玉の乙女ラ・ペルラ”とも“玉韻の乙女エル・イディオーマ”とも呼ばれる方です。大抵は“玉の乙女”といいますが」
「ら・ぺるら? える・いでぃおーま?」
「ええ、この世界にとって珠玉の如く大事な乙女――と言うことですね。また、“玉の乙女ラ・ペルラ”は言葉を操る能力がありますので、“玉韻の乙女エル・イディオーマ”とも呼ばれるんです」
「ほーお。これはまた、すごいお人ですな」

 でも、きっと私ではないぞ。うん。つーか嫌だ。即答でお断りだ。
 と、ずずーとお茶をすする。ヤバイ。気まずいのでお茶を飲んで誤魔化してたけど、残り少なくなってきた。相づちを打ちながらお茶を飲みつつ話を濁すのが難しくなる。

「ええ、その“玉の乙女”は数百年に一度現れるというのですが、数年前からそろそろ現れるだろうと力を持つものたちが予言し始めたんです」
「なるほど。でも現れるってことは私みたいに召喚されるんじゃなくて、本当なら自然に迷い込むって感じ?」

 しかし、迷い込んだ先がものすごい大きな森の中、なんて言ったら笑えないな。人に会って乙女だと分かる前に昇天してそうだ。
 大体、ご大層な名前を持っているけど、呼ばれた私だって自分の中に何かの力がある、とはとても思えないし。

「まあ、そうですね。いつの間にか存在するといいます。けれど、今まで現れた“玉の乙女”はすぐに見つかるんですよ。で、その後はたいてい聖地で大神官を務めるようになります」
「へえ、大神官……すごそー」

 大神官って言うと、あれだよね、多分ものすごく偉い人。
 そういや、乙女って言うくらいだし、巫女みたいなもん? これで“玉の乙女”に選ばれちゃったら、一生神殿の奥でひたすら窮屈な日々? うわ、ぜったい嫌だな。やっぱり女だってのはバレないようにしなきゃ。
 あれ? でもなんですぐに分かるんだろう?

「えーと……質問していい?」
「はい、どうぞ」
「あのさ。勝手にこの世界に迷い込んでるのに、どうしてすぐに分かるわけ?」
「そうですね。“玉の乙女”は黒髪に黒い瞳の女性と決まっているので」
「はい?」

 黒髪に黒い瞳?
 んなのが“玉の乙女”っつー偉いもんなら、日本人の女性は大抵なれるんじゃ? でも、黒髪黒目は、少ないかなぁ? 本当は目とか真っ黒ってわけじゃないし。
 フィデールの目も何色? と言われれば黒じゃない、と答えるけど、真っ黒というわけじゃない。

「この世界で黒は一番高貴な色なんです。これ以上混じらないというか、純粋なる色というか」
「でもさ、真っ黒って余りないと思うけど。目は特に。それに純粋なる、とか、混じりけのないっていうなら白の方がよくない?」
「そうですね。でも身体的に白を身に纏うというのは、その……年をとれば髪は白くなりますし。まあ目は無理ですが。それに白は他の色にすぐ染まりますよ?」
「あ、そか」
「それに、昔はラ・ノーチェが唯一の大国だったんですが、かの国は黒を纏う者が多かったのです」

 そして、魔力が強い者でもある……そして乙女と合わせて、黒が高貴な色だということになったのです――と、フィデールは付け足す。
 魔力の強い者が黒髪や目の色が黒という人が多かった――ということから、いつの間にかそうなっていたらしい。
 そういや、ラ・ノーチェって確かここと同じ大国の一つだっけ。昔はそこが唯一の大国ってことは、ここはあとから大国になれたってことなのかな?

「まあ、ちょっと話は飛びますが――ラ・ノーチェは夜の国なんですよ」
「夜の国? これはまたけったいな。化け物揃いの変な国なの?」
「違いますよ! この世界の国々は何かしらを象徴してるんです。ラ・ノーチェは夜もしくは闇――安らぎを象徴する穏やかな国ですよ」
「ほーぉ」

 夜とか闇とか聞くと怖いほうを考えるけど。
 でも考えようによっては、夜はゆったり寛いで寝て、安らぎといえば安らぎかもしれない。
 睡眠は必ず必要で、ぐっすり眠った後は疲れとか取れるし、気持ちもすっきりするしね。

「ちなみにここは光、希望ですね。あまり当てはまりませんけど。話を戻しますが、ラ・ノーチェの王族は黒を身に纏う人たちなんです。夜を象徴しているだけあって」
「なるほど」
「そして大国ということもあって、他の国々も繋ぎを取るために王女を嫁がせてもらったり、と大体ラ・ノーチェの血が入ってるんですが……。そのため、他の国も合わせて、王族となるとたいてい黒い色を持つものになるんです。要するに、体に黒い色を持つというのは高貴な証なんですね」
「高貴、ねぇ」

 黒が溢れる日本に居たせいか、全くもって黒が高貴などという実感がわかない。正直地味だと思う。だから今の私はこんな頭なんだけど……。

「もともとラ・ノーチェの王族は“玉の乙女”を血を引いているというのが一説にありますし」
「なるほどねぇ。んで、“玉の乙女”が黒髪黒目なのは?」
「それは代々現れる乙女達も黒髪黒目なので」
「ほほう」

 話を聞きながら内心ビクビク。
 こうなるとヤバイ。何がヤバイって、言っちゃうと、私は条件を満たしていることになる。
 男と間違われているけど、本当は女だ。今は金髪に緑の目だけど、これは髪を染めたのカラーコンタクトのせい。本当なら私は黒い髪に黒い目の日本人なのだ。

「じゃあ、もし私が女で黒髪黒目だったら“玉の乙女”決定ってことかね?」
「そうですね。あとは正確に言葉を聞き取れること、また正確に発音できること、が条件になりますが」
「正確に発音……絶対音感みたいなもんかな?」

 うわ、更にヤバイか。
 小さい頃からピアノだのなんだのも習わされたせいか、音については敏感というか……大地にもいい耳してるって言われたことあるし。発音のほうは……まあよく分からないけど。
 こうなると帰るまでバレないように気をつけないと。異世界でまでそんな窮屈な生活なんぞしたくない!

「でもまあ……それは私じゃあないねぇ。こんな容姿だし」

 うん。この辺でフィデールに刷り込んでおかなければ。
 私は黒髪黒目じゃないよ~と、念押しする。

「そうですね。本当に申し訳ありませんでした」
「いやいや。あ、そういえば、どうして自然に現れる人を召喚なんてする羽目になったのさ?」

 うん。この召喚がなければ、私はここにいなかったかもしれないんだし。
 だいたい聖地に入って大神官を努めるような人を、大国とはいえ一つの国が躍起になるのか? その辺、気になって尋ねると、フィデールは少し困った表情になる。

「フィデール?」
「はい。それがですね。大体の“玉の乙女”はたいてい聖地で大神官の位に収まるんですが……」
「うん。それは聞いた」
「今回の予言では、新たな“玉の乙女”はラ・ノーチェ国王と結ばれる――という話が出てるんですよ」
「……ぶ、はーーっ!!」

 待って、待ってくれ! そうなると、もし私が女で黒髪黒目ってばれたら、見たことのないヤローと即結婚ですか? ええ!? ちょ、なんつー予言だ!
 話の内容に飲もうとしていた茶を思い切り吹き出す。あ、ごめん、フィデール。あんたにちょっとだけかかったわ。
 予言に関して心の中で一通り文句をたれた後、咳き込みながら涙目でフィデールを見た。

「……大丈夫ですか?」

 吹き出した後はゴホゴホと咽る私に、フィデールは心配して背中をさすってくれる。
 うーん。本当にいい人だなぁ、フィデールってば。あ、そうじゃなくて。

「あまりに突拍子もない内容に驚いて……。それって世界を跨いでの婚約者ですかいな?」
「……まあ、そういうことになりますね。お互い望まないとしても」
「まあ、望まないでしょうね。そんなこと。普通いきなり異世界に来たらパニックだし、ましてや結婚を決められた相手がいるって言われてもねぇ」
「そうですが……あなたは意外に冷静でしたね」
「いや、フィデールの叫びに驚いちゃったからね」

 だってさ、やっぱり先に騒がれちゃ、宥めるほうに回るしかないでしょ。
 一緒になって叫んでても進展ないしね。

 

目次